指南
結局、維心が自分が知らなかった愛情を知ったのがどういう経緯からなのかを順を追って話し、他の三人が聞く、という形で進んでいた。
それが一番分かりやすかったのだ…十六夜は維月が小さい頃、一番最初に自分を見上げた瞬間から違ったとか分かりにくい説明だったし、維月は物心ついたら話し掛けて来た十六夜をいつの間にか愛していたというし、維心のことも、あまりに自分を想ってくれているのが伝わって来て、生い立ちにも触れて、気が付くと愛していたというし、碧黎にはよくわからなかったのだ。
その点、維心ははっきりしていた。最初は気の強い月の妃として認識していたのが、命の調整に毎日念のやり取りをしているうちに、その気の柔らかさや優しさ、人の女特有の真っ直ぐではっきり物を言う素直さ、そして、優しいのに驚くほどの強さを持つ所に興味を持ち始め、月の宮まで通い始めた頃には心をつないでその生きざままで知るに至り、引き返せないほど愛してしまった。
それでもそれを秘めている毎日に想いは募り、もう耐えられないと思っていた頃、十六夜に維月を許された。そこからは、どうしても維月を離せなくなってしまったのだという。
「要は、必要性かの。」維心は言った。「それまでが孤独であったために、維月の暖かさに癒される事を知ると、無しでは重い責務を背負えなくなってしもうたのよ。維月は我の力に依存しておるかもしれぬが、我は維月の愛情に依存しておる。」
碧黎は考え込んだ。
「我らは互いに独立しておるからの。それゆえに、その愛情とやらも感じにくいのかもしれぬ。特にあれが出て行ってからの1500年は、我は一人で地を統治して来た。そして、主のように他の臣下なども居らぬゆえ、他者との交わりなど学ぶこともなかったしな。」
維月は思いついたように言った。
「まあそうだわ!私達のように共に暮らすって感じでないからいけないのかもしれません。十六夜とですら、毎日の出来事を話して交流していたのですよ。」
碧黎は頷いた。
「そうであるな…そういえば我らは共には居るが、毎日話す訳ではないの。我としたら、その気が傍にあればそれでよいので。」
維月は眉を寄せた。
「そんなこと…陽蘭様は人と暮らした経験がおありなのでしょう。じっと黙っているなんて、私だったら数日で出て行ってしまうわ。」維心と十六夜はぎょっとした顔をした。維月はむくれた顔で二人を見た。「なあに?二人とも、一緒に居る時は私の話をふんふん聞いてくださるではないの。問題ないでしょう?維心様だって、私が黙っていたら、どこが具合が悪いのかって訊かれるではないですか。」
維心は頷いた。そして思った。今まで話を真面目にきちんと聞いて来てよかった。
十六夜は遠慮なく言った。
「まあなあ、お前は一人でしゃべってたじゃねぇか。オレは話しを聞いちゃあいたが、なかなか口を挟ませてもらえなかった覚えがあるぞ。今は年のせいか落ち着いたけどよ。」
維月は眉を思いきり寄せた。
「ちょっと!何よ年のせいって。十六夜ったら昔から口が悪いのよね。維心様はとても紳士的よ。」
十六夜は天井を見た。
「へーへーオレと維心は生まれが違うんだよ。そいつは生まれていきなり王族だからよ。オレは生まれて1500年で王になれとか言われただけなんだしな。」
維心はためらった。そういえば、この二人は一緒に暮らしていた頃はケンカばかりしていた。今はたまに会うだけだから、あまりケンカはないが、本来こんな感じだったのだ。
「…今は、そんなことより碧黎のことであろうが」維心は割り込んだ。「主らは共に居るべきではないな。思い出したが、我が知っている限り諍いばかりしておったぞ、共に住んでいた頃のことであるが。」
十六夜もフンと鼻を鳴らしながら言った。
「確かにな。あのまま一緒に居たら、どっちにしろ別居になってた可能性はあるぞ。とにかく維月はいきなり怒るんだもんよー…。」
維月はふいと横を向いた。
「十六夜は女の気持ちなんてこれっぽっちも分からないんだもの。ケンカにもなるわ。だから今まで仲良くやって来れたのは、維心様のおかげなのかもしれないわね。」
十六夜は大真面目に頷いた。
「そうだな。あれだけ四六時中一緒に居てケンカもしないお前達はすごいと思うぞ。特に維心はよく頑張ってるなと思う。」
維心は困ってしまった。別に何も頑張っていないのだが。
「…我は、共に居たいから共に居るのよ。合わぬと思うこともないし、腹が立つこともこの30年以上一度もない。確かに一人でふらふらと外出するのには困って腹も立ったが、あれは人であったのだから仕方がないと思うておった。最近は落ち着いて一人で出掛けることもないし、我は満足しておる。十六夜、本当に主は維月を愛しておるのか?まあ、いろいろな愛の形があってもおかしくないとは思うがな。」
「では」と碧黎が割り込んだ。「我は維心を見習えば良いということだな?十六夜と維月のように、なんでも言い合う仲であると、また諍いの元になるのであるから。」
三人は顔を見合わせて、頷いた。維月は思った。確かにそうだ。どっちかというと、維心様との方がうまく行っているのは確かなのだ…なぜなら、維心様は何も言わずにただ見守っていてくれるし、たまにあまりにべったりで困ることはあるが、面倒臭い性格でもないので、自分もくっついていて安心なのだ。
「そうですわね。それよりもまず、碧黎様は陽蘭様ともっと共に過ごさなければなりませんわ…本体に戻っておられるのがよろしくないのです。十六夜が生まれる前のように、共に暮らすようにすればどうでしょうか?そうすれば、陽蘭様の願うこともおわかりになるのではないですか?」
碧黎は考え込んだ。
「確かにの。あの頃、我はやっと陽蘭が大切だと思うようになった気がする。共に暮らすのが良いのか。」
維心は言った。
「二人であるのなら、小さなもので良いので、宮を作ってはどうか?そして基本その姿でおり、十六夜のように戻りたい時だけ戻れば良いではないか。」
維月は頷いた。
「そうですわ!共に暮らすとわかることもございます。」と維心を見た。「それで新しい発見もあるかもしれません。」
維心は維月と目を合わせて微笑んだ。確かに共に1年暮らしたからこそ、我らは互いを知り、愛し合うことが出来た。それまでは我の片思いであった…。
「では、決まりであるな。」と碧黎は言った。「さて、では作って来るか。」
立ち上がる碧黎に、維心は慌てて言った。
「手伝わせなくてのよいのか?」
碧黎は手を振って笑った。
「我をなんだと思っておる?あのようなもの、すぐに出来るわ。今日中に完成するであろうよ。主も言ったように、小さなもので良いしの…地の入り口の結界の辺りに作る。また、主らも来るがよい。」と維月を見た。「維月、すまぬの、我は意地になっておった。これらが主にばかりかまけておると思うて、主も死ねば楽になると思い込んでおったゆえ。だが、主の責務を与えようぞ。これらの力になって、世にある間、地を平定させるべく尻を叩く役であるぞ。そして平定の後、これらと共に送るゆえ。それまでは、責務を果たせ。それから」とフッと笑った。「名を付けてもらって礼を申す。ではな。」
碧黎はそう言うと、居間の窓から飛び立って行った。
十六夜が、言った。
「…なんでぇ、結局自分の間違いを認めたってことか。それにしても、碧黎もあの陽蘭が妻となったらたいへんだと思うんだけどな…別に他の嫁もらったっていいのによ。陽蘭が別の男見つけるようなこと言ってたんだしよ。」
維心が複雑な表情で言った。
「…良くはないであろうが。主の両親であるぞ?」
十六夜は伸びをした。
「別に構わねぇ。もしもオレの片割れが維月でなく陽蘭だったら、オレは遠慮なく違う女を見てたと思うしな。あんなにしょっちゅうふらふらとあっちこっち脇見する女は性に合わねぇ。維月みたいに筋の通った女がいい。」と維月を見た。「遠慮がないのは仕方がねぇよ。なんたって小さい頃から一緒に居たしな。良い所も悪い所も見て来た仲なんだから、それでいいと思ってる。今はたまに会うだけだから、ケンカも少ないじゃねぇか。オレはこの方がいい。」
維月は笑った。
「そうね。本当にその通りだと思うわ。」
十六夜は笑って立ち上がった。
「さて、維月も心配なくなったし、オレは月の宮へ戻る。領黄の仙人修行の手伝いをしてるんだ。奴は元々半神だから、すごい仙骨があってな。見る間に気が膨れ上がって来てるんだ。紫月を迎えられるようになるまで、あと少しだな。」
維月はハッとして、維心を気にしつつ問うた。
「十六夜…炎嘉様はどうしてるの?」
十六夜は頷いた。
「相変わらずだ。蒼と政務に励んでる。そうしなきゃ死ねないとわかったからな。だが…たまにお前の様子を訊いて来る。維心が黄泉から連れ帰ったと聞いた時には、涙ぐんでいたと蒼から聞いた。」
維月は沈んだ表情になった。
「そう…思いもしない結果になってしまって…。」
維心が横から言った。
「先程も言うたが、二度は許さぬ。主は同情心に厚過ぎるのだ。もう会わぬほうが良い…互いのためにもの。ゆえに里帰りも許さぬ。十六夜、維月に会いに、主がこちらへ来い。」
十六夜は頷いた。
「そうだな。オレもそう思う。蒼にも維月に会いたければこっちへ来るように言っておくよ。」
維月も黙って頷いた。仕方がない。会えばまた、炎嘉様にとってもつらいことになってしまう…。
維月が考え込んでいると、十六夜は気遣わしげに眉を寄せたが、黙って居間の窓から飛び立って行った。
月の宮では、炎嘉が軍の指南を終えて蒼と共に宮へと戻って来た所だった。
十六夜は間が悪かったかと思ったが、今更自分の気を消す訳にも行かず、仕方なくこちらを見上げて待っている蒼の所へ降り立った。
「十六夜、早かったじゃないか。今日は維心様の謁見があるから、その間十六夜が母さんを見てるんじゃなかったのか?」
十六夜は首を振った。
「もう常に付いてなくて良くなったんだ。今日は謁見にも維心と一緒に出るんじゃねぇか。地が来て、話がついたんだよ。」
蒼は表情を明るくした。
「なんだ、陽蘭様が仲立ちしてくれたのか?」
十六夜はまた首を振った。
「あいつは帰った後だった。自分の言いたいことだけ言って帰ってったよ。まあその後、それを追って来てた地と話しが出来たんだから、結果オーライだがな。」と慌てて付け足した。「そうだ地に名が付いたぞ。これからは碧黎と呼んでくれ。」
蒼は難しい顔をした。
「へ…碧れい?」
「維月が付けたんだ。」十六夜が頷きながら言った。「なんでも黎って漢字には全てとか善とかいう意味があるらしい。話せば長くなるから名づけの経緯はまたにするが、とにかく維月には新しい責務ってのを与えてたぞ。オレらのケツを叩いて早く平定させる役割だとさ。あいつならやるだろうし出来るだろうよ。」
蒼はホッとして十六夜を見た。
「よかった。これでしばらくは大丈夫そうだね。母さんも何回死ななきゃならないかわからないね…維心様もホッとしてらしたんじゃないか?」
「多分な。そのことについては話してないからわからねぇが、あいつが一番ホッとしたんじゃねぇか?どこに行くにも付いてってたみたいだからよ…風呂にまで付いて来ると維月が言ってたからな。」
蒼は笑った。確かに維心様ならそうだろうな。
「目に浮かぶよ。」と、何かを思いついたように蒼は顔を上げた。「そうだ十六夜、母さん今度いつ来るって言ってた?もうすぐ母さんの誕生日だろ。毎年祝ってたんだけど、今年はどうしようかと思ってて。」
十六夜は困った。こっちへ来ないことになったと話したいが、炎嘉が居るのにあからさまに言う訳にもいかない。
「ああ、誕生日か」十六夜は言いよどんだ。「今年は維心が祝いたいようだぞ。」
蒼は驚いた顔をした。
「え、維心様が?神って誕生日祝わないよね。だってほとんど百年単位でお正月に一斉に歳取るのが神なんだろ?」
十六夜は唸った。
「維月が誕生日の重要性を維心に説いたんだ。あいつに言われたら、維心は絶対折れる。」
蒼は納得して頷いた。
「確かに維心様は母さんの言うことはなんでも聞くもんな。あの二人って同じ月に生まれてるんだから、一緒に祝ってもいいよね。」
十六夜は驚いて蒼を見据えた。
「なんだって?同じ月?」
蒼は頷いた。
「なんだ、知らなかったのか?瑤姫が言ってたよ。日にちまでは瑤姫も知らないらしいけど、9月だって。」
十六夜は、窓の方へ足を向けた。
「ちょっと行ってくらあ。すぐ戻る。」
蒼は慌てて追いかけた。
「ちょっと十六夜!今帰って来たばっかりじゃないか!」
「いいんだよ!またすぐ戻るから待ってろ。」
十六夜は慌ただしく飛び立って行った。




