6限目
そして『試練』なのに『試す』じゃ無くて『確認する』なのか。
色々裏がありそうと言うか、なんか……なに言ってんだこの人? みたいな気がするんだけど、深く考えたら負けだろうか。
というか、今はドラゴンとの戦い方以外のことを考えてたらそれこそ負けな気がする。とりあえず今はそれを必死に考えるべき時なんだろう。でも、何から考えれば良いかな。今まで野生の魔獣との実戦経験なんてほとんどない。せいぜいこの間の実習の時、何体かの魔物と散発的に戦闘したくらいだ。あれも今考えると、ディスケロスが俺達をおびき出すために配下を使って挑発してたんじゃないのか。
確かやり合ったのは……テラーウルフが数体と、しゃどう? コブラとかって奴が数匹、後はちらっと顔を見せた後森の奥に逃げてったディスケロスより二周りくらい小さい馬の魔物っぽいの。あれ追っかけてオットーとモディエフが暴走したんだよね。うん。釣られたんだろうなぁ。
やっぱり殺印がついたのは得難い経験だけど、俺自身の戦闘経験は学校で得られる教育水準の基本を超えるものじゃないな。あの程度なら教師が召還したのと何度か戦ったことあるし。それも共通基礎教育の部で。
……つまり俺は弱い。
それは日々反復して確認している。
「さて、大方の予想はついていると思うが、君にはこれからそのドラゴンと戦ってもらう。一人でだ」
「あの、自分の成績は……」
「よく知っているよ。もちろん倒せ等とは言わないさ。いずれはそうなってもらうが」
「……はぁ」
戦うけど倒さなくていい、と言うのはどういうことだろうか。死にそうになったら援護してくれるんだろうか。そうだったら、もう少し気楽に構えることも出来るのだけど。
「まずは、その剣をとりたまえ」
「剣ですか?」
この置き台の上に鎮座する物体のことだろうか。剣と言うにはあまりにも刃渡りが短く思うのだけど、せいぜい短剣とか。これで戦えと言うことだろうか? 伝説の竜殺しの剣とか、なにかそういった特別な機能を持った武器なのか? だいたい、なんでこんなドラゴンの近くに……
ぴくりと指先が跳ねて、剣とやらに触れる直前で全身の動きが止まった。薄ら寒い感覚が背筋を駆け上がってゾクゾクする。
もし校長先生に何の裏も無く、純粋に俺を一人前にする気であるなら。あるいはそれに準ずる立場で俺を案内しており、ただ純粋にその剣とやらを俺に使わせるつもりなのなら。さっきから長々迷ったり、びくびくして動きを止めたりすることにいい加減うんざりしてることだろう。俺だってこんな何もかもにおびえるような振る舞いは本意じゃない。だけど実際俺はおびえていて、思ってしまうのだ。
これ、剣とやらに触れたとたんドラゴンが解放されて襲いかかってくるとかじゃないだろうか。
「どうしたのかね、剣は手に取ったかい?」
位置関係で剣が完全に俺の影に入っている……のだろうか? たとえ見なくても動きの判断くらい出来そうなものだが。もし、校長先生の声を単純に解釈して前提とするなら。ドラゴンが解放されてないにもかかわらず、剣を手に取った可能性があると判断した以上、剣をとるとドラゴンが解放されると言うのは俺の考え過ぎと言うことになる。
いや、本当にそうか? 単にそうしたにもかかわらずドラゴンが解放されないことを疑問に思ってるのかもしれない。
いやさ、そもそもいつまでも校長先生を疑っていると言うのはどうなのだろうか、胡散臭いだけで、実際はまともなのかもしれない。
「いえ、どうしてもドラゴンに目が行ってしまって」
「まあ普通はなかなかお目にかかる機会は無いからね。だが君が殺したディスケロスだって、それに匹敵する強大な幻獣なのだよ?」
「それは……一応わかってるつもりなのですが」
というか、悩みどころが違うな。
そもそもこの剣を取らないと言う選択肢は存在しない。なら、悩むべきは『この剣が罠であるかどうか』ではなく、『罠であったとして、剣をとった後どうするか』では無いだろうか。つまりはこの剣を取って、ドラゴンをしばる鎖が消えてしまうようなことになった場合、いかにドラゴンと戦うのか、と言う話だ。
『ドラゴンと戦う』と言う言葉は『勇者になる』と同じくらい現実味が無い話だけど、今回は目の前に実物がいるものな。あまり現実味がどうのと言ってる場合でもないような気がする。
今考えるべきは、ドラゴンの特徴、俺の出来ること、環境、今まで教わったことの中になにかヒントは無いか、なにか見落としてるものは無いか、ドラゴンの武器、今どっちを向いているか、特別な要素……例えば殺印はいかに作用しているか、なんでドラゴンなのか、っていうかやっぱりドラゴンは恐すぎるんじゃないか、こんなストレートな死の象徴他に無いんじゃないか……脱線した。
「とりあえず、取るか」
わかることは、全部頭の中に並べた。とりあえず、もう一寸太めのドラゴンが良かったな。現状持ち得る手札には明らかに限界があるし、相手が多少固かろうが強かろうが関係ないから鈍重であってほしかった。
そもそも、ドラゴンと戦いたくなかったけど。
深呼吸。こわばっていた身体をゆっくりと動かして。剣に触れる。
ドラゴンは動かない。
剣の柄を握る。
ドラゴンは……
『よう。お前が新しい主人か?』