違い
二人が黙って酒を飲んでいると、蒼が入って来た。
「ああ、遅くなってしまって申し訳ありません、維心様、炎嘉様。新しい住人の受け入れのことで、他の宮からの来客があったものですから…。」
維心は首を振った。
「よい。主はここの王であるが、我らは気楽なものよ。遊びに来ておるようなものであるからな。」
炎嘉は蒼を見上げた。
「おお、久しいな、蒼よ。すっかり王らしくなったではないか。」
蒼はそこへ座りながら微笑んだ。
「炎嘉様、お久しぶりでございます。私の婚儀でお会いしたのが最後でございましたので。母が自分を封じた時には、いろいろとお世話になったと聞きました。それで、ここには滞在して頂けるのですか?」
蒼は維心と炎嘉の両方を、交互に見ながら言った。維心が答えた。
「ああ、我が話した。ここに居ってくれるそうよ。その間はここの守りのことについても、いろいろと口添えしてくれるようであるぞ。」
蒼は明るい表情になった。
「ああ、よかった」と炎嘉を見た。「炎嘉様、守りと申しましても、私の宮は特殊で…外からの守りには、月が居るのでかなり強いのですが…」
炎嘉は頷いた。
「そうよの。外からには無敵であるよの。」
蒼は困ったようにため息をついた。
「ここは言わば、流れ場所のようになっておりましてね。他の宮でも人の世に関係なくても、受け入れて欲しいと言って来ることがあります。私はよっぽどの問題がなければ受け入れることにしていますが…だいたいが、何か問題を抱えていたりするのですよ。厄介払いをしたい王がここへ送り込んで来るような感じですかね。」
炎嘉は眉を寄せた。
「それは、内政が不安になるの。」
蒼は頷いた。
「そうなのです。人数だけは増えて参りますが、善良な住人に迷惑を掛けるような輩は、私も罰して封じはしますが…その数は他の宮のそれと比べようがないのではないでしょうか。」
炎嘉は深刻な顔をした。
「…何か手立てを考えねばならぬな。」
蒼は頷いて、炎嘉に頭を下げた。
「そうなのです。それに、どうしようか考えあぐねておった所へ、維心様から炎嘉様のお話を聞いて、渡りに船と思いまして…どうか、お知恵をお貸しいただけないでしょうか。」
炎嘉は維心を見た。維心は言った。
「…別に我が他の王に、善意をあだで返すように月の宮へ変な輩を送り込む者は罰すると言えば、それで済むことではあるがな、それでは根本的な解決にはならぬであろう。それに、我も月の宮のことまで見ている暇はない。主がここにおって、考えてやってくれたら、蒼も助かるし我も安心であるのだ。」
炎嘉は考え込むような顔をして、杯をあけた。
「…そうか。まるで我らの遠き祖先の建国の始めのようであるな。わかった。我に出来ることであるなら、なんなりと力になろうぞ、蒼。」と蒼に酒瓶を示した。「今日は主の飲め。我とまた、明日からでも計画の会合を始めようぞ。」
蒼はホッとしたように侍女に指示し、自分の杯も持って来させた。これで、維心様が常に隣に居てくれるようなものだ。常に真剣に一緒に考えてくれる神の王がそばにいるなら、これほど心強いことはない。
維心はにやりと笑った。
「主は昔から、何でも最初から作るのが好きであったよな。しばらくは暇はないであろうよ。」
炎嘉はフンと鼻を鳴らした。
「うるさいわ。良いではないか、作り上げるのはいろいろと面白いものよ。」
蒼は肩を落とした。
「私は作るのはほとほと疲れております。まさかこんなに大変なことだとは思いもしませんでした…そして、治安のことまで出て来るとは。最初当主と呼ばれて居た頃は、一つの家族を守るだけでありましたのに。」
炎嘉はそれを聞いて微笑した。
「根本はそれと何も変わらぬのだぞ。王となると、いろんな柵が増えてまいって、大変になってしまうのだがな。まあ良い。全ては明日からぞ。今日は飲もうぞ。」
蒼は頷いて杯を差し出した。維心が酒を注いでくれる。
天上に月は見えていたが、十六夜の気配はそこにはなかった。
炎嘉は今夜は維心の対で休むことになり、二人で回廊を歩いていた。この辺りは月の光を見越しているのか、他に明かりはなく、仄暗い。
「よほど主は旧月の宮へ通っておったのだな。蒼がわざわざこの宮を建てる時に、主の対まで建てておるとは…」
炎嘉がからかうようにそう言うと、維心はふと、立ち止まった。何かを見つけたようで、一点をじっと見ている。炎嘉は同じように立ち止まって、振り返った。
「維心?」
維心が答えないので、炎嘉は維心の視線の先を見た。
そこは南の庭で、月明かりの中、維月が楽しそうに歌を歌っていた。十六夜が共に居て、それを笑って眺めている。時に歌詞を忘れるようで、少し黙ると、十六夜が歌って先を促し、維月は、ああ!と思い出したような顔をして先を続けていた。
まるで子供のようだ。炎嘉は思った。きっと、月はずっとこんな維月を見て来たのだろう。生まれた時から見て来たと聞いた。 維月にしてみれば、親や兄弟のように、近しい存在なのだ。
十六夜に笑い掛け、楽しそうな維月を、十六夜は自分へ引き寄せて肩を抱いた。二人は佇んで、月を見上げている。あれは二人が共有する本体。どうあっても切れることのない絆。
炎嘉は、維心の腕を引いた。
「…行こうか、維心。」
ハッとしたような維心は、黙って頷くと、庭から目を逸らし、炎嘉と共にそこを離れた。
部屋の前に辿り着くと、炎嘉が言った。
「…維心。我は主の苦しみがよくわかる。」と肩を叩いた。「しかし、維月は間違いなく主を愛しておろう。月とは、縁戚のようなもの。そう思っておればよい。」
維心は頷いた。
「わかっておる。あのような場を見たのは、何も此度が初めてではない。これぐらいは辛抱せねばならぬのだ。後から割り込んで、それを正妃にしようと思うたら、これぐらいはの。」
炎嘉は冗談ではなく心から感心した。これほどに我慢してまで、維月を妃にしておるなんて。
「…やはり、我は主には勝てぬわ。我には真似が出来ぬ。」
フンと維心は横を向いた。
「嬉しくもないわ。」と戸に手を掛けた。「ではな、炎嘉。」
炎嘉は頷いた。
「ああ、また明日の。」
維心は一人、部屋へ入って行った。
次の日の朝早く、維心がまだ眠っていると、戸口に気配があった。
これが自分の宮なら侍女であろうと気にも留めないのだが、ここは月の宮だ。呼ばねば侍女は来ない。維心は特にここでは危機感も感じないので、緊急に目覚める必要性も感じず、その気配を知っていながら目を開けなかった。
維月は、十六夜がまだ眠っていたので、こっそりと維心の対へやって来た。
まだ朝は早いが、維心のことだからもう起きているかもしれない。そう思って、そっと戸を開けると、思いに反して維心はまだ眠っていた。
昨夜は、十六夜から、南の庭で過ごした後で、維心と炎嘉がこちらを見ていたと聞かされた。十六夜は常に回りに気を配ることに慣れているので、自分と過ごしていても、そんなことがわかるのだ。同じ月でありながら、自分はそんな力の使い方をしたことがない。維月は後悔した。維心が、どれほどにつらかっただろうと思うと、気が気でなかったのだ。
維月は眠っている維心に近付くと、そっとその手を握った。大きくて、維月にはいつも優しい手。維月はそれに頬を摺り寄せた。
その瞬間、グッとその手を握り返されたと思うと、ぐいと引っ張って寝台へ引き込まれた。維月はびっくりして維心を見た…維心はこちらを見ていた。
「維月…このように朝早くにどうしたのだ?」
維月はびっくりしたまま言った。
「維心様…起きてらしたの?」
維心は頷いて、上布団を上げて維月を中へ引き込んで抱き寄せた。
「気配で目が覚めた。だが、起きぬでもよいと思ったのでな。主であるなら、話は別よ。」と、ゆっくり口付けた。「飛んで火に入るとはこのことぞ、維月。我はここのところ、主に近寄らせてもらえなんだではないか。」
維月は首を振った。
「維心様、ですが、私は少しこちらへ参っただけですの。十六夜がまだ寝ておりましたので、その隙に…」
維心は腕を離さなかった。
「我にも我慢の限界がある。今だけぞ、維月。」とねだるような目で見て言った。「良いであろう?」
維月は困ったが、十六夜はまだぐっすり寝ていたはずだ。維心には、本当につらい思いをさせていると思う…。
「では、少しだけ。気付かれたら、また帰るのを遅らせられるかもしれません。ですから、少しだけでご辛抱くださいませ。」
維心は笑って頷いた。維月は維心の首に腕を回すと、自分から唇を寄せた。
維心は歓喜してそれを受け、維月と肌を合わせた。
結局起きるのはお昼ぐらいになったが、十六夜は何も言って来なかった。
維月が恐る恐る部屋を伺うと、十六夜は庭へ出ていた。維月は後ろから声を掛けた。
「十六夜…?」
十六夜は振り返って、ため息をついた。
「こっちへ来な、維月。」
維月は素直に十六夜の横へ並んだ。十六夜は言った。
「まあな、お前が維心の所へ行くのは、わかってたんだ。」維月が目を丸くすると、十六夜は苦笑した。「だってよ、昨夜はさすがに悪いと思ったんだよ。オレ達はきっと、一緒に居るとものすごく仲良さそうに見えると思うんだよな。おまけにオレ達は月を共有してる。それを、あいつに見せつけるのはどうかと思ってたからな…それが、昨日は偶然そうなっちまった。お前たちだって、龍の宮で外でベタベタしないようにしてるじゃねぇか。オレだってあいつの見てる所であんまりくっつくのもどうかと思うんでな。」
維月は思わず十六夜の手を握った。
「十六夜…じゃあ、知ってたのね。」
十六夜は頷いた。
「そうだ。お前に話せば、維心の所へ行くと思ったから、わざわざ昨夜のことを話したんだよ。」と維月の頬に触れた。「オレは別に、お前との仲を見せつけようなんて思ってねぇもんな。維心もそんなことはしねぇだろ?オレ達はわかっててこんなことをしてるんだ。だから、最低限は気を使わないとな。そう思わねぇか?」
維月は涙ぐんで頷いた。
「ええ。私、身が二つあればいいのに。」
十六夜は笑った。
「お前は一人だからいいんだよ。お前が気に病むことはねぇ。」
肩を抱く十六夜の胸に、維月は頭を寄せた。やっぱり、同じ場所に長く一緒に三人居るのはいけないのではないかな…でも、維心様は月の宮まで来てしまうし。
維月は空を見上げながら、考えた。




