移りゆく時を刻もう。
私は今日も、十二年もの時を街の人々に告げ知らせる。それは私の仕事であり、生き甲斐である。
そう、街一番の時計台である私の……。
私は今日も鐘を鳴り響かせる。人々はせわしなく働いており、街は活気に溢れている。私の下にある広場には人間の、おそらく親子と思われる三人が手をつないで歩いている。その内の子供が、店で買ってもらったのであろうアイスを美味しそうに頬張っている。急いで頬張ったためか、父親の裾を引っ張りながら頭を抱えている。母親が慌てて頭を撫でる中、裾を引っ張られている父親は、微笑ましく眺めていた。私もその光景を、微笑ましいと思いながら眺めていた。
街は今日も、平和である。
私は今日も鐘を鳴り響かせる。人々はせわしなく働いており、街は相も変わらず活気に溢れている。私の下にある広場では、結婚式が執り行われている。たくさんの人が祝福の拍手を送る。新郎が新婦のベールを取り、新婦の顔が露わになる。その顔は、アイスを無邪気に頬張り、頭を抱えていたあの頃では想像もできないほど大人びていた。しわが少し増えた彼女の両親は目に涙を浮かべているようだった。誓いのキスを交わし、少女はまた大人になる。
私は鐘を一つ鳴らした。祝福の鐘だ。時間は常に自由である。そして私も時に縛られず自由に時を刻む。それは、街一番の時計台である私の特権である。いいじゃないか。こんな時があったって。人間が言う「あどりぶ」とやらをやってみたまでだ。
街は今日も、平和である。
私は今日も鐘を鳴り響かせる。人々はせわしなく働いている。が、その顔は何かに脅えているようだった。私の下の広場では、武装した兵達が整列している。恐らくは戦争が始まるのであろう。列の中にはかつてこの広場で結婚式を挙げていた者の姿もあった。彼には妻がいるはずだ。無事に帰って来られるのだろうか。鐘を鳴らす時にしか目を覚ますことができない私には、知る由もない。
街は今日も、辛うじて平和である。
私は今日も鐘を鳴り響かせる。かつてせわしなく働いていた人々はもういない。街の支配者は、魔族にすげ替えられたようだ。私の下の広場では、魔族が市場を開いている。活気に溢れてはいるが、並ぶ商品は人間やエルフの奴隷ばかり。正直言って私は好きではない。街の支配者が挿げ替えられるのは別に構わない。そもそもこの街を作ったのはエルフである。ちなみに私はその時に作られた。だから人間も魔族も侵略者という点で違いはない。だがしかし、人間はエルフを奴隷としては扱わなかった。だから私は、人間は好きだが魔族はどうも好きにはなれない。
下の広場で魔族が人間の奴隷に酷い暴力を加えている。助けてあげたいが、私はただの時計台。時を刻むのが仕事であり、それ以外はできない無力な存在。
今日の街の空は、灰色に染まっている。
私は今日も鐘を響かせる。かつての支配者である人間が戻っていた。私の下の広場には、一人の男性が剣を掲げている銅像ができていた。恐らくはこの街の解放者の像であろう。一人の子供が銅像を指さし、僕も勇者様みたいになるんだ!そう叫んでいる。銅像の男が手にしている剣に似た玩具をもう一方の手に持ちながら。戦いの怖さを知らない子供は無邪気に笑う。それができるのは、街が平和になった証拠なのだろう。
街は今日も、平和である。
私は今日も鐘を響かせる。燃える街を眺めながら。私の下にある広場では、武装した兵達が、逃げ惑う人々に斬りかかっている。広場にあった銅像は、粉々に壊されていた。人が同じ種である人を殺す。これが私にはどうにも理解できない。私がエルフに作られたからであろうか。そんなことを思っているうちに、私がいる建物にも火の手が回ってきた。私はまた、鐘を鳴らせられるのだろうか。じりじりと身が焼かれていくのを感じながら、平和を祈る。また笑顔があふれる街に、時を告げ知らせられるように。
街はいつか、平和に戻るのでしょうか。
私は今日も鐘を響かせる。半分焦げてしまった醜い鐘を。廃墟と化した街を眺めながら。私の下にあるかつて市場で栄えていた広場は、雑草に覆われて見る影もない。鹿が広場で草を食んでいる。小鳥の夫婦が建物に巣を作っている。支配者が動物に変わり、平和になったこの街をもう少し眺めていたかったが、私には時間がない。所々にガタが来ているようだ。段々身体が動かなくなる。曲がってしまった長針が進まない。もう、時を刻めない。かつて私を作り、時を刻む仕事を与えてくれたエルフを思い出し、申し訳ないと空に向かって謝罪する。そして、私は少し休むことにした。また目覚めることがあったら休んだ分精一杯働こうと思う。そして私は、目を閉じた。
何年の時が過ぎたのだろうか。ある時私は誰かに起こされた。私を起こしたのは、紛れもなく私を作ったあのエルフだった。エルフは苔に覆われ、使い物にならなくなった私を見て一言、「ご苦労様」と言い、そしてこう続けた。
「私の言った仕事をしっかりとはたしてくれたようね。約束通り、ここから解き放ってあげましょう」
「約束」その言葉を聞いてすべてを思い出した。自分が作られた時、エルフに願いを一つ聞かれ、世界を旅したい。そう言ったこと。
そして私は人間になり、世界を旅することになった。
私は人間の街で、アイスを頬張っていた。美味しい。が、頭が痛い。頭を抱えていると、子供が近寄って来て、「おじちゃんもしかして吟遊詩人?何か聞かせてよ」と言った。
今の私は吟遊詩人として旅をしている。私はどんな話をしようかと、手を顎にあてて考える。視界の端に、大きな時計台が映る。
「じゃあおじさんが、かつて時計台だった話をしようかな」
大きな時計台が鐘を響かせ、時を告げ知らせていた。