歌う神達
維心も炎嘉も、最初渋っていたが歌わせるとそれはうまかった。二人共に声が尋常ならざるほど良く、ドリンクを持って来た人の店員は思わず手を止めるほどであった。
神の歌声など、聴く機会は滅多にない。しかし、誰もそれが神などとは思わないので、すごい人として見られるのだった。
維心が一番の目的にしていた維月の歌は、昔からうまいのを蒼は知っていた。維月は歌うのがそれは好きで、人の頃は炊事しながら音楽を流しては歌いながら進めていたので、蒼は聞き慣れていた。
しかし、いざ維月の番となってマイクを握ると、皆シンとなって耳を澄ませるので、維月はためらった。領黄は紫月からうまいと聞いてどれ程なのか興味を持っていて、炎嘉はただ純粋に維月の声はどんなものか興味があって、紫月と蒼は母の歌で育ったのでそれを心待ちにしていて、維心は元より聴かせてもらえなかったその声をしっかり心に刻もうと力が入っていたのだ。
維月は前奏で一時停止を押し、たまらず言った。
「あの、そんなに真剣に聴かないでくださいませ。緊張しますから。」
ハッとした皆は、慌てて首を振った。
「そのような、普通に歌とうてくれれば良いぞ。興味があっただけであるのよ。」
炎嘉は言い訳がましく言った。しかし維心は真剣な顔で言った。
「主が決して我には聴かせてくれぬから、我はこれを楽しみにここへ参ったのだ。我も聴かせたのであるから、主も早よう聴かせよ。」
蒼は合点がいった。だから維心様は、カラオケに前向きだったのか。
維月は戸惑っているようだったが、仕方なく再生を押して、前奏を続けて歌い出した。
蒼と紫月の記憶の通り、いやそれ以上だった。
月になって余計に思うように声が出るようになったらしい。人の時でもたいがい美しかったその声と音域は、月になってより幅広く心に染みた。蒼はちらりと維心の方を見た。維心は固まって、まんじりともせずに聴いていた。
歌が終わって、領黄が拍手した。
「紫月様が言っていた通りの美しいお声ですね。人であったとは思えないほどです。」
紫月は膨れた。
「お母様、私が歌う前に歌うなんて、酷いですわ。楽器の演奏が共にあった方が、ずっと美しく聴こえましたわ。」
蒼は笑った。
「母さん腕を上げたね。月の宮へ帰って来た時は歌いまくってたもんね。」
維月は微笑んだ。
「歌うの好きだから。十六夜にも、ずっと歌ってばっかりじゃねぇかって、よく言われてたのよね。龍の宮では、恥ずかしくて歌えないんだもの。」
炎嘉が感心したように言った。
「いやいや、我らが聴いても良い声であったぞ。の、維心。」と黙っている維心を見た。「維心?主、何を呆けておる。」
維心は炎嘉を見た。
「やっと妃の歌声をまともに聴くことが出来たのよ。少しぐらい余韻に浸っても良いではないか。」
炎嘉は呆れように首を振った。
「主はどこまで維月命であるのよ。まあ、確かに良い声であったから、主には堪えられぬであろうがな。」
次の歌の前奏が始まった。
「さあ、私も入れましたのよ。歌いますわ!」
紫月の言葉に、皆が黙って画面を見つめた。
紫月は緊張気味に歌い始めた。紫月の声もとても澄んでいてきれいで、曲に忠実に旋律を表現していく。
維月はその声に聴きほれながら、隣の維心を見てにっこり笑った。
維心はその手を握って、微笑み返した。
その後、皆でとりあえず龍の宮へ帰り、酒を飲みつつ皆で今日のことを話した。その輪に加わっていた洪が言った。
「それはまた面白そうでございまするな。我らも人の世の歌はかなり覚えましてございますぞ。今度皆で、王達が行かれたカラオケボックスに行く相談をしておりまする。」
蒼は言った。
「それならば、月の宮の者をひとり、ガイドにお連れくださったほうがいい。神だけでは、おそらく困ることが多いと思うよ。」
洪は大真面目に頷いた。
「助かりまする。いくら学んでもわからぬことが多いですので。」
炎嘉は笑った。
「確かに面白かった。しばらくは流行るかもしれぬな。」と自分の歌声の入ったメモリカードを見た。「しかしこのようなものをもらっても、我が我の歌を聴いておってものう…」
将維が言った。
「では、我にお譲り下さい。我がそれで、人の歌を学びましょうほどに。我も母に小さな頃から歌って聞かせられて来たので、人の歌には興味がございます。」
炎嘉は手を振って笑った。
「では、主が聴きたいのは維月の持っておるメモリカードであろう。あれには本日維月が歌った6曲が入っておるぞ。」
「これは我がもらったぞ。」と維心は言って小さなカードを見せた。「我のものと交換したのだ。」
炎嘉はおいおい、と眉を寄せた。
「主には横に本人がおろうが。将維にやると良いのに。」
維心は首を振った。
「もう一度聞きたい。これはやれぬ。主のものをやればよいではないか。」
蒼が割り込んだ。
「では、コピーすれば良いのですよ。私がやって来ましょう。全部の歌をまとめたものを持っておりますので。」と将維を見た。「全員の歌が入ったカードがあるから、それを渡すよ。」
将維は頷いた。
「それで少し学んで、我も次は誰かと一緒に参ろうかなと思っておる。宮に篭ってばかりではいけないのでな。」
維心はふふんと笑った。
「確かにそうであるが、人の女は駄目であるぞ。主は神なのだからな。相手を殺してしまう。わきまえよ。」
将維はまた頷いた。
「はい、父上。わかっておりまする。」
炎嘉が面白そうに将維を見た。
「なんだ主、婚活とかいうものか?」と炎嘉は嬉しそうだ。「では我と共に参ろうぞ。目的は同じであるゆえ。」
将維は慌てて手を振った。
「別に誰か探そうというのではありませぬ。外の世界を見た方がいいだろうと思っているだけでございます。それに、仮に婚活というものであるとして、炎嘉様とご一緒だと、我に話す機会があるかどうか疑問でありまする。我は自分から炎嘉様のように話せる性質ではありませぬゆえ。」
炎嘉は豪快に笑った。
「尚更であろうが。我について参ったほうが、おそらく女とは話せるぞ。が、まあ人は駄目だな。」とため息を付いた。「まあそのうち我にも主にも見つかるであろう。焦っては駄目だそうだ。維心のように、1700年でも待つ気でおらんとな。」
将維は頷いた。
「我は別にそれでもよろしいゆえ。ただ、広い世界を知りたいだけでありまする。」
炎嘉は呆れたように維心を見た。
「…主、何もこんな性質まで息子に譲らんでも。」
維心はフンと横を向いた。
「だからいくら我でもそんなところまで狙い定めることは出来ぬと申すに。生まれたらこんなに似ておったのよ。」
紫月があくびをした。維月はそれを見て立ち上がった。
「では、私達はこれでお部屋へ帰らせて頂きますわ。どうぞごゆっくりなさってくださいませ。」と紫月に手を差し出した。「紫月、お部屋へ戻りましょう。」
紫月はホッとしたように頷いて、維月の手を取った。
「はい、お母様。」と領黄を見た。「本日はありがとうございました、領黄様。私もこのカードの曲を聞きまするわ。」
領黄は戸惑ったように頷いた。
「紫月様。それでは私も聞かせて頂きます。」
紫月は微笑んで、そこを後にした。
維月は歩きながら、紫月に訊いた。
「紫月、もしかして、それは領黄の歌ったデータ?」
紫月は笑って頷いた。
「はい。私のものと交換して頂きました。知らない歌もありましたのよ。また学ばないと。」
紫月は嬉しそうに、メモリカードを握りしめている。別段、十六夜の時のように、べったりくっついている訳でもなく、そんなに執着している風もないので、維月は楽しそうな紫月に、それ以上何も聞かなかった。
そして自分も維心のメモリカードを手に、部屋へ帰ってこっそり聴こうと一人、ほくそ笑んだ。自分の好きな歌ばかりを維心に言って、維心は素直にそれを歌ってくれた。とても綺麗な低い声で、でも高音もしっかり出て、維月はすっかり維心の声に魅了されてしまったのだ。
紫月を部屋の前まで送った。
「お母様、今日はとても楽しかったですわ。人の世とは、なんと面白いものでしょう。」
維月は苦笑した。
「こちらに居て遊びに行くから良いのよ。あちらに住んでいたら、生きて行くのはそれは大変なことであるのよ。きっとそのうちに、そういったことも学んで行けると思うわ。」と紫月の頬を撫でた。「では、おやすみなさい。」
紫月は頭を下げた。
「はい。おやすみなさいませ。」
維月は部屋へ帰って、小さな音楽を再生する機械にメモリを移して、イヤフォンをつなぐと耳に着けた。再生すると、維心の深い声が聞こえて来る。
それを聴きながら維心が部屋へ戻って来るのを待つつもりが、あまりに心地よくて、維月はそのまま寝台へ倒れ込んで眠ってしまった。
維心が部屋へ戻って来ると、維月が人の世の小さな機械を耳につないで、寝台で眠っていた。維月が立ちあがって戻ってしまってから、一刻も早く帰ろうと思って戻って来たのに…。維心は少し残念に思うと、自分も襦袢になって、そっと維月の横へもぐりこんだ。
耳につないだ端から、音が漏れ出している。それは、今日自分が歌った歌声だった。
維心はそっとそのイヤフォンを維月の耳から外すと、機械の使い方がわからないので、その機械に手を翳した。音は止まり、メモリカードが中から飛び出した。維心はそれを慎重に抜くと、同じ場所に自分の持っているメモリーカードを差し込んだ。
そして、維月がしていたようにイヤフォンを耳に挿すと、また機械に手を翳した。音が再生される…前奏が終わり、維月の声が流れ出した。
維心はその声に心地よさを感じながら、眠る維月を抱きしめて、自分も眠りに落ちて行った。




