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デスペインオンライン  作者: アネコユサギ
第一部『理由』
8/15

 その黒い衣服を身に纏った少女は定時合流の際にユカリの傍にいた。

 フードの付いたパーカーに丈の短いスカート、どちらかと言えば現代風の衣装だ。

 やぼったい田舎衣装より、少女の小柄な体格からもかわいらしさが滲み出ている。

 少なくとも店売りでは無い。

 こんな衣装があるなら多少西洋風の建物の並ぶDPOでも着たいと思ったはずだ。


「欲しい欲しい!」


 透き通る様な元気な声を出す少女は明らかに異質な存在だった。

 歳は……小学五年生位だろうか。

 確か七星が五年生の時あれ位の身長だった。

 こんな子供まで死の世界に巻き込まれているのか、という驚愕が内心隠せない。


「じゃあ制作費さえくれればあなたの斧を作ってあげるよ」


 そんな事より私はユカリの方に釘付けになった。

 もう目に入れられない位輝いた笑顔を少女に向けていたのだ。

 いつも私に向かって男言葉を話す、あのユカリが。


「出す出す、色を入れてくれるんだよね?」

「あなたは黒系だから黒のフェリングアックスでいいんだよね?」

「うん! 武器は店売りの奴しか手に入らなくて困ってたんだ~!」


 分析するまでも無く商売中である模様。

 ユカリは利益を出す為、そしてデバイス強化の為に少女の欲しがる装備を作ろうと商談している、という構図だろうか。


 私は一つ考える。

 ここで二人の間に入っていくのと時間を潰してからユカリと合流するのではどちらが良いか。

 少女の人間性に関して調べるには人を疑って掛かる私よりもユカリの方が上手だ。


 だが、好奇心という物もある。

 今まで外に出て戦える人間をこのDPO内で一人も知らない。

 あのユカリですら出合ってから今日まで街から一歩も出ていない。

 一度は会話をして、どういうタイプが戦いへ出るのか知っておきたいという思いも強い。


 そうこう考えているとユカリと視線が合った。


「あー! マナちゃんだ! おーい!」


 マナちゃん……なんだろう、このしっくりこない感。

 これが友人に同じ事を言われたのなら普通に返事が出来るのだがユカリに言われるとバカにされている様な気すらしてくる。

 しかし、考えようによってはユカリが呼んでいるという事は何か裏があるとも推測できる。

 私はそう結論付け、何食わぬ顔で二人に近付いた。


「ユカリ、話中の様でしたがよかったのですか?」

「うん、あたしの武器を買ってくれるって」

「それはよかったですね。私の短剣は出来ていますか?」

「うん、しっかり修理しといたよ」


 そんな仲の良い関係をアピールしつつユカリは少女を紹介してくれた。


「彼女は友近イチカちゃん、さっき友達になったんだ。ね~?」

「うん!」

「では私とも友達ですね。私は六道マナ、よろしくおねがいしますね、イチカさん」

「よろしく、マナお姉ちゃん!」

「くっ――――」


 お姉ちゃんと呼ばれて一瞬頭痛が走り顔を歪めてしまった。

 七星にお姉ちゃんと呼ばれていたので他人にそう言われるのに激しい抵抗がある。

 出来れば訂正したい、それが無礼になったとしても。


「どうしたの!?」

「ご、ごめんなさい。出来ればお姉ちゃんではなく、別の呼称で呼んでもらってもいいかしら」

「う、うん。マナさん」

「本当にごめんさないね。現実に置いて来た妹を思い出してしまって」


 そう言うとイチカは納得した様子で先程の元気を取り戻し、話を再会した。

 話の内容はユカリに黒の斧を作ってくれ、という物だ。

 商談の方は卒が無く進み、大凡3時間程で黒のフェリングアックスが完成するという商談で話が付いた。


 本題はここからで、ユカリの狙いもここにある。


「ところでイチカちゃんはその防具、どこで手に入れたの?」


 見る人が見たら本当に何気なく、当然の事を聞くかの様にユカリは尋ねた。

 イチカが付けている防具は性能だけなら私が現在付けている装備よりも一段階下ではあるが全て黒で統一されている。

 これはユカリが武器製造で色の染まった武器を作ったのと同じ様に、防具製造から作られた装備である証拠だ。


「自分で作ったんだよ~。占いのお婆ちゃんがね、適正があるっていうからもらったの」


 つまりイチカは防具製造適正があるという事だ。

 発言が無用心だと思われるがイチカの年齢や言動を見るに不自然さはない。

 少なくとも大人のユカリが子供っぽく喋るよりは遥かに自然だ。


 それと同時に私の歪みきった心はイチカを深く疑っていた。


 こんな子供相手に……と思うかもしれないが初めてユカリに出会った時と全く同じタイプの不気味さを感じる。

 二週間前、DPOは明確な発言と共に『大量殺人』と宣言した。

 これはこの二週間という日々から見ても曖昧ながら信用出来る情報であり、実際に苦しんで死んだ人間や酷い痛覚から重度のトラウマを発祥する者まで出ている。

 そんな中、イチカの様な純粋な笑顔を振り撒ける少女が未だに恐怖一つ抱いていない何て状況、逆に気持ち悪い。


「それ自分で作ってるんだ。すごいね~」

「えへへ」


 だからといって一方的にイチカを切り捨てるのは効率的では無い。

 イチカに裏があったとしても利用出来ない理由にはならないからだ。

 それはユカリも百も承知のはず。その証拠にユカリは言葉巧み会話を誘導し、本当に嬉しい偶然に出会ったみたいな表情でこう告げた。


「じゃあマナちゃんが黒系なんだけどお金は出すから防具作ってもらっても良い?」


 これは遠回しな脅しだ。

 お前に武器を作ってやるからこっちにも防具を作れという、酷く打算の含まれた物。

 ここで断れば、どうして? なんで? と、相手を糾弾する。

 何か裏があるんじゃないかって。


「いいよ!」


 とても自然が笑顔だった。

 こちらが絡め手で会話しているのが馬鹿馬鹿しいと頭を悩ませる程に。

 あのユカリですら笑顔のまま表情を動かすのを我慢していた。


「マナさんは黒のどれが欲しいの?」

「今付けている奴と同じか、それより上なら嬉しいですね。でも無理なら一段階下までなら色補正で上回るのでしょうか?」

「一段階上だと全部作るのに1万5000位掛かるけど大丈夫かな?」

「ええ、1万5000位なら持っています」


 ちなみに普通に店で売っている物を購入したら2万は掛かる。

 それに相性色が付くという事は安くて性能の高い装備という事だ。

 現在の収入から考えるに今手に入るなら喉から手が出る程欲しい。

 5000ゼニー浮いた分、武器やデバイスへの貯蓄にもなる。


 単純な目先の利益だけ考えれば悪い話ではないけれど……。


「じゃあレシピ調べるね。確か足りてると思うんだけど」

「足りない物は言ってください。購入してくるので」


 現状、材料はNPCの店で購入出来る。

 武器、短剣の場合鉱石類なんかは店で買った物から作っている。

 他にも材料はモンスターが落すアイテムである事も多く、特に色付きとなると製造する物によって必要なアイテムはその分強いモンスターが落す。

 イチカが付けている装備よりも二段階上となると、私が一つ前位に戦っていた強さのモンスターが丁度該当するんじゃないだろうか。


「えっとエジプシャンタテハが落す羽が材料なんだけど、持ってる?」

「丁度先日売ったばかりの奴ですね」


 エジプシャンタテハとは巨大な青い蝶の事だ。

 一昨日NPCに200個近く売った。今更だが何個か残しておくべきだった。

 しかし、生息地域は別段脅威度の高いモンスターもおらず、深夜でも戦い易い場所だ。ほんの二日前まで狩場にしていたので覚えている。

 正直今直取って来れば……長く見積もっても6時間あれば取ってこられる。


「分かりました、今から取ってきましょう。ユカリ問題は無いですか?」


 一応の保険で尋ねた。製造に疎い私を騙しているという線を捨てきれないからだ。

 帰り道に待ち伏せて襲うとも考えられるが、回復剤さえ残しておけばイチカに遅れを取る確立は低いはず。仮に実力で劣っていても逃げ延びる位は出来るはずだ。

 まあいつも囲まれそうになったら撤退しているし。


「大丈夫だよ。ほら、修理した短剣」


 そう言ってユカリは新品同然になった黒のアンテニー・ダガーを半分近く磨耗した私の物と交換した。

 武器の耐久値からいって性能で劣る事は無いはず。

 更に前回の狩りでは回復剤をほとんど使わなかったのでかなり余っている。

 この武器と装備で殺されたら完全に実力差だと諦めが付くだろう。


「マナさん、イチカも一緒にいく?」

「……理由を言えますか?」

「イチカもそろそろ防具を強いのにしたいからかな。後一人だとまだ辛い場所だから」


 理由としては不自然じゃない。私が作らせようとしている防具を見てもイチカより二段階上の物を頼んでいる訳だからイチカも防御力的に欲しいというのは無難な理由だ。

 それに私はもう次の狩場でも普通に戦えるけれど、現在のイチカの装備では確かにソロではまだ難しいラインだ。


 表の理由は分かったが問題は裏があった場合。

 モンスターとの戦闘中に後ろから攻撃されれば、かなり危機的な状況になるのは確実。

 他にも現在イチカが付けている装備が本物では無いという可能性も忘れたらダメだ。

 実はもっと良い武器と防具を所持しており、街を出たら私を襲う、なんて事もありうる。

 正直絶対の安全を取るなら断るのが一番だけど、その場合作ってもらえないと考えるのが妥当だろう。今を逃せば優秀な装備と5000ゼニーが遠ざかると思えば多少の危険を含んでも見返りは大きい。


「分かりました。一緒に行きましょう」

「うん! マナさんありがとう!」

「いえ、作ってもらうのは私なのですからイチカさんは感謝する必要は無いですよ」

「でも、今のイチカじゃまだ手に入らない材料だから先にありがとうって言いたくて」

「そこは持ちつ持たれつですよ」

「もちつもたれつ?」

「互いに助け合うという意味ですよ」

「そうなんだ~もちつもたれつ~!」


 イチカと話していると、ちょっと疲れる。

 本当に言葉通りの意味で話しているのか、含んだ意味で話しているのか分からない。

 先程の『先にありがとう』に限っても、あなたの全てを奪うから先に感謝しておくわ、とも取れるのでどうしても警戒してしまう。


 そんな強すぎる警戒心を抱えながら私はイチカと共にエジプシャンタテハ狩りへ向かった。

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