表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
運命の恋を
27/48

帰還

維月は、誰かに抱きしめられて目が覚めた。維心が着物を着た状態で寝台の維月の横へ横になり、自分を抱きしめた直後だった。

寝るときは襦袢しか着ていなかったはず。維心はもう、着物の上に袿を羽織ってまでいる。維月は言った。

「維心様…もうどこかへお出ましであったのですか?」

維心は頷いた。

「夜半頃、侍女が起こしに参ってな。主はまだよく眠っておったゆえ、起こさなかった。」と維月の頬に頬を擦り付けた。「公李が逝った。」

維心は抱きしめる手を緩めない。維月は気持ちが痛いほどわかって、維心を抱きしめ返した。

「維心様…。」

維心はそのまま維月に抱きついて言った。

「うるさくもあったが、よく仕えてくれた。赤子であった公李を、あれの父が我に見せに参ったのがついこの間のことであるようなのに。」と息をついた。「…我はなぜにこのように生まれついたのか…。」

維月は維心の頭を優しく撫でた。維心は黙っていたが、肩の力を抜いた。

「維心様…私の年を、ご存知ですか?」

維心はハッとしたように顔を上げた。そんな事を聞かれると思って居なかったのだ。

「主は…まだ二桁であったな。」

「74歳です。」と維月は少し拗ね気味に言った。「神の世ではほとんど100年刻みで年を申しますが、人の世では一年一年細かく刻みますの。私は一度死んだあの時から時を止めておりますが、人であったなら老人の域に入っておりますわね。」

維心は頷いた。やはり二桁であった。

「では、覚えておくようにする。」

維心が生真面目に言うと、維月は笑って首を振った。

「そうではありませんの。74年前の維心様は、何をしておられましたか?」

維心は思い出そうとした。我が1600歳から1700歳になろうかという頃。あの頃は…。

「…主に会う前とそう変わらぬな。相変わらず臣下達は妃を跡継ぎをとうるそうて、我は居間で一人政務のことばかり考えておった。外へ出るのは会合や公式の集まりの時のみ。たまに炎嘉が訪ねて来て我を自分の宮へ引っ張って行ったが、その程度よ。誰も我を怖がってまともに話せるものはおらぬし、毎日退屈しておったな…世は平和になっておったからの。」

維月はそれを聞いて言った。

「それって…つい最近のことでございますわね?」

維心は頷いた。

「我の感覚ではそうよ。それまでの千何百年が長かったからの。」

維月は維心の目をじっと見た。

「もしも、維心様が1000歳ほどでお亡くなりになっておられたら、どうでしたでしょう?」

維心は、あ、という顔をした。

「主の誕生の、700年ほど前に世を去っておったな。」

維月は頷いた。

「結婚はおろか、出逢うことすら出来ておりませんでした。5人の子供たちも当然この世には居らず、私は月の命を与えられていたかどうかもわからず…」維心はじっと聞いている。「私は、感謝しているのです。ここまで、維心様がお一人きりでも生きて来てくださったことに。こうやって近しい者の死に辛い思いをしながらも、生きて来てくださったことに。でなければ、こんなに深く愛してもらえるかたに、出逢えていないでしょう?」

維心は、微笑した。

「そうか。我は主に会うために、必死で生きておったのか。」

維月は眉を寄せた。

「まあ、それでは私に出逢うには、ものすごくつらい思いをしなきゃならなかったみたいではありませんか。言い方が悪かったかしら…。」

維心はクックッと笑った。

「…良い。わかっておるよ、主の言いたいことは。我はしかし、そう思うと救われる。我がここまで生きて来たのは、ただ主に会うためだったと。そして子を何人も成して、毎日政務のかたわら主と戯れながら生きる。そのために1700年、耐えて待ったのだと。だとしたら、その甲斐があったと思う。主のためなら、耐えられる…このように、臣下を失って、つらくてもな。」と維月の胸に頭を寄せた。「それにこうして抱かれておると、いつも気持ちが楽になるのよ。不思議なものよ。」

維月はやさしく微笑んで、維心の髪を撫でた。

「では、もうご自分の生まれを嘆かないでくださいませ。」と抱きしめた。「私は出逢えてうれしゅうございます。私のために生きて来てくださって、ありがとうって感じかしら…。」

維心は笑った。

「おお、そうよ。我が炎嘉に斬らせて逝こうとしていた時も、主が飛び出して来て止めたのであるな。十六夜が止めるのも聞かず、我が止めるのも聞かず…。」

維月は思い出して、少し赤くなった。

「…あれは、あまりに維心様がご不幸な気がして。何一つ望みを叶えないまま、逝ってしまわれるなんて。」

維心は顔を上げた。

「我の子を生んでくれると叫んでおったよの。」思い出したようで、クスクス笑っている。「炎嘉もびっくりして正気に戻っておった。主は不思議よ…あの時はまだ、我の心の内も主に言っておらなんだのに。我は主がもしかして我と、と思うと、あの時、世に留まれたのが正直な気持ちよ。」

維月は笑った。

「維心様ったら…でも、運命でございますわね。」

維心は真面目な顔になって頷いた。

「そうであるな。」と維月を起き上がらせた。「我はもう、大丈夫だ。先程公李が息絶えた時、我が道は開いて逝かせてやったが、王であるから葬儀には出れぬ。臣下の所へ行くことは身分柄出来ぬのだ。ゆえに、葬儀の前に主と共に祈ってやろうぞ。」

維月は頷いて寝台から降りた。

そして、侍女達に手伝われて着替えると、公李の房へ二人で向かった。


二人で早朝の廊下を歩いていると、前から洪が転がるように走って来るのが目に入った。ただ事でない様子だ。維心が何事かと維月を無意識に庇って背の後ろに回すと、洪が二人にたどり着くのを待った。

「お、王よ!た、只今お呼びに参ろうとしており…」

洪がまるで倒れ込むように膝を付く。維心は眉を寄せた。

「何事ぞ!王妃の前ぞ!」

あまりに洪が取り乱しているので、維心は一喝した。洪は我に返って、居住まいを正した。

「申し訳ございませぬ…公李でございます。どうぞ、房へ。我が申してもおわかりになりますまい。説明のしようがございませぬ。」

維心は維月を振り返った。

「何やら要領を得ぬ。何かあってはならぬので、主は部屋へ戻っていよ。」

維月は首を振った。

「私も参りまする。何事が起こっているのかわからぬなら、余計に。」

「何を申す。」維心は維月の腕を掴んだ。「危険かもしれぬのに。」

維月は尚も首を振った。

「維心様は、手に負えることなら、私を守ってくださいまする。手に負えぬことならば、共に。そういうお約束でございましょう。お一人で危険な所に参るとは、私との約束を違えるおつもりでいらっしゃいますか。」

維心は詰まった。維月は睨むようにじっと見ている。維心は言葉が見つからず、頷いた。

「…主との約束は違えぬ。では、我にぴったりと付いていよ。」

維月は維心の手を取ってぐっと掴むと、洪に向かって言った。

「さあ、公李の房へ行きましょう!」

洪は虚をつかれたように唖然としていたが、すぐに頷いて先に立って走った。維月は着物の裾を片手で掴んで持ち上げ、もう片方の手で維心の手を掴み、走った。維心は驚いてつられて走っていたが、すぐに思い出した…そうだった。維月は最近はおとなしかったから忘れていたが、元来こうだった。少しも変わっていないではないか。

こんな時なのに、思わず知らず頬が緩むのを無理に引き締めて、維心は公李の所へと向かったのだった。


房へ入ると、皆が何かにおののいて壁際へ下がっていた。維心の姿を目にすると、慌てて頭を下げる。維心と維月は、洪に伴われて寝台へ歩み寄った。

公李は、赤い光に包まれて光っていた。

「…確かに王が門をお開きになり、公李は旅立ったのを、我もこの目で見ましたものを」と洪が言った。「王がお戻りになられてしばらく、ふと何かの気の気配に顔を上げると、このように光っておりました。もう、びっくりしてしもうて。」

傍らの兆加が頷いた。

「王よ、これは()の類いのものが憑いたのでありましょうか?」

維心はじっと見つめていたが、首を振った。

「そのようなもの、我の結界のうちには入れぬ。これは、別の所から違う力でここへ来ている…まるで、十六夜のような力の波動を感じる。」

維心がそういうと、声が飛んだ。

「さすがよの、維心。」聞き覚えのある声だ。「あれは我が子ゆえ、波動は似ておるわな。」

振り返ると、地がそこに立っていた。相変わらずの青い髪だ。そして維月を見た。

「まずは我が娘との挙式、めでたいの。よくあれがわきまえて許したものよ。少しは成長しておるのかもしれぬ。」

維月は言った。

「地よ、これはどうなっておるのですか?公李は、戻って参るのですか?」

地は首を振った。

「この身体を使っておった命はもう、維心が送ったであろう。転生すると聞かぬものがおってな…しかし、赤子からでは間に合わぬとか申して。まあ確かに我もそのように思うし、維心も助かるのではないかと思うてな。」と、公李だった体を見た。「さすがに苦労しておるようだが、もう生まれるであろう。では、さよう頼んだぞ。ではな、維心。」

維心は訳が分からず、地を呼び止めた。

「待て。それでは分からぬではないか!」

地はフフンと笑った。

「直に分かるわ。」

地は姿を消した。維心と維月は顔を見合わせて、その赤い光が激しくなるのを見守った。

皆が固唾を飲んで見守る中、赤い閃光が走って、維心が維月を庇うようにそれに背を向けて抱き寄せた。

そして、その光が収まった後、背後から声がした。確かに聞き覚えのある話し方であったが、声は公李のものだった。

「…維心、記憶を残したまま転生するとは、予想以上に苦しい事であるぞ。」声がかすれている。「おお、体が鉛のようよ。」

姿が、少しずつ変わりだした。その人影はうつ伏せに寝台に沈み、苦しそうに身をよじっている。維心が維月を庇ったまま、その様を見守っていると、白かった髪は茶色くなり、腕や足の肌には張りが出て、明らかに若返って行った。体つきもしっかりと変わり、やがて、その公李の体は別人のようになった。

「まさか…」

維心は呟いた。相手は身を起こして頭を振ると、こちらを向いて目を開いた。

「…お」相手は疲れたように力なくニッと笑った。「相変わらず、妃は大事か、維心。」

維月が維心の肩越しにその姿を見て叫んだ。

「炎嘉様!」

まぎれもなく炎嘉が、そこに座ってこちらを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ