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「し、質問の意図がわかりかねます」


 正直に言えば、駒を見るような目で見られたからと言ってどうと言うこともない。元々親からは塵を見るような目で見られていたこともあったし、学校にたどり着くまではほとんど乞食同然だった。学校についたときも入り口の門番からは『また乞食が来たよ……』みたいな目で見られていたと思う……いやこれは被害妄想かもしれない、街に行くときとか門の前で会うと爽やかに挨拶してくれるし。とにかく言ってしまえば、この学校に来るまでの間に俺は人生と言うものに見切りを付けているのだ。それとどうにか違う人生を、と思ってここに来て、校長先生やらなんやらの目がどうであれ、先輩やユーティエなんかに会えて結構満足してる。シヤクカダイユの村で同じような立場の同胞と死んだような目を見合わせていた頃とはまるで違う。間違っても良い奴だとかは言わないが、オットーやモディエフのギラギラした目も嫌いじゃない。

 だから、今更校長先生に駒として見られようが扱われようが、俺個人としては知ったことじゃない。問題なのは何をさせられるのか……というか、それで、誰かに迷惑がかかったりしないのかとか。もっぱらユーティエに。


「質問もなにも、ただそれだけのことだよ」

「は、はあ」


 いや、なんかもう単にこの状況にビビってるだけかもしれない。

 とりあえずこの校長先生が何を考えてるのかはわからないけど、この杯を取らなければこの部屋から出られそうにない。だけどこの杯を取れば校長先生の言葉を受け入れたことになる。勇者科ってなんだろうか。

 勇者、といって真っ先に思い浮かぶのは506年前に還ってしまったとされる伝説の勇者だ。俺のような人間でも実の親の口から語り聞かされたことがある。魔王が世界を支配したその後、世界中の村と言う村、町と言う町、街と言う街、あるいは人が隠れ住む洞窟も密林も砂漠の秘境も、ありとあらゆる場所を巡り全てを助けて回ったとされる伝説の人物。

 もちろん俺が生まれついた村にも来たらしい。流石に当時の人間は生きていないけど、村には未だに勇者様が授けてくれたと言う宝が残っている。彼が魔王を倒すまでの間に何者かの襲撃があっても大丈夫なように、あるいは魔王の力に依存し始めていた世界の片隅の村が、魔王が倒れることで飢えるなどと言うことがないように……とっくに使ってしまったので、率直に言うならそれはもはや宝の残骸……いや、魔宝の骸まほうのむくろと言うか。勇者の物語は必ずその魔宝が使われたところで終わる。それはそれは素晴らしい力だったらしい……と。俺もぜひ見てみたかったが、叶わない話はおいておこう。

 要するに真っ先に思い浮かぶ勇者とはおとぎ話だ。その力の端々まで。

 故に勇者科、といって真っ先に思い浮かぶのは『勇者に成る』勉強をすると言うものではなく、『勇者を研究する』あるいはその足跡をたどりおとぎ話をたどるような、そんなものになる。しかしそれはないだろう。それは皇都の魔法学校の受け持った一大計画事業だ。活動してるって話は全く聞かないけど。


「もう一度聞くが、勇者に憧れたことはないのかね?」

「憧れですか」


 さて、おとぎ話の勇者様をさておくと、次に思い浮かぶのはつい百年前と五十年前に現れた勇者だ。こっちは正直ほとんどわからない。勇者だから魔王を倒したのか、魔王を倒したから勇者なのか。それすらわからないくらいいろんな話が吟遊詩人に唄われている。どちらかと言うと魔王の所行の方が有名なくらいだ。その魔王にしたって正直かつての魔王の復活を宣言した割には活動規模は地味だったし。

 要するに遠すぎるのだ。憧れるには。

 物語の主人公みたいになってみたいと思ったことはある。でもそれは勇者じゃない。

 光の精霊に見初められて幸せを掴むとか、呪われたお姫様を助け出すとか、世界の果てで虹のかけらを拾ってくるだとか……それか、何か両親の気が変わって何らかの勝負で家督を継ぐ者を決めて僕がその勝負に勝つとかだ。家督って要するに畑だけど。今更欲しいとは、思わないけど。


「それは、ないです。成れるとも思えませんし」

「後ろに……あるいは共に立つと言うことにも興味はないのかね」


 ……そういえば勇者は、いつだって一人じゃなかったらしい。言われて一瞬心がざわついた。わくわくしたと言っても良いかもしれない。でもすぐ冷めた。やっぱり遠い。勇者もその仲間も、俺の手の届くようなものじゃないと思う。

 改めて言う。勇者に憧れは無い。

 そう口を開こうとすると、校長先生の目に濃い失望の色が宿った。苛立ちとかじゃないのは、良いのか悪いのか。未だに口を付けずに握った杯がふと傾けられ、赤い酒面がこちらを見つめ返して揺れる。


「ならば君は生き方を改めるべきだな」

「生き方を……改めるって」


 そりゃ、誇れるような人生じゃないけど……俺の人生だぞ。そんな俺の最低限の見栄も苛立ちも、それは全く意に介した様子は無く。


「良いかい? 君の前にはチャンスが転がってるんだ。それに手を伸ばせないようでは冒険者とは言えないな」

「……」

「さあ、ぬるくなってしまうよ?」

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