七夕の夜
維心は維月を腕に抱き、部屋への回廊を歩いていた。渡り廊下から月が見える。維心は月を見て、呟いた。
「…十六夜よ。感謝するぞ。」
維月はまだすやすやと眠っている。意外にも、声が返って来た。
《これで五分五分だな。まあ、またオレは維月を迎えに行くつもりでいる。安心するのはまだ早いぞ、維心。》
維心は呆れたように微笑んだ。
「確かに何も変わらないのかもしれん。だが、我にとっては、これは大きな事なのだ。だから、礼を言ったのよ。」
十六夜は鼻を鳴らした。
《わかってるよ。お前らの世では、それが意味があるんだろう。オレは形にはこだわらねぇ。維月の心があればそれでいい。だから、まあ、いいんじゃねぇか?》
維心は笑った。
「…我は、主には勝てぬ。だが、それでもいいと思う。」
十六夜も笑った。
《お前は複雑だな。オレはもっと単純なんでぇ。》と、黙った。《じゃあな。維月を寝かせてやれよ。疲れてんだから。》
維心は苦笑した。
「わかった。約束は出来ぬが。」
《ふん。まあ、ほどほどにな。》
十六夜の念は消えた。維心は維月を抱き直して、自分の部屋へと足を早めた。
奥の間へ入って寝台へ降ろし、改めて維心は維月を見つめた。本当に美しい…豪華な衣装も、かんざしや額飾りのせいもあるかもしれない。だが、本当に間違いなく、今まで見た中で一番美しい維月だった。これが我の正妃になった…。維心は、初めて王になって良かったと思った。王の自分でなければ、維月を正妃に迎えるなど、無理であったろう。
十六夜に言われたが、維心は我慢しきれず、維月に口唇を寄せた。今日は婚儀の夜なのだ。起こしても、許されるはずだ。
口づけていると、維月は息をついて目を開けた。回りを見て、驚いている。
「まあ…維心様。私、すっかり眠ってしまって。運んでくださいましたのね。」
維心は頷いた。
「あのような場で眠るとは、肝の座っておることよ。だが、我も早よう戻りたかった。良かったと思うておる。」
維月はフフフと笑った。
「朝から不機嫌であられましたものね。お式の後も、黙ってしまわれて、どうしようかと思いましたわ。」
維心は目を伏せた。
「あれは…あまりに主が美しいので、言葉が出なかったのよ。我はあの後一刻も早く主と二人になりたくて、その事ばかり考えておった。あまり見つめていると、我を忘れて主を抱いてしまいそうで…あまり見つめることも出来ず、だが、見つめたくて。」
維月は少し頬を赤らめた。
「まあ、維心様…維心様こそ、とても凛々しくていらして。私はこの方の、正妃として皆に認められたのだなあととても嬉しくて…。」
維心は維月の打ち掛けに手を掛けた。
「…疲れておるか?維月、我は…今日は婚儀の夜であるし…。」
維心は言い訳をするように言って、維月にせがむような視線を向けた。維月は微笑んで維心の帯を引いて解いた。
「婚儀の夜に、疲れたと言う花嫁がおりますでしょうか?このように愛しい夫であるのに…。」
維心はホッとしたように微笑むと、維月に口づけて寝台に倒れこんだ。
2/21午前0時、この夜の事をムーンライトに短編でアップ致します。ご興味のおありのかたはどうぞ。迷ったら月に聞けで検索できます。




