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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
王妃の事情
26/48

誓い

北の宮は、今日も静かだった。

前に来た時も、静かで誰も居らぬので、寛ぐと維月が言い、それからは侍女達には先に準備だけさせて、皆本宮の方へ下がらせていた。

露天風呂は相変わらず湯をたたえていて、寛げた。維心と維月は、風呂から出て酒を飲みながら、二人で外を流れる川を宮から眺め、座っていた。

維月が言った。

「今日は楽しゅうございました。あのレストランの食事はとてもよかったですわ。よくご存知でいらっしゃったこと。」

維心は頷いた。洪に調べさせた。だが、それは言わなかった。

「…我も、人の世を学ばねばならぬと思うて。主が何を好むのか、知りたいと思うのよ。」

維月は微笑んだ。

「ご無理はなさらなくてよろしいのよ?私もだいぶ神の世に慣れて参りましたから。」と、ふと、言った。「挙式の後から…皆が名で呼ばず、私を王妃様と呼ぶようになりました。」

維心は肩を抱き寄せた。

「そうだ。主が王妃になったからであるな。」

維月は頷いた。

「今更ながらに、私は正妃ではなかったのだなあと思いますわ…自分では、王妃のつもりでおりました。まあ、人の感覚が抜けて居なかったからなのですけれど。」

ため息をつく維月を見て、維心は慌てて言った。

「我も主のことは王妃であると思っておったぞ。ただ、正式に宣言出来なかっただけで。」

維月は、この挙式の意味がやっとじわじわと心に沁み渡って来ていた。維心がこれほど喜ぶのも、わかった。

維月がじっと何かを考えているので、維心は少し焦った。それで、宙に向けて手を振ると、あの時買った指輪の袋を手に取った。

維月はそれを見ている。

「…それは?」

「我が今日求めたものだ」と袋から箱を取り出した。赤いリボンが付いている。「主へだ、維月。」

維月はびっくりして、それを手に取った。あの離れていたわずかな隙に、買ったというの?…というか、維心様、物が一人で買えたの?維月はそれに感心した。

「まあ維心様…このようなことをお考えで、あんなにたくさんお金をお持ちでしたの?」

維心は頷いた。

「だが、半分少しぐらいしか使わなかった。主の言う通り、あんなに要らなんだわ。」と維月をせっついた。「さあ、開けてみよ。」

維月はその言葉の意味を考えた。半分ちょっとってなんだろう。あの帯封がついた一万円の半分ちょっとなのか。でも、この箱の大きさで半分ちょっとって高すぎるんじゃ。リボンを解いて、中を見ると、そこにはビロードのケースが入っていた。維月は思った。ああ、やっぱり宝石の類なのかしら。

そしてその蓋を開けて…絶句した。

これは結婚指輪だ。二つ並んで光り輝いている。維月は目を潤ませた。神なのに、人の私のために、結婚指輪を…おそらく調べて知って、買って来てくれたのだ。維月は維心を見上げた。

「…維月?何を涙ぐんでおる」維心は心配そうに言った。「気に入らなんだか?」

維月は首を振った。

「…いいえ…とても嬉しいのです。維心様、私のために…。」

維心は維月に頬を摺り寄せた。

「おお、気に入ったのだな。よかった。」

と小さい方の指輪を、維月の左手の薬指に嵌めた。少し大きい。維心は、手を翳した。指輪が見る見る、維月の指に合わせて大きさを縮めて行く。気が付くと、それはぴったりだった。

維心は、自分の方の指輪を手に取った。

「中に、文字を書くのだと聞いての。宮の龍に急ぎ掘らせてあるのだ。主の物にもだぞ。」

維月が覗き込むと、そこには「永久(とわ)に共に 維心・維月」と掘って合った。維月が涙をこぼしながら、維心の指に指輪を嵌めると、維心はそれを維月の手と並べて見せた。

「そら、これで我らは夫婦であろう。」と維月の目を覗き込んだ。「人は時間が経つと外すこともあるらしいの。我は外さぬぞ、維月。」

維月は堪え切れず維心に抱きついた。維心はそれを受けて、頬にそっと口付けた。

「やっと、我らが共だと、わかってくれたか?主は人だったゆえ、どうすれば実感出来るのかと考えたのだ。我ばかりが喜んでいるようだったからの。」

維月は涙を流しながら、抱きついたままだった。

「維心様…愛しておりますわ…。」

維心は、グッと抱きしめて、答えた。

「我も愛している。さあ、夜は短いゆえ…(しとね)へ参ろうぞ。」

二人は、北の宮に用意された褥に入り、深く愛し合った。


次の日、昼過ぎに本宮へ帰ると、洪がやって来て楽しそうに言った。

「王、お帰りなさいませ。王妃様、お待ち申し上げておりましたぞ。蒼様がいらしております。王妃様に、急ぎご覧にいれたいものがあると…我も、同じものを見せて頂きました。いやはや、人の世の道具とは、面白いものでありまするな。」

維心と維月は顔を見合わせた。何の話だろう。

そんな洪の後ろから、蒼が何か本のようなものを手に入って来た。

「何だよ洪、せっかく驚かそうと思ったのに」と蒼は言って、維心に頭を下げた。「維心様、お邪魔しております。」

維心は軽く返礼した。

「蒼、何の話であるか?」

蒼は微笑みながら、手にしていた大きな本のようなものを差し出した。

「あのとき、皆に集まってもらったり、維心様と母さんにじっと立ってろと言ったりしたでしょう?これのためなんですよ。」

維月は、それを開いた。そこには、婚儀の日の着物で、並んで立っている維心と維月の写真があった。

「まあ…。」

横からそれを見た維心は、驚いて蒼を見た。

「これは、人の世の写真というものか?」

蒼は頷いた。

「記念に残そうと、あの日月の宮から撮影の者を連れて参っておりました。」

と、次のページをめくって開いた。そこには、維心と維月が座っているのを中心に、蒼や瑤姫も並んで座り、洪達臣下も回りに集い、雛壇になっている後ろには、維心の侍女達も並んでいるのが見えた。

「集合写真ね…。」

維月が言う。蒼は頷いた。

「次のページは母さんばっかりだよ。最初に着てた打掛の母さん、次の日の宴の打掛、最終日の宴の打掛。」

維心が横からそれを、愛おしそうに見ている。

「なんと…こうして残っておれば、何度でも見れるの。」

維月は最初のページを開いた。

「私はこの写真がよろしいです。維心様もとてもよく写っておられますし。」

維心は微笑んだ。

「では、これをここに飾っておこうぞ。」と居間の壁を指した。「あの辺りがよいの。」

洪が微笑んで頷いた。

「すぐに手配させましょう。」と別の冊子を差し出した。「こちらをご覧ください。我はこちらも気に入りましてございまするぞ。」

維心がそれを手に取った。先程より小さめのそれを開くと、中には小さい写真がたくさん入っていた。そこには、宴に来て酒を飲んで笑っている神達や、宮の軍神達、洪達臣下達の自然な姿が写されていた。維心は思わず頬を緩ませた。めくって行くうちに、自分達が座っている上座の様子も写されていた。維月が微笑みながら維心に酒を注いでいる姿、将維が加わって維心達と話している姿、蒼が瑤姫と並んで座って笑っている姿…。

維心と維月が並んで座って、何かを話しながら笑っている写真もある。維心はそれを見て、指で触った。

「…維心様?」

維月が問うと、維心は維月を見て微笑んだ。

「我はこの写真も気に入ったの。」

維月はそれを見て、同じように微笑んだ。

「では、これは奥の間に飾りまするか?人の世に、写真立てというものがございまする。それを買い求めて参りましょう。」

維心は頷いた。蒼と洪はその様子に顔を見合わせて笑った。蒼が言った。

「洪に、この写真をたくさん複製してございますのを渡してございます。写っている方たちにお送りするつもりでおりますので。もちろん、洪達にも」と洪を見た。洪も嬉しそうに笑っている。「一生に一回のことなら、こうして残すのも悪くないでしょう?オレ達の結婚式の時も、実は人の世の方は写真を撮って残してるんですよ。維心様達が写るか心配だったけど、きちんと写ってますね。よかった。」

維心は蒼を見て軽く頭を下げた。

「蒼よ、感謝し申す。」

蒼は恐縮して手を振った。

「そんな!維心様に頭を下げてもらうほどのことではございません!」

維心は笑った。

「良いではないか。礼を言わせてくれ。」と維月を見た。「我は、維月が里帰りしておる間、顔が見たいとそればかりであったが、これで少しは寂しさも紛れるだろうて。それにの、維月が湯を使っておる時など、離れておる時もこの宮ではあるのよ。その間も、これがあれば顔が見れる。」

蒼は苦笑した。それってお風呂に入っている間も待てなかったってことか?どこまで母さんを追い掛け回しているんだ、維心様…。

「それに…」維心が続けたので、蒼は顔を上げた。「これがあれば、いつでも婚儀の時の感動を思い出せるであろう。我ら神には、このようなこと思いつきもせなんだからな。感謝し申す。」

蒼は、愛おしそうにいつまでも写真を見ている、維心と維月を見て、暖かい気持ちになった。そして、ふと、母の手に銀色の指輪が光っているのが目に留まった。婚儀の時には見なかったものだ。良く見ると、維心も左手に同じ指輪をしている。これは、結婚指輪じゃないか!

蒼は驚いて、維心に言った。

「維心様、その左手のそれは、結婚指輪ではないですか?!」

維心はそれを見て、笑った。

「おお、そうよ。主は人であったから、分かるのであるな。維月が人であったから、これがあれば少しは結婚の実感も湧こうかと思うて。」

維月も嬉しそうに笑っている。

「維心様がね、私に内緒で買ってくださっていたの。とても綺麗でしょう?維心様はセンスがよろしいから。」

蒼は感心して二人を見た。維心がそんなことにまで気を回せる人…いや神だったなんて。それに比べて、オレは瑤姫に結婚指輪をなんて発想が全くなかった。負けてるじゃないか。

「王は王妃様をそれは思うておられるので…我も人の世に、かなり詳しゅうなり申した。もう一人で人の世を歩けると、自負しておりまする。」

洪は胸を張った。きっと、維心に言われてかなり調べ回ったのだろう…そう言えば、洪が月の宮へ来る頻度がここのところ上がっていたっけ。洪は、前に長く人の世に滞在してから、パソコンに明るくなっている。きっとうちの宮で人の世のことを検索して調べていたに違いない。

「オレも維心様を見習わなきゃならないな。瑤姫は神だから、結婚指輪なんて喜ばないと思っていたけど…もしかしたら、喜んでくれるかもしれない。」

維心は頷いた。

「指輪の意味を話せば、理解して喜ぶと思うぞ。」

蒼はその指輪を見た。きっと、銀ではなくてプラチナだろうな。

「維心様…それはプラチナですか?」

維心は驚いたように頷いた。

「良く知っておるな。確かに人の男はそう言っておったわ。」

「母さんの前ですけど…」と蒼は控えめに言った。しかし維心様はきっと、そんなことは気にしない。「それを求めるのに、紙を何枚ほど?」

維心は思い出すように宙に目を向けた。

「…確か、57枚渡したな。すると、違う絵柄の紙と、鉄の丸いものを渡された。良くわからないが、返すというからもらった。」

維月は仰天した。

「まあ維心様、そのように高価なものを!」

維心は眉を寄せた。

「何を言っている。我はこれに紙を300枚用意しておったのだぞ。あのように少なく済んだのであるから、良いではないか。それに、これが高価だと申すなら、主の着物はもっと高価ぞ。一度人の世に持って行ってみるとよい。洪が、あれは一つ2000枚は下らないと申しておったからの。まあ、あれは人の世で求めたのでなく、宮に出入りする仕立て屋や、常駐の仕立ての龍に作らせておるから、あんな紙は関係ないがの。」

維月は眩暈を覚えた。そんなものを着て歩き回っていたなんて。しかも、維心様が床などに平気で放り出しておかれるから、そんなに高価なんて思ってもなかった。

「…維心様、人の世の感覚はわからないかと思いますわ。あのような紙で、人は人を殺すほど、力関係が出来上がってしまうものであるのです。ですので、あまりたくさん持ち歩くと危ないのですわ…まあ維心様を襲える人なんていないとは思いますが。」

維心は難しい顔をした。

「ふむ。十六夜が、人の世の金と神の世の力が同じであると言っておったな。力は生まれつきのものであるから良いが、金はいくらでも奪うことが出来る。そう考えると、危ないものよの。胆に銘じておこう。」

洪も頷いている。維月はいくらかホッとした。しかし、薄々感じてはいたけど、自分の身の回りのものが高価なものばかりであることがわかった。今持っているもので、大事に使うように、私も胆に銘じておこう。でも維心様が、勝手に新しく揃えてしまうからなあ…。

蒼が、考え込んでいる。

「…では、オレも瑤姫にそれぐらいの結婚指輪を買ってあげよう。少しは、妃にサービスもしなきゃなあ。」

蒼が真剣に言うので、維月は笑ってしまった。

「蒼、物より心なのよ。私はそう思うわ。」

維心が維月を見て微笑んだ。

「そうよの。我は本当に毎日主のことを考えておるものな。」

自信たっぷりだが、蒼にはそれに反論出来なかった。確かにストーカーちっくなほど、維心が維月のことばかり考えて追い掛け回しているからだ。

「王の王妃様へのご執心は、確かに強いものがおありでございまするな。しかしこの度は無事に正妃にお迎え出来て、我も一安心でございまする。宮は、婚儀の前は重苦しい雰囲気であったので。」と暗い顔になった。「公李の、具合がようございませぬゆえ。」

維心は顔を上げて険しい表情になった。

「…やはり、悪いのか。」

洪は頷いた。

「王がおめでたき時、公李も大変喜んで一時は起き上がって立ち上がる所まで来たのでございまするが、やはり寿命でございまするか…。」

維心は頷いた。

「公李は、800歳も半ばであるものな。いよいよとなれば、申せ。」

洪は頭を下げた。

「はい。」と蒼から渡された、複製の写真を手に取った。「王と王妃のお姿を、見せてやらねば。きっと喜びましょう。では、御前失礼いたしまする。」

維心は軽く返礼した。維月は思った。あの、重臣の一人の公李が、もう寿命が来るのか…私が宮に来た時から、話していたのに。維心が維月の表情を見て、肩を抱いた。

「そのように暗い顔をするでないぞ。公李は…我が800歳から900歳の間ぐらいの時に生まれたのよ。思えば今の公李と、同じ年頃であったのだな。ほんに我は、長生きをする分、先立たれてばかりよの…。」

さびしげに微笑む維心に、維月はそっと身を寄せた。維心はそれに気付いて、肩を抱いた。

「…大丈夫だ。心配は要らぬ。我はこういうことには慣れておるのよ。このように長く生きておったら、皆が皆先に逝く。それこそ、赤ん坊の頃から見ていた者まで、このようにな。」とため息をついた。「しかし、主は不死であるゆえ。今は、我の生きておる間、主さえ居ればそれでよいと思うておるのよ。命の儚さはよく知っておるゆえ、諦めておるのだ…。」

そう言いながらも、維心はやはり寂しそうだった。寄り添う維月の頭にそっと頬を寄せて、考え込んでいる。蒼は、自分も不死であることを思った。今はまだ、維心のような目に合ってはいない。なぜなら、まだ百年も生きていないからだ。しかし、800年を越える頃、きっと自分にも同じようなことが起こり始める。瑤姫は今の時点でもう300歳半ばを超えていて、400歳に迫っている。外見も少し変わって来た…若いには変わらないが、人で言うと40代に近付いたぐらいか。きっと、瑤姫も神の一般と変わらず老いて、先に逝ってしまうのだ。

蒼は下を向いた。維心がそれに気付いて、顔を上げた。

「…蒼。すまなんだな、せっかく良き日の品を持って来てくれたというのに。主は、まだ先の話よ。気に病むでないぞ。」

蒼は頷きながら、頭を下げた。

「では、オレも宮へ帰ります。」

維心も頷いた。

「では、また来るが良い。」

蒼は頭を下げ直すと、踵を返してそこを出て行った。

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