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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
王妃の事情
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贈り物

龍族の王の婚儀は、無事終わった。

臣下達はいきなりの事であったので、何かトラブルは起こらないか冷や冷やしたが、維心が思いのほか不機嫌に我慢ばかりしていたと文句を言っていた他は、何も問題はなかった。

維心の不機嫌も婚儀が終わる最終日にはすっかり収まり、和やかに招待客達も帰途につき、また宮は平常通りに回り出した。

維月が正妃になって何が変わるということもなく、変わらずやはりただ一人の妃であるので、宮の奥の取り仕切りはしなければならなかったし、仕事は増えることもなければ減ることもなかった。

聞けば、正妃を迎える時のみ婚儀を挙げるのだそうで、維月のようにある日宮に来て、王に召されて宮に居ることになる女は、ただ妃だというだけで、正妃とは扱われないのだそうだ。

つまり、他の神からの維月の扱いが変わる、見る目が変わるということだった。

維心にしてみれば、妃の一人として置いているのではなく、ただ一人の妃として置いているのに、他の神達に広められないのは歯がゆいばかりであったので、今回の式で維月がやっと妻になったという感覚らしい。

元、人だった維月から見たらよくわからないのだが、これで将維も正妃腹の皇子、となるらしい。

王はたくさんの妃を娶るのが普通な世であるとはいえ、なんだか維月にはよくわからなかった。

しかし、維心がとても嬉しそうなので、これでいいと思った。許されたなら一日も早く挙式したいと言う気持ちも、なんだか今になって維月にはわかった。要は維心は、人の世でいうと同棲していて子供まで居るのに結婚出来ていなかった女と、やっと結婚出来た感覚で居る訳なのだ。

維心は、とても機嫌良く維月を見ていた。

「我の正妃よ。」維心は手を握った。「まだ信じられぬ。これでどこへ行くのも、主も招待されるようになるぞ。今までは別に連れて行っても良かったが、招待された訳ではなかった。それが、法要などにも共に行くようになるのだ。我らは共に扱われるようになるゆえの。」

維月は不思議だった。

「また、変わったシステム…いえ、仕組みでございますのね。私には良くわかりませぬわ。」

維心は根気強く説明した。

「要はの、我には主しかおらなんだが、他の王には何人か妃が居るのが普通であってな。ある程度の身分であれば、一夜でも共にすればそれは妃と呼ばれる。子が居っても、王が認めてやっと正妃となる訳よ。正妃は、王が一夜の過ちで妃にしたわけではない、と回りに知らしめるための称号のようなものであるな。王自身が選んで、重きを置いている…つまりは、思いつきだけで妃にしたのではないと世に宣言するわけよ。神の世では、妃と正妃では雲泥の差があるでな。」

「まあ」と維月は眉を上げた。「では、私は今まで愛人扱いだった訳ですのね。子を五人も生んでも。」

維心は慌てて言った。

「我はそのような扱い、したつもりはないぞ。」と維月を抱き寄せた。「しかし、十六夜の手前、挙式出来なかったであろう…我は、すぐにでも主を正妃に迎えたかったのに。なので、許しが出たのなら、一刻も早く式を挙げたかった。我は、神の世では未だに独身扱いであったゆえの。これで、誰も何も言えぬわ。」

維月は感心した。そうか。維心様は独身扱いだったのか…妃は愛人で、正妃は妻なんだ。それが神の王の感覚なのね。

「…維心様。まさか私を正妃にして、また妃を新しくとか…」

維心は大きく頭を振った。

「ない。我はそんなこと考えても居らぬし、この宮に主のほかをと言える者ももう一人も居らぬ。なぜにそんな考えになるのよ。」

また怒り出すのではないかと、気を揉んでいる表情だ。維月は苦笑した。

「聞いただけでありまする。そのようにご心配なさらないで。つまり王には妃はたくさん居るけど、正妃は一人ということですわね?」

維心はホッとしたように頷いた。

「そうだ。主は我のただ一人の正妃になったのだ。」

とても嬉しそうに微笑んでいる。維月はその表情を見ていると、あまりに無邪気でかわいらしいので、抱きしめたい衝動に駆られて、頭を胸に抱え込むように抱きしめた。

「まあ維心様…なんて嬉しそうに微笑まれて。」

維心はびっくりしたようだが、維月の背に腕を回した。

「本当に嬉しいのだぞ?主ももっと喜ばぬか。」

維月は笑った。

「私もうれしゅうございますわ。でも…ますます浮気は許しませぬわよ?」

維心も笑った。

「わかっておるわ。他に目を向けられるなら、わざわざ月の妃を望んだりはせぬ。」

そこに、侍女が入って来た。維月は維心から離れようとしたが、維心は維月を離さなかった。侍女はお構いなく言う。

「王妃様。お申し付けの洋服をお持ちしましてございまする。」

維月は頷いた。

「まあ、ありがとう。奥の間へ運んで置いてくれる?」

侍女は頭を下げた。

「はい。」

侍女が出て行くのを見て、維月は立ち上がろうと維心に言った。

「さあ維心様、お出かけの準備を致しましょう。それから、侍女が来たら離れなくてはいけませんわ…恥ずかしいではありませんか。」

維心は拗ねたようにわざとそのままくっついて言った。

「侍女など、我らが寝室に居る時でも隣で伺っておるではないか。空気のようなものよ。」

維月は呆れたようにその頭を撫でた。

「もう、維心様…。」

すると、そこへ洪が入って来て頭を下げた。

「王よ、王妃様よ。」と頭を上げて、その様子を見て驚いたように言った。「まさか、またお子でございまするか?!」

確かに、お腹の音を聞いているように見えなくもない。維心がため息をついて身を起こした。

「…違う。何用ぞ。」

洪はホッとしたように頷いた。

「王が先刻申し付けられました、「金」をお持ちいたしました。」と盆を差し出した。その上には、札束が乗せられてある。「これぐらいでよろしいでしょうか。」

「うむ」と維心はそれを見た。「よくわからぬが、足りるのではないか。維月はいつも、財布と申すものに入れておるの。」

洪は維月を見た。

「王妃様、これで足りまするでしょうか?」

維月はその額に驚いた。神に金銭感覚を望んでも無理なのかもしれない。札束にはまだ帯封が巻かれており、間違いなくこれは一万円札だった。三つ積んである。

「…多すぎると思うわ。ちょっとお買いものに行くだけなんだもの。」

洪は困ったように眉を寄せた。

「はあ。」と札を見た。「いつも召使い達に人の世へ仕入れに行かせまする時、これを一束持たせておりまするゆえ、王と王妃様ならこれぐらいはお持ちいただかなければならぬかと思いまして…。」

維心は言った。

「多くて困るものでもなかろう。そのまま持って行くゆえ、何かに包ませよ。」

洪が頭を下げる。維月は眉を寄せた。確かに、神の世には沢山の金塊があるし、この宮には人の世から仕入れたもの沢山あるので、それを仕入れるためにいる「金」は常に作ってあるだろう。しかし、金を使うということを知らない神達は、その価値が全くわからない。ただの紙にしか見えていないのだ。

仕方なく、維月は維心を伴って奥の間へ行き、そこで人の服装に着替えさせた。自分も着替えてみて、驚いた…裾の長いワンピース。間違いなく、維心が指示したらしい服だった。

維月は振り返った。

「維心様…。」

咎めるような表情に、維心はしらっとして言った。

「丈の短い服は駄目だと前にも申した。それなら良い。侍女に指示しておいたのよ。」

確かに維心も夏の麻のジャケットに綿のパンツを履いていて、決して涼やかな格好ではない。維月は頷いた。

「わかっておりますわ。普段が着物でございますものね。」

維心は満足げに頷いた。そして、侍女に差し出された札束の包みを、ジャケットの内ポケットに一つ入れ、後はあまりに分厚くて持ち運び不便なので、入れなかった。維月は笑った。

「そんなに一度に持ってはいけませぬでしょう。置いて行かれては?」

維心は首を振った。

「別に持って行かずとも」と手を振った。「こうしておけば良いわ。」

札束は消えた。おそらく、どこかいつでも取り出せる場所へ送ったのだろう。そんな大金、どうするつもりなのかしら。

維心は維月の手を取った。

「さあ、では、参ろうぞ。車は不便ゆえ、主の行きたい店まで姿を見せずに飛んで参ろう。どこへ参る?」

維月は微笑んだ。

「では、海辺のショッピングモールへ。お分かりになりまするか?」と維心に額を付けた。「ここですわ。」

維心は額から流れて来る念を受け取って、頷いた。

「よし、(らく)の管轄であるな。では、参ろうぞ。」

維心の頭の中には、神の勢力分布図があって、それが地図の役目を果たしているらしい。維心はいつものように維月を抱き上げ、維月は維心の首に腕を回した。そのまま窓際まで歩くと、維心は言った。

「では、行って参る。今日は北の宮へ泊るゆえ、準備をしておけ。」

侍女達は頭を下げた。

「はい。行っていらっしゃいませ。」

維心は空へと飛び立った。


樂の管轄の土地にあるショッピングモールは、いつも維月とぶらぶら行く所とは違い、人も多く、また店も多かった。作りがしっかりとしていて、一つ一つの店が大きい。

色々な店を見て回っていると、目新しいものも多かった。維月が、人の下着というものを買うと言うので、維心も付いて入ろうとしたが、維月は、ここは男性は入らないことが多いのですけど、というので、仕方なく外で一人、ぶらぶらと他の店を見て回っていた。

確かに維月は人であったので、まだ宮に来たての頃は下着というものを使っていたようだが、神の世には着物の下に、襦袢しかない。それがまた楽で簡単で良いので、維月も最近はそれでいいと言っていたのに。

そんなことを思いながら、ふと目の前の店に目をやると、「結婚」という文字が目に入った。維心は、もしかしたら探していたものかもしれないと、そちらの店へ足を向けた。

そこは、人の世で身を飾るものを売っている店であった。店内は黒く光る壁に、ガラスのショーケースに、黄色い明かりのスポットライトが当てられ、小さな宝石がキラキラと輝いている。

上品な字で控えめに書かれてある先程の結婚の文字に、維心は吸い寄せられるように近付いて行った。

そこには、対になった小さな輪がたくさん並んでいた。金や銀のものだ。これが、人の世で結婚をした時にお互いに指にはめるというものか?維心は、考えながらそれらを凝視していた。

人の男が、声を掛けて来た。

「いらっしゃいませ。ご結婚指輪でございますか?」

維心は目を上げた。相手はその深い青い目の色を見て、これは外国人だ、と思ったようだ。言語を変えて話し掛けて来た。

“May I help you?”

維心にはどっちでもよかったが、答えた。

“Yes”そして言った。「確かに我は外国から来たが、こちらの言葉も分かる。これは、結婚した時にお互いに着けるものか?」

少しおかしいことを聞いているのだが、日本語のニュアンスの違いだと受け取られたようだ。相手は頷いた。

「はい。結婚指輪と申します。」

維心は呟いた。

「結婚指輪…。」そして、顔を上げた。「これは、皆、着けるのか。例外なく?」

相手は困ったように頷いた。

「そうですね、最初はおつけになるようですが、正直なところ、お仕事の都合でございますとか…サイズが変わられたりしたなど…で、着けられなくなるかたもいらっしゃいます…。」

維心は思った。結婚の約束なのに、外すのか。言葉を濁すところを見ると、人は飽きると申すしの。そんな事情であろうな。

維心は頷いた。

「では、我はこれを求めたい。見せてくれぬか。」

相手は向こう側からガラスの戸を開けた。

「どういったものがお好みでしょうか?金と銀とプラチナがございますが…。」

維心は眉を寄せた。

「プラチナ?」

店員は銀とプラチナの指輪を並べた。

「こちらが銀でこちらがプラチナでございます。」

維心はその二つの鉱物を見て、波動を読んだ。

「こちらが良い。」

維心はプラチナを指した。店員は、銀の指輪を直し、いくつかの指輪を上に並べ出した。

「こちらは全てプラチナでございます。」

維心はザッと見た。全ての波動を読んでいるのだ。そして、細く滑らかで艶やかな、二つの指輪に目を止めた。

「…これが良いの。」

値段を見もしない。店員は不安になったが、それを前に差し出した。

「デザインもこちらでよろしいでしょうか?他にも、こういった幅の広い物もございますが…。」

維心は首を振った。

「あまり太いと、邪魔になるゆえの。まして女の指に太い輪など、邪魔になって仕方がないであろうが。」と、顔を上げてケースから離れた。「それにする。ああ…贈るので、包んでくれぬか。」

あまりにあっさり決めたので、店員は言った。

「サイズは大丈夫でしょうか?こちら9号と16号でございますが…。」

維心は眉を寄せた。

「サイズ?ああ、輪の大きさか。それは我が宮…いや、我の国の職人がする。時間がないのだ。もうすぐ帰らねばならんのでな。」

店員はこの指輪の値段を、フダをひっくり返して見た。二つで53万8千円。値段を知っているのか…。

「では、こちらへ。」と何か小さな皿のようなものを差し出した。「税込で56万4千9百円になります。」

維心は思った。ここであの金を出すのだな。維月がいつもやっていた。維心は胸ポケットから、袱紗(ふくさ)にくるまれた札束を出し、帯封を切ってさっと側面に指を走らせた。…と思うと、ピタッと指を止め、そこで札束を分けると、皿に置いた。

「失礼いたします。」

店員はそれを手に取り、何かの機械に置いた。バタバタと札が流れ、上に57と数字が出た。維心はおもしろそうにそれを眺めた。なんと、あのようなものを使って数えねばならぬのか。おもしろいことよ。

店員からは、驚きでしかなかった。何気なく札束に指を走らせているだけのようだったのに。数を数えていたなんて。

それからもいちいち入れ物がどうとか、保証がどうとか言っていたが、維心は聞いておらず、早々に品を受け取ると、喜々として店を後にした。


実は、人の世の店に行くと決まってから、洪に相談して、人の世の結婚というものを調べさせていた。

維月は元は人であるし、神の世で結婚したといっても、きっと実感がわかないに違いない。なので、人の世と同じようにしようと思っていた所へ、結婚指輪というものがあった。お互いに対で身に着ける、輪だった。維心はこれだと思い、なんとかして手に入れようと思ったが、自分で選びたい。それに維月を驚かせたい。

洪には、それで金を用意するように言った。だが、思ったよりあの紙の枚数は要らなんだな。維心はそう思いながら、指輪の入った袋に向けて、手を振った。それは消え去り、維心はほくそ笑むと、維月の気を探りながらショッピングモールを歩いた。

遠く向こうのほうで、袋を抱えた維月が手を振っている。

「維心様~。」

維心は維月に向かって、歩を速めた。

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