2
俺は結構普通じゃないって言われる。
普通ってのは平均って事じゃないだろうか。普通じゃないが悪口に使われるのは平均以下だからだと、つまり俺はやる事なすこと平均以下の屑だと言われているのだと思う。
個人的にそこまで捨てたもんじゃないと思うのだが、好きな人の隣に立つと一際普通じゃないらしい。
***
俺は隠された挙句に壊されたタブレットを預けて帰路についていた。それは先日変な人にあげて再購入したばかりのタブレットだった。
ほんの数日で再び届出を出した俺を見た担任は間違いなく人間の顔をしていた。
厄介で嫌なものを見る目。それでも何かあったのかと声をかけてくれる辺りは流石教育都市の教員だろう。俺としては始めの紛失を誤魔化せそうなので却って助かったくらいだ。
―――うん、そんな所がイジメの原因になっている気がしなくも無いのだけれど。
俺がずぼらで好きな人の手を煩わせているからさ、彼女たちに言わせればわざと気を引くためにやっているんじゃないかって思えるらしい。
けど本当に俺が気を引くために行動しているなら、彼女たちの行為はまさに気を引くための餌にしかならないんだよ。俺が嫌な思いをしてるのは好きな人の所為でもあり、優しい彼はきっと責任を取ろうとするだろうから。
だから言わない。
同情や責任は好きとは違うから。
俺は彼を愛しているから、彼にも愛してほしい。
それは普通の望みだろう?俺を羨む彼女たちだって望みはきっと同じはずなんだ。
公園へ寄る。奇妙な男と会ってから行ってなかったので久々の公園だ。流石にまだいるとは思ってない。
ここ数日は晴れだったので雨粒の落ちる様は見られない。代わりに徐々に強くなりゆく日差しを木々が和らげて心地よい空間を作り出している。木漏れ日の当たる並木という奴だ。
雨の後は水と緑のにおいがぷんとするが、木漏れ日の元では時間が切り取られたかのように思える。さわさわと揺れる枝葉は重なり合って複雑な模様を大地に描く。揺らめく光を見ているだけでも飽きの来ない時間だ。
体いっぱいに息を吸い込み、吐く。勢いのままに木にもたれ掛かると思っていたより疲弊した俺がいた。
タブレットの消失では無く、彼女たちと同じ理由での消耗だろう。つまり、自信の無さ。
俺としては彼女たちが好きな人に堂々とアピールせずに集団で俺なんかに絡むのは自分に自信がないからだと思う。あの集団の中の誰かが彼の隣になったとして、他の子達は祝福できるんだろうか?まさか全員と付き合うわけにも行くまい。
自分だけを好きになってもらうために他人を追い落とすなら集団で嫌がらせをするより好きな人の前で自分を好きになってもらう努力をすべきだ。こんな事をしてる時点で、彼女たちには俺の好きな人の隣にい続ける資格なんかない。
好きな人が俺なんかといるのは気に食わないから嫌がらせ。けど自分が隣に行く勇気はないってどんだけアホなの。
――― 一緒にいてもらっているのに、こうも低レベルな嫌がらせで揺れる俺もどうかな。
一緒にいたって自信、無いよ。恋人でもないのにさ、期待出来ないし。
誰に相談する事もできないし。
ちょっとは疲れるものでしょ。
体を反転させて木に抱きつく格好になる。うー癒される。
そこに声が掛かった。
「なあに。しょぼくれてるじゃない。もしかして振られた?」
「振られてないっ」
「なぁんだ」
「つまらなそうに言うなよこの変人!!」
俺はそいつに向かって言い返す。
この間は変なのと知り合ってしまったし俺自身が変だと言われる事が多いのだが、今日声をかけてきた奴も始めはこの間の紫の目の奴と同じくらい常識が無かった。ついでにやたらと高飛車なので揶揄を含めて俺は変人と呼んでいる。
それにしても、だ。
なんて人聞きが悪いんだ。振られるとか、冗談じゃない。
そうして憤るが、ふとそれ以下だということに気付き消沈する。
振られるはず無い。告白だってまだなんだから。
そんな俺の葛藤など気付かずにそいつはだったら、と続ける。
「問題ないじゃない!たいした事じゃないわよ」
「うっわ何その恋愛脳。色恋以外に悩みは無いってわけか」
「恋愛の中に全てがあるのよ」
全ての条理が、と笑むそいつは同性の俺から見ても艶やかで真腹立たしい。
あれほどの自信がどこから来るんだろうか。
自信を得るためにどうすればいいんだろうか。
「愛しているよ、どうしようもなく。誰にも取られたくない。ずっと一緒にいたい。けど好きになってほしい」
「どうして言わないの」
「どうしてだろう。あんたは何でこんなところに来るの?」
「来たいからよ」
「俺が言わないのも言いたくないからだと思う。好きだと伝える事で距離をとられるのが怖いんだ。勘違いしないよう公正に戻すだけだろうけれど、今のままなら守ってくれる。特別だと思わせてくれるから」
そのままでは絶対に対等になれない。でも勘違いでも特別だと思わせてほしい。
俺は本当に愚かで情けない奴だね。
でも、それが好きな人に対する正直な気持ちだよ。
好きになってほしい。でもその為に動く勇気がもてない。
本当に俺は俺に嫉妬する彼女たちとおんなじなんだ。
そのときの俺は忘れていた。俺が話しているのは他でもない、変人だって事を。
「本当の特別になりたくないの?」
真っ直ぐに一番心に刺さる言葉が突き立てられる。
それは多少空気の読める奴には絶対にいえない言葉だった。
変な奴に絡まれやすい俺としても、最近はそんな言葉聞かない。そんな無粋が許されるのはせいぜい4・5歳までだ。
「なりたいよ」
「じゃあ・・」
「負けたくない。諦められないから」
「負けなきゃいいじゃない!」
負けるさ。
誰より俺が中途半端だ。失う事を恐れるななんて無理なんだよ。
愛しているんだ。得たいんだ。
失うかもしれないんだから恐れる。
「明日も生きてくんだ。どんな顔で会えばいい?」
「馬鹿な事したって悔やむほど綺麗になって再挑戦すればいいのに、下らないわね」
そいつはとても綺麗な笑顔で言い切った。
うん。下らないよ。
この場合、俺が間違ってる。
***
「どうしたの。機嫌いいみたいだね」
「うん。ちょっといい事があった」
俺は変人の顔を思い浮かべながら答える。そういえば、あの人名前なんていうんだっけ?聞いた事があるような気がするけど覚えてない。
「ねえ、好きな人っている?」
「・・うーん。君は?」
「質問に質問で返すのはズルいよ」
落胆を抑えながら俺は返した。今更だけど、俺、どっちを期待したんだろう。
いたらショックだけど、いなかったら今まで一緒にいる俺は特別好きになってもらえないって事じゃないか?
「俺は・・・いるよ」
俺の好きな人、あんただよ。って。
言おうと思っているんだ。
今は駄目でも、知ってもらわなきゃ、後が無くちゃきっと怖くて努力なんてできない。
守ってもらえる。俺らは同学年だけど、好きな人にとって俺は手のかかる子供なんだ。ずっと。
「そっか。好きな人といいことでもあったの?」
「いや・・・」
今から告白なんだよ。
言う前に扉のほうで何か音がした。
音を立てたのは俺の唯一と言っていい親友だっだ。
目が合ったと同時に体を翻し階下へ走ってゆく。・・・ああ、そっか。
俺が好きな人は皆が好きな人らしい。
「追って」
「えっ。でも・・・」
「いいから!こうゆう時は追うしかないよ」
「わかった。でも、僕は―――」
言うなり俺の横をすり抜けて行った。
・・・ええと、今、幻聴が聞こえたような気がするんだけど。
慌てて振り返るも彼の姿は見えず。
次の日、親友は学校に来なかった。