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25 : 勇者とはさみの使い方

「ただいまー」

 職場がら帰宅した笑美の父を出迎えたのは、可愛い娘と、小さなトカゲだった。


 玄関のドアを開けた瞬間、熱い塊にぶつかりそうになった父は間一髪のところで体を仰け反ってそれを避けた。『おー』という無責任な娘の声に、父は頬を引きつらせる。


「……笑美、それは?」

「魔王」

「――……お隣さん、かわったのかな? 引っ越し蕎麦でも持って来た?」

「蕎麦が食べたいの?」

「うんごめんね。こっちの話」


 危うく焦げそうになっていた前髪を掴む父に、笑美がけたけた笑う。


「……笑美、どうかしたのかい?」


 娘の空元気を見抜いた父は、笑美の顔を覗き込む。笑美はその瞬間、涙を堪えることが出来なくなってしまった。


 腕に大型のトカゲのような、小型の恐竜のような不思議な物体を抱えて、笑美は玄関に蹲った。


「……パパ、あのね、聞いて。信じられないかもしれないけど――」




***




「何あれ?」

 桜の花が舞う校門で、冬馬は友達にそう語りかけた。


 始業式を終え数日も経てば、桜の見ごろも過ぎてゆく。近隣にあるほとんどの学校がそうであるように、冬馬の通う男子校も桜で彩られていた。強い春風になびいて青い空へと花弁が抜けていく様は、どこまでも美しい。平和だな、と。冬馬は今まで考えた事さえないことを思った。


「あぁ、すごい人だかりでしょ。校門に四望よもうの女子がいるんだよ。窓から見たけど可愛い子だったよ」

「へぇー女子ー。誰かの彼女かねぇ」

「リア充なんぞ爆発してしまえ」

 校門には大きな人垣が出来ていた。遠目から見ただけの冬馬には、その中心に女子生徒がいるのかはわからなかった。


「美少女と桜とか。なんかのスチルみてー」

 非リア充の友達と笑い合いながら、冬馬はさして興味もなく校門を通り過ぎようと足を踏み出した。


「あ、冬馬!」


 明るい声が、過ぎ去ろうとしていた冬馬を制止させる。


「……へ? あ、いや、俺じゃあないよなぁ」

 トウマなんてよくある名だし、もしかしたら藤間だったかもしれない。冬馬が友人に同意を求める。友人は、こくこくと頷きながらも冬馬と目を合せなかった。彼はある一点から目を離せなかったのだ。

 冬馬は恐る恐る友人が見つめる方向に顔を向けた。冬馬と友人は、人垣の中心を固唾を飲んで見守った。


「あの、ちょっとすみません。探してた人、見つけたので」

「え、あいつ誰だっけ……」

「片峰だよ、この間の期末3位だった……」

「……あー」

「ちょっと、ちょっとのいて。ごめんね」


 人垣を割いて冬馬の前に噂の美少女が現れた。当然だが、冬馬にはこんな美少女に見覚えがない。

 美少女は慌ててこちらへ駆け寄ってくる。まだ全然近づいてすらいないのに、いい匂いがする気がする。謎の美少女に、桜が舞う校庭で声をかけられて、冬馬は思いっきりあがってしまっていた。


 な、なにこれ、ギャルゲーみてー。


 俺の記憶には無いけど、昔秘密の鍵を交換し合った幼馴染とか、離れ離れになった婚約者とかだったり? 思考を放棄した冬馬は、名門高校の生徒だとは思えないほどお馬鹿な感想を抱いていた。


「冬馬本当に南郎なろう高校だったんだねー。男子の制服なんてどこも一緒だから心配してたんだけど、出会えてよかったー!」

 謎の美少女は、今にも冬馬に抱き付かんばかりに喜んでいる。可愛くなかったら、なんだこの電波と一蹴されそうなテンションである。しかし顔が可愛いとは罪なもので、それだけでこの場にいる全ての人間にこのテンションを許容されていた。


「それでさ、話したいことがあったんだけど携帯の番号も知らなかったし――冬馬? どうした? 大丈夫?」


 首を傾げる美少女に、冬馬は『あ、はい』と何とも情けない声を返した。その声を聞いた美少女は、更に首を傾げた。


「……冬馬? まさか、私が誰か、わかってない?」

 美少女、ご明察! 冬馬は勢いよく首を何度も縦に振った。生まれてこの方、こんな美少女とこんな間近で見つめあったこともなければ、下の名前で親しげに呼びかけられたこともない。


「えー! うそー! はくじょーもん! 一緒に魔王倒したのにー?!」


 はい、かいさーん。この電波発言にはラノベに夢見る男子高生達も、少々許容しきれなかったらしい。


「本当にわかんないの? 私だよ、つぼひ……」

 冬馬は美少女の口をバッと覆うと、手を引いて走り出した。




***




「つつつつ壺姫か!」

「そうだよー。笑美って呼んでね」

 美少女――改め、笑美はモックのポテトを口に放り込みながら笑った。


 今まで女の子と手を繋いだこともなかった冬馬には、笑美をエスコートするのは全国展開しているファーストフードで精一杯だった。アニメという先人たちの教えに倣い、非常にぎこちなく奢ろうとしてみたものの『あ、会計別で』という笑美の一言で冬馬の野望は潰えた。

 各々注文したものを手に取ると、空いている席に座った。小さなテーブルは椅子に座れば太腿がくっつきそうなほど近く、冬馬は先ほどからずっとドギマギしたままだった――が。彼女の電波発言を思い出して正気に戻った。


「あんな変な壺被ってたのに……?」

「変って何よ、普通の白い可愛い壺だったじゃん。っていうかそもそも、私が好きで被ってたんじゃないからね?!」


 冬馬は呆然と笑美を見ている。頼んでいたモックシェイクは、表面にすでに随分と水滴を付けていた。


「まさかこんなかわ……いや、元気そうだとは思ってなくて、だって最後、あんな泣いて――」

 あっ、と冬馬は自分の口を手で覆った。冬馬に苦笑を返すと、笑美は両手で肘をつき手のひらに顎を載せた。


「そ。これ毎朝必死にマッサージしてるの。顔中むくれまくりよ」

 ふーと悪態をつきながら息を吐く姿すら可愛らしい。冬馬は必死に頭の中で整理をしていた。


 冬馬と笑美が常世(とこよ)に帰って来てから、三日が経っていた。

 経験した当人であっても信じられそうにない命がけの大冒険も、終わってしまえばただの夢物語だ。冬馬は、あれが本当に起こったことだったのか、それとも自分の夢だったのか随分と悩んだ。試しに何度も魔法を発動しようとしてみたが、こちらでは一度だって発動できなかった。


 ありがたいことに、現世(うつしよ)に飛んでから時間経過はしていなかったらしく、内心不安に思っていた警察沙汰などにはならずに済んだ。朝のホームで呆然と座り込んでいた冬馬は、もちろん始業式には間に合わなかった。その後、ベンチに座り込んだままずっと動かない冬馬を不審に思った駅員が声をかけるまで、冬馬はその場から動くことすらできなかった。

 駅員に声をかけられ、これが日本で、そして現実なのだとわかった冬馬は、人目も憚らず泣き出してしまった。これに参った駅員は駅長室へ冬馬を招くと温かいお茶を入れてくれた。それにまた泣き出してしまった冬馬を不憫に思ったのか、飛び込まれては堪らないと思ったのか、駅員は何かあったらいつでも相談においでと告げると、冬馬が落ち着くまで駅長室に匿ってくれた。

 本題からずれた上に随分と恥ずかしいことを思い出してしまった冬馬は、ハハハと乾いた笑みをこぼす。

 そんな冬馬に、笑美は一呼吸して切り出した。


「実は冬馬に話したいことがあって――」

「あぁ俺もある」

「そうなの? じゃあ先にどうぞ」

 笑美の言葉にこれ幸いと乗っかった冬馬だが、これまたばつが悪い出来事を思い出し言葉に詰まる。それに対し、ん? と小首を傾げる笑美の仕草は壺の時と同じなのに、冬馬に与える影響は全く違った。

 くそう、顔がついたくらいでなんだ。相手は壺なんだぞ、と気を取り戻そうとした自分に突っ込む。いや違う、そもそもが、彼女は人間だったのだ。前提を間違えてはいけない。テルテル坊主はあくまでも仮の姿だったのだ。それを壺が顔だからと言って、女の子扱いどころか人間扱いしていなかったのは冬馬である。

 くそ、こんな可愛いなら先に言っとけよ。もっと風呂の時よく見とけばよかったと冬馬は心で涙を流した。


「俺、さぁ……どうも自分で? こっちから飛んだらしい」

「……ほー」


 笑美はポテトを食べていた指を舐めながら頷いた。くそう! もうやめて小悪魔壺娘! 勇者のライフはもうゼロよ! 冬馬は直視できずに目を泳がせた。


 冬馬は母親に、今回の嘘のような出来事を話していた。笑美とは違う理由で切羽詰まっていたのだ。


 冬馬は、現世(うつしよ)に学生鞄一色を持っていっていた。しかし、帰還の時、当たり前だが鞄は冬馬の手になかった。魔王を討伐し、王城に帰って帰還――という手筈になると思っていた冬馬にとって、魔王討伐後の帰還はあまりにも想定外のことだったのだ。


 茫然自失のまま帰路についた冬馬を待っていたのは、母の怒号だった。学校にも行かず、制服は泥まみれ、更に鞄を何処に捨ててきた。と、怒り狂った母に、何故か家にある薙刀の刀身を首元にあてられて、冬馬はべろった。簡単に。ぺらぺらと。あることないこと――いや、あったことあったこと、全てを話した。


 話していくうちに感極まった冬馬は、家に帰ってきた安堵といつも通りの母に、堪え切れず再び涙を流してしまった。16歳の男の子が一度に経験するには、少しばかり刺激が強すぎたのだ。


 冬馬の母は、その話を静かに聞いていた。聞いて、涙を流した冬馬にティッシュケースを差し出すとこう言った。


「『勇者はあんただったか』」

「……ほ、ほう」


 中々話の分かるお母さんだね、と笑美が頬を引きつらせる。冬馬ははぁーと息を吐き出した。


「なんでも俺、どうも、現世(うつしよ)の人間の、血が流れてるらしくって」

「へえええええ」

 笑美は手を叩いて驚いた。オーバーなリアクションに、冬馬が慌てる。


「あ、ごめん。向こうの癖で……リアクションしないと私、ただの壺だったから」

「あんたもあんたで、中々な生活してたよな……」

 えへへ、と笑う笑美に冬馬は話を続けた。


「一度目の魔王退治があっただろ。文献に残ってないってほう……」

「魔法の号令のやつだよね」

「えっそうなの? 青い空とか、勇者は死んだ、のやつ?」

「そうだよ。知らないで歌ってたの?」

「はー。知らんかったわ。まぁ、その魔王討伐に同行した魔法使いが、俺の親父だったんだって」

「ほー」

「親父つっても、生きてたらもう80近い爺さんなんだけど。」

「ほ、ほー」

「ごめんな、リアクションとりづらいよな。俺もあんま家族の話とか細かくしたいほうじゃないんだけどさ……俺の家、特殊って言ってただろ? 親父女好きでさぁ。現代じゃ考えられないだろうけど、あちこちに女囲ってたんだよ……えーとつまり、昔でいう、愛人さん。いや、囲ってたは正しくないな、囲われてたのは親父だから……渡り歩くヒモ生活……。信じられないだろ? 俺、腹違いの姉妹何人いると思う? 名前覚えてるだけで13人だよ。親父の葬式、ちょっとしたハーレム。まぁでも平均年齢40のおばちゃんばかりだったけど」

「す、すごい……超モテモテだったんだねパパ……」

「すごいよなー愛人さんたち。そりゃあ若い頃の親父の見てくれはちょっと……いやだいぶよかったみたいだけどさ。浮世離れしたヒモの爺さんをさ、せっせこせっせこ面倒見たんだぜ? そんでふらふらふらふら放浪して、各地で愛人作って子供こさえて。本当にあんた日本人か?! って思ってたけど……ちがうんならなーもーなーしょーがないよなーなんかー」

 だんだんとやけっぱちになってきた冬馬に、笑美はポテトを恵んでやった。


「一応俺の母さんが今のところ本妻、って感じだったけど。年から考えてもどう見ても後妻さんだし。……俺、怖くて見れねーよ、戸籍なんて……」

 うがあと頭を抱える冬馬の肩を、笑美はポンポンと叩く。


「残念だね。見た目のいいパパの血薄くって」


「うっせーな! 見た目じゃなくて、中身引き継いじゃったらしんだよ! 俺は!」


 冬馬冬馬、しー。と人差し指で合図する笑美に、冬馬はそうだったと慌てて声を落とした。


「……親父、チートレベルで魔法凄かったらしくって」

「太古の力、的なやつ?」

「……なんか壺姫……じゃなかった。虎屋と言葉で話してって変な気分だな……。うん、でも、そう。魔法の力、世界規模で年々弱まってきてるって言ってたじゃん。サイード」

「うん」

「んで、親父の魔法。全盛期の中でも飛び抜けて凄かったみたいでさ。魔王、二度復活してただろ? 二度とも討伐に携わったんだって。この時点で親父の年齢推定180歳以上だよ……もうやめてくれよ……」

 本当にあんた日本人か、どころか、本当にあんた人間か?! だよもうやだよ。と頭を抱える冬馬の肩を、笑美がポンポンと叩いてやる。


「そんでなんか、二度あることは三度あるだろうって思ったらしくてさ。魔王が復活したらティガール国に戻る魔法を自分にかけて、あっちにふらふら、こっちにふらふら。で、この世界に来たらなんと魔法が使えなくなって、あーあって思ってる内にぽっくり死んだ、ってわけ。自分にかけてた魔法がたぶん子供の内の一番魔力が高いやつに反応するだろうから、気を付けてやっててくれなーって一応言付け残してただけましなほうかなぁ」

「パピー自由人すぎ」

 面白い人だねぇと笑う笑美の笑顔は愛想笑いではないようだった。冬馬は笑美が笑えていることに少しばかりほっとする。最後に見たときの笑美は、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。声が聞けずとも、顔を見られずともわかった。


「でもそっかーじゃあやっぱり、あっちの人達は無実だったんだねぇ。謝んないと」

 くすくす笑う笑美の声に、不穏な響きを感じて冬馬は振り返った。

「……ん?」

「謝ってきてあげるから。冬馬。……――ね?」

 にこり、と。美少女が迫力満点に微笑んでいる。


 冬馬にとって、現世(うつしよ)の話は、終わった話だった。一世一代の大冒険。親父の善意の尻拭いを命がけてやってきて、はーよかった。ちゃんちゃん。の。


 終わったつもりの話だったのだ。


「……冬馬、逃がさないからね」


 ぎゅっと冬馬の両手を掴んだ笑美が、わざわざ自分を探しに来た目的を、この後冬馬はいやというほど知ることとなった。




***




「こ、こ、これが魔王ーー?!」

「そう。魔王。魔王のマオたん。はいマオたん。お返事して」

「きゅえー」

 モックでは人の目があると、笑美の家に招待と言う名の強制連行をされた冬馬は、笑美が腕に抱える物体を見て悲鳴を上げた。


 リビングに通された冬馬は、初めて同級生の女の子の家にいるという事態にずっとそわそわしっぱなしだった。いくら彼女が共に旅をしてきた仲間を恋い慕っているとはいえ、それとこれとは別である。

 ラグの上に正座で座ったまま落ち着かない冬馬に、笑美は飲み物を持って来た。その飲み物と一緒にお盆の上に置かれていた可愛らしい恐竜のぬいぐるみを見た冬馬は、やっぱり女の子なんだなぁと微笑ましく思いながらそのぬいぐるみに触れようとした。

 その瞬間。ぬいぐるみ――もとい魔王は炎を吐き出したのだ。


「ほ、炎?! 吐くんですけど?! 

「そりゃ魔王だもん。炎くらい吐くよ」

「なななななななんでここに!」

「わかんない。私がこっちに帰ってきた時についてきてたの。すごい大きかったし、すぐには消化しきれなかったのかなぁ?」

「くえ?」


 焦げた前髪のまま呆然としている冬馬に笑美とマオは笑った。

 マオは、笑美と冬馬が対峙した魔王の姿そのままのミニチュアになっていた。大きさは笑美の両手に乗る程度。きゅぴ、くえ、と鳴き、炎を吐いた。あの時は恐ろしくて顔などまじまじ見つめられなかったが、この魔王は非常に可愛い顔立ちをしている。ぽてぽてと家中を歩き回ってはそこかしこで炎を吐いているマオを見て、冬馬は頭を抱えた。


「あれ……火事になんないの……」

「物には吐きかけないように、徹底的に、躾けた」

「そ、そう……」

 いったい何をされたのか。冬馬はまさか魔王に同情する日が来るとは思いもよらなかった。


「向こうでさ、教えてもらったじゃん。なんか、魔法発生する時の二酸化炭素みたいなのが集まって、魔王になってるんじゃないかっていうのが今流行の説だって」

「うん」

 少しの違和感を感じながら、冬馬は頷いた。ぽてぽて歩いていたマオを抱きかかえた笑美は、びろんと翼を広げる。マオの白いお腹が、ぷりんと露わになった。


「けどさ、たぶん違うんだよ。今までの魔王はどうか知らないけど、今回の魔王は二酸化炭素が集まって自然発生したとかじゃなくて、二酸化炭素を吸い込んだ、力の強い魔物が魔王になっちゃったんだよ。きっと」

 それが、マオだったんだよね。とお腹を撫でると、邪気のじゃの字もないつぶらな瞳でマオは笑美を見上げた。


「たぶん、私の頭の中の水が聖水として作用されたんだと思う。邪気にあてられた馬や、魔法をかけられたソフィアを元に戻したりしたでしょ? あんな感じで、きっと水に漬けたのがよかったんじゃないかな。おかげで魔王は邪気が祓われて、可愛いマオになりました」

「っだー! なるほど、邪気――闇属性だったから攻撃利かなかったのか! 聖属性攻撃しか通らねーとか落ちのやつね、はいはいはい!」

「あるある」

 冬馬と笑美はうんうんうん、と頷き合った。やはり、特定の属性攻撃しか魔王には通らなかったのだ。


 現世(うつしよ)に光属性の魔法は存在しない。唯一、二の魔王を斬ったことがある国宝シア(光)・グローディス(闇)だけが、その製造過程の特殊さから光属性を纏う剣であった。

 しかし、長い年月を過ぎその剣も姿を変えていた。双剣であったシア(光)・グローディス(闇)は建国200年の記念に一本の太い剣へと打ち直されていたのだ。これからも長く太く存続するようにという願いを込められた剣は、残念ながら光と闇を中和させたことによって、奇跡とまで言われたその効果を失っていた。

 その大剣は、冬馬と笑美の目の前で魔王に噛み砕かれていたのだが、そのことを二人が知っているはずも無い。


「んでそのサイズの説明は?」

「おっきかった時は、邪気でお腹が膨れてたんじゃない?」

 ねーマオちゃん。と腹を撫でる笑美を冬馬は呆れた目で見ている。


「まぁそれがじゃあ本当に魔王だとしたら……よく飼ってるなぁ」

「かわいいじゃない」

「いやまぁ、可愛いけど、可愛いけどさぁ……?!」

 冬馬はハッとした顔をして口を閉ざした。先ほどは出会った衝撃で、そして今度は魔王の可愛さに、忘れていた現実を思い出したからだ。


「……虎屋、あのさ」

「うん?」

 居住まいを正して口を開いた冬馬に笑美は顔を向けた。

「……ごめんな。お前のこと守るなんて大口叩いときながら、結局危ない目に合わせて……それどころか、魔王を吸い込むなんて、怖かったろ……」

 俯いてぎゅっと唇を噛みしめた冬馬の肩を、笑美はぽんぽんと叩いた。


「何言ってんの、勇者様。冬馬はいつだって私の勇者だったよ。ありがとう、冬馬がいたから頑張れたんだから」


 笑美の言葉に冬馬は息を飲んだ。あ、泣いちゃうんじゃないかな、と思った次の瞬間には冬馬が顔を俯かせた。


「お前も、いつも俺のテルテル坊主だったよ」

 そっかー聖女がよかったなー! そこはー! だからモテないんだよ冬馬!


 冬馬のアホなフォローにずてんとこけそうになった笑美は、それでもその言葉が嬉しかった。自分が冬馬にとって力になっていたと知れたからだ。


 ふふ、と笑美は笑みを漏らした。彼の気持ちが嬉しかったのと、同時に彼が完全にこちらの空気に飲まれたことを確認したからだ。笑美は、気合を入れた。マオを膝からおろし、冬馬の隣にずずいと近づく。

 美少女顔の笑美に慣れない冬馬は、突然の行動に驚いて身を仰け反る。涙は引っ込んでいた。


「冬馬、ここで折り入ってお願いが」

「なんかやーな予感がするんですけどお……」

「大丈夫! 痛くないから! 優しくするし!」

「なにその俺が処女みたいなのやめて!」

 わっと顔を伏せて冬馬が泣きだせば、笑美はよしよしと背を撫でた。


「魔法陣を作ってほしい」


 冬馬は伏せていた顔を上げて、ポカンと笑美を見る。


「……まさか」

「あっちへ行く」

「おいおいおいおいおい、こっち捨てるの?!」

「そこら辺はおいおい考える」

「おいおいおい」

「私がもう一度あっちへ行くことは、原理的には、出来るはずなの。冬馬も言ってたじゃん。あっちで発動した魔法は、時間が経っても継続したままなんだよ。つまりこっちで魔法が使えなくても、あっちの働き掛けがあれば、世界を渡れる」

「おおおおい、ちょっとーちょっと待ってくれー虎屋スケッチブックと随分キャラが違……」

「問題はこっちから行く方法がないってこと。向こうが呼んでくれれば万々歳なんだけど、……――あの様子だと、きっと、呼んでくれない」


 突然声のトーンを落としてぎゅっとスカートを握りしめた笑美に、冬馬は胸を打たれた。

 最後の場面を思い出したのだ。

 冬馬に笑美の言葉を聞くことは出来なかったが、笑美の体の動きでサイードになにかを、大声で訴えているのはわかっていた。伸ばした手が触れられなかった時、どれほど笑美の体の力が抜けたか。手を繋いでいた冬馬は気づいていたのだ。


 しかし、サイードと笑美がいつからそういう関係になっていたのかは知らないが、壺にキスをするサイードも中々のものだと冬馬は思った。今のこの美少女顔なら拝み倒してでもお願いしたい限りではあるが――……。


「いいけど、条件がある」

「何? いいよ! なんでも言って!!」

 身を乗り出した笑美に、冬馬は目を反らしながら告げた。


「き、キスしてくれたら、一緒に考えてやらんこともない」

「……」


 真顔で見つめて来る笑美に、冬馬は耐え切れなくなった。そろりと視線を戻すと、笑美は眉根を寄せて頷いた。


「女に二言はない」

「わー! 嘘だよ! 嘘! 悪かったよ! なんかじゃあ可愛い女の子紹介して! オタクでも引かない子!」

「え? ……えー……」

「なんで!」

 俺ってそんな不良物件?! 真剣に焦った冬馬に笑美はちょっと唇を尖らせた。


「だって、冬馬は一緒に魔王を倒した仲間じゃん……彼女とかできたら、たぶんちょっと淋しいし……」


 冬馬は決心した。なにがなんでも、この可愛い仲間のために魔法陣を作ってやろうと。


 声なく感動する冬馬を見て、笑美は心の中でぐっとガッツポーズを握っていた。







SpecialThanks! ナチさん!

「となりの魔王」小ネタにご協力いただきました。

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