第1話
「『突撃障壁』攻勢有角種の幻獣がもつ奥の手。全身を障壁で覆い、走るのではなく浮遊させた身体を魔力で推進させる。角の先から展開される障壁が鈍角なこともあり刺突・貫通力は下がるものの、その破壊力や突撃による衝撃は大きくあがり……ええとー」
「セイ! こんなとこにいたのか?」
図書館に似つかわしくないがさつで騒々しい声。いや、声だけじゃなくてよく焼けた小麦色の肌も、色素の薄い金の短髪も、いかにも年期入ってる風な背負われたハルバートも片っ端からこの場に似つかわしくないのだが。彼女はつい先日の課外実習で同じ班になったオットー。先輩曰く戦犯の一人。いや、ぶっちゃけあのときのパーティメンバーで戦犯じゃないのは男だった俺だけのはずだけど、『殺印』が刻まれたせいで俺一人こうやってレポートを書かされている。実質謹慎処分。辛い。
初の課外実習中にディスケロスに襲撃され全滅しかけてから、もう三日も発っている。
あの後先輩が召還したモノケロスに女子三人を乗せてもらい、俺は先輩と徒歩でその後を学校まで行軍した。ディスケロスにとどめを刺すというのは中々得難い経験かもしれないが、正直今の俺のレベルには会ってないと思う。もっと適正なレベルの経験をたくさん積めた可能性を考えると、非常に不本意だったと言わざる終えない。
「発動の第一段階として足下に円陣が現れ、直後に障壁が生まれる。その状態から浮遊状態に移行するのに一秒、狙いを定めるのはまぁ個体毎に多少差があるとして」
「おいこら、無視すんじゃねぇよ」
「なんだよオットー、俺見ての通りレポートで忙しいんだけど」
「いやぁ、お前みたいなヘタレがあのディスケロスの『殺印』をもらったんだぜ? どんな気分なのか知りたくもなるだろ」
机にどっかりと腰を下ろしてレポートの真ん中にナイフを突き立てる彼女に、ペンを放り出してため息をつく。
最悪だよ。しかもお前らのせいだし。
初めての課外実習のパーティは、入学当初に仲良くなった【癒し手】のユーティエと、彼女に目を付けた二人の【女戦士】オットーとモディエフに強引に組まされた物だった。ユーティエ含めた三人は既に専攻を決めていたのに対して、俺はまだ——そして未だに——専攻を決めていなかったためさんざんヘタレ扱いされたうえに、この女戦士二人はどうゆうプライドがあるのか知らないが妙な見栄を張って経験を偽り、おかげさまで処女のハラワタを好むディスケロスに目を付けられた。らしい。先輩に後で聞いて、担当教官に確認とってもらったらユーティエだけじゃなくてオットーとモディエフも未経験だった。
パーティで情報を偽るのは冒険者にとって最もしてはいけないことだし、メンバーの情報を勝手に調べることはそれに準ずる悪とされているが、今回のケースでは担当の教官も二人の方に問題があったとして調べてくれたのだ。まぁついでに二人に嘘をつかされたユーティエの弱みまで握ってしまった形になったのは不本意だが。とりあえず折りをみてとっととばらしてしまおう。
「それで、どうなんだよセイ。やっぱりうなされたりすんの?」
「……いや、別に。特にかわったことはないな」
嘘だ。毎晩殺した瞬間のことを夢に見てる。地面に転がっているディスケロスの身体を手探りで探して、腰から抜いたブッシュナイフを振り降ろした。聞こえてきた悲鳴が怖くて、繰り返し繰り返し振り降ろした。脇を二発、暴れたディスケロスの前足に蹴飛ばされて、それでも繰り返し繰り返し振り降ろした。その度に聞こえた悲鳴も、返り血の熱さも、刺したときの感触も、全部思い出す。
でもこいつを喜ばせるのはしゃくだし、言う気はない。こいつの経験の有無を知ってる件も、とりあえずしばらくは黙っておこう。何か有効に使える場面があるかもだし。
「なんだよ、そんなもんなのか? 殺印て」
「まぁ、魔獣や幻獣と会ったら何かしらあるらしいけどね。そうでなきゃなにもないよ」
「ああ、それで謹慎喰らってるんだっけ。退屈そうだな、あたしが遊んでやろうか?」
「いらん。それよりユーティエ元気か?」
俺はディスケロスを殺して『殺印』を受けたから謹慎だが後の三人は教官に外をつれ回されてるらしい。オットーとモディエフはしょっちゅう顔を出すのだが、ユーティエだけはあれ以来顔をあわせていない……あ、ユーティエはこいつやモディエフが嘘付いてるって知らないから、必然的に……うん。顔を出しにくいよな。
「知らん。専攻違うから補習先も違うんでな」
「えー……役に立たないな。つか用事それだけなら帰れ」
「まぁそう言うなって」
ええと、6.7ハード方式。もしくはクロッシングラインは、この突撃障壁の速度が元になっていると言われており、これを防御出来る出力の防御魔法を唱える時間的余裕がある最低距離である。これは城などの間取りに組み込まれている他、交渉事に立ち会うときなどでの最低限の礼儀として、
「だから黙るなって! 寂しいんだよー」
「え、何それ怖い」
っていうか抱きつくな暑苦しい上に重い。ユーティエと段違いに重い。そして全体的に硬い。ゴツゴツしてる。
「っていうかお前これ話ずれてるんじゃないか? 問題なのはディスケロスを殺したときのレポートだろ」
「文字読めたのか」
「当たり前。この学校で何勉強してると思ってるんだよ」
「そりゃそうだけど、なんて言うかわざわざ読む気があったのかって方だな……っていうか本当に他に用事無いのか?」
ええと、しゃくだが言う通りだな。後で殺印について調べ直すか。一応、高位の幻獣を殺したときに付く一種の『痕』で、他の魔獣や幻獣を駆り立てる効果があるということは常識的に教わってるけど、種類毎に刻印期間は違うし、駆り立てられる種別も違うらしい。その辺を調べて改めて、
「ああ、そう言えば教官が呼んでたぞ。アタシ達の引率してくれた先輩の、担当教官だって」
「え、名前は?」
「あー……ルオディー=エイムエ先生?」
「それ校長先生じゃね」
「そうかも?」




