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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
運命の恋を
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交流

それから、退屈していた神達の間では、人の歌は、ちょっとしたブームになった。

皆が皆新しい歌を求めて月の宮へ赴き、そこで楽曲をダウンロードするとまたややこしいので、注文を受けて人の世へCDを買いに行き、神達に譲る。その際は人の世とリンクするので、金を持って来ることになっていたので、人の世でのその価値が神の間で一応認識されるようになった。

通信カラオケの契約をする訳にもいかないので、仕方なくインストロメンタルの音源を領黄に作らせ、蒼はカラオケボックスを結界内に作った。もちろん神の世にお金の概念がないのでタダだ。もっぱらこれはお昼だけで、夜は閉めていて、しかも完全予約制だが、大盛況であった。

そのうちに神から見たら手軽な人の世の歌を、自ら作曲する神も現れて、人の世に居た頃バンドを組んでいたことのある領黄など、楽器の演奏の仕方の教室を開かなければならなくなり、とても暇どころの騒ぎではなくなってしまっていた。

神の力でも動かす事は出来るが、気を使い続けるのは下の方の神にはつらいので、電気が必要だった。月の宮のソーラーの技術者は大忙しで、他の神の宮にまで電気が普及され始めた。

またそれを学びに他の宮から神達が来るので、月の宮は大忙しであった。

しかし、宮は皆が持って来る貢ぎ物で潤い、財政は潤って、住人達の生活は安定した。

今や月の宮は、神の世の大エンターテイメントの場となり、移籍の求めが多くなったが、普通の神には許さず、作曲で神の世に認められたいもの、歌ったCDを皆に発表する場を求めている者などに限り、受け入れるようにしていた。

変な趣味や遊びに興じるよりは良いと、維心はこの人の歌ブームは歓迎していたが、蒼は毎日忙しくて少し休みたいと思っていた。

なので、それ専門の省を作り、そこを領黄に任せて管理させるように計らったのだった。領黄はやはり神の王族の血をひくだけあって、任せてみるとかなり有能に統括していた。おかげで蒼は、他の政務に専念出来るようになったのであった。


そして、そうやって二年が過ぎ、今日は宮のコロシアムでコンサートが催されることになっていた。

日頃から曲を発表している者ももちろん、各宮から推薦された者が歌う、この二年の集大成の大イベントに、月の宮の結界内は驚くほどのすし詰め状態であった。

結界内に入れてもらえる数は制限されていたのだが、結界の外も王についてきた臣下などでえらいことになっていた。

警備に龍の宮からも軍神が貸し出され、月の宮は内も外もものものしい雰囲気だった。

維心が維月の手を取って入って来た。

「蒼よ、宮の回りはえらいことになっておるの。我らは別に招待されずともよかったのにと、維月と話しておったのよ。」

蒼は疲れた表情で苦笑した。

「しかし、将維と紫月が歌うのに見ない訳にはいかないでしょう。二人だって両親に聴いてもらいたいだろうし。」

維月は首を振った。

「紫月はここに居るからどうか知らないけれど、将維は宮で練習しているのを聴いていたし、それに二人とも皆の前で一度歌って慣れておいたほうがいいと、宮の皆の前で歌ったのよ。それを私も維心様も一緒に聴いたのだもの。」

維心は頷いた。

「我らが公式に動くとなると、宮の龍が大挙して付いて来なければならぬのでな。結界の外へ置いては来たが、天幕を張る場もないと大騒ぎであったわ。しかし、我の共であるので、他の宮の臣下達が場を空けねばならぬ。我もそれを禁ずる訳にも行かぬし、我の到着でまたひと騒動よ。」

蒼は結界の外のその様子が目に浮かんだ。警備の軍神達もそれは大変であろう。蒼は我知らず頭を抱えた。

「しかし、結界の外も狭いでしょう。すぐ横に維心様の結界がある訳だし。」

維心と維月は顔を見合わせた。維心は維月に頷き掛けた。

「…蒼、我らはやはり宮へ戻る。洪だけ置いて行く。」と後ろに控える洪を振り返った。「洪、しっかり見て我に報告せよ。」

洪は頭を下げた。

「はい、王よ。」

蒼は慌てて言った。

「そんな、維心様。せっかくいらしていただいたのに。」

維心は笑った。

「我はいつなり非公式でここへ来れるゆえの。維月は混み合った所が苦手であるし、我もいつもの静かな月の宮が良いわ。」と外を指した。「まるで蟻の大群のようではないか。あのような所に、維月を連れては行けぬわ。」

蒼は外を見た。見下ろす宮の外は、軍神達に誘導される大勢の神達が、列に並んでちまちまと進んでいる。混雑してなかなか前に進まないのだ。確かに、母さんは昔から人混みが大嫌いだった。あれを見たら、行く気も失せるだろう。

「分かりました。また、コンサートの様子は映像でお送り致します。」

維心は笑ったまま頷いた。

「おお、よろしく頼む。」と足を戸口の方へ向けた。「ではな、蒼。」

維心は戸口の所で何か洪に言うと、維月を抱き上げて渡り廊下から空へ飛び上がって行った。


紫月は、維心と維月がここへ来たものの、あまりにも混雑しているので、自分達は戻ると伝えて来たのを聞いた。確かに父は龍王であるので、公式にここへ来るとその共に付いて来る臣下や軍神の数は、他の宮のそれと比べものにならない。結界の外はお付の臣下達ですごいことになっていると聞いている。父が遠慮して戻ってもおかしくはない。

だが、紫月はそのおかげでとても気が楽だった。両親が居ると、どうしてものびのび歌うことが出来ない。緊張してしまうからだ。特に母はとても美しい声でうまいし、父もそれは良い声で歌うのを知った。この二人の前では、平常心で歌えない。

しかも、将維もものすごくうまかった。父そっくりの声で、母の歌を誰よりもたくさん小さな頃からねだってまで聞いていた将維は、そのおかげかどんな歌でも勘が良く歌えた。紫月も、もっとねだって聞けばよかった、と今更ながらに思っていた。

疲れ切った顔の領黄が、紫月の控え室へ入って来た。

「紫月様、もうすぐ始まりますが、ご気分はいかがですか?緊張されておりませんか。」

紫月は微笑んだ。

「大丈夫よ。お父様もお母様も居ないから、かえって落ち着いた感じ。」

領黄は頷いた。

「龍王が気を利かせてくだされて、大変に助かりました。本当に足の踏み場がないとはこのことではと思うほど、結界の外はすごいことになっておったのです。今はなんとか、皆収まって落ち着きました。」

紫月は苦笑して頷いた。

「お父様はご自分のことがよくわかっていらっしゃるから。ごめんなさい、混乱させてしまって。」

領黄は首を振った。

「我々の認識が甘かったのです。やはりあのかたは、神の王達の王であられるのです。」と、戸口を振り返った。「では、私はまだ準備がございますので。」

紫月はびっくりした。まだ終わっていなかったの?

「そんな、途中で来てくれたの?忙しいのに…。」

領黄は憔悴した顔で笑いながら、言った。

「初めてのことであられるので、不安になっておられてはいけないと思いました。でも、大丈夫そうですね。」

そして、足早に出て行った。

本当に忙しいのに来てくれたのだ。思えばこの二年、蒼が人の世の対応に作った省の大臣に任命したりして、それは忙しくなっていたのに、自分と話す時間は約束通りきっちり作ってくれて、自分は不満に感じることもなかった。人の世に買い物に行きたいと、半ば観光気分で頼んだ時も、皆が忙しくて付いて来れないとわかると、一緒に来てくれた。

紫月は去って行くその背中に、自分の心が微かに震えたような気がした。それは父や十六夜に向けた感情とは違う、別の感情だった。


蒼の危惧を余所に、コンサートは滞りなく過ぎて行った。

神達も初めての大きなコンサートに混乱もなく、皆行儀良く席について、歌が始まると静かに聞いて、歌が終わると拍手してそれを賞賛した。

そして3時間の長い時間、なんのトラブルもなく無事に終えることが出来た。終わって帰る時もまた行儀よく並んで次々に結界の外へ出て、それぞれの宮へと帰途について行った。

蒼がホッとしたのは言うまでもないが、責任者の領黄も、炎嘉と共にホッとしたような面持ちであった。

全てを追えて、領黄がやっと自分の家に向かって歩いていると、フワッと覚えのある気が舞い降りたのを感じた。

「…紫月様?どうなさったのです、このように夜更けて。」

振り返ると、紫月がそこに立っていたのだ。紫月は、何か思い詰めたような顔をしている。

「領黄様…私、おかしいんですの。」

領黄は驚いて紫月に歩み寄った。

「どこか具合が悪うございますか?宮の治癒の龍に診て頂いて…」

紫月は首を振った。

「違いますわ。私…」と紫月は横を向いた。「なんと申し上げたら良いのか。」

領黄は気遣わしげに紫月を見た。こんな道端では話を聞くのも落ち着かないが、こんなに夜更けては自分の家へ連れて行く訳にもいかない。領黄は回りを見ると、少し先の川辺にベンチがあるのを見てとった。

「お話をお聞きしましょうか。と申しましても、こんな時間に家へお連れする訳にもいきませんので、あのベンチに座ってお話しませんか?」

紫月はためらいがちに頷いて、二人は歩いてそのベンチに座った。今日の月は、三日月だった。

紫月がそこへ座ると、領黄もそこへ少し離れて並んで座った。紫月は黙っている。領黄は紫月が話し始めるのを、辛抱強く待った。

紫月は、疲れているのに引き留めたことを後悔していた。別に、明日でもよかったはずだ。自分は気になるとどうしても行動せずにはいられない。そんな所は維月にそっくりだと、よく父に笑われていた…変な所ばかり母に似てしまって。紫月はそれがうらめしかった。

紫月は、やっと話し始めた。

「…ごめんなさい、疲れておられるのに、私ったら引き留めてしまって。」

下を向く紫月に、領黄は微笑した。

「構いませんよ。どうせ帰っても眠るだけであったのです。少し気分を変えてから帰るのも悪くない。」

紫月は領黄を見た。領黄は優しい。お父様もお兄様も十六夜も優しいけれど、このひとの優しさに触れると、嬉しさに心がとても震えているように感じる。

「領黄様…私の歌は、いかがでしたでしょうか?」

領黄は眉を上げた。それが本題だったのだろうか。

「とても美しい声でした。お母様に似ておられる。段々に声の伸びが良くなって来たように思います。」

紫月は頬を赤らめた。

「ありがとうございます。何よりうれしいですわ。」

蒼にも十六夜にも褒められたが、こんな恥ずかしいようなうれしさではなかった。領黄はじっとその様子を見ていたが、言った。

「歌が、気になることでありましたか?それなら何も憂いることはございませんよ。私は女性の中であなたの声が、一番よかったと思っています。」

紫月はびっくりしたように領黄を見た。その様子に領黄のほうがびっくりした。どうしてそんなにびっくりするのだろう。紫月は、グッと唇を結ぶと、思い切ったような表情になった。領黄は何を言われるのかと構えた。思った通りに褒めた言葉が悪かったのだろうか。

「領黄様」紫月は大きな青い目でじっと領黄を見て言った。「私…この二年、いつも領黄様にいろいろと教えて頂いて来ました。人の世のおもしろさとか…このカラオケとか…歌のことも。」

領黄は頷いた。

「それは私も楽しかったので、お気になさることはございませんよ。おかげで退屈な生活から逃れることが出来ましたので。」

「でも、お忙しくなってからも、お時間を無理に作ってくださっておりましたわ。」紫月は言った。「私のたわいもない話なんて、領黄様にしたら退屈であられたでしょうに。それに、最近では寝る間もないほどお忙しかったではありませんか。それなのに、毎日きちんとお時間をくださって…。」

領黄はそう言われて、考えた、確かにそうだ。本当なら、そんな時間を作るのは不可能なほど忙しかった。紫月に時間を取る分、後ろへ時間が押すので、寝る時間を削っていたのも事実だった。どうしてそんなにまでして時間を作っていたかと問われると、自分にもわからなかった。だから、紫月にそれは訊いてほしくなかった。自分でも、つらい結論に達してしまうような気がしてならなかったのだ。

「…そんなことを気になさっていたのですか?良いのですよ、私にも休憩が必要でした。紫月様と話しているのは、とても楽しかったと申しましたでしょう。ご心配には及びません。」

紫月は、下を向いた。領黄はどうしてそんなことを言うのかわからなかったが、このままここに居たら、自分はきっと、自分の心につらい結論を出してしまいそうで、早く立ち去るべきだと思った。しかし、紫月は震える声で小さく言った。

「領黄様…私は、きっと領黄様をお慕いしておりまする。」

領黄は返す言葉に詰まった。まさか、と思っていたからだ。

実は、本当は自分にもわかっていた。自分が紫月の為に時間を割くのも、紫月を気に掛けて言うことを聞いてしまうのも、全ては自分の方こそ紫月を想っているがゆえであったのだ。

しかし、それは許されることではない。自分は罪を背負って龍王に罰せられ、半神の身を人の身に変えられた、ただの人なのだ。普通の人でも許されるはずのないことが、罪を背負っている自分に許されるはずはない。

紫月は龍王の娘、しかも正妃の腹の王女なのだ。それも、たった一人の王女だった。それを知っているから、自分の心に気付かないふりをして来た。気付いたら、報われない想いに、煮え湯を飲まされるような心地を耐えねばならなくなる。それが分かっていたから、あえて避けて来たものを…。

領黄は、居た堪れなくて立ち上がり、言った。

「紫月様、私は今は人です。しかも、罪を背負い、龍王に情けで命を助けて頂いた存在なのです。あなたのように美しい龍王のたった一人の王女に愛される資格など、元よりありません。」

紫月は同じように立ち上がった。

「私はそのようなこと、元より気に致しませぬ。」と領黄の目を見つめた。「私にはこのような気持ちは初めてでございます…父や兄、それに月に対して抱いた気持ちこそ、人を恋い慕うということだと思っていたのに。全く違うのだと気付きました。私はあなたを愛しているのですわ、領黄様。」

領黄はその青い目を見つめた。これは龍王の目。このかたは王女なのに…。

あまりに真剣に見つめられて、領黄はその瞳から目が離せなかった。本当は突き放さなければと思った。だが、思い詰めたように見上げるその瞳を、領黄はついに拒むことが出来なかった。

「…私など、取るに足らない者であるのに」と領黄は目に涙を溜めてやっと言った。「なぜに…あなたを愛してしまったのか…。」

領黄は、紫月を抱き寄せた。

紫月はその胸に身をゆだねながら、これが愛するひとに愛されるということなのだと、湧きあがる涙を抑えられなかった。

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