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救いたい

 数日後。

 今日は京ちゃんに会いに行く日の3日前だ。

 最初は麻紀と2人で行く予定だったけれど、タカと愛ちゃんも付いて行きたいと言い出したので、一緒に行くことなった。


 タカはともかく、愛ちゃんは大丈夫だろうか。

 長時間の移動に疲れてしまうかもしれないし、最悪体調を崩すかもしれない。

 

 調べたところ、移動だけで9時間から10時間くらいかかる。

 交通費も安くなく、片道2万円以上する。

 これでも、最安値の移動方法を選択している。

 愛ちゃんの分の交通費はみんなで割り勘だ。

 

 なので、交通費だけで1人53000円以上かかる。

 児童養護施設の子供が気軽に出せる金額ではない。


 そして、昼食は安く済ませるとして、問題はホテル代だ。

 一日で行って帰って来ることはできないので、どこかに泊まることになる。

 京ちゃんの家に、4人も泊まらせてもらうのは無理だろう。

 

 と、そこまで計画していた。

 私とタカで施設内のパソコンでホテルを検索していると、恵理子先生に声を掛けられた。


「あら、何してるの?」

「京ちゃんに会いに行こうと思ってるんです。それで、ホテルを」

「え!? 聞いてないわよ。誰がいつ行くの?」


 恵理子先生の表情に焦りが浮かぶ。


「私とタカと麻紀と愛ちゃんです。麻紀っていうのは、この前京ちゃんのお別れ会に来てくれた私の友達で、3日後くらいには出発しようかと……」

「だ、だめよ!」


 言いかけた私を、恵理子先生は強い口調で反対した。

 反対されるとは思っていなかったので、私は焦る。


「どうしてですか?」

「問題は沢山あるわ。まず、孝幸君も一緒に行くのよね? それで、どこかに泊まるのよね?」

「はい」

「もし、間違いが起きたら……」


 あー、そういうことか。

 私はあまり、タカを男として意識していなかった。


「だ、大丈夫ですよ!」


 タカが慌てて言った。


「大丈夫かどうかは、私達が決めるの。それで、愛ちゃんも連れていくのよね? ちゃんと面倒見られるの?」


 それは心配していたことだ。

 だけど、最近の愛ちゃんは落ち着いてきているし、大丈夫だろうと思っていた。


「それ以外にも、問題はあるわ。とにかく、職員として許可は出せないから」

「そんな……」

「夜中に抜け出して行こうとか考えちゃだめよ」

「それはフリですか?」


 タカが冗談を飛ばす。


「フリじゃない!」


 怒られた。



 恵理子先生が去った後、私達は話し合うことにした。


「どうする? 俺が抜ければいいのかな?」

「愛ちゃんにも抜けてもらうしかないかな。いや、でも」


 恵理子先生は他にも問題がある、と言っていた。

 ということは、2人が抜けてもだめなのかもしれない。


「無理なのかな、行くの」

「そうだな。施設と学校を卒業するまで待つしかないかもな」


 こういう時、子供であることを不満に思い、早く大人になりたいと願う。

 その時、閃いた。


「大人がいないのが問題なんだよ。麻紀の親に付いて来てもらうのはどう?」

「そうだな。とりあえず、一度米井さんに連絡してみようぜ」



 その後、麻紀と連絡を取った。

 麻紀が両親に話した結果、麻紀の毎年の家族旅行を京ちゃんのいる熊本にして、それに私が付いて行くということになった。

 タカと愛ちゃんを連れて行くことはできなかった。

 ありがたいことに、私の分の交通費も出してくれるそうだ。



 そして、熊本に行く日になった。

 施設まで麻紀の両親が迎えに来てくれるので、玄関で待つ。

 恵理子先生も、挨拶のため一緒に待ってくれている。

 

 約束の時刻ぴったりに、車が来た。

 一般的な軽自動車だ。

 麻紀と麻紀の両親が降りてくる。


「真奈!」

「麻紀、久しぶり!」


 夏休み中はほとんど会っていないので懐かしい。

 私たちは手を取り合って再会を喜んだ。

 横では恵理子先生が麻紀の両親に頭を下げて挨拶していた。

 一通り挨拶も終わり、ついに出発だ。


「それじゃあ、真奈ちゃん。行こうか」


 麻紀のお父さんに促され、車に乗り込む。

 車内はエアコンが効いていて、涼しい。

 テンションの高いラジオが流れている。

 ラジオを聞く機会はほとんどないので、新鮮だ。


 車が動き出す。

 施設がどんどん遠くなっていく。

 京ちゃん、今行くよ。

 そう、心の中で呟いた。


 座席は麻紀のお父さんが運転席、助手席が麻紀のお母さん。

 後部座席に私と麻紀だ。


「真奈ちゃん、夏休み中はどこか行った?」


 麻紀のお母さんに話を振られる。

 麻紀の家にはたまに行くので、専業主婦のお母さんとは面識がある。


「夏祭りに行きました。後はバイトばっかりですね」

「真奈ちゃんは偉いわね。麻紀なんて、私達が連れ出さないと家でずっとゴロゴロしてるわ。まあ、犬の散歩くらいは行ってくれるけど」

「お母さん、そういうこと言わないでよ」


 麻紀が頬を膨らませて怒る。


「はいはい。ところで、真奈ちゃんは今年の夏祭り誰と行ったの? 麻紀は私達と一緒だったし」

「えっと、施設の仲間と」

「男の子?」

「は、はい」


 麻紀の手前、なんとも答えづらい。


「聞いた? お父さん。真奈ちゃんは男の子と夏祭り行ったんだって。麻紀もその内、彼氏の1人でも連れてくるかもね」

「麻紀はそういうのないだろ~。な、麻紀」


 はははと麻紀の両親が笑い合う。

 あなた方の娘の意中の相手と夏祭りに行きました、とは口が裂けても言えない。

 前方の信号が赤になる。


「私、好きな人いるよ」


 麻紀が平然と答えた。


「そうなの? 誰? どんな子?」


 麻紀のお母さんが聞く。


「真奈が夏祭り一緒に行った相手」


 自車が前車に激突しそうになった。

 重たい沈黙が流れる。

 やっぱり、麻紀はタカのこと諦めていないのかな。


「でも、その人と付き合うことより、真奈の方が大切だから」


 麻紀が穏やかな声で沈黙を破った。

 京ちゃんも麻紀も優しい。

 いつまでも、仲の良い友達でいたいと思う。

 私は人に恵まれていると、改めて実感した。


「麻紀は本当にそれでいいの?」


 私が聞くべきことじゃないかもしれない。

 でも、聞かずにはいられなかった。

 以前、麻紀が語った劣等感。

 麻紀は自分の思いを押し殺してまで、友達という関係を大切にしているのではないかと思った。


「うん、いいの」


 そう答えた麻紀の晴れやかな顔に、少しだけ影があるように感じた。

 赤信号で止まっていた車が動き出す。


「真奈ちゃんは高校卒業したらどうするの? 就職? 進学?」


 麻紀のお母さんが話題を変えた。


「私は……」


 私は芽吹いた夢を話した。

 日が経ち、色々調べたことで夢はどんどん具体的な形へと成長していた。


「すごいね、真奈。真奈ならできるよ!」


 麻紀は強く言ってくれた。

 麻紀の両親も褒めてくれた。

 帰ったらタカや職員さんにも話そう。

 そうすることで、私の中の覚悟が定まると思ったからだ。



 空港に着いた。

 飛行機に乗り、福岡の空港まで行く。

 飛行機内ではバイトの疲れからか、睡魔に襲われ寝ていた。

 麻紀も寝ていたみたいだ。



 福岡の空港に着いた。


「そろそろ、お昼にしよう」


 麻紀のお父さんの提案で、昼食を取ることにした。

 空港内のかつ丼店に入り、席に座る。


「施設ではどんなご飯食べてるの?」


 麻紀のお母さんに聞かれた。

 どんなと言われても。

 少し考える。


「学校の給食みたいな感じですよ」

「へえ、いいわね」


 時々考えるけど、家で満足に食べられない子供は、食事だけでも施設で食べるとかできないだろうか。

 まあ、私の考えは浅いものだけれど。

 子ども食堂みたいなものか。


 その後も、施設についていろいろ聞かれた。

 やはり、施設に関わりがないから興味があるのだろうか。

 かつ丼を食べ終わり、少し休憩してバスに乗る。

 もうすぐ、会える。


「もうすぐだね、麻紀」


 私は麻紀に話しかける。


「うん」


 考えてみると、3ヶ月くらい会ってなかったのか。


「麻紀は会ったら、まずどうする?」

「抱き着く」

「麻紀らしいね」


 私も会ったら思い切り抱きしめたい気分だ。

 京ちゃんのお母さんってどんな人だろう。

 怖い人だったら嫌だな。

 バスは順調に目的地へと向かう。


「真奈はすごいね。驚いたよ」

「え?」

「夢のこと」


 私はうなずいてみせるが、まだ自信はない。

 だから、職員さん達からアドバイスをもらいたかった。


「きっと、これから夢を叶えるために、沢山努力をしないといけない。でも、私は途中で投げ出さないよ」

「うん、真奈のこと応援する」


 私の夢は周囲の人にも、影響を与え始めている。



 目的地である、バス停に着いた。

 バスの外に出ると、一気に熱気に包まれる。

 どちらかというと、田舎だ。

 辺りに人はほとんど歩いていない。

 

 ここからは、歩きだ。

 この暑さの中を歩かないといけないかと思うと少しげんなりするが、京ちゃんのためだ。


「それじゃあ、僕たちはここで」


 麻紀の両親は市内の観光に行くことになっている。

 京ちゃんに会いに行くのは私と麻紀だけだ。

 お礼を言って、麻紀の両親と一旦別れる。


「それじゃあ麻紀、行こうか」

「うん」


 バス停から、スマホを時々見つつ道を歩く。

 辺りは田んぼや緑が増えてきて、家の軒数も少なくなってきている。

 遠くの坂道の上にぽつんと、一軒の家が見えた。

 周りからは孤立している。


「あれ、京ちゃんの家じゃない?」


 麻紀が指さす。


「うん、そうみたい」


 スマホの地図と照らし合わせてみると、そのようだ。

 私達は自然と、歩く速度が上がる。


 その家は、近づくと年季が入っているのがわかった。

 外壁ははがれている所もあり、瓦は何枚かなくなっている。

 麻紀の家は綺麗な花がプランターに植わっているけど、この家は雑草が生え放題だ。

 軽自動車が一台止まっているけど、あまり洗車されていないようで、窓ガラスに汚れが溜まっている。


「行こう」


 私が促し、麻紀と共に玄関のインターホンを鳴らす。

 事前に来ることはメールで伝えてある。

 足音がする。

 京ちゃんの足音より、重い感じがした。

 

 ドアが開く。

 中からは、みすぼらしい老いた捨て犬のようなおばさんが顔を出した。

 体型は鏡餅のように太っていて、真っ白な髪は後ろで無造作に縛られている。

 この人が京ちゃんのお母さんだろう。


「誰?」

「あの、京ちゃん……京子さんの友達です」


 私が答える。


「ああ、そう。今、出掛けてるから」


 京ちゃんのお母さんは、ピシャっとドアを閉めた。

 てっきり、入れてもらえると思ったのに。

 会話している最中、京ちゃんのお母さんは一度も表情を変えなかった。

 なんだか、不愛想な人だ。

 とても京ちゃんの母親には思えない。

 

 仕方ないので、日陰で待つことにした。

 15分ほどして、自転車に乗った京ちゃんが姿を現す。

 自転車の籠には、エコバッグが載っている。

 買い物帰りだろう。


「京ちゃん!」


 私と麻紀は駆け寄る。

 京ちゃんはぱっと、笑顔を咲かせ自転車を降りる。


「真奈ちゃん! 麻紀ちゃん!」


 私は京ちゃんに抱き着く。


「会いたかったよ京ちゃん……。ずっと、寂しかった」

「うん、私も」


 涙が出そうになる。

 ずっと、会いたかった。


「私も、私も!」


 麻紀が必死に訴える。

 次は麻紀が京ちゃんに抱き着く。

 私達は再会の喜びを分かち合った。


「ただいま」


 京ちゃんに付いて行き、家に上げてもらう。

 家の中に入ると、木の匂いがした。


「お邪魔します」


 私達は靴を脱ぐ。

 靴の数は少ない。

 お帰りなさいが返って来ない。

 京ちゃんのお母さんは、どこにいるのだろう。

 2階だろうか。


「ごめんね、私の家クーラーなくて。扇風機で我慢してね」


 京ちゃんに案内され、居間に座る。

 扇風機の風が、汗と暑さを飛ばしてくれる。

 網戸にして、外の風も入れる。

 だいぶ涼しくなった。


 居間を見渡す。

 あまり、掃除は行き届いていないように感じる。

 衣服が無造作に積まれている。


「ごめんね、汚くて」


 京ちゃんに再び謝らせてしまった。


「京ちゃん、忙しいの?」


 私が聞く。


「うん、基本的に平日と土曜日は仕事。祝日も仕事かな」


 ちなみに、今日は日曜日だ。

 きっと、バイトよりずっと大変なんだろうなあ。


「どんな仕事してるの?」


 麻紀が聞く。


「工場の仕事だよ。検品とかしてるの。製品のチェックね」


 工場の仕事というと、立ちっぱなしで延々と単純作業をするイメージだ。


「大変なの?」


 私は心配になって尋ねる。


「うん、大変だよ。でも、高校中退の私を雇ってくれるんだから、感謝しないとね」


 私だったら、そんな風に考えられないかもしれない。

 さすがは京ちゃんだ。


「京ちゃんのお母さんは何しているの?」


 麻紀が聞くと、京ちゃんは困ったような表情になる。


「うーんとね……基本的には寝てるかな」

「一日中?」


 驚いて聞く。


「うん、いろいろ辛いみたい」

「でも、京ちゃんにそんなに働かせて、自分は寝てるなんて親としてどうなの?」


 麻紀が怒りの表情を見せる。


「そうそう、大体愛想だってないし……」


 言いかけて、京ちゃんが悲しそうな顔をしているのが見えたのでやめる。


「あんまりお母さんのこと悪く言わないで欲しいな」

「ごめん」


 2人で謝る。


「でも、そんなに働いて家事もしているんでしょ? いつか倒れちゃうよ」


 私は心配する。

 麻紀もうなずく。


「私は大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」


 私達は子供で、無力だから解決策を提示することはできない。

 家事や仕事を代わってあげることもできない。

 どうすればいいんだろう。


「でも、京ちゃんが施設にいた頃は、京ちゃんのお母さんは一人で暮らしていたんでしょ?」


 私が聞く。


「まあ、そうだけれど。でも生活できていたかというと、できていないと思うよ」

「じゃあ、この先もずっと、京ちゃんがお母さんの面倒を見るの?」


 麻紀が聞いた。

 京ちゃんのことが心配になる。

 このまま、ずっとお母さんが亡くなるまで世話をするなら、京ちゃんはいつ自由になれるのだろうか。

 これでは、介護と変わらない。


「うん、そうなると思う。でもね、もっと心配なことがあるの」

「何?」


 私が聞く。


「この先、真奈ちゃんと麻紀ちゃんが進学して、忙しくなったり彼氏や新しい友達ができたら、私のことなんて忘れちゃうんじゃないかなって」

「そんなこと、絶対ないよ!」


 2人で強く否定する。


「ありがとう」


 それでも、京ちゃんの表情は晴れない。

 京ちゃんは相当疲れているんじゃないだろうか。

 よく見ると、前より痩せている気がする。

 ちゃんと食べているのだろうか。


「真奈ちゃん、夢が見つかったんだよね?」

「うん」

「真奈ちゃんはやっぱりすごいね」

「京ちゃんの夢は、いいの?」

「私の、夢……」


 結婚や子供もそうだけど、京ちゃんは以前海外に留学してみたいと言っていた。

 その夢は、いいのだろうか。

 無責任に諦めるな、とは言えない。

 でも、友達がやりたいことができなくて、苦しんでいるなら助けたい。


「私はお母さんも大切だから。真奈ちゃんに言うのも難だけれど、産んでくれた人だからね」


 それで、いいのだろうか。

 そもそも、京ちゃんはお母さんに夢の話をしたことはあるのだろうか。


「2人とも、心配してくれているんだよね? ありがとう。私は大丈夫だから」


 その声を聞いて、大丈夫だとはとても思えなかった。

 居ても立っても居られない。

 とにかく、今できることをしよう。


「麻紀、掃除しよう」

「うん」


 私と麻紀は立ち上がる。


「いいよ、そんな。せっかく来てくれたのに」


 京ちゃんは慌てて止めようとする。


「忙しくて掃除もできないんでしょ? 私達に手伝わせて」


 こうして、掃除が始まった。

 まずは、溜まっている洗濯物を洗濯する。

 次に散乱している、衣類をタンスにしまう。

 そして、掃き掃除をする。

 掃除機を掛けたかったけれど、京ちゃんのお母さんが起きてしまうとのことで掛けられなかった。

 掃除が一通り終わった。


「綺麗になったね」


 私は部屋を見渡す。


「ありがとう、真奈ちゃん、麻紀ちゃん」


 そろそろ、帰る時間だ。

 名残惜しいけれど、帰らないといけない。

 結局のところ、京ちゃんの状況は改善していない。

 京ちゃんは明日からも、家事や仕事に追われる。

 それらから解放される日は来るのだろうか。

 麻紀と共に玄関に行く。


「またね、真奈ちゃん、麻紀ちゃん」


 京ちゃんは寂しそうに言った。


「うん、またね京ちゃん」


 私が答える。


「また会おうね」


 麻紀も答える。

 麻紀が先に玄関から外に出た。

 私も出ようとする。

 いいのだろうか。

 このまま、帰ってしまって。

 私は再び、京ちゃんの方を見る。


「京ちゃん! 辛かったら、全部投げ出して私の所へ来て! 私が必ず助けるから!」


 私は力強く言った。

 私にできることなんて、たかが知れてる。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 もし、本当に京ちゃんが助けを求めたら、私にできる全てのことをして、京ちゃんを助けるつもりだ。


「真奈ちゃん……」

「無理しないでね」

「うん、ありがとう」


 京ちゃんの目に、涙が溜まる。

 そして、すぐにこぼれ落ちた。


「京ちゃん」

「ごめんね。本当は大丈夫じゃなくて。辛くて、大変なの」

「じゃあ、私が……助けるよ」

「ううん、いいの。頑張るから。2人に会えたし、頑張れるよ」

「無理そうだったら、助けを求めてね」

「うん、その時はよろしくね」


 大丈夫だろうか。

 私は玄関を出た。


 夕日が私と麻紀を照らす。

 暑さも和らいでいる。


「行こう、真奈」

「うん」


 私と麻紀は来た道を戻る。

 必ず、また来よう。



 今日は市内のホテルに泊まる。

 ホテルに着くと、ロビーで麻紀の両親が待っていた。

 

「どうだった?」


 麻紀のお父さんに聞かれる。


「うん、いろいろ話した」

 

 麻紀が答えた。

 いっそのこと、麻紀の家に京ちゃんが居候すればいいんだ。

 いや、京ちゃんのお母さんがいたっけ。

 最初以来、一度も顔を見せなかったので、忘れていた。

 それに、京ちゃんが遠慮しそうだ。

 

 麻紀のお父さんから、鍵を受け取る。

 ホテルで泊まる部屋は2部屋で、麻紀と私で1部屋、麻紀の両親が1部屋だ。

 エレベーターに乗り、部屋の前まで行って鍵でドアを開ける。

 部屋は修学旅行の時より狭い。

 あの時は3人部屋だったから、しょうがない。

 そういえば、あの時は京ちゃんが真っ先に、テレビ点けたっけ。

 

 麻紀がベッドに飛び込んだ。

 バフッと音がした。


「麻紀、ホコリが立つよ」


 修学旅行の時も言った気がする。

 夕食まで、少し時間があるので麻紀と一緒にテレビを見る。

 あんまり面白くないローカル番組をやっていた。


「ねえ、真奈」

「何?」

「京ちゃん、大丈夫かな?」


 大丈夫かどうかと言われれば、大丈夫じゃないだろう。

 でも、今はこう言うしかない。


「京ちゃんなら、大丈夫だよ」

「うん……。早く大人になりたいね」


 大人だったら、もっと力があるし自由だ。

 だから、京ちゃんを助けることができただろう。

 そんな意味で言ったんだと思う。


「そういえば、麻紀の夢って何?」


 京ちゃんがお別れ会で、麻紀に夢が叶うよと言っていた気がする。


「お嫁さん」

「いいね」


 愛ちゃんもお嫁さんだっけ。


「子供は2人くらい欲しい」

「そうなんだ」

「真奈は?」

「私は……」


 今でも私は、子供を持つということを恐れている。

 虐待が連鎖してしまうかもしれないから。

 私の中に虐待の記憶はないけれど、きっと連鎖してしまう。


「私はまだ、自信ないよ」

「自信?」

「うん、子供にひどいことしちゃいそう」

「でも、自信満々な親なんていないと思うよ。みんな不安で失敗しているんだよ、きっと」


 そうかもしれない。

 でも、私の場合は取り返しのつかない失敗をしてしまいそうだ。


「真奈は孝幸君と一緒になるべきだよ」

「そうかなあ……」


 麻紀がそれを言うんだ。


「孝幸君、優しいし真奈にぴったりだよ」

「まあ、いい奴だけどね」

「何か不満なの?」


 タカは結構思いつめるタイプだし、私が支えてあげられる自信はない。

 その時、麻紀のスマホが鳴った。

 麻紀はスマホを見る。


「夕食に行こうだって」

「うん、わかった」


 私達は部屋を出た。



 夕食を取って、部屋に戻って来た。

 交代で入浴する。

 そして、入浴後。


「今日は夜更かししようよ。まずは、大富豪!」


 麻紀が提案し、バッグからトランプを取り出す。

 テレビも点ける。


「はい、おやつ」


 麻紀はバッグからどら焼きを取り出す。

 いつの間に買ったのだろうか。

 それにしても、こうして麻紀と2人で過ごすのも久しぶりだ。

 その後、日付が変わるくらいまでトランプをし続けた。



 翌朝。

 モーニングコールに起こされる。

 麻紀は起きなかったので、ゆすって起こす。

 朝食を食べてから、ホテルをチェックアウトする。

 そのままバス停に行き、バスを待つ。


「昨日、夜更かしした?」


 麻紀のお父さんに聞かれる。


「どうしてわかったんですか?」


 麻紀のお父さんが私の後ろにいる麻紀を指さす。

 振り返ると、目が半開きでふらふらしている麻紀がいた。


「まあ、こんな機会なかなかないし、いいけどね」


 麻紀のお父さんは微笑みながら言った。

 そういえば、夜更かししたことってほとんどない。

 家庭にいたら、できるのだろうか。



 空港に着き、飛行機に乗る。

 九州ともお別れだ。

 京ちゃん、また来るからね。

 心の中で呟いた。



 その後の帰路も順調で、地元の空港に無事着いた。

 車に乗り、施設を目指す。

 施設周辺の懐かしい景色だ。

 そういえば、お土産を買い忘れた。

 和樹あたりが、残念がるだろうか。



 施設に着いた。

 私達は車から降りる。


「お世話になりました。ありがとうございました」


 私は麻紀の両親に頭を下げる。

 恵理子先生も、施設内から出てきてお礼を言った。

 麻紀の両親は笑顔で応じた。


「じゃあね、真奈」

「うん、またね。麻紀」


 麻紀の車は、施設を出て行った。


「京子ちゃんは元気だった?」


 恵理子先生に聞かれる。


「はい、元気でした。大変そうでしたけど」

「そう……」


 恵理子先生の表情には、不安の色があった。


「大丈夫です。何かあったら私が助けます」

「ええ、そうね。もちろん、私もよ」


 恵理子先生は笑顔を見せる。

 私達は施設に入った。


「恵理子先生」

「何? 真奈ちゃん」

「私、夢が見つかりました」

「将来の夢のこと? どんな夢?」


 息継ぎをする。

 大切に話し始める。



「私は全ての被虐待児、そして苦しむ子供を救いたいです」



 途方もない、夢。

 私の夢は始まった。

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