4話 不安と安堵
訳も分からないまま、放課後を迎えてしまった二人。劉星と東生。
すでにサークル活動が始まっているのか、活気のいい掛け声が聞こえてくる。
「麻央。探しに行くか?」
「ダメだよ。ああ言うのは、ほっとくのがきっと…」
探しに行こうかと、廊下を歩き出した東生を劉星が引き止める。
「そう。なのか」
「うん」
女子の扱いは劉星の方が分かっているから、ここは言う通りにした方がいい。東生はそんな気持ちから、探すのをやめた。
「じゃあ、サークル行ってくる」
「東生って、サークル何入ってんの?」
「俺?」
サークルへ向かおうとした東生を再び劉星は引き止め、入っているサークルを聞く。
きっと聞いた意味はない。ただ空気を変えようとしただけなのだろう。
その証拠に、劉星の顔には作り笑いが浮かんでいる。
「俺は、バレー。バレーボール」
「あ、そうなんだね。ちなみに俺は…」
「知ってるよ。バスケだろ」
自分のサークルを紹介しようとした劉星に、東生は当たり前のように被せる。
そりゃ知っている。だって劉星はバスケサークルの中でも一番強く、何度も表彰を受けている。
聞くには、連携も取れていて、かつ一人でも強いというチームのエースらしい。
僕みたいな、ギリギリスタメンの人とは違う。東生は劉星とのズレを感じていた。
「知ってたんだね」
「じゃ、俺もう行くな」
「うん」
一言だけ残すと東生は足早にその場を立ち去った。
これ以上自分がいたら、もっと劉星に無理をさせてしまうと思ったからだ。
劉星は優しい。ただその優しさからどんどん自分を追い込んで行ってしまう。
「こんにちは!先輩!」
悩んでいた東生の背後から元気いっぱいな声が聞こえてきた。
「あ、おう。樫木か」
後ろを振り向くと、バレーボールサークルのマネージャーをしている「樫木 明音」がニコニコと東生を見つめていた。
明音はバレーボールサークル唯一のマネージャーだ。大学2年生にして、低身長とその顔立ちの良さから、男子達には学年問わず人気である。
「先輩、今からサークルですか?」
「あ、おう」
「じゃあ、私着替えてきますね!」
一言東生に伝えると、ショートのサラサラした髪を翻し振り返ると、東生に手を振り明音は足早に立ち去って行く。
東生もその姿を見送ると、再び歩き出した。男子更衣室に向かうためだ。
この学校は、男子更衣室と女子更衣室が別の塔にある。なので明音と東生は真逆の方向に進んでいる。
どのサークルも活動を始めたのか「はいっ!はいっ!」と言う掛け声がどこからともなく聞こえてきた。
男子更衣室に着き、着々と着替えを済ませている東生の元に髪をワックスで左流しに固めている、いかにもアツそうな男がやってきた。
「よっ!佐々木!」
「あぁ。冬夜か」
その男は「八代 冬夜」バレーボールサークルの部長をやっていて、THE熱血男だ。
冬夜も着替えをしにきたのか、カバンからバレーボールウェアを取り出した。
「んなぁ、明音ちゃんさ〜」
「可愛くない?」
「えっ?」
「だろ?」
「あっ」
東生に言いたい事を読まれ驚く冬夜を見て、東生は呆れた。
「毎日言うな」
「わりぃ」
そう。冬夜の明音ちゃんの話は毎日だ。
冬夜は異常なくらいに明音を気に入っている。少し前に、明音に「結婚してください」と真顔で告白し気持ち悪がられた事があった。
それほど、冬夜は明音の事が好きなのだ。
明音も明音で、ハッキリ断ればいいものを優しさ上に毎回曖昧に返したりしてしまう。
そんな明音を東生は少し可哀想に思っていた。
しかし、冬夜と東生は友達な事もあり、ハッキリ可哀想と言えない東生もいた。
「明音ちゃぁ〜ん」
まぁ、僕には関係ない話だけど。
明音とのデートでも妄想しているのか。キスの真似をしながら明音の名前を連呼する冬夜を見て、東生は思う。
バレーボールの練習中だけ見れば、しっかり熱い良い部長なのに。もったいない
東生は静かに冬夜を眺めた。
「えっ雨じゃん!」
着替えている男子達の声がさらにうるさく感じた。
next
学校の都合で部活がなかった絢香は、帰宅後ただただ一人部屋でスマホをいじっていた。
特に雨な事もあり、遊びに行く事もなく部屋で暇をしていた。
『柿野さんが迷惑じゃなかったら、借りて欲しいんだ』
帰りの涼太の言葉が絢香の頭の中でリピートされる。
『ブーブー』
「ん?」
脳内妄想が始まりかけたところで、スマホが鳴る。
スマホをパパッと操作して何が起きたのかを確認すると、どうやらメッセージアプリが原因のようだ。
『岩石 涼太さんに追加されました』
涼太くん!?!?
絢香の脳内がパニックに陥る。
何が起きたのか分からない。
『ブーブー』
またスマホが鳴る。
恐る恐る画面を確認すると、涼太からのメッセージが一件来ていた。
ドキドキする胸を押さえながら、絢香はメッセージを確認する。
『傘明日持って来れる?』
あっ傘のことか。何ドキドキしてるんだろ。そんな事あるわけないじゃん。バカじゃん私。
思っていたような事と違っていたメッセージを見て、絢香は跳ね上がった気持ちの墜落と共に、静かな安堵を手に入れた。
ただそれでも、絢香には嬉しい事だった。
明日も話して良いんだ。
安堵を手に入れた絢香はそれだけを、ただただ思っていた。
「返信、返信!『分かった!じゃあ明日持って行くね!』っと」
キャピキャピしすぎかな…とも思ったが、絢香は急いで返信しなければならないと思い、変えることなく送信した。
絢香は幸福な気持ちで心が埋め尽くされていた。
そんな中
『ガチャッ』
鍵の施錠が解かれた音で、絢香は忘れていた事を思い出し、現実に引き戻される。
東生さんの事忘れてた。
焦りと不安が急に絢香を襲う。
「お帰り〜」
そんな気持ちも汲み取らずに、疲れ切った東生の声が部屋を包む。
騒々しい雨の音と共に。