1話 それぞれの思い
「行ってきます!」
「おう」
部屋の扉を開け、飛び出て行く「柿野 絢香」を上手な作り笑顔で送り出す「佐々木 東生」
あの日から、絢香を家に置くことになった東生は深いため息をつき、ゆっくりリビングに歩いて行く。
別に絢香が嫌いなわけでも、一人でいたいわけでもない。
ただ怖かった。自分が本当にあの子を養って行けるのか。本当にあの子は僕と暮らしていて楽しいのか。
リビングのソファに深く座り、再びため息をつく。
心配だけが巡り巡って自分を苦しめて行く。
「学校。行くか」
大学四年生で、就活準備を始めようとしている時に起こった、絢香の件。
忙しい東生には、首を絞めるような事件だった。
ソファに置いておいた肩掛けバッグを持ち、立ち上がる。
立ち上がったと同時に、あの日からの一週間を思い出してしまう。思い出すと同時に開かれたままの、絢香の部屋に目がいってしまう。
一人暮らしの割には部屋数が多い家を買ってしまったと、後悔していたほどだったのでいくらでも部屋はあった。まぁ、その家のおかげで、お金に苦しんでいるのかもしれないが。
「はぁ〜」
自分にも嫌気がさして、またため息をつく。
この一週間、あの子とはあまり話していない。話す機会もない。
毎朝の行って来ます。帰って来ておかえり。あとは、ほぼ自分の部屋でゆっくりと過ごす。
「今日は話してみるか。たわいもない話し………って!何言ってんだ僕」
かっこよく決めた自分のセリフに、我に帰り赤面してしまう。
「……っあ!!もうこんな時間じゃん!急がないと!!」
考え事をしているうちに時は過ぎており、このまま行くと学校に遅刻してしまう。
急いで玄関を飛び出ると、忙しなく東生は登校ルートに着く。
春の心地よい風が、東生の背中を押していた。
next
「おはよ!」
学校に着いた絢香は、同級生である「齋藤 伽耶」に早速絡まれる。
「あ、おはよ。朝から元気だね」
「まぁね!元気が一番だよ!」
伽耶に皮肉気味の言葉を浴びせ、絢香は席に着いた。しかし、伽耶は絢香の気持ちも汲み取らずに淡々と答える。
「あやちゃん元気ないね。どうしたの?」
伽耶の一言に絢香は考える。
本当にどうしたのだろう。朝からイライラして皮肉も浴びせて。いつもの自分じゃないみたいに。
「ちょっと具合悪いから一人にしてくれない?」
「え?うん。わかった」
少し悲しそうに歩いて行く伽耶の背中を絢香は冷たく見守った。伽耶は身長が低い上にツインテールなので、絢香には少し幼く映る。
伽耶が席に着いたのを確認すると、絢香は席に伏せた。
なぜ、今日はこんなに暗いのだろう。もう、お父さんの死も受け入れて、今は東生さんと楽しく暮らしているのに。
あれ?楽しく?
この時初めて絢香はこの一週間、東生とろくな話をしていない事に気付いた。
暗い原因はこれかもな。
絢香は自分にガッカリして、さらに気持ちが凹んだ。
「今日は東生さんと話そうかな」
「東生さんって誰?」
小さい声の独り言のはずが、聞こえていたらしく、クラスの友達に声をかけられる。
「なっ!なんでもない!」
「ホントかな〜?」
クラスの友達に茶化されながらも、絢香は思う。
多分、誤解されてるんだろうな。と。