表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デスペインオンライン  作者: アネコユサギ
第一部『理由』
2/15

 ――私は既に死んでいる。


 五年前、連続殺人犯が世間を騒がせていた。

 犯人は老若男女問わず殺害し、バラバラにして態々目立つ場所へ放置していくという極めて凶悪で狂気的な犯行を繰り返し、被害者数は二桁にも上ったという。

 その犯行はテレビではかなり規制されていたが事件が起こった場所が私の住んでいる地域に近かったという理由で大多数の……もっと直接的に言おう。


 私が通っていた学校の生徒も何人か殺害されている。


 最初の被害者である私の学校の生徒は学校内の各クラスに身体をバラバラに引き裂かれた状態で放置され、多くの生徒達はこの事実を目撃している。

 犯人に共通して言えた事は被害者の性器を悪質な方法で傷を付けていたという点。

 男性器を切断したり、女性の胸を切り取ったり、女性器にガラスの破片を投入されていたりと当時は連日連夜テレビという媒体に限らず新聞、インターネット、口伝えと様々な憶測と真実の入り混じった報道がなされた。


 そして私の仲が良かった女の子も被害に合い、帰らぬ人となった。

 小学校の頃から友達で明るくてかわいい子だった。

 ニュースキャスターの心無い言葉に私は素直に悲しみを答えていたのでとても印象的に記憶している。


 私は最初の学校内被害者が出てから直にその子と常に行動し、学校以外では当時小学三年生だった妹の七星、ナナちゃんとどんな時も一緒に行動した。

 人をバラバラに切り刻んでしまう様な人が怖かったのと、ナナちゃんだけは守ってあげたいという姉としての心が働いた為だ。

 だけど、結果的にそれは正しい選択では無かった。


 ――私が犯人だったからだ。


 もちろん私は犯人では無いし、友達を殺す事なんて出来ないし、あんな怖い事出来るはずが無い。

 絶対に根も葉もない冤罪だ。


 だけど、社会は私を犯人とした。


 被害者である友達から一番近い関係にいる、という理由が犯人発覚に繋がった、という内容を後から知るのだが私はその時点で刑務所にいた。

 もちろん冤罪である事を訴えたがアリバイが無かった事と、私の知るはずのない証拠を数え切れない程突きつけられた。

 家族の証言はアリバイにならないそうで結果的に私は家族以外の人間と接触していなかった事から見事に大量殺人鬼として世間様に顔を向ける事となる。


 当時未成年だったので顔や名前を映す事は無かったのだが友達が死んだ時に私はテレビに映っていたので映像と声が大きく残っており、結果様々な情報サイトで私は親友を殺しておきながら泣き真似をしていた極めて凶悪で狂気的な計画犯という烙印を押された。


 裁判で野次を沢山飛ばれた。

 だけど、私は絶対にやっていない。

 その想いをいくら口にしようと被害者の遺族は私にこう言った。


 ――死ね。早く死ね。


 色んな物も投げ付けられたし、裁判所側もそれを止めなかった。

 だから私はどんな場所でも自分はやっていないと訴え続けた。

 でも、私の無実の罪が晴れる訳じゃない。


 五年という時を私は真犯人発覚と無罪の為として耐え続けた。

 刑務所で行われる拷問紛いな自白誘導にも絶対自分では無いと言い続けたし、どんなに悪く言われようと何とも無い顔をしていた。


 どうしてかって? 私は悪い事は何もしていない。

 何もしていないのだから悪いと思う理由なんて一つも無い。


 それでも耐えられない事も五年間に沢山あった。

 まず当時付き合っていた彼氏が面会に来た。

 幼稚園に上がる前からの幼馴染で高校に上がり、彼から告白してもらって付き合う事になった、当時私が好き『だった』人だ。

 彼は刑務所での地獄の生活から三ヶ月した頃に突然やって来てこう言った


「お前の所為で俺の人生滅茶苦茶だ!」


 当時の愚かな私は彼だけは私を無実だと言ってくれると本気で思っていたのだ。

 その時の絶望は計り知れない。

 今でも時々夢に出てきて私を苦しめる。きっと一生消えないだろう。

 終いに彼はこうも言った。


「この殺人鬼!」


 そう言って彼は面会席で舌を噛み切り、病院へ搬送されたが死んだらしい。

 話によれば彼の両親は私の様な凶悪犯と付き合っていた息子がいるという理由で近所から冷たい扱いを受け、自殺したそうだ。


 かわいそうだとは思う、同情もする。

 だけど私は犯人じゃない。


 次に遺族が来た。

 普通は反省している犯罪者以外応答しない物らしいが私は彼等の会談に答え、話をする機会を承諾した。

 そうして最初にやって来たのは私の友達のご両親だった。

 小さな頃からの友人なので数え切れない程面識もあったし仲も良かった。家にお泊りした事さえあるし、個人の付き合いで言えば親しい間柄だったはず。

 彼等は私が面会席にやってくるや否や強化ガラスを本気で叩いた。


「娘を返してよ! この人殺し!」


 話なんて出来る状態じゃなかった。

 彼等は私を殺したいのだ。そういう目をしていた。

 娘さんを失って、悲しみに暮れている。その想いが伝わってきた。

 私だって悲しい。彼女とは親友だったのだ。だけど私は犯人じゃない。


 次にやってきたのは私の知らない被害者の遺族だった。


「娘は小学校にあがったばかりだったんぞ!」


 小学校に上がったばかりの女の子を私が襲い陵辱の限りを尽くして最後には殺した。

 そういう話だ。

 結果17組近く遺族がやってきたが誰もが口にする内容は一緒だった。

 同様に私も毎回同じ事を答えた。


「私はやっていません。私は無実であり、これは冤罪です」


 結果的に遺族の神経を逆撫でする結果にしかならなかったが私は謝るつもりなど無い。

 だって私は犯人じゃない。


 次に私の両親がやってきた。

 以前やってきた時は何かの間違いだと言ってくれた、私が唯一心許せる人達だった。


「あなたを生んだのが恥かしい!」

「絶縁だ!」


 泣きながら私の暴言を吐く両親に私はこれといって何も感じなかった。

 日々の生活で擦り切れていた私の心はこう言ったのだ。


 ――やっぱり……。


 そうして最後に妹の、七星がやってきた。

 既に暴言を言われる事にも慣れていたし、七星からしてみれば私の所為で社会的に悪い風に言われてしまうという同情もあった分、不満を最後まで聞いてあげようと耳を貸した。


「あなたまで私を悪く言うのよね……」

「お姉ちゃんはやってない!」

「え?」

「わたしはお姉ちゃんとずっと一緒にいたから知ってる。お姉ちゃんは絶対にやってない!」

「…………」


 言葉が出なかった。

 涙も出なかった。

 唯、時が止まっていた。


 誰かにそう言って欲しかったはずなのに実際に言われたら何も考えられなくなった。

 それだけ七星、いえ、ナナちゃんの言葉は私の心に響いた。

 擦り切れて灰色に染まった色を全て塗り替えるだけの力が確かにあった。


「だから負けないで。わたしは、わたしだけは絶対に信じてるから」


 気が付けば二年が経過していた。

 七星は以前よりも随分と大きくなっていた。

 姉妹だからだろうか、どことなく似ている気もする。


「出来るだけいっぱい来るからね、お姉ちゃん」


 その日の晩、私は疑心に囚われた。

 きっと七星もいつか変わる。私を悪く言うはず。

 信じてはいけない、自分以外を絶対に信じてはダメ。


「最近はゲームにハマッてるんだ。小さい頃は一緒にやったよね?」

「そうね、私はいつも負けていたわね」

「お姉ちゃんは経験が足りないだけだって」

「そうかしら?」


 だけど、七星は裏切らなかった。

 毎週は無理だったけど月に二回はこうしてやってきて色々な話をしてくれる。

 だから。


 ――私にとって彼女の存在が世界全てになるのは時間の問題だった。


 そうして地獄の日々は確実に流れていく。

 五年という時で三度の裁判が行われ、全てにおいて私は有罪という判を押された。

 最終的に私に下った罪状は。


 ――死刑。


 犯罪の性質や動機、殺害方法、残虐性、被害者の数、遺族の感情、社会的影響、犯行後の情状。

 当時未成年だった事を踏まえても情状酌量の余地は無いそうだ。


 それ程衝撃は受けなかった。

 薄々気付いてはいた。私は刑務所から出られない事を。

 それ所かきっとここで犯罪者という扱いを受けたまま死ぬんだって。

 だから、遺族の悲しいながらも、怒りに満ちた喜びの感情を受け取りながら最高裁で死刑という判決を受けた時もこう言ってやった。


「私が殺人鬼ならば、あなた方は獣です。善悪の区別が付かず目先の肉を汚く貪る」


 負け惜しみと笑われた。

 人殺しと罵られた。

 早く死ねと怒られた。

 自分の手で殺してやりたいと念を送られた。

 だから私は送還される際にいつも通り姿を隠さず堂々と歩き、カメラとマイクを向けてくる獣にこう答えた。


「私は殺されます。無実の罪で殺されます。どうか、冤罪で処刑される人間のショーを気持ちの良く楽しんでください」


 死刑までの準備期間に七星は何度もやってきた。


「ごめんね……ごめんね……」

「どうしたの? ナナちゃんに悪い所なんて何も無いでしょう?」

「助けてあげられなくて……ごめんね……」

「大丈夫、私は死んでもきっと天国に行けるわ。だって悪い事なんて何もしていないんだもの」

「う、うん……」


 元気の無いナナちゃんが気掛かりだったが私に選択権など無く、結局異例の速度で刑は執行され、最高裁から六ヵ月後、私は殺される事になった。


 もちろんこれといった抵抗はしなかったが死ぬ事への怖さは当然あった。

 ナナちゃんには強がりを見せたけど、死ぬのはやはり怖い。

 でも、私は何も悪い事をしていない。

 だから死に対してだらしない姿を見せる訳にはいかない。


「なにこれ?」


 噂では日本の刑務所では絞首刑が一般的と聞いていたのだが実態は違った。

 通された処刑場には紐など無く、妙に真新しい椅子。

 死刑判決が決まってから周りの人間が聞こえる様に囁いていた電気椅子という物を想像したのだが、どうにも違う。


「これはお前の脳に直接、苦痛を情報化して送る機械だ」


 執行人は淡々と呟いた。

 機械は脳に直接映像などのデータを送り、現実以上の光景や痛みを起こせるらしい。

 三十分にも及ぶ機械がどんな風に出来ていて、どんな痛みがあるのか説明された。


「日本も裏では酷い事をしているのね」

「さっさと座れ」

「……わかりました」


 言われるがまま抵抗を見せず、両脇を掴む男達は狂人を見る目で私を運んだ。

 死の受容を完了していた私は自分でも不思議な位悟っていた。


 椅子に座るとそれ程窮屈な感覚は無い。

 むしろ懐かしいふかふかなイスの感触だった。

 自分が死ぬというのにそういう風に考えていたのだからあながち私が狂人というのは正しいと自分でも思った。


 そんな風に考えながらキョロキョロしていると執行人の一人がデジタルカメラを構えている。

 死刑について詳しい訳では無いが人が死ぬ瞬間を映像として残す精神が理解出来ない。


「趣味が悪いわね」

「新しい処刑器具の実験の為だ」

「趣味が悪いわね」


 どっち道、返答に差は全く無かった。

 男はカメラを固定すると私に近付き耳打ちする。


「死ぬ前に言う事はあるか?」

「それはテレビ局に伝えるという事?」

「場合によってはな」

「カメラに言えばいいのかしら?」

「ああ」


 元々言うつもりも無いが、おそらくこの非人道的な行いに関する事などは意図的に省かれるのだろう。

 この世に未練なんて山程あるけれど、その中で一つだけ、という条件を付けるならたった一つしか浮かばない。

 私を救ってくれた世界で一番大事な人。その人に送る最後の言葉。


「今日私は死にます。日本の死刑は痛みが伴わない楽な死に方で嬉しいです。被害者の遺族の皆さん、私は沢山の人を殺したそうですが楽に死ねそうです」


 ここまでが建前と見栄、そして七星を心配させない、苦しくないという嘘。


「最後に私の言葉を最後まで信じてくれた唯一の人に伝えます。私の無実を信じてくれてありがとう、あなたの言葉に私は救われました。もしも幽霊とかそういう不思議な現象が本当に存在するのなら私はあなたに危機が迫った時、必ず助けに行きます。あなたが、私を救ってくれた様に……」


 枯れたはずの涙が溢れて上手に喋れなかった。

 でも言いたい事、伝えたい想いは全て口に出来た。

 後悔は、無い。


「本当に、最後にもう一度言います。信じてくれてありが――――」


 その瞬間、あまりにも酷い痛みが身体中を襲った。

 脳に直接送られる絞首、電気椅子、ガス、致死薬注射、銃殺、斬首、石打ち、火刑、切腹、鋸挽き、生き埋め、十字架刑、杭打ち、串刺し、腰斬刑、皮剥ぎ、腹裂き、陵遅刑、釜茹で、突き落とし、車輪刑、圧死刑、四裂き、猛獣の餌、引きずり回し、恥辱刑。


 想像し得る……ううん、知らない死刑方法の方が多かった。

 現実でも叫びたかった。

 身体を始め、精神まで殺された。

 こんな物を受ける罪が本当に私にあるのかこの世を呪う程度には死んだ。


 だけど、私は自分の情けない姿をこの世に残すつもりは無い。

 歯が砕ける位強く口を噛み締め、意識が完全に失われるまで私は叫ばなかった。

 それだけが私が生きて来た人生で一番の誇り。


 ――だから私は死んでいる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ