7限目
いきなりお前が新しい主人かと問われた。
答えは『はい』か、それとも『いいえ』か。
オットーやモディエフなら、よくわからないことに対しては『知るか!』と叫んで一蹴するだろう。第一前提が全く足りてない。誰に聞かれてるかわからないし、何を基準に聞かれてるかもわからない。
ユーティエは、多分ちょっと首を傾げながら『なんのお話でしょうか?』とか聞き返したり、『すいませんけど、後でじっくりお聞きするので』とか控えめに対応すると思う。なんとなく、そうだと思っているだけで実際はどうだかわからない。でも割と確信してる。
先輩や校長先生なら……勝手な想像だけど『だとしたらどうする』とか余裕を持って言うだろう、それで実際がどうであれ自分の有利なように状況を動かすんじゃないだろうか。勝手な想像だけど。
さて、それらを前提として俺の場合なんだけど……
「そんなことよりドラゴン怖い」
この一言に尽きる。
四肢を踏ん張った姿を見てまさかと思って跳んだら、足下を風切り音を立ててしっぽが通って行った。当然刺が生えているし、ついでに先端部分は錘の用に丸く膨らんでいる(さらに棘!)。多分そこだけ切り落としても10ディコンくらいはあるんじゃないか? とも思える巨大鎖分銅。剣が置かれていた置き台に見事命中し、根こそぎ吹き飛ばして壁に叩き付けた。喰らったらディスケロスの体当たりなんて比じゃない痛みで悶絶すること請け合いだろう。回避を選択した自分の本能に賞賛を送りたい。
だけどもちろんそんなことを喜ぶ暇なんて無かった。
射程の問題があるからどうしても跳ばざるおえなかったとはいえ、せめて後方にとかなんとか工夫をするべきだったんだと思う。次の瞬間には尾とよく似た軌道で、少し高い位置を。ちょうど俺に当たる場所に振るわれた翼の先端が、その先の三本爪が脇を撃ち抜く。
「がひゅ」
変な声とともに肺から空気がすっぽ抜けて目の前が真っ白になる。残念そこは鉄環仕込みの胴巻き だ……とか一瞬思ったけど、そんなことはこれっぽっちも関係ないくらい痛い。まぁ内蔵出なかっただけ御の字か。それでそのまま死ぬ人間も多いらしいからな……
『おーい? お前がオレの新しい主人なんだろ?』
(あー……うるせー……今それどころじゃないってのに)
いきなり耳元……というか頭の中に響く声につい苛立ってしまう。
いや、ついと言うのはかなり控えめな表現か。正直かなり苛立っている。そもそも突然の声に驚いてそちらに気をやった隙にドラゴンの鎖が外れ、その流れのままの一撃で右腕をへし折られてしまったのだから。
痛みにはある程度耐える訓練をしているけど、それでも痛いものは痛いし苛つきもする。
あのあと先輩からさんざん言い含められた。仲間の誰が嘘をつこうがなにしようが、そこに悪意が無い限りいつだって怪我を負った責任は自分自身にある、と。嘘を見抜けなかったことでも良いし、嘘をつかれる程度の関係しか築けなかったことでも良い、あるいは単に実力が足りなかったことでも。たとえ囮として任命されたのだとしても、それは結局それ以上の案を出せなかったこと、囮に任命される実力だったこと、囮を実行して怪我をする程度の実力だったことなど、どこまで行っても本人に責任がつきまとうのだと。正直大げさと言うか、不合理を感じないでもないけど、結局それは心構えの問題で。
冒険者として生きる以上、人を貶める暇があれば自分を磨け。と言う話に他ならない……はず。
ただ納得はできても中々感情はついてこない。なんとなくこの声と……あるいはこの声の持ち主と自分の相性が悪いのだと言う感覚がある。どうしようもなく。
『おーい』
「今死にかけてんの見てわかんねえかな」
『ほう、死にかけてんのか? たかがドラゴンで』
たかがドラゴンて。
苦しいのを我慢して顔を上げると、今まさにそのドラゴンが近づいてきている。幸い壁まではまだ距離があるからいきなり追いつめられるわけじゃないけど、早く動かないとこのままもう一発喰らっておしまいってことになりかねない。足音は重たくて鋭い爪が生えてるのが見えるし、まだ2〜3ハード距離はあるのに吹き付ける吐息からなんだか炎の匂いがする。
いや、相手はドラゴンだぞ? ドラゴン。そりゃ決して大きくはないけど、少なくとも下位竜種 とかって奴とは違う、正真正銘のドラゴンだ。こんなのどうしろってんだってくらいドラゴンだぞ……?
『なあ、お前本当にドラゴンに負けそうなのかよ』
「誰なんだお前」
苛立ちからか、それとも焦りか。あるいは単に苦し紛れか。とうとう俺は正体不明の声の主を無視出来なくなった。
いや、正体はなんとなくわかってる。認めがたいと言うだけで。最初はドラゴンかとも思ったけど、行ってることとやってることが全くかみ合ってないからすぐ違うってことはわかったし。
『なんとなくわかってんだろ? オレだよ。お前の手の中にある剣』
わかってるけど……でも、剣って喋るものだったか?