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03 : 顔合わせ

 現地人が現世(うつしよ)と呼ぶこの世界に、およそ200年ぶりに魔王が復活した。

 現世(うつしよ)の人々は、伝説の聖女と勇者にあやかり、一人の少年と一人の少女を求めた。その時、眩い光に包まれた一人の少年が降臨する。


 この少年こそが、冬馬である。


 現世(うつしよ)の民はもちろん冬馬を勇者として歓迎した。冬馬には、それほどの力が備わっていたからだ。

 やんややんやと持ち上げられるうちに、冬馬も満更でもなくなった。冬馬は幼く、経験に乏しかった。人の言葉を真っ直ぐに受け取っても、致し方ない。

 有頂天になっていた冬馬だったが、ある時ふと当然の疑問が頭によぎった。


 いつ帰れるのだろうか。


 その瞬間に、里心がついた。不安の火種は冬馬の中でくすぶり、消えない炎となって身を焦がした。


 いつ帰れるのか、ここはどこなのか、自分以外にも自分の世界の人間はいるのか。


 なぜ自分なのか。


 燃えた炎は灰となり、灰は冬馬の心に降り積もった。不安は焦りになり、焦りは怒りとなる。

 そのやり場のない感情の対処が上手くできなかった冬馬が、癇癪を起した結果が――転げた玉座と、先ほど笑美が見た半壊した城だった。


 怒りの暴風は、周辺に等しく吹き荒れた。冬馬の力は並外れていた。無意識のうちに湧き起こる嵐を制御する術も知らず、自らを止めようとした者に冬馬は言葉を放った。


『触んな』

 たった一言と、たった一振りの払いで――その者は、端から端まで吹き飛んだ。


 人間は、台風に対して何処までも無力なのだと、現世(うつしよ)の者に抱かせるには十分すぎた。


 人を傷つけたことなどなかった冬馬。冬馬は片割れを望んだ。

『こんなの違う――こんなの望んでない! 他に日本人はいないのか。他の、誰か、誰でもいい! 日本人を呼べよ!』

 荒れ狂う暴風に、人々は恐れながら首を横に振った。


 呼べないのだ。何かをこの場に召喚するような、そんな都合のいい魔法は存在しない。召喚魔法は、魔法の基となるの魔法陣が存在しないのだ。


『嘘つくなよ! 俺を呼んでんじゃねえか!』

 吹き荒ぶ風は凄まじく、人々はついに口を割った。


『呼ぶことは出来ない、だが迎えになら行ける』

 しかし、それには条件が足りないという。何かひとつ、冬馬以外の日本人の所持品が必要だった。それさえあれば、こちらから迎えに行けるのだという。


 冬馬は思い出した。今朝、駅のホームで拾っていた臙脂色のスカーフを。制服のポケットに手を突っ込んで取り出した冬馬が、やけくそ気味に魔法使いに突き出した。


『これで、俺のツボな女の子を連れてこいよ!』




 ――コツン


 固いものと固いものがぶつかる音がした。

 笑美は背筋を伸ばして慌てておでこを押さえる。ついうっかり、いつもの人間の頭のつもりで呆れついでにおでこを目の前のテーブルに打ち付けてしまった。

 パシャンとなった水音がテーブルを濡らしてしまっている。スッと動いたメイドに申し訳なくなりながら、笑美は額を撫でた。

 陶器の今、割れてしまっては大変である。顔面損傷どころではないだろう。最悪の場合、脳髄が漏れ出る。


 サイードとメイド、冬馬と四人の部屋で今までのあらましを聞いていた笑美はついに耐え切れずに頭を抱えた。打ち付けたおでこがひりひりと痛む。


『まさか、この頭が、壺な理由わけって――』


 信じたくない。考えたくない。受け入れたくない。だが真実は粛然とその場にそびえたっていた。


 頭が痛い。おでこではない。頭が痛い。ないはずの、頭が痛む。

 こっちの世界に来たのはいい。世界を救う手伝いをすると決めたのも自分だ。何も文句はない。文句はないが、この壺はなんだ。と、笑美は先ほど見せてもらった鏡の中の自分のつぼを思い出して大きなため息をつく。


 ツボな女の子。


 確かに、この場に壺が存在する。


 恐怖も腹立たしさも消えるほど、情けない理由である。笑美は手元にスケッチブックとボールペンを手繰り寄せると文字を書いた。


【“それが理由?”】

「それが理由? だって」

「左様にございます。勇者様の求めに応じ、壺な女の子、という条件を魔法陣に付記致しました」

「そうじゃねーことくらいわかるだろ! 壺かつぎ姫かよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ冬馬を止める余裕が、今の笑美にはなかった。壺かつぎ姫……なんとも間抜けな名前である。

 痛む頭(壺であるが)を押さえて、天を仰ぐ。


 ところでサイードさん、ひとつだけ言いたいことがあるんだけど。


 謝っても、いいのよ? 




***




 現地人はどうやら、笑美と冬馬を天界からの使者のように思っているらしい。

 現代日本に生きる笑美と冬馬の価値観で言えば、日本が天国、笑美と冬馬は天使に当てはまる。

 笑美と冬馬は会話の潤滑を優先し、現地人に倣いこの世界を現世(うつしよ)、日本を常世(とこよ)と呼ぶことにした。


 魔王を討伐するための旅の準備は、バタバタと行われた。


 どうやら、魔王討伐には笑美も随行することになるらしい。名ばかりでも、名目上は『聖女』だというのだから、神殿などに留まって祈祷するのだろうと思っていたので少しばかり驚いた。


 しかし、笑美がそばにいなければ、冬馬の立つ場所がたちまち竜巻発生地域になってしまう。笑美は甘んじて晴れ女になることにした。


 働き手総出で慌ただしく準備が進められてゆく。だがこちらの世界に来たばかりの笑美に手伝えることなどあるはずもなく、ぼーと目の前の光景を見ているしかない。

 陶器の顔を両手に載せて、大きな行李こうりの横に笑美は腰掛けていた。もちろん、その隣には冬馬がいる。そんな二人を、先ほどから沢山の人が遠巻きに見つめていく。興味津々なくせに、近づいて不興を買うのは恐ろしいらしい。腫れ物に触るかのようなその態度に、段々と心がしょげてきたころ、準備の指揮を取り仕切っていたサイードが二人を見つけた。


「こちらの世界の簡単な説明と、討伐隊の顔見世を行います。こちらへ」

 サイードは目録から目を離すことなく二人を促した。そばにいた男性に指示を出しながら、サイードが歩き始める。そんなに忙しい人だったのか。もしかしたらそこそこ偉い人なのかもしれない――と笑美ははぐれぬように、慌ててサイードの後に続いた。そのあとを追うように、冬馬も立ち上がる。


「我が国はおよそ300年の歴史を持つティガール国と申します。300年前と、200年前に一度魔王を廃した功績を認められ、此度も我が国から討伐隊が排出されることとなりました。全世界が、我が国から討伐隊が旅立つことを把握しています。その為、今、軍隊を動かすことはなりません。討伐隊は、全部で六名。精鋭隊での突撃となります」


『魔王さんの年末大セールやー』

 笑美は心の中でぴこまろと握手した。


「何だよそれ、つまり他の国は様子見するってこと? ていのいいスケープゴートじゃねえか!」

「ええ、先刻までは正しくその通りでございました。ですが、恐れ多くも勇者様のご協力を得られる今、魔王討伐も机上の空論ではありません」

「そ、そうかな……」

 てへへ、と笑う冬馬に、笑美はよかったねと背を叩いてやる。


 隠れたところで、笑美がサイードにぐっと親指を突き立る。中々冬馬の扱い方をわかってきたじゃないか、と笑顔を向けて。

 しかし、サイードは笑美の行動に一切反応を示さずに、再び前を向き速足で歩き始めた。


「一度目の討伐時は、歴史背景的に残っている資料が少ないため、あまり参考になるところはないでしょう。二度目の“救世の王子”の活躍は、覚えていて損はありません」


 サイードは淀みなくスラスラと言葉を紡いでいく。まるで物語の語り部のようだ。笑美はサイードの講義に耳を傾けながらも、ふと美しい自然へと興味を移す。

 庭は美しく手入れされている。王様のお墓とかないかなーと、笑美は視線を彷徨わせる。


「彼の王子は世界平定後、歴史的資料の重要さを唱え、製紙産業や歴史の保管方法について様々な提言をなさいました。魔王を討伐したことももちろんそうですが――今、正しい歴史が我々の手の届く場所にあることこそ、彼の成し遂げた一番の功績だと私は思っております。聖女様がお持ちになられているそのスケッチブックも、彼の王子の偉業の賜物です」


 渡り廊下は長く、木から木に鳥が跳ねていくのを笑美は見つけた。魔王を倒さなければ、こういう平和なひと時もこの世界から消えてしまうのだろうか。


「我々の旅は基本的に、その道筋を追う旅となります。誉れ高き王子の名は――」


 鳥が飛んだ。天高く、跳ねを広げて。

 自由を愛する鳥は、高く高く、青い空へと溶けていった。





 渡り廊下を進むサイードは、笑美と冬馬をひらけた場所に連れてきた。どうやら軍隊の訓練場のようだ。

 今は訓練時間ではないのか、武器を持って鍛錬している者はいない。慌ただしい様子で騎士姿をした青年たちが、右へ左へとバタバタ走り回っている。ここにも、突然出立となった討伐隊の余波が来ているらしい。


 その中には、冬馬を見て一瞬足を止める者もいる。冬馬は気づいていないようだが、明らかに回れ右をする人物が片手の数を超えた時、サイードは立ち止った。


「リーネル副長。マイア殿は何処に?」

「これはレーンクヴィスト法師」

 サイードが声をかけたのは、この訓練場に不似合いなほどの清廉とした佇まいの女性だった。しかしその肩書きからして、関係者どころの話ではないだろう。上から数えたほうが早い階級を持つ女性は、サイードを振り返ると一度深く礼をする。サイードの後ろにいる笑美と冬馬に気付きふんわりと微笑むと、手元の資料をパラりとめくった。


「この様なむさ苦しい所までご足労をおかけして誠に申し訳ございません。今の時間でしたら、武具庫かと――ご案内いたします」

「よろしく頼みます」

 サイードの言葉に目礼だけで返事をしたソフィア・リーネルは、騎士服をはためかせて踵を返した。その颯爽とした姿は同性の笑美でさえ視線を釘づけさせる美しさだ。


 足を進めるサイードに、顔を見合わせた笑美と冬馬は慌ててついていく。すぐに辿り着いた部屋には、目的の人物以外にももう一人いた。


「ええ~~だんちょさん、行っちゃうんですかぁ? 淋しくなっちゃうなぁ」

「ドリスちゃんは優しいなぁ~! 俺も、ちょーっさみしーっ! もー出張なんて行くのやめちゃおっかなー!」

 室内には密着したふたつの影があった。部屋に敷き詰められた棚には、整然と武具や木箱が並べられている。ソフィアは腰から音を立てて剣を引き抜くと、その棚の隙間から刃を突き刺した。


「ご安心ください。任務放棄などという不名誉で首が飛ばぬよう、先に刎ねて差し上げます。出張にも行かずに済みますよ」

「わぁい……嬉しいなぁ……。ドリスちゃん、またねぇ……」


 背後から突き出された剣は、男の首の皮一枚のところで止まっていた。男は両手を上げて、情けない声をあげる。

 男をあっさりと見捨てた侍女は、『またねー』と明るい笑顔で手を振って武具室を去っていった。


「ブリュノと武具の最終確認をされていたはずですが、彼はいつ侍女に転職したんですか?」

「そう睨みつけるなよ、ソフィア。せっかくのべっぴんさんが台無しだぜ」

「公に発表されていない勅命を一介の侍女に告げるなど――減俸ではすみませんよ」

「そう言うなや、べっぴんは世界の宝だ。俺が負けるのもしょうがねえ」

 ねめつけるソフィア副長に、女を連れ込んでいた男は大きく笑った。がっはっは、と漫画のような吹き出しが付きそうである。


 ぽかーんと寸劇を見ていた笑美達にようやく気付いたのか、男がこちらを振り返った。

「お、なんだサイード。いたんなら言ってくれりゃあいいのに」

「言葉をはさむ暇があったようには思えませんでしたが」

「どうせならあとちょっと気ぃ利かせてくれたらよかったのによー」

 男は太い手で頭をボリボリと掻いた。瞬間振られる剣を、男は寸でのところで躱す。

「わーー! 悪かった! ごめんなさい! 俺が悪かったです! とっても話聞きたいです!」

 男の涙乞いを受けたソフィアはようやく剣を鞘に仕舞う。

 ようやく静かになったとばかりに、サイードが笑美と冬馬を振り返って言った。


「この度の行幸を率いてくださる、青騎士団団長のヴィダル・マイア殿です」

 『サスーンかよ』と言った冬馬の呟きがツボに入り、壺は肩を震わせた。


「討伐隊で隊長を任されることになったヴィダルだ。ユウシャサマとはさっきぶりだな」

 青騎士団、さっきぶり。その言葉に笑美は肩の震えを止める。隣で冬馬の体が硬直したことに気付いた。


 先ほどのあの場に、仲間、もしくは自分自身がいたのだろう。半壊した城、倒れた玉座、どれも騎士達が何の関わりも持たなかったとは思えない。

 顔面は笑みを取り繕っているが、内心まで覗き込めない。

 冬馬は今謝るべきだとわかっているのに、どうしても素直に頭を下げれずに顔を反らした。

 そんな冬馬に、笑美はまだ何も言えない。口がないことも確かだが、笑美はまだ冬馬との関係性をきちんと確立できていなかったからだ。

 冬馬の力の凄さを目の当たりにした笑美は、少しばかり冬馬に対して緊張していた。


「あぁ、忘れておりました。私もこの場をお借りして自己紹介を――サイード・シャル・レーンクヴィストと申します。魔王が復活する都度、討伐に加担した名誉を授かった血筋であるため討伐隊へ随行することとなりました。お見知りおきくださいませ」


 サイードの自己紹介で、少しの違和感に揉まれていた場が和んだ。頷く笑美と冬馬を確認すると、ヴィダルが陽気に笑美に声をかける。


「おう嬢ちゃん。もう仕舞っちまったようだが、あんたの綺麗な足はとーんと拝ませてもらったぜ」

 『足?』と笑美は服の裾を持ち上げた。

 晒した自分の足を見下ろした笑美を、サイードは絶対零度の眼差しで見つめた。ヒッと手を離した笑美の裾が落ちると、サイードはヴィダルに視線を戻す。

 隣から、恐る恐ると言うていでソフィア副長が声をかけて来る。


「恐れながら、常世(とこよ)の理の中で生きる聖女様におかれましては大層ご不便かと存じますが、おみ足は気軽に晒さぬようお気を付けください。現世(うつしよ)においては、いらぬ誤解を招きましょう」

『誤解?』

 わからない、と言う風に首を傾げれば、ソフィアはゆっくりと頷いた。

現世(うつしよ)の男は常世(とこよ)の男性ほど下半身の躾がよくありません」

「おーいソフィアちゃーん」

「特にこういう人間の前で足をみだりに晒すのは大変危険な行為です。御自おんみずから、馬具の付いてない馬に乗るようなもの」

「俺は乗られても大層結構なんですが」

「団長、今日はよく嘶きますね。口をお出しくださいませ。蹄鉄ていてつを付けて差し上げましょう」

「つけるとこ違えよ!」

『コントだ、コント』

 ノリのいい団長と副団長を見て笑美は笑った。なるほど、この世界の人は中々どうして堅苦しい人間ばかりかと思っていたが、朗らかな人間もいるようだ。笑美は少し安心する。


「しっかし、聖女様はまったくもって奇天烈な出で立ちだな。その壺取れねぇのか?」

『なるほど、その可能性は考えていなかった』

 笑美はポンと手を打った。


「やったことないのか。持ち上げても?」

『どうぞどうぞ』

 笑美が頷くのを見ると、ヴィダル隊長は笑美にとって頬にあたる部分に触れた。壊さない程度の力を入れ、ぐっと上に押し上げる。首から上がちぎれそうな痛みに、笑美は慌ててバシバシと彼の腕を叩く。やはり、壺は被っているのではなく、顔として首の上にくっついているらしい。


『ツボパンマンになっちゃったよぉー壺かつぎ姫のほうがまだましじゃない? !』

「おもしれーこのまま持ち上げたら、足が浮くか?」

「時間を無為に使えば使うだけ出立が遅れることを理解できないほど、筋肉に脳味噌を侵されたのですか」

 笑美の壺で遊び始めたヴィダル隊長に、サイードが冷静に突っ込んだ。


「お前だって、壺のこと気になるだろ?」

「それについては後ほど、ご本人様の許可を得て解明します」

「なぁこの中の水ってなんなわけ? 花でも活けるって?」

 ヴィダル隊長は笑美の肩に手を置いて壺の中を覗き込む。

 話を聞かないヴィダル隊長に、サイードの眉間に皺が寄る。


「これ以上浪費するのであれば、今すぐ簀巻きにして馬車に詰め込みますが」

 大事なのは『ご本人の許可』ではなく『時間』の方だったらしい。

 笑美は、サイードに中々な扱いを受けていることに気が付いた。


「あとで花屋で花を買って来てやろう」

「ご希望承りました。リーネル副長、すぐに縄の用意を」

「簀巻きにするよりいっそハーネスを付けてキャラバンを引かせては」

「妙案ですね、採用しましょう」

 ソフィア副長は迷いなく武器庫の奥に進んだ。そこに馬具があるのだろう。

「わかったわかった! あいわかりました! どうもすみません! ソフィア! お前も真に取るな」

「真に取ったのではありません。利害が一致しただけです」

「一致させるな!」

 にこりと微笑むソフィア副長は随分と長身な女性だが、ヴィダル隊長と並ぶと小さく見える。それほどヴィダル隊長のがたいがいいのだ。


「勅旨を受けていますね。猫を撫でて遊ぶ暇があれば、さっさと引継ぎを終わらせてください。明日の未明には出立しますよ」

 サイードの冷ややかな声に、ヴィダルは驚いて目を見開く。

「は?! 勅使には明日の午後と聞いたぞ」

「薄汚い腹のタヌキ達に顔を売らせる時間など、国が滅びても与えるに値しません」

 あーなるほどなぁ、とヴィダル隊長は再び頭を掻いた。


 笑美にはサイードとヴィダル隊長は旧知の仲に見えた。少なくとも、今回討伐に際して初めての顔合わせ――ということはないだろう。ギスギスした中での旅となるより何倍もいいと、期待と喜びに胸が沸く。


「それからソフィア・リーネル副長。貴方にも勅令を預かっております。こちらを」

「拝見いたします」

 虚を突かれたような顔をした後、ソフィア副長はサイードの差し出した手紙を恭しく両手で受け取った。途端に、ヴィダル隊長が顔を顰める。

「おい、なんだ」

「中身を私が知るはずがないでしょう」

 しれっと言ったサイードは、しかし内容を知っているようだった。


「――討伐隊に随行せよと」

 しばらくして手紙を読み終えたソフィア副長が僅かに掠れた声で呟くと、ヴィダル隊長は大きく舌を打つ。


「おいサイード! お前の入れ知恵じゃねえだろうな」

「存じません」

「存じません、じゃねえ! すっとぼけた顔しやがって! 大体、青騎士団から二人も選出してみろ。白騎士団からなんて言われるかわかったもんじゃ――」

「世界の有事に何をおっしゃる。均衡で世界が救えるものですか。それとも均衡など建前で、青騎士団は頭二人が抜けたら腑抜けになる程度でしたか。それは申し訳ないことを――」

「んなわけあるか!」

 話をすり替えんな! と火山を噴火させるヴィダル隊長にすっかり萎縮した笑美は、こっそり冬馬の後ろに隠れた。


「魔王以外の懸念の種を抱えろと? 内部分裂を端から推奨してかかる人間と、親睦を深める暇などありません」

 その答えにいささか納得したのか、ヴィダル隊長は鎮火しようと声を抑える。


「だいたい、何でソフィアが必要なんだ」

「聖女様が行幸なされます」

「うちの団員を、メイドに据えろってか!」

 わー! また噴火したー! と冬馬の後ろで笑美は飛び上がった。


 ソフィア副長は身の丈を超えた行為だと知りつつ、ヴィダル隊長の前に躍り出る。そしてサイードに向けて、深く首を垂れた。


「ソフィア・リーネル。光栄なお役目、謹んで拝命仕ります」


 覚悟を背負った背は、なお美しく凛としていた。

 ヴィダル隊長はガシガシガシと、今日一で強く頭を掻きむしった。


「ああああ! もう!」

「ふけが飛ぶので止めてもらえませんか」


 にこりと微笑んでソフィアが一歩後退する。

 『シャンプー、アジエンヌに変えたほうがいいんじゃね』という冬馬の呟きが、再び笑美のツボに入ったのは言うまでもない。








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