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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
忘八の事情
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父の記憶

炎覚は、鳥の宮の、王位継承権第二位である、炎嘉の第二子であった。

全てに恵まれ、また、炎翔のように帝王学がどうのといった煩わしさもなく、毎日のびのびと酒を楽しみ、女と遊び、楽しく暮らしていた。

力は炎翔と互角であると言われていたが、炎覚はそれをどうのというつもりもなかった。自分はあの兄を、必要とあれば助け、共に生きて行こうと思っていた。父の炎嘉に一番似ているのは、おそらく炎覚だっただろう。だが、本当に炎覚には王位になど興味はなかった。

しかし、この世のことを学ぶにつれて、この勢力図が危うい事実を知った。

龍の宮には強大な力を持つ、維心が居る。一族最強と言われる父の炎嘉でさえ、あの龍には太刀打ち出来ないとのこと。それは、龍だけが持つあの、誰に生ませても生粋の龍を生ませることが出来るという力のせいだった。

それをもし人の女ですれば、その子は母の気を食らい、そして己の気を腹に居るうちより蓄えて、どんどんと大きな力を持つ龍になり、生まれ出る時母の気を食らい尽くしてさらに強大になり、最強となる。

しかし、何もかもがそうやって成功するわけではない。王族のような濃く優秀な血でタイミングが合ってこそそうなるのだ。それが成功したのが、あの維心という王なのだという。

もしも、このまま父上が亡くなることがあれば、次の王はあの炎翔だ。力は他の神に比べて強いとはいえ、父には劣る。つまり、維心には遥かに劣る。鳥族は、いったいどんな扱いを受けるのか…。

炎覚は、自分の種族を案じた。


炎覚は、もっと若い頃、鳥の宮で行われた会合の折りに王について来た皇子、信黎と話して友となっていた。本来なら格の違う宮の皇子同士のこと、話す事などないのだが、炎覚はそんなことは気にしていなかったのだ。

それで、何かをひっそりと頼むなら、今は王になっているあの信黎に頼むのが一番だと思い、こっそりと信黎の宮へ出掛けて行った。

「…つまり、主も人の女に子を生ませてみると?」

信黎は今のソファに腰掛けて言った。

「うむ。このままでは、炎翔は龍の言うことを聞くしかあるまいが。あれは気はいいが、少し頭が弱い所もあるでの。我が今からいろいろと準備しておかねばと思うのよ。」

信黎は眉を寄せた。

「しかしの、炎覚。人は死ぬ。後味が悪いものぞ…我は神女に生ませても子も共に死によったのに。身分は低く、妃にも迎えられなかったような女であるが…情を掛けた女が死すると言うのは、ほんに気が重くなる。」

炎覚はため息をついた。それはわかっている。だが、一族は大きい。あれを全て守るのなら、人の女の命がなんだというのだ。

「我は、騙して生ませるつもりなどないぞ。取引をしようと思うておるのよ。利害が一致すれば、相手も生むつもりになるであろうて。人の世で、一番必要なものとは、なんであるか。」

信黎は顎を手で撫でた。

「はてな。我の領地には人も居る。主も何度か連れて参ったことがあろう…見て参るか?」

炎覚は迷ったが、立ち上がった。

「なんでも早い方が良い。では、行って参る。」

信黎は慌ててその後ろ姿に言った。

「炎覚!人に話し掛ける時は、格好を変えよ!それから自分は異国から来たのだと言え!」

炎覚は頷いて、夜の空へと飛び立った。


公園脇の道路に降り立った炎覚は、回りを見回した。通り過ぎた男が着ていた服を真似て自分の姿を変えると、そっと姿を現して、歩き出した。

こんな夜であるのに、人の世は明るい。炎覚にも気を使わなくてもはっきりと肉眼でいろいろなモノが見えた。

人の世のことは少し学んでいるが、商店と言われる場所などを見ていると、皆、何かものを求める際にはいつも同じ紙切れや小さな鉄の丸い板を渡していた。あれは、どこででも目にするものだ。信黎に伴われて酒を飲みに来た時も、信黎は最後にあれを渡しておったではないか。

きっと、あれが必要なものであるのだ。炎覚は急いで信黎の宮へ取って返して、信黎の腕を引っ張った。

「信黎!共に来い。主が使っておった、あの紙切れが必要であるのではないのか。」

信黎は、ああ、という顔をした。

「確かにな。あれは何をするにも要るゆえ、作るのが大変であるのよ。まあ、一度作ればしばらく持つが。」

炎覚はいらだたしげに問うた。

「あれはなんだ?」

信黎はフフンと笑った。

「あれはな、金と申すのよ。人の世で物を食すにも酒を飲むにもあれが要るのだ。人は、病になってもあれがないと治せぬらしいぞ。ちなみに人の世に金塊を持って行けば、あれに変えてもらえる場所というのがあるらしい。そこは臣下に任せておるゆえ、我にはよくわからんが。」と傍の臣下に言った。「金を持て。」

すぐに、盆に乗せられたあの紙が持って来られた。

「我は酒を買って来させるのにこれをよく変えて来させておるのだ。まだ蔵に山ほどある。人とはわからぬものよ。金塊がなぜこれに変わって、なぜこれで酒が買えるのか我には良くわからぬが、人の世では金塊が価値があるらしいことはわかる。」と立ち上がった。「では、行こうぞ。」

二人は、夜の街へ飛び立った。


ある店で酒を酌み交わしながら、傍に座る女と話して楽しんでいると、炎覚が難しい顔をしているのに信黎は気付いた。

「なんだ、炎覚よ。飲まぬのか。」

炎覚は信黎を見た。

「我は、こんなことをしに来たのではないぞ。我の子を生む女を探しに来たのよ。」

一瞬、皆が黙った。女が笑って手を上げた。

「はーい、私が生みますー!」

他の女も笑って手を上げた。

「えーそんな私が生むー!」

炎覚は確かに見目が良い。信黎は慌てながらも言った。

「よかったな、炎覚。さっそく見つかったではないか。」

炎覚はちらりと手を上げた女を見た。

「…我の子を生めば死ぬぞ?それでも生むのか?」

蔑むような、それでいて気遣うような表情で、炎覚が言った。相手はあまりに真剣なので、困ったように手を引っ込めた。

「死ぬのは…いやかなー。」

炎覚はフンと横を向いた。

「であろうな。」と立ち上がった。「信黎、我は去ぬ。」

信黎は慌てて炎覚を引き留めようとした。

「こら、炎覚!どこへ行く!」

炎覚は外へ出た。寒い中、皆が家路を急いでいる。そして、冷たい空気に空を見上げた。月が、透明な空に冴え冴えとして美しかった。

いくら子を生ませるだけとは言っても、自分の子を生むのだ。やはり好ましい性質の者が良い。しかし、死なせるのがわかっていて好ましいというのも…。

自分は無謀なのだろうか。そんなことを考えてぶらぶらと歩いていると、目の前の交差点で、飛び出した影を見た。

炎覚はハッとした。向こうから、鉄の車が走って来る。人は飛べない。あれでは、間違いなく衝突する!

炎覚は咄嗟に飛び出し、気が付くと、その人を抱いて飛んでいた。腕の中の相手はびっくりして自分の足元を見ている。

しまった、と炎覚は思った。放って置けばよかったのだ。これは人ではないか。こんな状況で命を失う人は、たくさんいると聞く。炎覚は言い訳も見つからず、降りるに降りられず、そばの公園まで飛んで行って、そこへその人を降ろした。

「あの…ありがとうございます…。」

その高い声に炎覚は驚いた。深くかぶっていたフードを取ると、中から若い女が出て来たのだ。

「…まず、なぜに飛び出したりしたのよ。あれでは死にたいと言っておるようなもの。我も、別に助けるつもりなどなかったが、つい手を出してしもうたわ。」

自分が不甲斐ないので、炎覚はキツイ調子で言った。相手は、俯いた。

「…別に、良かったのに。私は…。」

相手は黙って下を向いている。炎覚は横を向いた。

「そうか。では、次からは我の見ておらぬ所で飛び出せば良いわ。」

炎覚は飛び立とうとした。その女は慌てて叫んだ。

「お待ちください!」と足を掴んだ。「あなたは、神様か何かですか?どうして、こんな所に?私を助けに来てくださったのではないの?」

炎覚は足を掴まれてびっくりした。

「我は鳥の神よ。主を助けに来たのではない。我の子を生む女を探しに来ただけよ。」と足を振った。「こら、離さぬか。」

相手は離すどころかますます腕を絡めてしっかりと抱きついた。

「いやです!神様なら、私のお願い聞いてください!」

炎覚は眉をひそめた。

「人とは浅ましいの。さっき命を助けてやってではないか。これ以上どうしろというのだ!」

振り払おうと思えば振り払えたが、相手があまりに必死なので、炎覚は仕方なく地上へ降りた。相手はぜいぜいと肩で息をしている。炎覚は憮然として言った。

「では、願いを申せ。」

相手は膝間付いて言った。

「私の病気は治せますか?」

炎覚は驚いた。「気」の少ない女だとは思ったが、病であったのか。炎覚は頭の上に手を翳し、体全体を調べた。これは…。

「…無理であるな。少しは寿命が伸びるかもしれんが、これは命に関わる病ゆえ。」

相手は涙ぐんだ。

「少し具合が悪いからと、今日、病院へ行って来たら、癌だと…この病気は知っておりますか?」

炎覚は首を振った。

「いや、知らぬ。だが、どこが悪いのかはわかる。我が今から気を補充して…そうよの、残り2年あるか…。」

しかし、相手はぱあっと明るい顔になった。

「まあ、二年も?!それだけあれば、私は結婚して、母になれるかもしれないわ!」

炎覚は驚いた。

「主、結婚するのか?」

相手は、ちょっと拗ねたような顔をした。

「いえ、もちろん、相手は今から探さなければならないけど…私、子供が大好きで。小さい頃からお母さんになるのが夢で、今の保母の仕事をしていて…なのに」と涙ぐんだ。「こんなことになって、まだ結婚もしていないのに…子供も生んでないのにって思うとつらくて。いっそ死んでしまおうと、車道に飛び出したのです…。」

炎覚は呆れた。死んでは結局同じではないか。黙って気を補充しながら、とりあえずそこまで持つように考えて、修復できるところは丁寧に修復していった。

補充が終わった時、相手は微笑んで頭を下げた。

「とても楽になりました。私は、坂本美鈴といいます。」と炎覚に言った。「名前をお聞きしていいですか?」

炎覚は頷いた。

「我は炎覚。鳥の宮の第二皇子よ。主にはわかるまいが。」

美鈴は、首を傾げた。

「確かに、わかりません。でも、炎覚様は、何をしにここへ?」

「先程も申した。我の子を生む女を探しておったのだ。」

美鈴は眉を寄せた。

「…それって、お妃様ではなくて?」

炎覚は首を振った。

「妃ではない。なぜなら、人の女は神の子を生むと死ぬのだ。気を子に奪われてな。」

美鈴は目を丸くした。でも、そう驚いてもいないようだ。己の命の時間制限のあるものというのは、死に対して動ずることはないらしい。

美鈴はそのまま黙っている。炎覚は、もう行ってもいいものかと思案した。面倒になって、飛び立とうと背を向けると、相手は今度は背を掴んだ。

「…今度はなんだ?我にはこれ以上何もしてやれぬぞ。」

美鈴は、言った。

「炎覚様、もし私で良ければ、あなたのお子を生みます!」

炎覚はびっくりして振り返った。

「…子を生めば死ぬのだぞ?二年ある寿命が、今からなら…一年ほどに縮む。我が気を補充した意味がないではないか。」

「あなたに会わなければ、どうせそれぐらいの寿命であったのでしょう。でも、これで私は母になれます。そうでしょう?」

炎覚は、呆然として美鈴を見た。だが、それは利害が一致しているではないか。我は人との間に子が欲しい。少ない寿命の美鈴は、母になりたい。

炎覚は、背に張り付いている美鈴を離して体ごと振り返り、美鈴を見た。良く見ると、美しい顔立ちをしている。少し気が強いのが気になるが、では、この女に生ませるか。

「では、子を生む代わりに、主の願いを申せ。」

美鈴は嬉しそうに笑ったかと思うと、言った。

「では、これから子を生むまでの一年間、共に過ごしてください。それが私の願いです。」

炎覚は真面目に頷いた。

「承知した。」

そして、炎覚は美鈴と共に、その家に向かった。


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