第一話
数年前に投稿した作品を加筆、修正したものです。
俺はどこにでもいるようなありふれた高校生だ。
ただ少しばかり自分の人生があまりにも退屈で、何か面白い事が起こらないかと常日頃思っている。
急に異世界に行ったり、邪気眼が発動したり、妖精や霊が見えたりとか、手からかめはめ波撃てちゃうとか、そういう非日常なことが起こることをひっそりと望んでいる。
「ふんふんふんふ~ん♪」
そんな学生の前に、急に変なちびっ子が現れたりしたらそれ自体がもう――非日常である。
鼻歌を歌いながら、向こうから……カバに乗ってやって来る少女が俺の目には映った。しかも、少女の格好がただの格好ではない。なんと魔女っ子風である。
おお、これこそ俺の望んでいた非日常。
ってそんなわけあるか!
なんでこんな田舎に魔女っ子? てか、カバ!? 体長こそ一メートルほどしかなさそうだが、紛れもなくカバである。
遠くから見ても近くから見ても本物のかばのようだが、動物園から脱走してきたのだろうか。ついでにカバの背に乗っている少女も。
「ふんふー……おや? もしかして橘様ですか?」
近くまで来たコスプレ少女はハッとした表情をして、なにやら神妙な面持ちで声を掛けてきた。
「え、あ、そうですけど」
思わず敬語な自分。
なんでこの子、俺の名前を……。
「こんなに早く発見できるとは思いませんでした。町内を四周した甲斐がありました」
いや、それ全然早くないからね? 町内四周って何時間歩き周ってたんだよ……。
どうでもいいけどカバとの距離がすげえ近い。だいたい三十センチくらいの距離である。なにやらフンスフンスと鼻息は荒いがよく見ると瞳がキラキラしていてすごく可愛い。カバってこんなに可愛いんだ……。
「初めまして。この度あなた――橘一様を癒しに来たルカです。あ、ちなみに漢字では、流れるに難しいほうの華と書いて流華です」
そんなん知るか。
癒し……?
俺はこの魔女っ子をスルーするべきなのだろうか。自分は何も見ていない、聞いていない。そんな風に大人しく家へ帰るべきなのだろうか。
なんか関わっちゃいけない気もする。なにこの痛い格好。それ以前にこのカバどこから連れてきた。
「いや、ルカちゃん……? うん、まず、癒しとか以前に『ソレ』なに?」
「ソレってなんですか?」
「いや、それ。君が乗ってるソレ」
少女が跨っているカバを指差す。
「ああ、ヒポポタマスです」
「……え? カバじゃないの?」
「カバじゃありません。ヒ・ポ・ポ・タ・マ・スです」
いや、分かるけどさ。
いや、分かんないけどさ。
確かにヒポポタマスで合っている。ヒポポタマスとは、カバの英語名だから合ってはいる。
しかしなぜわざわざ英語にした!?
てか俺今なんかこの子に馬鹿にされた気がする。カバだけに。いや、全然上手くないけど。
「……うん、そのヒポポタマス(カバ)はどこから連れてきたの?」
「マイペットです」
胸を反らして偉そうに言う少女。
べつになんも偉くないぞ。
「そうか、マイペットか。不躾なことを聞いてすまなかったな。じゃ、俺はこれで」
なんだかすごく嫌な予感がした。これはさっさと立ち去るべきだと判断した。
それだけ言うと、俺はカ……いや、ヒポポタマスに乗った少女の横を通り過ぎ――れなかった。
学生服の裾を掴まれた。
「なんだこの手は? 俺は帰るのですが」
「ダメです」
俺に背を向けた格好のまま、彼女はきっぱりそう言い放った。
「は?」
「ダメです。言ったでしょう? 私はあなたを癒しにきたんです」
裾を離し、こちらを向いて笑顔で言われた。
「いや、そんなこと言われても俺これから帰るから……」
「分かりました。ではまた明日お会い致しましょう。そしたら、あなたのこと癒させてくださいね」
ニッコリと、見る者によっては危ない道に引きずり込まれそうなほど魅力的な笑顔をする。
少女は俺の帰る道とは反対側へヒポポタマス(カバ)に乗って去って行った。
助かった……? 面倒事自らいなくなってくれるとは。
安堵し、再び帰路へと着く。その道中、当然ながらヒポポタマス(カバ)に乗った少女には出会わなかった。
自分で望んでいたちょっとした非日常はあっさりと終わり、また日常に戻るのだと俺は思った。
少女は『また明日』と言っていたけれど、なぜだか俺は、明日になっても少女は現れないのだと思った。
これで良かったのかと自問自答し、すぐにこれで良かったのだと思い直す。
俺が望んでいるのはこういうのではなく、ある日うっかりトイレに流されてしまったらその先は異世界だった――みたいなそういうのなのだ。急に現れた訳分からん見るからに頭のおかしい少女と出会って何か起こることは望んでいない。
家に着き、夕食を食べ、お風呂へ入り寝る。ちょっとした非日常など、こんなものなのだ。
――明日になっても、少女が現れることはない。
明日になれば、自分はおかしな夢を見ていたのだと思うに違いない。
翌朝、学校へと行く為、朝から家を出た。
朝と言っても、学生には当たり前の時間である。というか、もう九時である。普通の学生はとっくに登校している時間である。
まだ暖かい季節とはいえ、やはり朝は空気が少し冷たい。
そんな冷えた朝の空気を肺に吸い込みながら、前を見ると少女がいた。
まるでそうあることが当たり前かのように、俺の通る道の前方にいたのだ。
少女――いや、魔女っ子風少女が俺の行く手を塞ぐように、前方に立っていた。
ここで俺は思う。
――ああ、夢じゃなかったのか。
いや、それともこれ自体も夢なのだろうか? 十分にありえる。俺は低血圧で朝は苦手だからきっとそうだ。うん。まだ頭が起きていないのだろう。きっと幻覚だ。
俺は、少女の横を何も見ていないと言うように通り過ぎ――れなかった。
少女が俺の学生服の裾をがっちりと掴んだ。
なんだこのデジャヴ。
「はぁ……」
一つ溜め息を吐く。
すると、少女からぐすっという、まるで泣いているかのような……え?
「え!?」
少女のほうを見ると、確かに泣いていた。
……俺のせい、か? 鬱陶しそうに溜息を吐いたから……?
困った。いや、今更ご近所さんの目がどうのこうのというわけではなく、俺は子供が苦手なのだ。泣かれると焦るし困る。
「悪い。俺がなんかしたか? すまん」
しゃがんでなるべく優しい声音で話し掛ける。
「ぐすっ……。違うんです……私の、カ……ヒポポタマスがどこかに……ぐすんっ……、行っちゃったんですぅ……」
おまえ今さり気にカバって言いそうになっただろ? こんなときにあれだけど完全に言いかけただろ?
良かった。俺のせいで泣いているわけではないどころか俺の要因ゼロだ。これなら安心して立ち去れる。
「そっか。まあ、頑張って探せ」
「ひどいです! 橘様も一緒に探してくださいよっ!」
「なんで俺が……」
誰がそんな面倒なことをやらなければならないのだ。
もう九時もまわっているけれど、俺はこれから学校だ。
「ひっく……。……分かりました。無茶なこと言ってすいませんでした」
少女は服の裾を離し、小さく頭を下げ走り去っていった。
まったくもって謎である。『また明日』って、俺にヒポポタマス(カバ)を探してもらうためにまた明日って言ったのか?
「ま、いいや。学校行かねぇと」
完全に遅刻もいいところだが、行かないと留年がまた一歩近づく。
なんとなく、少女が去っていった道を通りたくなくて、遠回りをした。
少女は嘘泣きをしているようには思えなかった。本当にヒポポタマス(カバ)がどこかへ行ってしまい心配しているのだろう。
けれど、それだけの話である。自分にはなんの関係もない。
昨日初めて会った少女で、しかも魔女っ子風。しかも、ヒポポタマス(カバ)に乗ってるし。これだけの要因が揃っていれば絶対ヤバイ奴に決まっている。
それに急に意味不明なことを言い出したかと思えばあっさりとどこかへ行き、今日になっていきなり一緒にヒポポタマス(カバ)を探してほしいだなんてそんなこと。
自分にはまったくもって関係ない。
気付くと自分は少女が行った方の道を走っていた。
子供は嫌いだ。すぐに泣くから。泣いてもどうにもならないのに。
何も、戻らないのに――。
「くそっ……!」
悪態は誰に向かって吐いている訳でもない。誰かに、というよりはきっと自分自身の甘さに対してものだ。
むかつく。なんで俺は今必死になっているんだ。あんな昨日今日会ったばかりの変な子供のために。
しばらく走ると、少女の後姿が見えた。
さすがに子供の足だけあって、そんな遠くには行っていなかった。
「おいっ」
声をかけると、少女の肩がびくっと震えた。
「な……あ、橘様……。どうされたんですか?」
「どうされたんですかじゃねぇよ。ヒポポタマス(カバ)、どっか行きそうな場所とかないのかよ」
久しぶりに頑張って走ったからはあはあ言いながらの、なんとも格好つかない俺の台詞ではあった。
「え……? 一緒に、探してくださるんですか?」
少女の目がぱっと輝き、なんとも嬉しそうな顔をする。
「ああ。探してやるから、行きそうな場所一緒に探すぞ」
「はいっ、橘様っ」
まだ見つかってもいないのに、これだけのことで嬉しそうにしている。
子供はなんとも単純だ。
「いませんねぇ~……、ヒポポタマス(カバ)……」
「てかヒポポタマス(カバ)が勝手にどっか行くかよ普通……」
俺たちはとりあえず町内をしらみつぶしに探す。
朝起きたらいなくなっていたということなので時間で言えばまだ二時間経っていない。それならまず町内を探したほうがいいだろうということだ。
「ちょっと目を離してたらどこかへ……」
「どこかへ……じゃねぇよ! ペットの管理くらいちゃんとしとけ!」
いや、そもそもペットなのか……?
カバは日本で動物園以外での飼育許可は下りているのだろうか。……まさか盗んで、とかないよな。
「うぅ……。おーい、ヒポポタマスや~い。ほら、橘様も一緒に」
ふざけんな。
そんなんで出てきたら苦労しねぇ。むしろそんなんで出てきたら驚きだわ。
「……てか、その『橘様』ってのやめてくれ」
「え、なんでですか? 橘様は橘様じゃないですか」
外でそんな風に呼ぶから、さっきからおまえが『橘様』言う度に道行く人が変な目で見るんですけど。
まるで俺がそう呼ばせてるみたいな変な目で見られるからやめてください、お願いします。
まあ、こいつが魔女っ子風の姿をしているせいもかなりあるのだろうが。
「俺は俺だけど、様はやめてくれ。橘でも一でもどっちでもいいから、好きなほうで呼んでくれ」
「いえっ、そういうわけにはいけません。一応『ご主人様』ですから!」
大声でそういうことを言うなぁぁぁああああああぁあああああ!!!!!
見ろ! たちまち変な目を俺に向け、ひそひそとおばさんたちが会話しだしたじゃねぇか!!
「ちょっと黙れおまえ。いえ、黙ってください、お願いします」
「私はあくまで、主従関係を言っただけじゃないですか」
ちょっとご立腹である。可愛くほっぺをふくらませているが、俺からしたらただただむかつくだけである。
お譲ちゃん、ちょっと黙ろうか。主従関係とかどうでもいいから黙ろうか。
「いえ、もう分かったのでどうぞそのお口を閉じてくださいませ、ルカ様」
「急になんなんですかー」
あれ? 俺たちヒポポタマス(カバ)探してるんだよね?
なんかちょっとおかしな方向に向かってる気がするからさっさとヒポポタマスでもカバでもなんでも見つけて、学校へ行きたい。
こんなに学校を恋しいと思ったのは生まれて初めてだと断言できる。
「しかしほんとにいないなぁ……。もう町内はほとんど見たぞ。ひょっとして町の外出てるのかもな」
「そうなんですかねぇ……。さすがに町の外に行っちゃうと見つかりにくいですよね……」
しょんぼりとする少女。
いや、ヒポポタマス(カバ)とかどこに居ても目立つからね? 一メートルしかないって言ったってさすがに目立つからね?
しかしそうだよなぁ……。ヒポポタマス(カバ)とかそんな目立つ動物すぐ見つかりそうなものなんだが……。
時刻はすでにお昼の十二時近い。
なんだかんだ言いつつ、結構探し回っている。
「まあいろいろ言っててもしょうがねぇしもう一回町内見てまわるか。それでいなかったら町の外探しに行くか」
「はいっ」
気のせいか、少女が嬉しそうだ。
相棒(?)のヒポポタマス(カバ)がいないにも関わらず、結構元気そうだ。
あのしょんぼりとして泣いている姿を見てしまったからこそ手伝いに来たのだがこうも意外と元気だともう手伝わなくてもいいんじゃないかと思えてきた。
「おまえ心なしか嬉しそうだな」
「ええ。だって、橘様が一緒に探してくださってるんですもの。最初はまったく協力する気がなさそうだったのに。これが噂に聞くツンデレってやつですかね」
違う。断じて違う。
そのいい加減な情報をおまえはどこから仕入れてきたんだ。
「ちょっとインターネットで」
「現代っ子だなオイ!」
というか勝手に人の心を読むな。
「ふふ……!」
「まさかおまえ本当に俺の心が……!?」
「修行しましたから……!」
どこでだよ。心眼が使えるなら俺はエベレストでもマグマ煮えたぎる山にでも篭るぞ。
いや心を読むのは心眼ではないな……。
「……ところで気になっていたんだが」
「はい。なんですか?」
「おまえのその、首から背中にぶら下がっているボロい板はなんだ?」
初登場の際、去り際に背中を見せたときから気付いてはいたのだが訊く機会を失っていた。
「これですか?」
少女が背中側から板を持ってくる。一見なんの変哲もない部屋にかかっているプレートのすげえ汚い版みたいな板だが……。
「あ、これ裏返ってたんですね。気付きませんでした」
少女がクルリと板を回すとそこには拙い字で『いやし屋』と書いてあった。
て、手書きの宣伝……!? 広告……!?
『癒し』が平仮名なあたりちびっ子感が出ている。
「お、おう……」
なんというかもうそれ以上言葉が出なかった。自分から訊いておいてなんだが感想も出てこない。
しかし少女は『どうですか。いいですよね、これ』と言わんばかりの笑顔だ。どうすれば……。
「い、いいんじゃないか……?」
精一杯の一言だった。
「みつからねぇ……」
時刻はもう夕方の四時になる。
あれから、昼食のマクドナルドをはさんで、ヒポポタマス(カバ)の捜索を続けていたが、一向に見つからない。
ちなみに、マックは俺一人が店に入って買ってきた。
既にこいつの魔女っ子風の姿町の人の目には散々晒されたが、さすがにそこは俺も人間である。
マックの店内に入れる気にはならず、魔女っ子を一人外で待たせて買ってきた。
その間にも、町の人の目には触れていただろうが店内に入っていなければ俺的にはセーフ。
「見つかりませんねぇ……」
『ふぅ』という二つの溜め息が漏れる。
「いったん自宅に戻ってみますか」
そう提案する魔女っ子少女。
「自宅っておまえ家あるのか」
まあ、当然はあるだろうけど。
ヒポポタマス(カバ)が住める家ってどんなんだ?
「ありますよー。ちょっと歩いたところにあるのでいったん戻ってみますね」
「おお」
とくに探すあてもないので、その提案には賛成した。
正直、すでに何時間も歩きっぱなしなので、家で少し休憩したい。
「ここです」
しばらく歩くと、彼女の家らしいところへ着いた。
「は?」
「は? ではありません。ここが私たちの家です」
「いや、家っていうか……空き地じゃん」
おまえは漫画やなんかのありえない場所に住むホームレスキャラか。
しかも、高さが一メートル五十センチはありそうな草がそのへんにやたらめったら生えている。
完全に空き地じゃん。しかも何年か放置してるような。
「空き地じゃありません! 真ん中あたりにちゃんと土管があるんですよ!?」
いや、そんなことで怒られても……。土管って家にならないし……。
「分かった。おまえの家はもう見飽きたし、帰ろう」
見飽きたと言うか、見る場所すらない。
自分の家に帰って少し休憩しよう。こんなところで休憩もなにもあったもんじゃない。
空き地に背を向け、さっさと歩き去ろうとしたとき、空き地からがさがさと草が揺れる大きな音が聞こえた。
「なっ、今の音なんだ」
不自然に草がワッサワッサと揺れている。
まるで巨大生物が潜んでいるような……――え?
『巨大生物が潜んでいるような』……?
俺はその音がしたほうへ、草を掻き分けて進んでいった。
あわてて走り出すものだから、後ろの魔女っ子が驚いているのが分かった。
やけにだだっ広い草だらけの空き地の真ん中辺りまで行ったとき、ソイツは見えた。
「やっぱり……」
思わず、安堵なのかなんなのか分からない溜め息が漏れる。
俺はその位置から大声を張り上げた。
「おーい、ルカー! ちょっとこっち来いー!」
「え、なんでですかー!?」
向こうも俺に負けじと声を張り上げる。
「いいからちょっと来い!」
そう言うと、返事する声はなくなり、代わりに背後からがさがさという音が聞こえ始めた。
「あー、いたー!」
ヒポポタマス(カバ)を見るや否や、彼女は大きな声を出してヒポポタマス(カバ)に抱きついた。
「よかったぁ……」
目にうっすらと涙が見える。
なんとも感動の再会である――と、そんなふうに俺が思うとでも?
そりゃ、ここがせめて百メートル離れた場所、もしくは町の外だったら良かったと思うことが心からきっとできたことだろう。
しかしここは、彼女の自宅(空き地)らしい。
つまり、こう推測するのが妥当であろう。
――ヒポポタマス(カバ)はこの空き地からは一歩も出ていない。
目覚めた少女はまず、ヒポポタマス(カバ)を探した。しかし、ヒポポタマス(カバ)は見つからなかった。
ヒポポタマス(カバ)は、空き地の隅のほうできっと寝てでもいたのだろう。無駄に広いこの空き地全部を彼女が見て回ったとは思い難い。
そう、つまり――俺たちがヒポポタマス(カバ)を探し回った時間は無駄だったのだ。歩き回った時間計六時間ほどが。
「よかったなぁ、魔女っ子少女?」
「はいっ! ありがとうございました橘様」
お互いにニコニコと笑っている。
しかし俺の笑顔は、怒りの笑顔である。
「おお。べつに礼には及ばない――とでも言うと思ったか?」
「え……?」
感激のあまりか、ずっとヒポポタマス(カバ)に抱きついて嬉しそうにしていた魔女っ子が、ヒポポタマス(カバ)から手を離し、真顔になった。
「ふ・ざ・け・ん・な・よ」
笑顔を貼り付けて、魔女っ子に言う。
怒っていることは、誰が見ても明白であろう。
「今日は平日だ。当然ながら、俺は学校がある。ちなみに自慢じゃないが、俺はあまり学校に行ってないので、あと何回か休んで単位を落とすと留年するんだよ。
それなのにわざわざ、この敷地から一歩も出ていないであろうその生物を探す為に俺は何時間費やしたと思う? 探し始めたのは確か朝だったよなぁ。今はどうだ? 夕方だよなぁ?」
「ひぇっ……!?」
怯えた目になる少女。
はたから見ればさながらこの図は、今まさに狼に食べられようとしている子羊の図であろう。べつに今まさに蛇に食べられようとしている蛙の図でもなんでも構わない。
ようは、より強きモノが獲物を捕食しようとしている場面だ。
「さぁて、どうしてやろうかなぁ? 魔女っ子、おまえに最後を選ばせてやるよ。焼かれるのがいいか? 煮られるのがいいか? それともべつのがいいか」
「ひぇぇぇ……っ」
「ふぅ……。なんて、冗談に決まってるだろ」
そう、さすがに冗談である。
これくらいのことでさすがに殺人は犯したりしない。
まあ、これくらいと言っても授業を一日休むのは俺にとっては結構重要な問題なのだが。
「よ、よかったぁ……」
その場に、ヒポポタマス(カバ)に寄りかかる形でへたりこむ少女。
「さすがに冗談だよ。ヒポポタマス(カバ)見つかってよかったな」
「あ、ありがとうございます……。本当に橘様のおかげです。ありがとうございましたっ」
素直にお礼を言われてしまうと、これ以上何も言えない。
まあ、見つかってよかったとは本当に思っている。そして、俺も俺でなかなか楽しい時間を過ごせた気もする。それこそ『癒し』ではなかったものの、楽しかった。
「いいよ、もう。これからはちゃんと空き地全部探してから行方不明だ~! って言えよ?」
苦笑いする俺。楽しいには楽しかったが、もう御免だ。
「はい、そうします」
ちょっと照れている少女のはにかみ笑顔に頑張った分はまあこれでいいかと思えた。
――まったく、とんだ一日だった。
家に帰り、夕食を食べ、眠る――はずだったのだが。
「なんでおまえがいるんだよ!?」
「えっ、だってまだ私橘様に癒しをあげていませんから」
「なに!? なにその当然のような言い方!? どうしたらそんなふうに生きれるのか教えてほしいなっ! べつにもう癒しとかどうでもいいから帰ってくれない? というかね、癒しどころか、君のせいでイライラしっ放しなんだけど、まずこれをどうにかしてくれない?」
「どうしたらいいですか、橘様」
「分からないの? ねえ、本当に分からないの?」
「……橘様って意外に大胆なんですね。いいですよ、私の体で癒せるのなら……」
「わー、わー!? おまえ何言ってるの!? ちょっととりあえず、黙って! お願い黙って!?」
「え、そんな……すぐにしたいと仰られるのですか……?」
「何この子!? もう殴っていい!? いいよね!? この子ならもう殴ってもいい気がする。勝手に俺を変態キャラにすんなっ!」
「人の趣味はそれぞれですから、橘様がロリコンであることは私はとくに気に致しません」
「黙れ。分かった、黙れ。おまえが黙らないなら俺が黙らせる」
「そ、そんな! きっ、キスはダメですっ! 私初めてのキスだけは好きな人と……っ!」
「いいよもう。おまえの脳内はどうなってるの? どうしたらそういう変な誤変換ができるの? ねえ?」
――と、まるでコント状態である。
いや、混沌状態である。
互いが互いに息つく暇もなく、こんな会話をしていた。
「はぁ、もう……」
疲れた。色んな意味で疲れた。
「落ち着かれましたか、橘様」
そっと優しく声をかけてくる魔女っ子。
なにその意味不明な優しさ。
「いやなにその自分は無関係ですみたいな顔? 全部君のせいだからね?」
「え、橘様は私のせいでロリコンに……?」
「ちげーよ! もういいわ、その流れ!」
いや、正直飽きてはいない。というか、楽しい。
「まったく……。急に人の家上がりこむかなぁ、普通」
そうなのだ。
あのあと、魔女っ子(ヒポポタマス(カバ)付き)は俺について来た。そして堂々と家へ上がったのだ。
「橘様が一人暮らしだったので、これはしめた! と思いまして」
「なにがしめた! なの!? なにこの子! 恐ろしい!」
なんでこんなに仲良くなっているのか不明である。
「いや、おまえはともかくとしてさ……なんでタマまで俺の家連れて来てるの?」
「え、タマ? もしかしてヒポポタマス(カバ)のことですか。わー、可愛い。いいですね、タマ。
きっとタマちゃんも気に入ると思います」
いや、もうこの話も終わるのに今更タマもなにもないんだろうけどさ。
ここまでにもう何回『ヒポポタマス(カバ)』使ったか分からないからね。
いい加減読者さんもイラッときてるだろうからね。
なんかタマとか言い出してる時点でまた読者さんがイラッとしてるだろうけどね。
なにタマとか猫みたいな名前付けてるんだよ! ってたぶんご立腹なんでしょうね。
もしくはなんでそんなに下ネタに走ってるんだよ! って怒ってるかもしれませんね。
「てかちげぇよ! タマとかはどうでもいいんだよ! な・ん・で・タマまで家に連れて来てるのか聞いてるんだよ! カバとか俺の家じゃ飼えねぇよ」
「カバじゃありません! ヒポポタマスです!」
「分かった! な、ん、で、ヒポポタマス(カバ)まで俺の家にいるの?」
「マイペットだからです」
だからなんで胸を反らす。
だからなんでそんな偉そうなんだよ。
「タマちゃんの世話は私がします」
「そういう問題じゃない。そもそもおまえが住むことを許可した覚えはない」
ぶーっと頬を膨らます魔女っ子。だからそれ可愛くねえって。むしろイライラを増長させるからやめろ。
「いいじゃないですかー。人の一人や、ヒポポタマス(カバ)の一匹くらい」
「ヒポポタマス(カバ)が問題だ」
「……」
お、急に黙ったぞ。観念したか。
「橘様ひどいです……。女の子をあんな空き地で一人寂しく寝かせるなんて……ぐすっ……」
なんで泣くぅぅぅぅうううううう!?
そもそも、男の一人暮らしの家に住むのも問題だろうが!?
「ふぅ……。分かった、分かったから泣くな」
「本当ですかっ!?」
ぱっと顔を上げ、笑顔になる魔女っ子少女。
おい、嘘泣きか頭の悪いお譲ちゃん。
「嘘泣きじゃありません。本当に泣いてました。でも橘様の許可がもらえてよかったです」
にこっと微笑む少女。
うっ……。その顔にはどうも弱い自分がいる。しょうがないなぁ……。
かくして(?)、俺の部屋には変な同居人が増えた。
俺の日常は、この日から非日常に変わったのであった――。
「ただし、タマは家の中には入れるなよ」
「はーい」
「それと俺の言うことはちゃんと聞け」
「はい、ご主人様っ」
「その呼び方はやめろ」
「はい、橘様っ――!」
数年前に投稿した作品を加筆、修正したものです。
加筆、修正、そしてすごく今更ながら感想にあった続きが読みたいという嬉しい要望に応えたいと思い連載するにあたり前回投稿したものを削除させて頂きました。
私の拙い小説に感想を書いて頂いた方、ありがとうございました。
二話目の掲載予定は未定ですが、なるべく早く上げたいと思います。
最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます。