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迷ったら月に聞け 4~神の吉原  作者:
忘八の事情
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娯楽

神の世界では、娯楽というものは皆無であった。

といっても、皆花を愛でたり、書を読んだり、気で対戦をしてみたり、それを観戦したりと、それなりのことはしていたが、それ以外にこれといって娯楽はなく、今まで王と言えば一族を守らねばならぬと必死に戦っていたものだが、龍族の王・維心が絶対的な力を持って君臨するようになった、太平の世の今では、本当に何もなかった。

つまり、緊張感のない世に、王として奉られている者は、維心を覗いて退屈な世になってしまったのであった。

一番の危惧と言えば維心の勘気を被って罰せられることであるが、よほど曲がったことをしなければそんなことは起こらない。

神達は、そんな世で、娯楽を渇望していた。


ある日、一人の王の所へ、人の気をまとった男が訪ねて来た。よく見ると半神のようで、その気にはかすかに鳥の気が混ざっていた。その王は言った。

「表を上げよ。」と相手の顔を見た。「珍しいの、半神がかような所へ参って、我に目通りを求めるなど。しかし、主は運が良い。我は退屈であったので、会うてみようと思ったのだからな。」

相手はニッと笑った。

信黎(しんれい)様」目は鋭い。「その退屈を紛らせるお話を、今日は持って参りましてございます。私は人の世界に居った、鳥との半神で領黄(りょうき)と申す者。信黎様には、人の世にお遊びに行かれたことはございますか?」

信黎は手を振った。

「ある。しかし、一向に面白うない。決まり事が神とは違うし、女は手は出せぬし、唯一良かったのは酒が多様にあったことぐらいよ。あんなもの、あるのが分かれば我が宮でも取り寄せて、ここで飲むことも出来るゆえな。」

領黄は頷いた。

「確かに今の人の世は面白くないもの。私は、そんな人の世の柵を無くしたお遊び場を、この神の世に作りましてございます。人も昔はもっと面白い事を考えついておったもの。それを今の世では無くしてしまっておるのでございます。私は、それを神の世で復活させ申しました。」

信黎は興味深げに身を乗り出した。

「ほう?どういったものだ?」

領黄は頷いて、回りの臣下を見た。信黎はそれに気付き、臣下達に言った。

「皆、下がれ。」

臣下達は不満げだがぞろぞろと出て行く。最後の一人が出て行くのを見送った後、信黎は言った。

「人払いはした。それで?」

領黄は頷いた。

「はい。信黎様、女に興味はおありでしょうか?」

信黎はニッと笑った。

「それはそうであろうよ。しかし、人は駄目だ。あれはもし子でも出来ようものなら、殺してしまうゆえの。そうなると、龍の王から多大な罰がある。我もそんな寝覚めの悪い行いはしとうない。」

領黄は満足げに頷いた。

「さもありましょう。ですので、神のための神の女と、人の世のたくさんの酒をご用意して、お待ち申し上げる場を作りましてございます。」

信黎は目を丸くした。

「…なんと、女は神で、酒は人の世のものであると言うのか。」

「はい。」とさらに領黄は続けた。「しかも、酌をした女は、別の部屋へお連れ頂くことも出来まする。」

信黎は背もたれにもたれかかって考え込んだ。そして、眉を寄せた。

「しかし、そのような遊び女であれば、そこまで見目も麗しくなかろう。我ら王はな、見た目だけの女など見飽きておるのよ。」

領黄は首を振った。

「まさかそのような。王にご案内するのに、そのような端女を揃えてなどお話出来ませぬ…それは美しく気品溢れた女達でございます。ただ」と口調を変えた。「私も人の世にも身を置く身。それなりの金塊もしくは宝玉をお渡し頂いて、引き換えにといった形でございます。」

信黎はどうでもよいというような口調で言った。

「そんなもの、いくらでも渡せるわ。だが、気に入らなくば我は主を消してしまうやもしれぬぞ?それでも良いのか。」

相手は怯む様子もなく答えた。

「元より、覚悟の上でございます。」

信黎は興味を持ったが、それを果たして龍の王は知っておるのだろうか。そういうことを許しそうにないが。

「…それは、龍の王は知っておるのか。」

領黄は首を振った。

「お会いすることが叶っておりませんので…それはまだでございます。が、龍の王にも私の作った遊び場のことを知るのは、私がお話する以外に気取ることなどできませんでしょう。」

信黎は片眉を上げた。

「何故そう思うのだ。」

領黄は微笑した。

「信黎様、お気づきになりませんか?どの神も私の案内無しでは、この存在を知っておる者は居らぬのではありませんか。」

信黎はハッとした。そういえば…。

「では、本当にそこは、誰にも気取られぬ場所であるのだな?」

領黄は不敵に笑った。

「はい。全く持って、どなたにも見つけることは叶いませぬ。私でも、確かに場所を分かっておらねば、迷うのでないかと思うほどでございますので。」

信黎は笑った。思えば、龍の王の顔色ばかり見て何かするのも面倒だ。我は王であるのに。好きなことをすれば良いわ。

「よし、領黄とやら。我の臣下も何人か連れて参る。我も友の王も誘ってやろうぞ。その代わり、我の顔に泥を塗るようなことは許さぬ。すぐに殺してやるゆえ。ま、それも面白そうであるわ。乗ってやろうぞ。」

領黄は微笑して頭を下げた。

「では、今宵お迎えに参ります。金塊と宝玉のご用意をお忘れにならずに。」

下がって行く領黄の後姿を見ながら、信黎は久しぶりに心が騒いだ。どうせ龍の王もただの神であるのな。あやつの悪巧みに気付いておらぬか。まあ見つかるのも時間の問題であろうが、それまで我はせいぜい、楽しませてもらうわ。


維心は庭へ出て、空を見上げた。最近の空はなぜか不安な気を孕んでいるような気がしてならない。

確かに誰も挙兵はしなくなり、自分に刃向うものなど誰一人居ない。だが、それは自分のこの力にひれ伏しているだけのこと。もしも将維に譲位すれば、この太平は瞬く間に崩れるであろう。それが見えるだけに、どうにかして真に平和な世を作れるのか、維心は日々試行錯誤していた。

人は、王という考えはもう捨てている。確かに残っているところもあるが、この神の世のように王に全てを委ね、守られている訳ではない。人の世では、自分の身はある程度自分で守っている。なので、王がこれほどまでに絶対的な存在ではないのだ。

かたや神は、王が全権を握っている。全ての神の王は、臣下の命の裁量権を持っている。臣下の命を奪ったからと言って、罰せられる訳ではない。王こそが法であるからだ。

今は、その王の上に維心が居て、全ての神の王を瞬時に消すことが、必要とあれば一族を根絶やしにすることが、可能な力を持っている。ゆえに誰も逆らわず、神の世の平和を保っているのだと言える。

まだ、死ねぬのか…何をもってすれば、我が居らずとも世が平和であるのか。

維心はずっと考えていた。

維月が、居間で何かを片付けているのが見える。維月は、本当に大切な妃であった。自分の中でこれほどまでに大切だったものはない。この世にあれば、いつでもあれが誰かに取られぬかとハラハラしなければならない。最近起こっている失踪事件では、宮の奥からも女がさらわれているのだと聞く。維心は不安でならなかった。自分が役目を終えてあちらの世に逝く時は、維月も付いて来ると言ってくれていた。早く二人で安心して、あちらの世で暮らせたら…。最近ではそんなことばかり考えていた。

そのためには、やはり本当の平和な世を作らねばならぬ。維心はまた途方もなく時間が掛かりそうで、ため息をついた。

いつも間にか、維月が居間と庭の境目の扉からこちらを見ていた。

「維心様、そろそろ中へ入られませんか?それとも私もそこへ行ってよろしいですか?」

維心は首を振った。

「ならぬ」と戻って来た。「あの失踪事件も、解決できぬままであるのに。我と共でなくば、どこも出てはならぬぞ。」

維月は不満そうに言った。

「ですから、維心様がそちらにおられるから、私もと思いましたのに。」

維心は苦笑した。

「そのようにむくれるでない。この事件を早々に解決したら、主をどこかへ連れて行くゆえ。どこが良いか決めておけばよい。」

維月は途端に明るい顔になった。

「では、北の宮の温泉へ。私、あそこがとても好きなのですわ。」

維心は笑った。

「我もよ」と維月を引き寄せた。「では、我もがんばって務めを果たそうぞ。北の宮へ、二人で行くためにの。とにかく、解決せぬうちは我から離れてはならぬ。主は我が守る。」

維月は頷いた。

「何かお手伝いすることがありましたらおっしゃってくださいませ。」

維心はわざと考え込むような顔をした。

「そうよのう」と維月の顎を持ち上げた。「では、我に良い考えが浮かぶよう、疲れを取ってもらおうか。」

維月はフフと笑って身を退いた。

「維心様ったら、余計にお疲れになりますわよ?それにまだ夕方にもなりませんのに…。」

「体の疲れではないわ。頭の疲れよ。考えることが多くて、疲れてしもうた。」と抱き上げた。「良いではないか。明日からは瑤姫も帰って来る。あれは帰ると主にまとわりつくので、我は昼間良いように主に近付けぬのだから。」

駄々っ子ような維心に、維月は根負けした。

「…維心様ったら…本当に大きな子のようですこと。」と頷いた。「わかりましたわ。」

維心は嬉しそうに維月を抱きしめた。声が弾んでいる。

「では、奥へ参ろうぞ。」

維月はため息を付きながらも、そんな維心も愛おしくてならなかった。


領黄は、自分に黄色い膜のようなものを被せて、山の中を分け入って行った。

そこの、やっと人一人が通れるほどの岩の隙間に、回りにさっと目をやってから注意深く入って行く。そこには、長く狭い通路があり、しばらく歩くと、領黄のまとっている膜と同じ色の膜が、目の前に現れた。

そこの膜を通ると、またすぐに同じような膜があり、それを抜けて初めて、領黄は自分の体にまとわせていた膜を消した。領黄が帰ったのを察した使用人が、迎えに出て来た。

「お帰りなさいませ。守備はいかがでしたか?」

領黄はにやりと笑った。

「思った通り、引っかかって来たわ。今夜の準備は出来ているか、広孝(ひろたか)。」

相手は頷いて笑った。

「万全です。」

領黄は歩き出した。

信黎は、思った通り乗って来た。あの神は、一番端の神であるにも関わらず、領地を広げようといろいろと画策しておったのがつい数十年前、その後完全に龍族の王に制圧されたので、全ての王は侵略というものが出来なくなった。あれほどに血気に逸った信黎であっても、龍の王には絶対に逆らえないのだという。

領黄は、龍族の王に会ってみたいとも思っていた。だが、龍族の王とは、大変に堅物であるようで、妃はたった一人、しかもその長い生涯で、迎えたのはつい最近のことであるという。そんな奴に、ここの話をしても、乗って来ることはないだろう。それどころか、消してしまわれるかもしれない。コツコツ作り上げて来たこの宮を失うリスクを負うつもりは、領黄にはなかった。

歩いて居ると、ドアの前に到着した。その戸を開くと、中には、十数人の女が、身を寄せ合うようにして座っていた。領黄を見ると、怯えて後ろへ下がる。しかし、それ以上後ろには壁しかなかった。領黄は言った。

「さて、主らの仕事だ。何、難しいことはない。酌をして、ただ笑っていれば良いだけだ。」皆が怯えてこちらを見ないのを、領黄は一喝した。「主らの命、私に掛かっておる!一人でも逆らえば、皆殺しにしてくれるわ!わかったな!」

女達は必死に頷いた。領黄はくるりと踵を返すと、そこを出て行った。

女達の足首には、細い光の輪がはめられていた。それを見た広孝は、フンと鼻を鳴らした。

「…神の女も、力を封じられては動けぬな。おとなしく言うことを聞く方がいいぞ。あのかたは本当に皆殺しにするだろうからな。」

広孝も出て行った。

女達はただ、怯えて震えるばかりだった。


領黄は、女達を見て思った、皆美しいのは確かだが、格上の気品というものがもう少し欲しい。しかし、相手は王や王族なのだ。美しいだけの女なら、確かに見慣れておるだろう。

今日は飾り立ててごまかすとして、これからも足蹴く通わせるには、そして気に入って連れ帰りたいと思わせるには、何か上の…あの吉原の太夫、呼び出しの花魁のような高嶺の花が要る。しかも、一人では駄目だ。出来れば三人、四人ほど…。

あの気位高い神達が、夢中になるような神の女。

領黄は密かに、考えた。

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