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英雄が死んだ日

作者: 湖城マコト

「爺さん。今日も英雄の話を聞かせてくれよ」


 アイリスの村に住む13歳の少年――アレンは、今日も村はずれの洋館に住むセム老人の元を訪れていた。

 かつては剣聖と呼ばれた強者も、寄る年波には勝てず12年前に隠居。長年連れ添った妻にも2年前に先立たれ、現在は一人、この洋館で余生を過ごしている。

 

「物好きなことだ」


 口ではそう言いながらも、セム老人の口調は穏やかだった。

 誰も興味を示してはくれない年寄りの戯言に、アレンだけがいつも真剣に耳を傾けてくれる。

 愛する者も亡き今、アレンに7人の英雄達の物語を語り聞かせることは、セム老人にとって唯一の生き甲斐であると言ってもいい。


「だって、爺さんの話、すげえワクワクするんだもん」

「そうかそうか、それは語り甲斐があるというものだ」


 セム老人はベッドから身を起こし、アレンにもっと近づくように手招きをした。

 このところは体調が優れず、横になっている時間が多くなり、声も弱々しくなってきている。


「前回はどこまで聞かせたかな?」

「白衣の剣士が魔王の心臓に聖剣を突き立てたところまでだよ」

「ああ、そうだったな」 

「早く続きを聞かせてくれよ」


 目を輝かせるアレンの頭を優しく撫でてやると、セム老人は静かに語り始めた。


「剣士をリーダーとする7人の英雄たちは、見事に魔王を討ち取った。これにより、各地に放たれていた魔王の分身である魔獣たちは瞬く間に消滅。世界に平和が訪れた」

「魔王を倒したんだ。当然だよ」

「……だが、訪れた平和は英雄たちの想像していたものとは、少し違っていたんだ」

「どういう意味だよ?」

「強大な力を持つ魔王が死んだ。その影響は凄まじく、世界そのものを変えてしまったんだ」

「世界って、山とか川と海とか町とか?」


 アレンのイメージする世界像も決して間違ってはいないが、この場合は少し異なる。


「もっと大きな世界だよ。空間や時間、人々の記憶といったね」

「……俺、難しい話はよく分からないよ」


 小首を傾げるアレンにセム老人は微笑みを向ける。アレンは悪く無い。セム老人が語り聞かせている内容は、きっと大人でも理解に苦しむであろう内容だからだ。


「簡単に言うと、魔王が滅びたことで、歴史そのものが変わってしまったんだ」

「歴史が変わるとどうなるんだ?」

「魔王なんて始めからいなかった。魔王が倒された瞬間、そういう世界になってしまったんだよ。人々は魔王の存在なんて知らない。魔獣による被害も無かった。全てを覚えているのは、魔王を滅ぼした7人の英雄達だけだった」

「それって、英雄達が魔王を倒したっていう事実も無くたってことじゃ……」

「その通りだ。彼らの功績を知る者は誰もいない。いや、そもそも功績そのものが存在していない。それが世界の真実となった」

「何だか納得いかねえよ。命懸けで平和を取り戻したのに、誰もそのことを知らないなんて……」


 根は優しいアレンは、感情的になるあまり声を震わせていた。そのような結末では英雄達があまりにも不憫だ。


「英雄達は、自分達の功績を世界に伝えようとは思わなかったのか?」

「もちろん、英雄達だって最初は混乱していたが、彼らの目的は魔王を打ち倒し世界を平和にすること。栄誉など望まず、魔王の恐怖が消滅した世界の到来を、彼らは素直に喜んだ」

「凄い人達だ」


 平和な世界の到来は、彼らにとってはどんな栄誉や称賛よりも誇らしいものだったに違いない。例え人々の記憶に残っていなかったとしても、彼らが真の英雄であることに変わりはないとアレンは思った。


「英雄たちは、その後はどうしたんだ?」

「双剣使いの曲芸師は新たにサーカス団を立ち上げ、剛腕の斧使いは木こりに復職し、銀髪の修道女は孤児院を立ち上げた。隻眼の槍使いは傭兵として各地を回り、短剣使いの盗賊は商才を発揮し成功を収めたそうだ」

「白衣の剣士と、赤髪の弓使いは?」


 英雄達を束ねるリーダ的存在の白衣の剣士と、彼を献身的に支えた恋人である弓使いの赤髪の女性。二人のその後はやはり気になる。


「平和になった世界で、二人は結ばれたよ。剣士は剣術指南役として国に仕え、赤髪の弓使いは一線を退き、妻として家庭を守り続けた」

「そっか、二人は幸せになれたんだな」


 アレンの言葉に、セム老人は優しく頷いた。


「さてと、7人の英雄達の物語はどうだったかな?」

「物語だってのは分かってるけど、爺さんの語りには臨場感があって、本当の出来事みたいでワクワクした」

「アレンが楽しんでくれたなら、私も嬉しいよ」


 老い先短い老骨でも、一人の少年に心躍るような話題を提供出来たのなら、それはセム老人にとってとても誇らしいことだった。


「じきに夕刻だ。あまり遅くなるとご両親が心配する。そろそろ帰った方がいい」

「分かった。そうするよ」


 素直に頷きアレンは帰り支度を始めた。洋館は村の中心部から離れているため、早めに帰らなければ日が暮れてしまう。


「爺さん。また来るからな」

「気を付けて帰るように」


 帰路についたアレンの背中を、セム老人は感慨深げに見送った。


「やれやれ、孫のような年頃の少年に昔語りとは、私も老いたものだ」


 今は亡き妻の肖像画に、セム老人は語り掛ける。

 槍使いのアレックスは傭兵として赴いた戦場で28歳の時に。曲芸師のロロは公演中の事故で30歳の時に。修道女のセレナは42歳の時に流行り病で。元盗賊の商人――シリウスは心臓の病で50歳の時に。最年長だった木こりのダグラスも、家族に看取られ85歳で。当時の仲間はみんな亡くなってしまった。

 弓使いであった妻が2年前に78歳で亡くなり、当時の記憶を残す者はもうセム老人ただ一人だ。

 自分達の冒険をアレンに語り聞かせたのは、思い出を語り合う相手を喪ってしまった老人の、ちょっとした戯れであった。

 決して真実を知ってもらいたくて語ったわけではない。ただ、誰かにこの話を語り聞かせることで、当時の記憶を呼び起こしたかったのだ。

 仲間達と過ごした、あのかけがえのない日々を――


「また、みんなで冒険をしたいものだな……」




 三日後。セム老人は亡くなった。

 予てより患っていた、肺の病が原因だった。

 発見された時セム老人は、妻の形見である弓を抱き、安らかな顔で亡くなっていたという。

 

 この老人が、かつて魔王を打ち倒した英雄の一人であることを知る者は誰もいない……




「おとうさん。おはなしをきかせて」

「いいぞ」


 10年後。一児の父となったアレンの姿があった。

 3歳になるアレンの息子は、アレンが語り聞かせてくれる「7人の英雄」の物語が大好きだった。


「世界は、凶悪な魔王に支配されていました――」


 英雄達の存在を知る者はいない。

 それでも、英雄達の物語だけは確かに語り継がれている。




 了

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