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「マナお母さん!」
辺りは暗くなり静まり返った北門の門を抜けて街へと帰還した直後、イチカにそんな言葉と共に抱きつかれた。
理由はなくはないが、知った事でも無い。
おそらくは何も言わずに狩場へ出掛けた事に対する不満の感情だろう。
随分となつかれたものだ。これで普段、他人は利用するだけで信用なんてできないなどと言っているのだから我ながらひねくれている。
私は自分に対して卑下する感情を覚えつつイチカにそれとなく無難な言葉を返す。
「どうしたのですか?」
「マナお母さん何も言わずに行っちゃうんだもん」
「それはすみません。ですがユカリの話では防具製造に掛かる時間はこんなものだと聞きましたけど」
「うん、できてるよ!」
元気にそう答えたイチカが手渡してきたのは黒い服だった。
黒系に属する軽装タイプの防具だろう。
外見はイチカ同様、DPOで市販されている装備とはやはり違っている。
タンクトップとジーンズ。
私の個人的感想を述べるなら少々肌の露出が多い。
今までの大きめのワンピースと比べるとちょっと恥かしい。
もちろん現実で着た事が無い訳ではないけれど特筆する点は外見ではない。
――黒炎の冒険服(上、下)
こんな軽装で冒険を銘打っている事に若干の違和感を覚えつつ、問題としているのは文頭だ。
私が知る製造されたアイテムのほとんどは黒と書かれていたが黒炎と書かれている。
「これは?」
「うん、なんか大成功しちゃった!」
「大成功ですか」
「マナお母さん色のランク知らないの?」
「少なくとも今までそういった話を聞いた事はありませんね」
イチカが嬉しそうに語った話によると製造された武器や防具に付加される色はランダムで色のランクが存在するそうだ。
当然色のランクが上がれば装備の性能もそれに合わせて上昇する。
もちろん装備者の適正色が一致すればと限定されるが。
――黒、暗黒、黒炎。
現在判明しているのはこの3ランクでもっと上のランクが存在する可能性は高いとの事。
「なるほど、性能が普通より高いと……ですが良いのですか? ランクが高いのでしたらイチカが付けた方が良いと思うのですが」
「ううん、イチカはマナお母さんにつけてほしい。だってマナお母さんの為に作ったんだもん!」
信頼されているのはわかるのだが眩しい位の笑顔で少し躊躇われる。
もちろん、厚意には感謝するが。
「そうおっしゃるのでしたら遠慮なくいただきますが」
途中宿屋に寄って着替えた。
別段意識する程ではないが天下の往来で着替えるのもどうかと思ったからだ。
性能は相性が良いだけあって上々。
むしろ黒炎というランクのおかげなのか三段階近く身体能力が上がった気がする。
「そういえば先程、珍しくいつもの所にユカリがいませんでしたが何かあったんですか?」
「なんか用事があるとか言って出かけちゃった。これも渡してだって」
渡されたのは黒のダーク、暗黒のラウンデル・ダガーの二本だった。
ダークは切や薙の為に作られているのか刃の部分が鋭利だ。
切る部分も片刃に近く、私にとって馴染みが深い包丁に近くなったと思う。
ラウンデル・ダガーは握りの両端に円盤が付いていて握りやすく、ダークとは逆に突きに特化した切先までスラリと剣身が太い針の様に伸びている。
どちらも今までの短剣と比べれば特長のある短剣だ。
「次に必要なアイテムをユカリに渡した覚えは無いのですが」
「ひきこもっていても手に入るもんだぜ、とか言ってたよ」
要するに必要な材料を手に入れられる人間がいる事を安易に語っているのか。
これはある種、催促だと取る方が良いのだろう。
もっとがんばらないと切られる可能性もある、か。
「装備も良くなりましたし、もう一度狩りに出かけますね」
「これから!?」
「ええ、私はイチカやユカリと比べれば知識で一つも二つも負けています。ですからそれを補うには相応に費やす時間を多くしなければなりません」
そうしなければ強くなれない。
何よりも装備が回ってくるという事は多少の期待はされていると考えても良い。
短剣二刀流を鍛えてランダムダンジョンに行ける様になる。
これを目標として無心で突き進むのみ。
「じゃ、じゃあイチカも行く!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
そういうイチカは少し眠そうな顔をしている。
考えてもみればイチカと狩りに出かけてから随分と時間が経っている。
生活サイクルを考えるとかなり無理をしていて待っていたのだろう。
時間も一般的な就寝時間に近く、空には光が一定の人工染みた星が煌いている。
「大丈夫ではありませんね。イチカ、あなたの献身的な気持ちは嬉しいですが無理をしてはいけません。明日から一緒に行動するという事で今日は休んだ方が良いでしょう」
「でもでも!」
「心配してくれるのはありがたいです。ですがイチカが身体を害しては意味がありません。私なら大丈夫ですから」
「う、うん……」
本人も眠かった様で多少抵抗していたがなだめる様に話すとイチカは納得してくれた。
「でもマナお母さん絶対に帰ってきてね?」
「ええ、簡単に敗北したりはしません。イチカの服とユカリの武器がありますからね」
「えへへ!」
「では今日はもう暗いので宿屋へ送っていきますね」
「いいの?」
「それくらいなら……義理とはいえあなたの母親になったのですから」
こうして手を繋いでイチカが普段泊まっている宿屋へと向かっていると考えてしまう。
甘いかもしれないが悪い気分はしない、と。
誰かの事を考えて、何かをする。それは正しい事。
私だってあんな事が無ければ、こんな状況じゃなければ自然にできたはず。
七星……あなたは今の私をどう思うだろうか。
そんな思考を振り払うかの様に私は戦いの日々へと身を投じた。
メインで書いている奴の続きを書くのでしばらく休筆します。




