再会
皆が入って来たのを見て、炎翔は立ち上がった。
維心は維月を座らせると、無言で皆に背を向け手を前に出した。
ドンと音がして、道が開かれる。維心はその前に立って、念を飛ばした。
《炎嘉!主の息子と妃を連れて来い!》
しばらく間があった。
回りでそれを見守っているもの達は、気が気でなかった。炎翔が言う。
「父ですらやっとの事であるから…炎覚には無理なのでないか。」
維心はそれでも黙っていた。わかっている。だから炎嘉に頼んだのだ。さすがに二人連れては無理かと維心が諦め掛けた時、ぜいぜいと肩で息をした炎嘉が現れた。
「維~心~」恨みがましくこちらを見ている。「我は万能ではないのだぞ。何をしてくれるのだ、死ぬかと思うたわ。」
両脇に炎覚と美鈴を抱えている。維心は苦笑した。
「もう死んでおるではないか。」
炎嘉はふんと鼻を鳴らした。
「おーおー何とでも申せ。ほら、連れて来たぞ。しかし、もう二度はやらん。」
そこへ降ろされた二人は、こちらを覗き、領黄を見た。
「父さん!母さん!」
領黄は後ろ手に縛られたまま、道へ走り寄った。
「領黄!あなた…大きくなって。」
美鈴が涙ぐんでいる。炎覚がその肩を抱いた。
「父さん…会えたんだね。」
領黄は、また涙が出て来るのを感じた。炎覚は頷いた。
「すまなかった。つらい思いをさせたな。我は…何が主の幸せなのか、全くわからなんだのよ。だが、主は孝行息子よ。我が一番に望んでおったのは、美鈴に会う事であったからな。」と、炎翔を見た。「炎翔、主にも謝らねば。つらい事を強いたの。」
炎翔は、首を振った。
「主がそれを望んだのなら、それで良い。やっと主が変わってしまった訳を知る事が出来たのだから。」
炎覚が、あちらで微笑んだ。美鈴もそれを見て、幸福そうに微笑んでいる。炎嘉が口を挟んだ。
「だから人はダメだと申したに。このように早くこちらへ来よってからに。まあ良いがの。我も今共に居るのは人であるしの。」と、維心を見た。「で、主は我の孫をどうするつもりだ。処分せぬ訳にはいくまい。王が三人、王族が一人死んでおるのだからな。」
維心は頷いた。
「処分は決めておる。」と手を上げると、領黄の拘束を解いた。そして、宙から刀を取り出した。「見ておるがよい。」
維心は刀を振り上げた。維月が目を伏せ、蒼は身動き取れなかった。
道の中の両親は共に息を飲んだ。維心は、それでも刀を降り下ろした。
領黄は、何かを切られた反動で横へ倒れた。蒼が慌てて駆け寄る。
それを見ていた炎嘉が言った。
「…ふん。主は甘いの。昔からそうよ。別に今ここで我らに手渡してもよかったものを。」
維心は黙っている。領黄が頭を抱えて起き上がった。
「いったい…何が…。」
維心は答えた。
「主を人にした。半神の部分は切り捨てたのよ。これからは、残りを人として過ごせ。それが主の罰よ。」
蒼は付け足した。
「場所がなければ、月の宮の領地へ来てもいい。あそこは半神も人も多い。人には人の仕事もある。ただ、宮へは上げられないが。」
領黄は、思わぬ事に、言葉もなかった。
「…ありがとうございます。」
炎覚も、蒼に言った。
「月の宮の王よ、感謝する。」
蒼は炎覚を見た。
「もっと早く、私の所へ紹介してくだされば、こんなことにはならなかったかもしれませんよ、炎覚様。ですが…領黄が人としての生涯を終えるまで、そちらでお待ちください。」
炎覚は頷いた。炎嘉が言った。
「ほんに、維心の妃に手を出すからこのような事になるのよ。良い戒めじゃ。」と維月を見、「おお維月よ、いつ見ても美しいの。次に来る時には、我に酌をせよ。」
維月はびっくりしたが、微笑んで頷いた。維心がムッとしたような顔をした。
「主にはそちらに女がおるのだろうが。もう維月にちょっかい掛けるでない。」
炎嘉は大笑いした。
「何を妬いている?我はもう死んでおるのだぞ!妬くならこちらへ来てからにすればよいわ。」と、炎覚を振り返った。「では、行くぞ。我の気も、長く主らをここへ留めるには少なすぎる。」
炎覚は頷いて、領黄を見た。
「では、またな。人ならば、そう待つこともなくまた会えようぞ。我らはこちらから見ておるからな。」
領黄は頷いた。
「それまで、精一杯生きます。」と涙を拭った。「今まで、ありがとう。」
炎覚はびっくりしたような顔をしたが、美鈴と顔を見合わせて、微笑んだ。炎嘉が二人を、来た時のように両脇に抱えた。
「ではな、維心。誰かを連れて来るなんてことは、金輪際無しだ。我はまた気を溜めねばならぬではないか。」
維心は大真面目に頷いた。
「わかっている。主の子と孫のことであろうが。今回は大目に見よ。」
炎嘉はフンと横を向き、炎翔を見た。
「ではな、炎翔。我は主を誇りに思っておるぞ。王の決断は、時に難しい。よくやってのけたものよ。一族のため、精進せよ。」
炎翔はホッとしたように頷いた。
「はい、父上。」
炎嘉はそのまま、後ろに向かって飛び降りて行った。
炎翔が帰途に付き、それを見送った維心と蒼は、維月の待つ居間へと向かった。
領黄は月の宮の軍神である李関に預けられ、月の宮へ出発の準備をしている。
居間へ入ると、維月がこちらを向いて笑い掛けた。
「維心様!ようございました、無事にご処分を終わられて。」
維心は微笑みながら、蒼から離れて歩き、維月に手を差し出した。
「正直、ホッとしておる。これで突然に主をさらわれることもないであろうからな。また庭を散策することも出来ようぞ。」
維月は維心の手を取りながら頷いた。
「はい。」
そんな二人の仲睦まじい様子を見て、蒼は居心地悪かった。結婚してもう、30年にはなるのか…それでも最近は、より一層べったりしているように思う。十六夜が怒っているのも、きっとあまりに二人が接近しすぎているのを感じているからなのだろう。
それでも、今の蒼には維心も維月も責める気持ちになれなかった。蒼は自分が王になってわかったが、王とは本当に大変な責務だ。それをたった一人で耐えて来た維心なのだから、それを軽減してあげられるのなら、少しぐらい仲が良くても大目に見てあげなきゃと思ってしまうのだ。
十六夜は、両親から地の王であるようにと作られた存在であることを知らされた。なのに、今それを担っているのは維心だ。十六夜が王にならないので、維心が死ねない、つまり寿命を持っているはずの命であるのに、寿命を設定されずに生きていなければならないのだ。本来それは、不死の十六夜がすることだった。十六夜が気ままでいられるのも、維心が居るからに他ならないのだ。
そんなことを考えながら、蒼が二人を見ていると、維心は蒼がそこに居るのを忘れたかのように、維月を抱き寄せて、髪に頬を摺り寄せた。ホッとしたような表情をしている。
蒼は苦笑した。目に見えて気が回復しているのがわかるんですけど…。
あまりに素直に幸せそうなので、蒼は邪魔してはいけないな、と、場を外そうとした。
すると、聞きなれた声がした。
「終わったんだな。」
十六夜が、居間の窓から入って来た。維心はその声に振り返り、維月から身を離した。
「今回の件は処理を終えた。炎覚の記憶も、見ておったのであろう?」
十六夜は、維心を見て答えた。
「ああ、見ていた。神ってのはわからねぇ。あいつは自分で自分の首を絞めてたんじゃねぇか。」
維月がため息をついた。
「そんなことはないわ。不器用だったのよ…人をほんとに愛したことがなかったから、愛してしまったらどれほどつらいかなんて、想像もつかなかったのでしょう。でも、今はあちらで幸福で居られるのだし」と維心と目を合わせて微笑んだ。「よかったこと。」
十六夜はフッと息をついた。
「オレが見たことがあったのは、父親の炎覚のほうだったんだ。領黄と炎覚が似てたから…オレが見たのは、炎覚が美鈴を助けた時だ。神が人をあんなふうに助けるなんて珍しいな、と思って見たのを覚えている。」
維心は頷いた。
「さもあろうな。よく似ておったからの。しかし、そのちょっとの記憶のおかげで、領黄を消してしまわずに済んだ。」
十六夜は蒼を見た。
「…お前、もう帰るのか?」
蒼は頷いた。
「ああ。今李関に準備させてる。瑤姫はオレが抱いて帰るよ。また何かあったらと思ったら怖くってさ。」
十六夜は維月に歩み寄った。
「この件が終わったら、里帰りさせると維心に言った。帰るぞ、維月。」
維月はびっくりしたように目を丸くした。
「え、今?」
「そうだ。」
十六夜は維月を脇から抱えて、窓へ走り、飛んだ。
「きゃ!」
維月は突然のことに驚いて声を上げる。維心は慌てて窓際へ駆け寄った。蒼が叫ぶ。
「十六夜!」十六夜は、維月を抱えたまま空中で振り返った。「ちょっと待てよ!そんな急に…せめて明日まで待てばいいじゃないか!」
十六夜はフンと鼻を鳴らし、言った。
「そんな悠長なことは言ってられねぇ。オレだけが我慢しなきゃならねぇいわれはねぇんだ。」と維心を見た。「維月は連れて帰る。1ヶ月だ!会いには来させない!」
十六夜が飛び上がった。維月は成す術なく運ばれて行く。
「維月!」
維心は見る見る小さくなって行く維月を、ただ見つめていた。




