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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
運命の恋を
33/48

人の世の話

紫月は、また学校の方へ意識を向けていた。

十六夜のことは嫌いになった訳ではなかったが、それでも母が十六夜と一緒に居る姿を見ていたら、何かが違うと思うようになった。

自分と母のどこが違うのかと思っていたが、全然違う。母は、何か一本筋が通っている。自分にはそれがない。十六夜のことだって、なんだか憑き物が落ちたように、そんなに執着がなくなった。

自分に足りないのは、きっと何か信念のようなものかもしれない。紫月は思って、とにかく今は興味を持っている、人の世界のことを学ぼうと思った。

それは、本当に面白かった。人は、力を持っていない分、知恵を駆使していろんな装具を作って、それを使っている。家電というもののことは蒼に教えられて夢中になった。

とても面白かった。

紫月は、人の世界の生活のことについて、蒼に教えてもらいたかったが蒼は王で忙しく、母は父と十六夜の間で取り合われていて紫月が入る余地はなく、紫月は仕方なく一人でパソコンを見たりして、その世界に思いを馳せていた。

退屈になって、ふと空を見た時に、紫月は母に連れられて行った、仙術を知っていたあの人のことを思い出した。確か、人の世で生活していたと言っていた。

あの時も母が人の世のことを話すのを、楽しそうに相槌を打ちながら聞いていた。紫月は、記憶を頼りにその家に向かって飛んで行った。


その家は、すぐに見つかった。相変わらず、中からいい匂いがしている。思えば今は昼時だった。人は、三食物を食すのだという。紫月は食事時に訪ねてしまったので、困った。食事が終わるまで、待った方がいいのだろうか。

しばらく外で佇んでいると、急に戸が開いた。

「どなたですか?」

相手は、戸を開いて驚いたように紫月を見た。気配がしたので、様子を見に来たようだが、まさかそれが紫月だとは思わなかったらしい。

相手は回りをきょろきょろと見た。

「今日は、お一人ですか?維月様は?」

紫月は首を振った。

「母は、今日は来ておりませんの。私が、人の世を学んでいるので…お話を聞けたらと思って参りました。」

領黄は明らかに戸惑った顔をした。

「王族のかたが、共も連れずにこのような所へいらしてはいけないのではないですか?まして、女性であるのに。」

紫月はためらった。そう言えばそうだ。前は母が一緒だったのに。いつもは宮や学校で男の人に会っているから、そんなこと考えたことがなかった。

「…ご迷惑なら、帰りますわ。ごめんなさい、食事時に。」

紫月が飛ぼうとすると、領黄は慌てて言った。

「いえ、迷惑ではありませんよ。ただ、驚いただけです。人の世のことなら、私でわかることならお答え致しますが…せっかくいらしてくださったのだし。ここには訪問客も少なく、退屈しておったのです。」

紫月はホッとして、向き直った。

「まあ、よかった。では、話を聞かせてくださいませ。」

紫月は領黄と共に、その家の中へ入って行った。

茶を出されながら、紫月は言った。

「領黄様、私にはお構いなく。お食事をなさってからで結構ですので…ここでお待ちしておりますわ。」

領黄はびっくりしたような顔をしたが、頷いた。

「人のことを勉強されてしっておられるのですね。では、手早く済ませて参りますので、お待ちください。」

領黄はそう言うと出て行った。

紫月は、一人残されて部屋を見回した。家電がそこかしこに置かれてある。領黄は今は人なので、きっと力を使うことが出来ず、こうやって家電を使ってここで生活しているのだ。

紫月が好きなテレビもパソコンもここにはあった。男一人の生活にしては、きれいに片付けてあり、それに何かホッとするような気がした。

しばらくして、領黄が戻って来た。

「お待たせ致しました。何からお話致しましょうか。」

紫月は、言った。

「そうですわね。領黄様は、人の世では何のお仕事をされておられたのですか?」

領黄は笑った。

「生活のことですね。私は学校を出てから小売りの仕事をしておりました。小売りのことはわかりますか?」

紫月は首を傾げた。

「…人は、金という物を使って物を売り買いすると習いました。それのことでしょうか?」

領黄は頷いた。

「そうです。私は、車を売っておりました…車とはわかりますか?」

紫月は頷いた。

「母が、父と人の世へ出掛ける時に乗るのだと、宮にも一台ございます。でも、五人しか乗れません。」

領黄は笑った。

「大きさによって、乗れる人数は変わるのですよ。それにしても、神が車を所有しているなんて。知らなかった。」

紫月はふふふと笑った。

「母が元々人でありますから。龍の宮にはたくさんの人の世のものがございますの。母に欲しいと言われたら、父はなんだって取り寄せますから。」

領黄は笑った。

「ははは、それにしても車までとは。」

それから、領黄の生い立ちのこと、いろいろのことを話した。紫月はその自然な人の生活の話がとてもおもしろかった。

気が付くと、もう夕方になっていた。

「まあ、そろそろお暇しなくては。本日はありがとうございました。」

領黄は立ち上がった。

「いえ、私も楽しかったです。また、何かお知りになりたかったらいらしてください。」

紫月は微笑んだ。

「はい。それでは、また。」

紫月が飛び立って行くのを、領黄は見上げた。少し飛んでから振り返ると、領黄はまだこちらを見て見送っていた。紫月はその姿に向かって手を振ると、宮へ向かって飛んだのだった。


次の日、また紫月が出掛けようとしていると、父が北側の庭で真っ直ぐに立って、まるで潜むかのように、木々の隙間から何かを垣間見ているのを見掛けた。紫月は何を見ているのだろうと、そっと庭へ出て父に話し掛けようとすると、母の声が聞こえて来た。小さな頃からよく聞いていた、母の歌声だった。

母は一人で北の庭に朝の散歩に出て来たようで、こちら側は南側と違って人が少なく、窓もこちら向きに開いているのは少ない。それもあって、きっと油断しているのだ。紫月は久しぶりに聞く声に耳を澄ませた。

聞いていると、小さい頃に歌ってもらったものとは違う、人の世のポップスというものだった。ゆっくりとした、ラブバラードのようだった。

しばらく聴いてから、紫月はそっと父に話し掛けた。

「お父様。」

父は慌てて振り返り、紫月を見て小声で言った。

「静かにせよ」とまるで何かを逃さないようにしているかのように、こちらを見る。「こちらに気付くと、歌うのを止めてしまう。」

紫月は苦笑した。

「そのような…目の前で歌ってもらえばよいではありませぬか。」

囁くように言うと、維心も囁き返した。

「歌ってくれぬのよ。」と困ったように、「我は聴きたいのに、神の王にお聞かせするようなものではありませぬ、と言って。」

母の声は美しかった。子の自分が聴いても美しいと思うのだから、きっと父にはもっと美しく聞こえているのだろう。歌っているラブバラードは、父の耳にはどんなふうに聴こえているのだろう。紫月は見ていて微笑ましかった。

父は呟いた。

「…父を愚かだと思うであろう。だが、このように愛おしいものは、世にはないのだ。我の宝よ。」

まるで夢見るような目で、じっと母を見ている父を見ていると、紫月はとてもうらやましかった。自分も、母のように誰かを愛して、その誰かにこんな風に思ってもらえたら、幸せだろうな。

紫月のかんざしが一本、すり抜けて落ちた。シャリンと音がする。向こうに座って歌っていた母は、ピタリと歌うのを止めた。

「…誰?」

紫月はすまなさそうに父を見た。父はため息をついて、足を踏み出した。

「…維月、続けよ。」

維月は驚いて立ち上がった。

「まあ、維心様!」と下を向いた。「…もしかして、ずっと聴いてらしたの?」

維心は頷いた。

「我はもっと聴きたい。続けよ、維月。」

抱き寄せられながら、維月は首を振った。

「そのような…宮の歌う龍達のほうがよろしいですわ。私の歌はお聴かせするようなものではありません。」

維心はせがむように言った。

「十六夜には歌うではないか。なぜに我には歌ってくれぬのよ。」

「十六夜とは、幼稚園の合唱からの付き合いでございますので」と維月は恥ずかしそうに言った。「今更恥ずかしいとかないのですわ。ずっと聴いていたから。」

維心は眉を寄せた。

「我は主の歌を聴いていたい。心地よい声だ。主の歌を聴いていると、人の世の歌も良いと思う。」

維月は困った。とても綺麗な神の音楽ばかり聴いて来た維心様に、自分の拙い歌は恥ずかしくて聴かせられない。

「維心様…お許しくださいませ。」

維心は残念そうにため息を付くと、維月を抱きしめて髪に頬を摺り寄せた。

「いつか、我のために歌ってくれるのを待っておるぞ。」

紫月はそれを見て、そっと庭を後にした。


領黄の家に着くと、中から別の気がした。誰か別の神が来ている。紫月はためらったが、戸をノックした。

「はい。」と領黄が出て来た。「紫月様、どうなされたのですか。」

領黄は驚いているようだ。昨日の今日でまた来るとは思っていなかったのだろう。紫月は少し恥ずかしくなった。

「今日もお話しようかと思って…お客様がいらっしゃるのですね。」

領黄は中を伺った。

「そうなのですが…、」

「我の事は気にせずともよい。」中からよく通る声がした。「入ってもらうがよい。」

領黄はためらいがちにそちらを振り返ると、頷いて戸を大きく開いた。

「どうぞ、中へ。」

紫月が遠慮がちに入って行くと、そこには領黄に似た感じの神が立っていた。気は龍だったが、紫月はこの龍は知らなかった。

相手は紫月の顔を見ると、とても驚いた顔をした。目にフッと悲しげな雰囲気が漂ったような気がする。

紫月は勧められるままに、その龍の前の椅子に腰掛けた。

「あの…初めまして。私は紫月と申します。」

紫月は共も居ないので、人と同じように自分で自己紹介をした。相手は頷いた。

「知っておるぞ。維心の娘であるな。我は炎嘉。訳あって龍に転生し申したが、元は鳥である。前世で領黄は我の孫にあたるのでな、顔を見に参った。」

紫月は頭を下げながら、思い出した。領黄と縁戚の神…ということは、鳥の時、王族だった人なのだ。

領黄が紫月に茶を出しながら言った。

「炎嘉様は、鳥の宮の王であられました。私の父の父に当たります。」

紫月はあ、と声を上げた。では、父の友だったかただ。一緒に長生きして来たのだと、父は話していた。

「まあ、炎嘉様。私、父から聞いておりまする。父は滅多に友の話などしないのに、炎嘉様のことは小さな時から…母もよく聞いていると申して…。」

炎嘉は目を逸らして頷いた。

「そうであろうの。あれほど長生きしたのは、我らだけであったからの。」

紫月はこれを父に知らせなければと思った。

「炎嘉様、只今父がこちらに参っておりますの。母もですわ。私はこの宮に少し前から人の世のことを学びに来ていて…宮へ参りませんか?」

そう言いながら紫月は、父に向けて念を発した。炎嘉は意外にも首を振った。

「いや、良い。維心は我に会いとうないであろう。そうか、ここに来ておるのか。」と炎嘉は立ち上がった。「では、我は去る。領黄よ、またそのうちに来るのでな。その時ゆっくり話そうぞ。」

領黄は慌てて立ち上がった。

「炎嘉様?」

炎嘉は無理に笑うと、紫月を見た。

「ではな。主はほんによう維月に似ておるわ。その目以外はな。」

炎嘉は素早く飛び立って行った。訳が分からぬままに紫月と領黄がそれを見送っていると、維心がすごいスピードで到着して紫月を上から見た。

「…炎嘉の気がせぬ。主、我に炎嘉が来ていると念を送ったであろうが。」

紫月は頷いた。

「はい。ですが、お父様がここに来ていらっしゃると申し上げると、すぐに立ち去ってしまわれて。」

維心は回りを見た。

「どっちへ行った?」

紫月は南を指した。

「…あちらへ。」

維心はそちらを見ると気を探るように目を凝らし、一気に飛んで、その場から姿を消した。

後に残された紫月と領黄は、呆然として顔を見合わせた。

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