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私は私の未来を信じる

 翌日。

 恵理子先生との面談のはずだけど、なぜか新海先生も同席している。

 結局3人での面談になった。


「それで、真奈ちゃんは具体的にどんな仕事に就きたいの?」


 恵理子先生が真剣な眼差しを向けてくる。


「私は児童相談所で働きたいです」


 私の夢に、一番近い仕事だと思ったからだ。


「やめたほうがいい」


 だけど、新海先生は開口一番否定した。


「どうしてですか?」


 私はたまらず聞いた。


「真奈ちゃんは真奈ちゃん個人の幸せを追求すべきだ。世の中の名前も知らないような子供を助けようなんて、考えないほうがいい」

「でも、私は……」

「それに、きっと子供に干渉し過ぎたり、感情的になり過ぎたりするだろう。自分が虐待されていたからね。後、真奈ちゃんはストレスに弱く、感情的になることが多い。早い話が、そういう人は向いてないんだ。客観的あるいは論理的で、冷静な対応ができないからね。真奈ちゃんは進学して、企業に就職したり児童相談所以外の場所で公務員になったりして、幸せな家庭を築くべきだ。そうすることで、真奈ちゃんは救われるんだ」


 それは、きっと間違っていない。

 社会に出ている大人の目線から見た、正しい判断だ。

 それに、新海先生は児童養護施設で働いている、児童福祉のプロでもある。


 それでも、私は。


「私はこれ以上、苦しむ子供や不幸な子供を増やしたくないんです」

「その志は素晴らしいと思う。誰かが取り組まないといけない問題だ。でもそれは、真奈ちゃんがやることじゃないし、真奈ちゃんには出来ないと思う」


 ここで、安易に出来るとは言わない。

 私の夢はとても難しいことだから。


「でも、虐待を受けた、親に愛されなかった当事者の声は必要だと思います」

「そうだよ。必要だ。だけど、もう一度言うよ。真奈ちゃんには向いてないんだ。真奈ちゃんは全ての子供を救えると思っているかもしれない。だけど、実際は救えない子供の方が多いんだ。救えなかった時、真奈ちゃんは耐えられるのかい?」


 もし、私の力不足で子供を死なせてしまったら。

 そう考えると、身震いが止まらない。

 恵理子先生は黙って聞いていたけれど、ここで口を開いた。


「そうねえ。今日の午後、児童相談所のケースワーカーさんが来てくれるし、真奈ちゃん、話を聞いてみたらどうかしら?」


 ケースワーカーとは児童福祉司とも言い、ざっくり言うと子供に関する相談に乗るのが仕事だ。

 内容は虐待だけでなく、非行や発達障害なども含まれる。

 さらに、家庭への立ち入り調査や書類の作成などもする。

 話を聞けるなら、ぜひともお願いしたい。


「お願いします」

「ええ、わかったわ」



 昼食の後、早速ケースワーカーさんと話すことになった、

 場所は面談室だ。

 ドアをノックする。


「失礼します」

「どうぞー」


 思ったよりも、朗らかな声が返って来る。

 ドアを開ける。

 中には30代くらいの女性が穏やかな笑みを浮かべていた。

 隣には恵理子先生がいる。


「真奈ちゃん?」


 その人は私の名前を呼び、慈しむような視線を向けてくる。


「え? どうして、私の名前を?」


 職員さんの誰かが事前に教えたのだろうか。


「真奈ちゃん、この人は北里さん。9年前、真奈ちゃんを虐待から助けてくれた人よ」


 恵理子先生は静かに言った。


「え……」


 この人が、私を?


「大きくなったね。また会えて嬉しいよ」

「はい……」


 何と言ったらいいのだろう。

 様々な感情が胸の内に押し寄せる。

 この人のおかげで、今があるんだ。

 まず、言わないといけないことがある。


「ありがとうございました。私を助けてくださって」

「うん……」


 でも、北里さんは複雑な表情を見せた。

 私は間違ったことを言ったのだろうかと、少し不安になる。


「さ、真奈ちゃん座って話しましょう」


 恵理子先生に促され、席に座る。


「今日はこれからまだ仕事があるから長い時間は話せないけれど。真奈ちゃんのためなら、何でも話すからね」


 北里さんは笑顔を浮かべる。

 優しそうな人だと思った。


「真奈ちゃん、大切な話があるのよね?」


 恵理子先生が促す。


「はい。私、児童相談所で働きたいんです」


 北里さんの表情が、少し硬くなる。


「どうして?」

「私と同じように、虐待で苦しむ子供を救いたいんです」

「そっか……」


 北里さんは少し返答を考えるような仕草を見せる。

 きっと、言葉を選んでいるんだろう。


「そう思ってくれるのは、嬉しいよ。でもね、真奈ちゃんが思っているより辛くて大変な仕事だよ。だから、生半可な覚悟で来てほしくない。子供の命に関わる仕事だから」

「はい……」

「私はね、真奈ちゃんを救えたとは思っていないよ」

「え? どういうことですか?」


 私は虐待から助けられて安全な施設で衣食住揃っているし、学校にも行けているし、友達だっている。

 救われていると思う。


「真奈ちゃんを家庭に戻せなかった。真奈ちゃんの母親を立ち直らせてあげられなかった。そのことを、後悔しているの。真奈ちゃんには謝らないといけない。ごめんなさい」


 北里さんは頭を下げた。


「そ、そんな。謝らないでください。私にとっては家庭より施設の方がいいです。それに、施設で大切な友達だってできました」

「私は子供には家庭が必要だと思うの。真奈ちゃんの母親だって、真奈ちゃんをきちんと愛せる母親になれたはずだった。だけど、できなかったのは当時の私や私の仕事仲間達の力不足なの」

「でも、あんな母親……」


 会いに行った時のことを思い出すと、今でも黒い感情が湧いて来る。


「真奈ちゃん、保護される時泣いていたんだよ。お母さんと一緒がいい、離れたくないって」

「そうだったんですか?」


 意外だ。

 虐待親から離れられるなら、喜びそうだけど。


「それにね、傷跡のことを聞かれても誤魔化したんだよ」

「どうしてですか?」

「まあ、その時の真奈ちゃんにしか真実はわからないけど、きっとお母さんを庇っていたんだよ」


 私は知っている。

 虐待されてもなお、親からの愛を求める姿を。

 愛ちゃんだ。


「真奈ちゃん。虐待から子供を救うっていうのはね、単に親から引き離すだけじゃないんだよ。できれば、親が育てるべきだし、それを手助けしていくのも児童相談所の仕事なんだよ」

「はい……」

「まだ、高校2年生でしょ? これからも沢山悩んで欲しい。そして、児童福祉への理解と、自分の気持ちの整理がきちんとついたら、児童相談所で働いて欲しい。児童相談所は常に人手不足だから、真奈ちゃんみたいに志の高い人は歓迎するよ」


 私の夢。

 全ての被虐待児、そして苦しむ子供を救いたい。

 夢を夢で終わらせないために、私ができることは。


「また話そうよ、真奈ちゃん。携帯の番号教えるから」


 北里さんと連絡先を交換した。


「真奈ちゃんの幸せを祈っているよ。それじゃあ、またね」

「ありがとうございました」


 北里さんは部屋を出た。


「……どうだった? 真奈ちゃん」


 恵理子先生に聞かれる。


「私は自分の夢が間違っているとは思いません。だけど、まだまだ足りないものがあると思います」

「そうね、その通りよ。北里さんも言っていたけれど、まだ時間はあるから。ちゃんと悩みなさい」


 こうして、ケースワーカーさんとの話は終わった。


 

 面談室を出る。

 私にできることって、何だろう。

 まずは、きちんと悩むことだと思う。

 悩むということは、考えることだ。

 もっと、子供のことを考えるべきだ。

 

 それにしても、どうして新海先生はあそこまで私の夢に否定的なんだろう。

 何かあるのだろうか。

 足は自然と、新海先生の元へ向かっていた。



 ちょうど、廊下に新海先生がいた。


「新海先生」

「何? 真奈ちゃん」


 新海先生は立ち止まって、振り返る。


「新海先生は児童相談所で働いたことがあるんですか?」


 私の勝手な推測だけれど、新海先生は自分の経験に照らし合わせて私の夢を否定したんだと思った。


「いや、ないよ。だけど、友人に児童相談所で働いていたやつがいるんだ」


 なるほど、そういうことだったのか。


「もしよかったら、その人に会わせてくれませんか?」

「……だめだ」

「ど、どうしてですか?」

「そいつはね、今闘病中なんだ。心の病気でね。児童相談所で働いていて心を病んだんだよ。まあ、詳しい病名までは明かせないけど」

「そんな……」


 驚いたけれど、ありえない話じゃない。

 救えない命だってある。

 もし救えなかった時、どれほど心を痛めるだろうか。

 私は心を病まずにいられるだろうか。


「真奈ちゃんみたいな子は、心を病みやすいんだ。児童相談所は向いてないんだよ」

「たとえ向いてなくても、私は児童相談所で働きたいです。子供を救いたいんです!」

「やめておいたほうがいい。……でも、もう止めても聞かないくらいの決意を持っているのかもしれない、真奈ちゃんは。それでも、俺は止めるよ。真奈ちゃんのためにね」


 新海先生のことは最初、とっつきにくい人だと思っていた。

 でも、子供のために最善を考えてくれている。

 自然と、そう思えた。

 

 そんな人が、児童相談所では働くなと言っている。

 私はそれでも、自分の意志を貫き通す。


「私は自分の親に会って、絶望しました。自分のことが嫌いでした。でも、今まで会った人や掛けてもらった言葉のおかげで、立ち直ることができたんです。そんな風に、自分のことを愛せない子供のために、生きていきたいんです」


 必死に言葉を紡いだ。

 今までの全ての経験を形にした。

 私は今でも、自信はない。

 だけど、少しずつ変わってきている。


「そうか……」


 新海先生は諦めたように、言葉を吐き出した。


「後悔する日が、来るかもしれないよ? 本当に辛くて大変な仕事なんだ」


 わかっています、なんて安易には言わない。

 この選択を後悔したくないけれど、してしまう日がくるかもしれない。

 苦しんでいる子供のために、生きるなんてやめればよかった。

 他の仕事にすればよかった。

 そんな風に思う日が来るかもしれない。

 でも、今この時、私は私の未来を信じる。


「私は自分が好きです。そんな自分が選んだ道だから、大丈夫です」

「『とりあえず就職』とか言ってた頃が懐かしいよ。真奈ちゃんは変わったね」


 新海先生の表情から、曇りが取れる。


「児童相談所に勤めるなら、大学では教育や心理学を勉強した方がいい。今からそれらを学べる学部のある大学の資料を渡すよ。後、奨学金に関する資料も」


 ほっと胸をなでおろす。

 新海先生も私の夢に賛成してくれたんだ。

 これは、大きな前進だ。



 その夜、京ちゃんに電話する。


「京ちゃん」

「真奈ちゃん、どうしたの?」

「いろいろあったけど、新海先生も応援してくれるし、児童相談所のケースワーカーさんにも会って話をしたよ」

「前進だね、良かったあ」

「京ちゃんの方は大丈夫? 辛くない?」

「うん、大丈夫だよ」


 私達の訪問が少しでも京ちゃんのためになっているなら嬉しい。


「私なんかじゃ、真奈ちゃんの力になれないかもしれないけれど、協力するからね」

「京ちゃん、そんな風に卑下することないよ。京ちゃんは私にとってかけがえのない存在だよ。ありがとう」

「……ありがとう。それじゃあ、切るね」

「うん。おやすみ」


 電話を切った。

 ベッドに入る。

 将来に対して、不安はある。

 だけど、たくさんの人が応援してくれている。

 私は1人じゃない。

 

 そして、何より私には自分という一番の味方がいる。

 そう思うことで、少し不安は薄まった。

 穏やかな気持ちで眠りに落ちた。

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