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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
王妃の事情
19/48

願い

日もかなり傾いた頃、やっと解放された維月は、侍女達に知られないようにそっと起き上がると、慌てて着物を着て、維心にも自分で着物を着せ、居間へ出た。

こんなにも長い間、奥の間に篭っていたなんて、慣れたとはいえ侍女達に合わせる顔がないからだ。

それを知ってか知らずか、維心は嬉しそうに維月を横から抱き寄せて髪に頬を擦り寄せる。昨日までは一人きりでここに座り、政務にばかり意識を向けようとしていたのだろう。それを思うと、維月は維心を責める気にはなれなかった。その気になれば、他の女を相手にすることだって出来る立場のひとなのに。維月は、同じように維心に身を擦り寄せた。

「維月…。」

維心が小さく呟く。見ると、別に呼んだのではないようだ。無意識に自分の名を口にする維心に、維月は微笑んだ。

「維心様…お願いがございます。」

維心は顔を上げた。

「なんだ?申せ。主の願いなら、何でも聞こうほどに。」

維心は興味深げにこちらを見ている。滅多に願うことなどないので、自分に頼む事が嬉しいらしい。

「私達…結婚と申しましても、式を挙げた訳でもなく、子が先に出来、いつの間にかこのような状態で、妃と呼ばれるようになりましてございます。」

維心は驚いたように目を丸くした。

「…そうであるな。将維の誕生の知らせに皆を呼んだ時、その母として少し出ただけよの。」

維月は頷いた。

「私達は姿こそ変わりませぬが、もう将維も生まれて30年近く、せめて内々だけでも、式を挙げることは出来なくても、形を残しとうございます。」

維心はしばらく絶句していたが、言った。

「…それは…正式に我の妃として取り決めても良いということだな?今までは、主も立場があろうかと、我も事実上の妃としてしか、回りに申せなかったのだが…。」

維月は頷いた。

「はい。十六夜は正式に神の仲間入りをするつもりは無く、それならば神の世で、維心様の妃として周知される方が良いと申しておりました。」

維心は見る見る表情が変わった。維月がびっくりして身を退くと、維心はそれを押さえて抱き寄せた。そして、大きな声で居間から叫んだ。

「洪!参れ!」

維月はびっくりしたまま維心の腕の中で呆然としていた。

「あの、維心様…?」

「おお、維月よ!」維心は、聞いたこともないほど弾んだ声で言った。「なぜにそれを先に言わぬ!主が正式に我の妃になるのだぞ。もう叶わぬのだと諦めておったに!」

洪が必死に足をもつれさせながら走って居間へ入って来て、維心の前に膝間付いた。ぜいぜいと肩で息をしている。この姿は前にも見たことがある…将維がお腹に宿ったことが分かって、維心様が今のように叫んで、しかも夜中に洪を呼んだ時だ、と維月は思い当たった。

「お、王よ、お呼びでございまするか。」

維心は維月を抱きしめたまま、洪に言った。

「洪、すぐに準備をいたせ。我は維月と挙式致すぞ。日は七夕がよい。近隣に触れを出せ。急がねば間に合わぬぞ!」

洪が頭を下げて答えるより先に、維心の侍女達が仕切り布の向こうでバタバタと走り出すのが分かった。洪が頭を下げて言う。

「おお、おめでとうございまする!なんと王の婚儀を執り行うことが出来るとは!しかし、本来時間のかかることでございまする。もう少しお時間を頂ければ…。」

維心は首を振った。

「明日でもよいぐらいであるのに。6日後、七夕だ!」

王の決断は絶対だ。洪は慌てて頭を下げ直すとクルリと踵を返して走り出した。宮の回廊に反響して、その洪の声が聞こえる。

「王のご婚儀、6日後であるぞ!!急げ、全てを後回しにせよ!臣下は会合の間へ急ぎ集まれい!!」

途端に、宮中が慌てふためくのを、維月は感じた。居間に居てもこの騒ぎだ。回廊などを歩けば、どれほどにすごいことになっているだろう。

維心はそんなことなど我関せずなように、維月に微笑みかけた。

「なんと、楽しみなことであるな。我らの婚儀ぞ!」

維月は無理に微笑み返しながら、つくづく維心は王なのだと思った。無理な事もこうと決めたら押し通す。否とは言わせない。そして多分に、こういう所はワガママだった。臣下の迷惑など考えていないからだ。

侍女達が、他の龍を連れ、たくさんの厨子を持って現れた。

「王よ、ご婚儀のご衣裳を整えまする。あいにく完成品はお見せできませぬが、こちらに織物をお持ちいたしましたので、こちらからお選びくださいませ。ご婚儀までに仕立てさせていただきまする。」

それは、仕立ての龍だった。維月はあまり会うことはなかったが、維心がよく維月の着物を作らせているので知っている。その素早さに、維月は驚いた。というか、この者達も慌てて来たのだろう、肩で息をしている。維月は気の毒になったが、維心は頷いて言った。

「では、見せよ、李鵬(りほう)。」

相手は頷いて、布を端から順番に出して並べ始めた。どれも目が眩むほどきらびやかだ。それはそうだろう、婚儀なのだから。維月は自分で選んだことがないので、何が良くて何がどうなのかわからなかった。維心は、維月を見た。

「さあ、どれが良いか?維月。我の衣装も主の色目に合わせるのでの。好きなものを言えば良い。」

と言われても、わからないのですけどとは言えず、維心はそれらを見つめた。維心様も私に合わせると言った。なら、維心様に合う色を考えたらいいのね。

維月は維心をじっと見た。維心は黒髪に深い青い瞳。このかたには、金よりも銀のほうが合いそう…それに、あの瞳の色に合わせて、あの青い生地が良さそう…。

維月がその布に手を伸ばそうとすると、李鵬が慌ててそれを手に取って維月に捧げて見せた。維心が言った。

「わざわざ主が手に取らずとも、指差せば良いぞ。」とその生地を見た。「これが良いのか?」

それは、薄い珊瑚の色から白へ、そしてアイスブルーから深い青へとグラデーションの掛かった生地で、銀の細かい縫い取りがしてあり、ダイアモンドとオパールが柄に合わせて付けられていた。維月はその色合いに、海の中みたい…という印象を持った。

「はい。この色ならば、維心様の瞳の色ととても合って、お似合いになりそう…。」

維心は苦笑した。

「主は我の目が余程気に入っておるのだな。我のことより、主の好みで良いのに。」

維月は微笑んだ。

「私は着物のことはよくわかりませぬ。いつも維心様に決めて頂いておりますから。ですが、このお色は好きでございます。」

維心は頷き、李鵬を見た。

「では、これで仕立てるように。」

相手は頭を下げた。

「はい。」

と言うが早いか回り侍女達もびっくりするほど早く布地を片付け、それを持って下がって行った。出たと思ったら、すぐに戸の外で待っていた侍女達が入って来た。

「維月様の頚連とかんざしをお選びくださいませ。」

維月は維心を困ったように見ると、維心が頷いて身を乗り出した。

「頚連はそれとそれを、かんざしはその銀のひと揃え、額飾りは…」

維月はそれを横で見ながら、ため息をついた。あれを全部身に着けるのか。絶対重い。過去最高に重い。歩けるかしら。だって着物があれだったんだもの。どうしよう…。内々だけでもいいって言ったのに、すごく大きなことになりそう。

それからも来客は来続け、維月はその日、本当に疲れた…。


「ええ?!たった6日?!」

蒼が部屋で叫んだ。龍の宮へ、準備の手伝いに来れる人員は無いかと洪に泣きつかれ、月の宮に居る龍達と共に先刻ここに着いたのだ。ここは、宮にある蒼の部屋だった。

「そうなの。人の世でも、式まで6日って時間少ないわよね。」

維月は言った。蒼は頷いた。

「神の世じゃ、5年って維心様本人が言ってたのに。6日って。しかも王の婚儀だよ?維心様の権威にも関わるから、臣下達も準備に抜かりがあってはいけないし、大変じゃないか…それに、確か龍の王の式って3日続くはずだよ。その間、膨大な数の来客が来ては帰りするから、泊る神も居るし、宮全体がそりゃ大変なんだ。この騒ぎもわかるな。」

蒼の部屋の前の回廊でも、さっきから行ったり来たりする龍達の気配が引きも切らずだし、宮全体がざわざわととても騒がしい。維月は頷いた。

「そうなのよ。夜もこんな感じ…さすがに奥の間までは聞こえないように気を使っているみたいだけど、皆寝る間もないんじゃないかしら。とても心配なのよ。」

蒼は苦笑した。

「維心様、よっぽど嬉しかったんだね。わかるけど、臣下は大変だ。」と蒼は立ち上がって歩き出した。「でも、瑤姫が嫁に行くことを思ったら、別に荷は要らないし住むのはそのままだし部屋もあるし、そこまで準備要らないじゃないか?大丈夫だよ、母さん、すぐ終わるから。それよりオレも何か手伝って来るよ。」

維月は慌てて止めた。

「いいのよ、あなた王じゃないの。龍達を連れて来てくれたんだから、それでいいわ。」

「その通りよ、蒼。」維心の声が言った。「我の居間へ来るが良い。維月、姿が見えぬと思ったら、ここへ来ておったのか。蒼と話したければ、居間へ連れてくれば良いのよ。」

蒼は困ったように笑った。維心様、やっぱり母さんを追い掛け回しているんだなあ。

「それはそうなのですけど、皆が忙しそうにしているので、私も落ち着かなくて。」

維心は維月の手を取った。

「大丈夫だ。洪から、出席者達の返事も早々に戻って来ていると報告して来た。これで人数も把握出来ようほどに。ただ大人数になるので、各宮二人ずつにしてもろうたがな。蒼の式の比ではないのでの。」

それはそうだろう。維心は地を統率する王なのだ。招待されて来ない神はいない。なのに、小さな宮まで平等に招待したので、全部が全部来るわけなのだ。向こうも祝いの品だなんだと、今頃大騒ぎだろう。まさに、神の世上げて、大騒ぎしているのだ。

つくづく人騒がせなんだから…と蒼は維心と維月を見ながら、維心の居間へと付いて歩いたのだった。


慌てふためいてがんばった結果、式の準備が滞りなく済んだとの報告を受けたのは、式前日の朝のことだった。

洪は目の下にクマが出来ている。維月はとにかくあとは休んで寝るようにと命じた。久しぶりに宮に落ち着きが戻って、維月もホッとした。最初維心が式の日取りを突然決めた時はどうなることかと思ったが、何とかなるものだと思った。ただ、臣下達はふらふらであった。なので、維心は式に備えて皆に休むよう触れを出した。

おっとりとした午後を過ごしていると、維心が言った。

「明日は、いよいよ式であるの。これで名実共に主は我の妃になる。うやむやにせずとも良いのだ。」

維心はとても嬉しそうだった。維月は微笑んだ。

「本当に、これほど急いで準備を進めないで良ければ、もう少し感慨深く迎えることも出来ましたのに。」

維心は少しむくれた様に横を向いた。

「30年待ったのだぞ。これ以上、一時でも待ちたくはなかったのに、6日待ったのだ。間に合ったのだし、良いではないか。」

維月は苦笑して、維心の手を取った。

「そうですわね。明日は七夕…晴れれば良いのですけれど。」

維心は笑った。

「おお、晴れるぞ。」と維月が目を丸くしていると、言った。「我の婚儀だ。なぜに雨になることがあろうか。天気も我の気分次第よ。」

あまりに維心が嬉しそうにはしゃいでいるようなので、維月はかわいらしくて維心を抱きしめた。維心は素直に抱かれながら、不思議そうに維月を見た。

「…維月?」

維月は、そんな維心に言った。

「本当に、明日が待ち遠しいですこと。」

維心は、そのまま頷いた。

「我もよ。」

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