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――アクティブスライサー!
そう念じながら放った強い薙ぎがモンスター二体に同時に決まり、片方が崩れる。
DPOにはスキルという大きなダメージを与える技が存在する。
七星がやっていたテレビゲームで言う技や魔法の様な物で『短剣』デバイスが+5になった直後に使えるようになった。
どれを取っても普通に攻撃するよりも遥かに高いダメージが期待出来る優秀な攻撃だ。
これがあるのとないのとでは効率が相当変わる。
強いて難点を挙げるとするなら固定の硬直が存在するので普通に攻撃してヒット&アウェイを繰り返すよりもモンスターからの攻撃を受ける確立が上がる事か。
つまりスキルを以下に隙を作らずに当てるかが戦闘において重要な鍵となってくる。
「食い止めるね~」
「おねがいします」
今までソロで戦っていたので他人の戦い所か短剣以外の攻撃も見た事の無い私はイチカとの協力戦において、どれだけ戦闘が楽になるのかを実感していた。
例えば今回の様なモンスター複数と同時に接敵している状況にソロでスキルを使ったら固定硬直時間を考えた上で動かなければならない。
しかし仲間がいれば自分の硬直中に仲間が攻撃を防ぐ事でその面倒な手順を省いて防御よりの戦いから攻撃よりの戦いへ転換する事が出来る。
「この敵を倒したらスキルいくね、マナさん」
「わかりました」
丁度私の硬直が解けた瞬間にイチカは両手斧を慣れた手付きでエジプシャンタテハに紛れた、大柄のモンスターオーカーバードを葬った直後溜めの動作に入る。
これは『フェリュール』と呼ばれる斧の攻撃スキルだ。
戦闘が始まってから数回に渡ってイチカが使っているので特徴は把握済みだ。
横に構えた両手斧を力強く溜めてモンスターにガツンと一発当てるという見るからに凶悪なスキルで当然与えるダメージも高い。
比較するなら私の使ったアクティブスライサーよりも溜め動作を必要するが与えるダメージは月とスッポン位違う。
硬直も長いという難点さえ無視出来れば一撃必殺の強力技という訳だ。
「いっくね~!」
両手斧がエジプシャンタテハの胴にグチャッという生々しい音と共に刃がめり込むと、そのまま真二つに両断した。
これが私の通常攻撃であれば十回は連続攻撃しなければ同じ結果にはならないので以下に両手斧の攻撃力が高いかは把握出来る。
しかし当然スキルの隙は私の短剣よりも遥かに多いのでイチカよりも前に出てその隙を補わなければならない。
辺りに霧散する様々な色の粒子に入り込み、最後の一匹に三度切り付けた後、モンスターを軸に回り込む。
丁度イチカの硬直が終了し攻撃出来るタイミングになったので波状攻撃を仕掛けるにもってこいの状況なので私がイチカの前にいては効率が悪い。
短剣の最大の長所はその身軽さだ。
両手斧だって想像よりも動きは軽快だが短剣と比べると鈍重にすら思える。
その理由の一つとして武器のウェイトがあげられる。
私の使うアンテニー・ダガーは250ウェイトと表記される短剣であまりにも短いリーチにさえ目を瞑れればかなり扱い易い。
一方イチカの使うフェリングアックスは刃が両刃という事もあり、一番軽い物でも500はウェイトするのでどうしても短剣と比べれば鈍重にならざるを得ない。
結果波状攻撃を仕掛ける場合、私が味方と敵の位置から戦い易い状況を作るのが理想であり、誰に言われた訳でも無く実行した。
もちろん理由はそれだけじゃない。
自分の真後ろにイチカを残して戦う不安がどうしても拭えない。
そういった効率的な理由と、身の保全という二つの理由から私はイチカを自分の視界に入れられる場所を陣取ってモンスターに攻撃しながら、協力戦という長所を最大限生かした戦法を取っている。
「やったね! マナさん!」
「ええ」
モンスターの群れを倒し終わったイチカは私に笑顔を向けて来た。
その度に内心、イチカを疑ってしまうのだが攻撃されても問題無い状況ならば笑顔を返せる程度には私の心は安定してきた。
実際、イチカは攻撃よりのこの戦いで何度も敵の攻撃を受け止めてくれている。
その影響もあり二人とも回復剤を一度も使わず自然回復だけでここに立っていた。
信用し過ぎるのも危険だが協力関係を結ぶ事においてイチカは心強い味方なのも事実なのだ。
「マナさんって戦うの上手だよね」
「はい? それはどういう意味でしょうか?」
唐突にイチカからそう言われたので覇気の無い返事をしてしまった。
言葉の意味を悪く取るなら今まで敵の技量を分析していたという事になるが……。
「だって、どんな状況でもイチカの事見てくれてるでしょ? 最後だってぴったし動けなくなるのが解けた時に回り込んでたし」
「そういう意味ですか。協力しているのですから当然でしょう?」
一応、表の理由としてその通りだと思っている。
自分勝手にモンスターを攻撃していても効率良く稼げないのだから当然だが。
ちなみに裏の理由は上記の通りだ。
「ううん、そうじゃなくて、ちょっと現実を思い出しちゃって……」
「……イチカは生き残りたいですか?」
「うん! 絶対にイチカは帰るよ!」
「では、がんばらないといけませんね」
「うん!」
少し……羨ましいと思った。
ユカリにもイチカにも帰る場所があって、帰れば心配してくれる人がいる。
だから尚の事、DPOというゲームの残虐性を怨んだ。
こんな事をする奴は狂人なのは確実だけど、それでも現実への帰還を願うユカリとイチカを見ていると昔の私が冤罪はいつか実証されると抱いていた希望の様でつらい。
単純な確率論を持ち出すとユカリもイチカもまず間違いなく死ぬ。
もちろん納得しろと言われて納得出来る物では無いがユカリなんかは内心その現実を分かった上で抗っている節がある。
イチカの方は出会ったばかりなので分からないが会話を聞く限り現実に帰る事を目標にしているのはユカリと同じ様だ。
――じゃあ私は?
ラスボスを倒した私は現実で目を覚まして、実は死んでいなかった。
そんな妄想が絶対にありえない事は既に承知している。
私は自分が死ぬ瞬間の記憶を完全に覚えている。
あんな拷問で生きていたら、そいつは人間じゃない。
だから、私は何の為に戦っているのか分からない。
自由に生きる。これは本当の理由じゃない。
死ぬ場所を探している。これも本当の理由じゃない。
仮に生き残っても私には確実な死が待っている。
自由に動けるので刑務所よりは何千倍もマシだけど、希望がある訳でもない。
「マナさん?」
深い考え事をしていて声を掛けられるまで呆けていた。
私とした事が敵かもしれないイチカを放って考え事とは無用心な。
10人なんて現実的じゃないんだから、生き残った場合なんて考えても意味が無い。
私は、私らしく生きれば良い。
そもそも生きる理由がある人間の方が珍しいんだ。私に限った話じゃない。
「すみません。ちょっと考え事を……材料は後何個必要ですか?」
「27個だよ」
「まだ結構ありますね」
「大丈夫だよ。イチカとマナさんなら絶対負けないよ」
「……そうですね」
そう、今を必死に生きれば良い。
生きて生きて、自分がどうして死ぬのか理由を見つけて死ねば満足できるはずだ。
取り敢えずは性能の高い防具と5000ゼニーが手に入ればそれで良い。
「負けるつもりは無いですがスキルの使い過ぎには十分気を付けて下さいね」
「うん、8割キープが基本だよね?」
「そ、そうですね」
ははは……普段6割を目処に戦っていました。
8割だの6割だの出てきた数値の事は毎度お馴染み色の事だ。
このDPOにおいて全ての存在は必ず『色』を所有している。
それは何も道具やモンスターに限った話では無く、プレイヤーも同様に色のルールからは逃れられない。
この色は所持者の色と同一の装備やデバイスを付ける事でその道具の力を上昇させる効果があるのだが、それは個人の内包色素によって効果に変動が発生する。
ここで先程使った攻撃スキルだ。
攻撃スキルは敵に大きなダメージを与える、とても優秀な効果がある。攻撃スキルが有ると無いとでは雲泥の差を生む位重要な技能なのだが、その使用には個人の色を使用する。
具体的な数値は如何せん勘になってしまうがスキルを使い過ぎれば身体に内包された色が失われて力が弱まってしまう。
この効果は武器、防具、デバイスにも該当するので、使用者の色が薄くなると当然武器などの効果も減少してしまう。
つまりスキルは便利だが、使い過ぎると逆に危機を生む諸刃の刃でもある。
そしてこの内包色素にはもう一つ厄介な要素がある。
基本的に敵からのダメージを初めとした痛覚という最大の問題点さえ我慢出来れば私達はどんな事にも体力的なマイナスを負う事は無い。
例えば現実でマラソンをすれば普通の人間なら1時間もしたら息も絶え絶えになるだろうがDPOでは精神的には疲れたと感じても身体の方は疲労を感じる事が無い。
これによって心さえ気丈に保ち続けられれば、どんな局面でも乗り越える事が出来る。
しかし色素が低下する事によって通常では考えられない疲労感や虚脱感を得てしまう。
現在はそれ程消費量の高いスキルが存在しないのでスキルを使ったら少し疲れたな、程度の感覚で済んでいるけれど一気に一割、二割と使うスキルであったなら先程のマラソンに当て嵌めるとスタートとゴールの間が存在しない不可思議な感覚を背負ってしまう。
つまりスタート地点から走り出したという原因とゴールに辿り着いたという結果だけで疲労が発生してしまう。
これがもしも現実であれば原因の後には走っているという経過が存在しゴールに辿り着いたという終わりの結果が生まれ、大きな疲労感が生まれる。
その経過という部分を切り取った故に、スキルを使う事で突然の疲労感に襲われ、まるで鬱病にも似た虚脱感が身体を支配してしまう。
現在の私達にとって体力とは『色』という事になる。
もちろんHPを回復させる薬がある様に、色を回復させる薬もある。
色素薬を使えばスキルも使い放題だし、デバイスを強化するという面ではかなり儲かる。しかし色素薬は値段が高額なので現在の収入ではマイナスになってしまう。
如何せん装備で強さが決定するDPOでお金が手に入らない事はデバイス強化以上に強くなれない事を意味する。つまり単純に強さを追い求めた場合、安易にスキルを連発するのは身の危険を呼ぶ下の下策なのだ。
「では、一気に集めて早く街に帰りましょうか」
「うん!」
その後およそ2時間後、必要な数の材料が集まった私達は帰路に着いたのだが。
「――――――――――」
帰り道、北門まで一時間という場所で変な音が響いた。
小さな音だったので、勘違いという可能性もあるのだけど。
「マナさん、今何か聞こえなかった?」
「イチカも聞こえましたか」
「うん、何か叫び声みたいな感じの奴」
叫び声? 私には聞き取れる程大きくは聞こえなかった。
精々今までこの道で聞いた事の無い類の音だな、程度の音。
そこで私はイチカの黒い衣服に目がいった。
私は無地の防具を使っているがイチカは黒の防具を使っている。
防御力以外にも様々な身体能力の向上が存在するDPOの防具なら色装備という時点で私よりも聴覚が優れるのは不自然では無いはず。
つまりイチカの話が事実なら警戒しなければならない。
「何があるか分かりません。ここで待っていてください」
「う、うん……」
「良い子です。もしも私が帰ってこなかった場合は可能な限り回り道をして街に帰ってください」
そう言って、今回の戦利品の全てを渡した。
イチカが持ち逃げするという可能性も十分あるが、この程度のアイテムなら奪われても問題は無い。だけど出来れば今日一日、イチカが裏切っていない以上、私は仲間として接したいと思ったので信頼の証として全て渡した。
「え?」
それよりも嫌な予感がする。
イチカが本当に純粋な少女であったなら見せたくない光景が広がる、そんな予感がする。
私はイチカの返事を聞くよりも早く音の発生源へ急いだ。




