取り合い
婚儀二日目、宮は昨日から眠っていなかった。
王の婚儀とは本当に一大イベントであるらしく、その規模は蒼達の比ではなかった。
やはり来客は朝から引きも切らず、臣下達は入れ替わり立ち代わり対応に追われていた。交代で眠ると言うシフト制でこなしているらしい。今日は洪の姿は見えなかったが、代わって兆加が立ち働いていた。
蒼は瑤姫に言った。
「本当に正妃を迎えるとなると、大騒ぎになるんだな。オレ達が結婚した時は、まだオレは王ではなかったし、瑤姫には寂しい思いをさせたんじゃないか?」
瑤姫は微笑んで首を振った。
「まあ蒼様…式の大きさではありませんわ。私にとっては、誰に嫁ぐかが重要でございました。それに、お兄様のご様子を見てもおわかりになりますでしょう?ここまで大きな式になると、当人同士が話すとか、そのような余裕もなくなります。きっと、今日は夕方までお出ましにならないのではありませんか?」
蒼は笑った。確かにまだ、もう昼になろうかというのに二人の姿は見えない。二日目からは、夜の宴席以外は、出て来るのは自由らしい。蒼は苦笑した。
「昨日は、維心様でもオレと同じなんだと思ったよ。オレも、瑤姫が式の時にベールを取った瞬間、もう瑤姫以外は頭になかったからな。あんまりにも美しかったから、口もきけなかった。でもなあ…オレは昨日だって、瑤姫が一番美しいと思ってたんだけどな。」
瑤姫は頬を赤らめた。
「まあ蒼様…。」
蒼は瑤姫の肩を抱いた。
「今まで遠慮してたけど、維心様だって人前で母さんにベタベタしてるんだから、同じ王のオレも我慢する必要ないよな。」
瑤姫は、人前でそういうことには慣れていないので、赤くなって下を向いて顔を隠した。でも、身は引かなかった。
オレ達も結婚して30年近く、どこかに旅行でも連れて行ってやろうかなあと、蒼は密かに考えていた。
維心は、打掛を着れば終わりの状態で居間で座っていた。維月の準備に時間が掛かるのは侍女達に厳重に注意したので、結局いつでも見れるようにと、着物を着たらすぐ居間へ出て来て、維心の目の前で維月は髪を結われている。維心は言った。
「昨日もこうすればよかったのよ。なぜにあれほど隠そうとするのか、訳が分からぬ。」
維心に注意されたのがよほど恐ろしかったらしく、侍女達は縮み上がって黙って手を動かしている。維月は答えた。
「ですが、作られて行く過程をご覧になっているよりも、いきなり完成を見た方がよろしいのではありませんか?私は昨日はあれで、間違いはなかったと思いますわ。」
維心はまだ憮然としていた。
「…おかげで、我は式の最中に言葉を失ってしもうたではないか。洪に促されるなど、不甲斐ない。生涯にに一度の式であるのに。」
思い出したようで、維心は眉を寄せて横を向いた。維月はため息をついた。
「まあ維心様、せっかくの婚儀であるのに…そのように毎日ご機嫌が悪いのでは、私はとても悲しく思いまする。」
維月はわざと、悲しげに横を向いた。思った通り、維心は慌てて表情を変え、維月の手を取った。
「悪かった。そのようなつもりはないのよ。我も婚儀は嬉しいぞ。昨夜申したではないか。」と顔を覗き込んだ。「そのように浮かぬ顔をするでない。主は我の正妃ぞ。我はそれがどれほどに嬉しいか。」
「維心様…。」
維月はまだ表情が冴えない。維心は侍女達が髪にかんざしを挿そうとしているのも構わず、横から維月を抱き寄せた。
「もう、我は何も怒ってはおらぬぞ。もう機嫌を悪くしたりせぬゆえに。機嫌を直さぬか、維月。」
維心は、維月に横を向かれるのが何よりつらいらしい。維月はこれでは準備が進まないので、頷いた。
「では、ご機嫌を悪くしたりしないでくださいませね。」
維心はホッとしたように頷いた。
「もう、大丈夫よ。一緒に宴席へ参ろうぞ。」
抱き寄せる手は放したが、維心は尚も手を取ったまま、維月が飾り付けられて行くのを見ていた。
全てきれいに整ったあと、今日は別の打掛が持って来られた。
宴席用に仕立てられたものらしい。昨日とはうって変わって、今日は赤を基調にされていて、金糸が縫い取りに使われ、紅玉や黄玉が散りばめられていた。だが、品が無いことはない。とても気品のあるデザインだった。維心が好みそうな感じ…と維月は思った。
侍女達に手伝われてそれに手を通すと、昨日よりは重くなかった。維月はホッとした。
「おお維月」維心がそれを見て言った。「その色は着せたことがなかったゆえ、どうであるかと思っておったが、良く似合う。ほんに主は何を着せても…」
維心は維月に口づけようとした。維月は言った。
「維心様、口紅が落ちまする。また戻ってからに致しましょうね。」
維心は眉を寄せたが、頷いた。
「では、参ろうぞ。」
宴席に維心と維月が現れると、皆がざわめいて慌てて立ち上がった。全員が頭を下げる中、二人は歩いて席に付いた。侍女達が、維月の前に食べ物を、維心の前に酒を持って来て並べる。維月は最近お腹がすくということがなかったが、それでも食べたい時は食べている。思えば、食べたものは気に変わっているようだ。自分の体がどうなっているのか、今一わからなかった。
兆加がやって来た。
「王、おめでたきことこの上なく、二日目はつつがなく進みましてございます。お休みの間に参られました祝賀の来客はまた、追ってご報告いたしまする。昨夜王がお戻りになられてからのことは、後ほど洪がご報告に参ります。」
維心は頷いた。
「ご苦労だった。明日は翔羽か?」
兆加は頷いた。
「はい。しかし、我も午後から、洪は朝から対応に出るかと思います。我は明日の朝まで対応を致します。」
「わかった。下がって良い。」
兆加は頭を下げて下がった。維月はそれを聞いて思った…臣下筆頭の三人は、一人24時間対応で監督するのね。どれだけ来客ってあったのだろう。
広間には蒼も瑤姫も居たが、二人で仲良く話しているようなので、まだこちらへ来る気配はない。将維が、立ち上がってこちらへ歩いて来た。
「父上。」
頭を下げる将維に、維心は軽く返礼して傍を指した。
「座るが良い。」
将維はそれに従って座った。維月はそれを見て思った。本当に将維は維心様に似て来た。きっと、若い頃の維心様はこんな感じだったんだろうと思うと、我が息子ながら頬が赤くなった。もちろん今の維心様の方が好きなのは変わりないが、これぐらいの年頃に出逢っていても、間違いなく好きになっていたと思ったからだ。ぼーっと見つめていると、将維が不思議そうに訊いた。
「母上?」
維月はこの息子には遠慮ということをしたことがない。蒼に対してもそうであるように、やっぱり息子だからだ。
「将維…本当に凛々しくて、母は思わず見とれてしまったわ。」
将維は赤くなった。維心が眉を寄せた。
「維月、そう軽々しく褒めるのではない。」
「まあ維心様、私達の息子ですのよ?」
維心は言った。
「…過去に、神の世の王族では母を父から奪った王が何人も居るのよ。人の世では違うかもしれぬが、神の世ではそれはやってはならぬ。」と横を向いた。「本当は言いたくなかったが、主はあまりに将維に近付くのでな。」
将維も初めて聞くことのようだ。目を丸くしている。将維は思っていた…だから父は、あまり母に我を近づけないようにするのか…。維月は驚いて反論しようとしたが、よく考えると人の世でもかなり昔にそんな話を聞いたような。
維月は仕方なく頷いた。
「はい、維心様。ですが、母が息子をかわいがれないなんて、神とは寂しいものでございます。苦労して生んだ、子でありますのに。」
維心は同情したような表情で維月を見たが、これだけは譲れないことのようだ。それ以上は何も言わず、将維を見た。
「それで、何か我に話があったのではないのか。」
将維は頷いた。
「昨夜のことです。」と将維は居住まいを正した。「炎翔殿とその臣下が、父上が退席された後我にその話を持って参りました。我はあれは亡き炎嘉殿が決められたことであるから、200年後まで何事もなければ考えると申しました。それまでは何か行うつもりはない、と。異論があるか聞き申しましたが、何も申しませんでしたので、我はそれで退席致しました。」
維心は脇息にもたれ掛かって言った。
「主がそのように決めたのなら良い。」とフフンと笑った。「そうか、主はわかったのだな。」
将維は頷いた。
「はい。我は必ずしも華鈴殿を妃にせずともよい。」
維月は驚いたように維心を見た。維心は頷いた。
「炎嘉が居ればまた違ったのであるがな、今は我が地を統率している。もう、婚姻による和睦などおかしいのよ。まして、将維の力はまだ完全ではないとはいえ、今の時点でも炎翔より上であるのは気を見ただけでわかる。こちらには明維、晃維、亮維がまだ我の子として控え、皆将維に近い気を持ち、優秀な軍神に育ちつつある。仮に我が死んでも、誰も我が龍族に逆らうことは出来ぬ。」とニッと笑った。「それこそあと100年もせぬ間に、ここには最強の龍達が完成して揃う訳よ。それで炎翔は慌てたのであろうよ。我にはわかっておったが、いつ気付くのであろうと思っておった。」
将維はため息をついた。
「お教えいただければよかったのに。我は大変に悩んでおりました。妃など要らぬと思っておったぐらいであるのに。」
維心は頷いた。
「主が華鈴を気に入っておったらいかんと思うたしの。あれは見目良く育っておったであろうが。」と長く息をついた。「まあ、主の気持ちは良くわかるのだがな、やはり妃は迎えた方が良い。我が言うと説得力はないが、今になってやっと分かる。維月を迎えて主だけでなくたくさんの男子に恵まれておったからこそ、我は今の状況を作ることが出来たのよ。臣下達が子を子をと申すのがうっとうしかったが、このことであったのだ。主も、ゆえに子を成さねばならぬの…まあゆっくりと考えれば良いわ。限定されずば、自然見つかるものかもしれぬ。では、我は炎翔にこの件を反古にすると伝えておこうぞ。理由はなんとでもなるわ。やつらの無礼とかなんとか言っておくゆえ、安心せよ。正妃は己で決めれば良いわ。」と維月を見て慌てて付け足した。「だが、母は許さぬぞ。」
将維は母を見た。母は、幼い頃からやっぱり全く変わらない。月であるから、老いが止まっているのだ。父も然り、寿命に定めがないのだと聞いた。自分の外見は、この二人に知らぬ間に近付いている…父が最近、我に複雑な対応をされるのは、そのためであるのだろう。
将維は微笑んだ。
「…さて、わかりませぬぞ、父上。我は望んで父上そっくりになったのではございませぬが、母上のお好みが父上であるのなら、むしろこの姿、よかったと思っておりまする。」
維月はびっくりした。いつも、素直にはいはい答える将維が。こんな所まで、維心に似て来ている。維心はフンと鼻で笑った。
「ほんに偉そうになって困るの。」と維月を抱き締めた。「取れるものなら取ってみよ。しかし、月も相手取らねばならぬぞ。父が簡単に母を手に入れたと思っておる時点で、主はまだ子供であるのよ。」
維心は勝ち誇ったように笑った。将維は苦笑して母を見た。
「…父上には敵いませぬな。」
維月は笑った。
「ふふふ、あなたはいつまでも私のかわいい将維なのよ。夫なんて意識は持てるわけないでしょ?でもその代わり、私とあなたは繋がっているわ…あなたにあって、父上に無いもの。何かわかる?」
将維はハッとした。
「…陰の月の力。」
維月はにっこり笑った。
「そうよ。それが何よりのつながりよ。ねえ将維」と維月は両手で息子の顔を挟んで顔を覗き込んだ。「私の母としての愛情はたくさんあなたに注いで来たわ…これからは、自分からも愛情を注げる人を探すのよ?」
将維は真っ赤になった。確かに小さな頃は母がこうやっていつでも抱きしめていてくれたが。最近は、この姿ゆえ、なかったではないか。
父が慌てて引っ張った。
「こら維月!今言ったばかりであろうが!将維はもう幼い子供ではないのだ。子も成せるのだぞ!」
将維は父の言葉も恥ずかしかった。確かにそうではあるが。母が反論している。
「まあ維心様、こんなことで子は出来ませぬ。私は他の子達にもこうやって愛情深く育てておりますのに…どうして将維だけ、そんなに神経質になりますの?」
「…我にそっくりであるからだ」維心は憮然として言った。「姿も声も、気質まで我に似ておる。主が我を好むのであるから、将維も好んで当然であろうが。そして、我が主をこれほど好むのであるから、将維も然りと思うのよ。」
維心は少し拗ねている。維月は維心を抱きしめた。
「維心様…そのように思っておられましたの?」と頬をすり寄せた。「私は誰の正妃でございまするか?そして将維は誰のために生んだ御子でございまするか?」
維心は力を抜いた。
「維月…。」
「将維は愛するかわいい息子なのです。わかってくださいませ。夫は維心様でございましょう。私は人でありましたし、子と結婚など考えられる生まれではありませんわ。」と酒瓶を手に取った。「では、お酒を召して。婚儀の祝いの最中でございまするわよ?」
維心はため息をついて、頷いた。将維は頭を下げて、その席を後にした。
本日午前5時、シリーズの番外編、隣の世界へ前篇http://ncode.syosetu.com/n6455bn/をアップしております。二日連続前後篇で読み切りです。一部一万字ぐらいになってしまいましたが、お時間があるかたはそちらもどうぞ。




