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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
王妃の事情
18/48

その日、何十年に一回という流星群が飛来した。

人の世のニュースをチェックしている蒼からその話を聞いた十六夜と維月は、その夜早くに宮の灯りを落とし、空を見上げていた。

今頃、維心も維月からの念で知って、空を見上げているはずだ。

宮中が空を見上げている中、星は一つ、また一つと流れては消えた。瑤姫はとても喜んで、蒼と共にそれに歓声を上げた。維月も流れ落ちる星を見ながら、十六夜と話していた。

「地上からの眺めは、きれいなものだな。流星群なんて、上に居ればこうは見えない。」

維月は笑った。

「そうね。地上から一緒に見るのは初めてよね。覚えている?前に百年に一度の流星群が来た時があったじゃない?」

十六夜は頷いて笑った。

「ああ。あれはお前が高校生ぐらいの時か?あの時、三人の彼氏がお前を誘ったのに、みんな断っちまって。なんだ興味がねぇのかと思っていたら、お前は一人で山に分け入ってよ…上から見ててもハラハラしたもんだ。」

維月は笑った。

「だって、まさかあの時月になるなんて思ってなかったじゃない?百年に一度なんて一生に一回だと思ったから、十六夜と二人で見ようと思ったのよ。私が死んでも、きっとまた巡って来る流星群を見て、十六夜が私を思い出してくれるだろうと思って。維心様と星を見ながらそれを思い出して、つい話したら、黙ってしまってどうしようかと…、」

維月は口をつぐんだ。維心様の事を話すのは、いけない。十六夜は、横で黙りこんでいる。維月は、軽はずみだったと後悔した。

しばらく後、十六夜はぽつりと言った。

「…そうだよな。」

「え?」

維月は不安になった。十六夜がまた、維心様がどうのと言い出すのかと思ったのだ。

十六夜は微笑して空を見上げた。

「オレ達はそうやって一緒に来た。お前が物心付く前から一緒に居て、お前が育って行くのを見て、いろんな体験を共有して来た。オレは、お前が幼稚園で初めてのお泊まり体験で夜中にトイレ行くのを怖がった時も励ましたし、泳げないと泣いて夜中に練習するのも付き合ったし、苦手な食い物がどうやったら食えるのか一緒に考えたし、試験で単位落としそうな時も一緒に遅くまで勉強した。お前は今でも、夜中に一人で外のトイレへ行く時は、オレを見上げるじゃねぇか。」

維月は恥ずかしくて下を向いた。

「…知ってたの…。」

十六夜は声を立てて笑った。

「当たり前じゃねぇか。オレも未だに心配になるんでな。いつまで経ってもお前はお前なんだから。」とまた星を見た。「そうだった。お前はオレを忘れることはねぇ。全てがオレにつながってるから、折々に思い出すんだ。オレがそうのように。」そして、維月を見た。「すまなかったな。オレは、維心に甘えるお前を見て、そんなものは見たことがなかったから、焦ったんだ。お前は人に媚びなかったろう。オレの知らないお前が、維心の前に居る気がして、自信を無くした。だが、どう変わろうとお前は根本的には何も変わらねぇ。維月は維月なんだよ…思い出した。」

維月は微笑んだ。そう、ここまで親以上に共に居て見守ってくれたのは十六夜。初恋は、顔も知らない十六夜だった。忘れるはずなんかない。

「夜中のトイレだけじゃないわよ?水を見たら泳ぐ事を考えてあの練習を思い出すし、不得意な食べ物が並んでいたら、それを食べられるようになった経緯を思い出すし、子達が勉強しているのを見ると、あの時を思い出す。そして何より」と空を見上げた。「月が出ていると十六夜を思い出すわ。維心様は今でも、私が月を見上げていると、悲しそうな顔をするわ…いつか月に帰るかのようだ、と言って。」

十六夜は頷いた。そうだろう。維心はいつでも天空にあるあの月に、維月を連れ去られると怯えていなければならない。オレにその気は無くても、そう思わざるを得ないだろう…地上に居る限り、逃れる事が出来ないのだから。

十六夜は急に、維心が気の毒になった。自分なら耐えられない。今ヤツは、どんな気持ちで維月の帰りを待っているのか…。

「じゃあ、な」十六夜は苦笑した。「帰るか?維月。明日にでも。」

維月は耳を疑った。明日?

「…どうしたの?急に。」

十六夜は伸びをした。

「あ~なんか、吹っ切れたっていうのか?要らぬ心配をしてたっていうのか。まあ、それだけお前を失いたくなかったってこった。維心が気の毒なんでぇ。あいつは月から逃れられねぇんだからな。オレはあいつから逃れられるってのによ。」

維月は考え込んだ。

「確かにそうね。最初の頃は、とても神経質で…あれって一種のアレルギー反応なんじゃって思ったものよ。月から逃れられない…私の名前を呼ぶ度に、そこにもあなたにちなんだ名が付けられているのを知るのよ、「維月」って。この血筋で力を持って生まれた証の、「月」の字。私はこの呪縛が呪わしくて…だって子供生まなきゃならなかったでしょう…子供にはわざと月を入れなかったの。」

十六夜は思い出すように遠くを見た。

「だが、お前は暗に月をイメージしただろう。有明の月の「有」、蒼い月の「蒼」、恒久に続く月「恒」、遙かなる月「遙」。」とため息をついた。「…だがな、月を付けるバージョンなんて限られてるんだぜ。美月は三人いたし、佐月は二人、月音なんて四人だ。だがな、維月はお前ただ一人なんだ…そういう意味でも、維月という記憶は、お前ただ一人なんだよ。」

維月は笑った。

「小さい頃は、不思議だったんだけどね。なんで私だけこんな変わった名前なんだろうって。でも、結果的にはこれでよかったのね。」

十六夜は、維月の肩を抱いた。

「お前、維心と正式に式を挙げた方がいいな。」

維月はそれこそびっくりして十六夜を見た。

「それは私も思ってはいたけど…どうして急にそう思ったの?」

十六夜はちらりと維月を見た。

「オレも実はずっと思ってたんだよ。オレは神の世にあんまり関わってない。ことここに至ってもな。だが、あいつは神の世で、一番上の王じゃねぇか。そのたった一人の妃が、内縁の女ってのもなあ…あいつもよくそれで我慢してるもんだと思ってはいたんだ。別に形がどうのってオレは気にしねぇって言ってるじゃねぇか。だが、なかなかあいつに言ってやる機会がなくってよ。今回のことで、余計に言う気が失せてたんだが、やっぱりお前らはきちんと世に認められた方がいい。」

維月は言葉を失って、十六夜を見つめた。

「十六夜…。」

「さあ、もう中へ入ろう。別に無理してる訳じゃねぇぞ。お前がオレを忘れることがないってことを思い出したからだ。明日にはあっちへ送ってやるよ。だから、今夜まではオレだけのもんだな。」

歩き出しながらまた月を見た。「結局、三週間ちょっとだったな。だが、維心にとっちゃ長かっただろうよ。」

二人は、まだ空を見上げる皆を後にして、部屋へ戻った。


龍の宮で、維心は指折り数えていた。

この25日間、ほんの一瞬でも維月の姿を見たいと望んだが、それが叶えられることはなかった。

あと、6日。それが、維心には、途方もなく長い時間のように思えた。すっかり早起きになってしまっていた維心は、その日も白々と明けて来る空を、奥の間の窓から見ていた。

侍女の気配がした。

「王、お目覚めでございますか。お手水のご準備を整えましてございます。」

維心は頷いた。

「そこへ置いておけ。」

侍女は頷いて出て行った。維心は顔を洗うと、変わって入って来た侍女が捧げ持つ布で拭いた。これは、維月が人の世から便利だと持って来た、タオルという生地だ。吸水性があって、簡単にふき取れるので、今では宮の中で大ヒットしている。最近では、風呂上りもこのタオルの大きなもの、バスタオルというものが準備されていた。

何を見ても、維月もことばかり思い出す。

維心は密かにため息を付き、侍女に手伝われて着物を変えた。

居間へ出て行くと、洪が頭を下げて座っていた。最近は、朝早くにやって来る。早起きなのが周知されて来たのだ。臣下としては、山積している政務が早く片付くので、重宝していることだろう。維心はいつもの定位置に座り、言った。

「洪。何用ぞ。」

洪は頭を下げた。

「王は最近、大変に政務に熱心に取り組んで頂き、本日は、働きづめであられる王に、お休みを取って頂こうと思い、まかり越しましてございます。」

維心は眉を寄せた。確かに寂しさを紛らわそうと、朝早くから夜遅くまで、毎日仕事ばかりして来た。別のことを考えていないと、月の宮へ飛んで行って、あの強力な結界を破ってしまいそうで、自分を押さえられなかったのだ。

「そのような心配は要らぬ。もうすぐ妃が戻れば、我はここを空けるのでな。」

洪は顔を上げた。

「では、我らがお連れした尊いご身分のかたを、こちらへご案内致しまする。大変に美しく、少しお気がお強いですが、何より王にとてもお会いしたいと、このように朝早くからお越しでございまするゆえ。」

維心はますます眉を寄せた。こやつ、懲りずにまだ他に妃をと申すのか。

「洪、主はとっくに我のことは知っておると思っておったわ。そのようなもの、我には必要ない。会うつもりはない。」

洪は大袈裟に驚いたような顔をした。

「なんと、このように長く宮を離れておられるのに。王は、お寂しゅうございませぬのか?」

維心は鬱陶しそうに立ち上がって背を向けた。

「それでなくともイライラしておるのに。もう下がれ。」

居間に、違う気配が入って来た。洪が頭を下げているのがわかる。なんと、許しもしておらぬのに踏み込んで来るとは。気が強いと申すより、厚かましいのではないのか。

ちらりと振り返ると、両手を前に組んで頭を下げていて、顔が見えない。そして何より、気が読めない。どうして、この女は気を隠しておるのか。

維心はまた、前を向いた。

「下がれと申しておる。しつこいぞ。」

洪の声が何かを堪えるように言った。

「王…。」

女は、頭を下げた下で肩を震わせている。笑っているのだとわかって、維心は我慢の限界を感じ、振り返ってその女の腕を掴み、顔を上げさせた。

「我に対して、無礼ぞ!」

維心はその女の顔を見て、固まった。相手は維心の剣幕に驚いたような顔をしたが、微笑んだ。

「まあ維心様…私を追い返そうとは、随分なことでございます。やっと許しが出たので、こんなにも朝早く、戻って参りましたものを。」

「維」と維心はやっと言った。「維月!維月ではないか…!」

維心はもう、訳が分からずただ維月を抱きしめた。維月の気が戻って来る…やはり、知っていて気配を隠していたのだ。

「維心様…驚きましたこと。あれほどに冷たいご対応をされるなんて、私泣いてしまいそうでしたわ。」

維心は言った。

「それは…洪が、また我に新しい妃を連れて参ったのかと…」

洪は首を振った。

「まさかそのような。王が維月様以外を妃になさるなど、この宮では今や誰も想像も出来ませぬ。」と 維月を見た。「我の申した通りでございましたでしょう、維月様。王はこれほどに恐ろしいかたなのでございます。」

維月は頷いた。

「本当に。維心様に冷たくされたことなどない私ですから、想像も出来ませんでしたけど、本当に恐ろしかったですわ。あれでは誰でも逃げ帰ってしまいまする。」

維心は眉を寄せた。だから気を消して、我の結界も月ゆえにすり抜けて入って来れたという訳か。

「維月」維心は抗議しようと維月を見た。だが、見つめられると、瞬時に気持ちは変わった。「我がどれほどに主に会いたかったか…普通に帰ってくれば良いものを。そうすれば途中まで迎えに行ったのに。」

維月は微笑んだ。

「びっくりさせようと思いましたの。そっと帰って来て、奥の間へ起こしに行こうと思って。そしたら洪に会って、もう起きておられると聞いて…それで、せっかくそっと帰って来たのに悔しいから、洪に頼んだのですわ。それで、こういうことになりました。」

洪は頷いた。

「せっかくでございまするから、維月様がお留守の時の王の様子も知られた方がよろしいかと思いまして。」

維月は維心に笑い掛けた。

「でも、これなら浮気の心配はございませぬわね。」

維心は苦笑した。

「そのような心配など元よりないわ。我は主のことばかり考えておったに。」と洪のほうを見ずに言った。「洪、我は今日は休む。もう下がれ。」

洪は頭を下げた。

「では、失礼いたします。」

しかし維心は、維月に口付けるのに夢中で、そんな声は聞いていなかった。洪は慌ててその場を後にした。

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