12
「マナお母さん?」
イチカが心配そうな表情で私の顔を覗きこんできた。
本当に私の事を考えてくれている様に見える仕草が心を冷たくする。
現実なんかよりももっと自身を鍛え上げる事。
誰よりも強者で、最も強く、無敵になる事。
そうする事のみが私を安定させる要素。
現実なんて考える必要無い。
全てを利用して目的を果たす。
「いえ、なんでもありません」
「そう? ちょっと元気無かったから」
「大丈夫です、生き残る為の算段を練っていただけですから」
今は強くなる事だけを考えれば良い。その上でPKによる略奪が厄介だ。
自衛能力は当然として、彼等PKよりも圧倒的な力が必要になる。
そう考えると一番の近道は――
「ユカリ、あなたは人を殺せば殺す程有利になる事に気付いていますか?」
「ああ、道具を全部落すんだからな。真面目な奴はやってらんねーよ」
「ではこれ等の道具をどう思います?」
そうして先程四人組から没収したデバイスを初めとした道具全てを取り出した。
人を殺す奴等からすれば安い物だが原価で買えば相当な品々だ。ユカリも一瞬顔をしかめて言葉の意味を理解したのかそれ等の道具を確認する。
「これ等は再利用するのが良いのでしょうか」
「普通に考えりゃそうなるな。マナは嫌なのか?」
「正直言えば見ず知らずの死骸を踏み躙るのは抵抗があります」
「だとしても人殺しに使われるよりは良いだろ」
「そう、ですね」
デバイス以外の道具は全て売却するとして問題は再利用するデバイスの種類だ。
四人組の中に黒を使う者が混じっていたので防具デバイス、しかも私が使っている防具に該当する『軽装』デバイスがあったのはありがたい。
「+値も引き継ぐの?」
「みたいだな」
「普通は引き継がないんですか?」
「この手のアイテムは普通のゲームだったら使う奴が変わったら+値は初期化されるな」
実際『軽装』デバイスは+1と表示されていた。
他にも+値は様々だが20個あるデバイスは中途半端に色を内包している物が多い。
つまり普通のゲームよりも他人を殺すメリットがあるという事か。
そこで頭に引っ掛かる物があった。
殺人、略奪、色、+値、デバイス。
これ等が導き出す狂気的で誰でも思い付くであろう答え。
「これって同色を殺す方が効率良いですよね?」
「な……」
「え?」
同時にユカリとイチカは言葉を漏らす。
ユカリは私の意図をその瞬間から理解し、イチカはまだ考え込んでいる。
「マナお母さん、どういう意味なの?」
「簡単に説明するなら私がイチカを殺したとします」
「マナお母さんはそんな事しないよ」
「……そうですね。では悪者が私達と同じ色、黒の方だったとして私やイチカを殺した場合どうなりますか?」
「手に入るアイテムの色が一緒だからその人が有利になる?」
「正解です」
イチカに説明した通り、組む事で有利に進められる同色を殺す事でも有利に進められる。
DPOの仕様上狩場が一緒な分赤は赤、青は青といった具合に同色でパーティーを組むのが理想的だ。
しかし裏を返せば同色の相手を殺せばそのまま自分が強くなるという作り故に同色の仲間同士で仲違いが起こった場合、気に入らない仲間を殺す事で得られる魅力が付き纏う。
「趣味が悪い……」
ついそう漏らしていた。
これは武器防具製造に関わってくるユカリやイチカにとっても無視出来ない内容だ。
いくら製造デバイスとの相性が無いと言ってもユカリ達が育てた製造デバイスを奪えば自身で装備を作れる事になってしまう。
それが同色であれば装備の相性的にも殺す側のメリットが明らかに高い。
下手をすると苦楽を共にした武器を作ってくれた人達をラスボス直前に殺すという事だって裏切りという範囲では簡単に想像出来る。
かと言って他色と組めば良いという単純な話でも無い
確かに色の違う相手とは組むメリットが低い代わりに殺した時のメリットも低い。
だが、この場合でも殺人者には十分なメリットがある。
それこそ普通に殺人すれば例の商人とやらにデバイスを売却すれば良い。
つまり同色に限らず全ての仲間を疑い易い環境が出来ている。
「だからってもう止まれねーんだ。死なない様に行くしかないだろ」
「残念ながらその通りですね」
ユカリの言う通り今更引き返せない。例え仲間が本質的に信頼出来ないからと言っても諦めてしまえば死ぬしか選択が無くなる。
それに考えによっては誰も信用しなくても良いという事でもある。
他人は自分が生き残る為の踏み台であって協力はしても邪魔なら排除する。
別段難しい話でも無い。
同色という存在が極めて危険な存在だという事を頭に入れておけばそれで良い。
「やはり今のままではダメですね」
「なんだよ、突然」
「殺人による利点が大き過ぎて今のままでは遅かれ早かれ死んでしまうでしょう」
「言いたい事は分かるけどな。だからってマナは誰かを殺すのかよ」
「そう結論したなら今こうしていません」
「ま、そうだろうな」
二週間程度のスタートダッシュで調子に乗っていた自分が恥かしくなる。
力を求めるなら効率が必要だ。
例え罵られ様と今この瞬間に力を得なければ明日死んでしまうかもしれない。
それこそ本来は一つ一つ積み重ねていく物を飛び越えるかの様に一ヶ月先の手堅さではなく、今直手に入る大きな利益を毎日捻り出す策。
「ユカリ、同色云々の後に尋ねるのは自分でもどうかと思いますが今まで以上に効率を出す方法はありませんか?」
どうしてもその結論に行き着く。
普通に行くなら今まで以上に狩り続ける以外に方法は思い付かない。
表情を硬くしたユカリからも理解出来るがそんな旨い話が無いのは百も承知だ。
「無い訳じゃないが、今までみたいに安全じゃないぞ」
「現状ですら安全では無いのですから良い手があるなら賭けるまでですよ」
「そうじゃねぇ。今までは安全策を何重も取れたが、これから言う奴は相当な腕が必要なんだ。下手をしたらPKなんかよりも危険だ」
「代わりにそれにあまりメリットはあるんですよね?」
「そう来るか……ほんとマナは廃人の鑑だな」
「自分でもおかしい位ですよ」
含みのある笑みをユカリに向けるとユカリも黒い笑みを向けて来た。
イチカだけがどうして二人は笑っているの? という表情をしているが手立てがあるならどんな危険な賭けでも乗ってみせる。
そうする事で強くなれるならどんな危険でも怖くない。
「マナを見てると自分がゲームのキャラにでもなった錯覚がしてくる」
「何言ってるんですか、私達は既にDPOというゲームのキャラクターじゃないですか」
「……それ笑えねーよ」
旨く皮肉を言ったつもりなのだけど渋い表情で冷静に返されてしまった。
ともあれ私とユカリの利害は未だ崩れていない様だ。
「さて、マナはハック&スラッシュって言葉を知ってるか?」
ユカリが突然意味不明な事を言い出した。おそらくはゲームの専門用語か何かなのだろうがゲームって略語や専門用語がやたら多い気がする。
ともあれ私がゲームの専門用語を知ってはずも無い。
「まあ知らねーだろうな。そっちのガキは?」
「ガキって言うな! イチカにはイチカって名前があるんだもん」
「イチカは知っていますか?」
「知らない。きっとオタク用語だよ」
「くっ……間違っちゃいねーけどガキに言われるとムカツクな」
二人の犬猿喧嘩を抑えつつ話を聞くとハック&スラッシュとは言葉の通り「切り刻む」「叩き切る」という意味のゲーム用語だと説明してくれた。
正直違いは分からないが敵を倒し、アイテムを手に入れ、キャラクターを育てる事を目的としたゲームに付けられるジャンルだそうだ。
「詳しく無い私が言うのもアレですがゲームの殆どに当てはまるんじゃないですか?」
「もちろん違いはある。基本ハック&スラッシュは物語や世界観を無視して戦闘性を重視したRPGを指すんだ」
「あの、前々から気になってたんですがRPGってなんですか?」
「ほんとマナはなんでここにいるんだよ!」
「そんな事言われても……」
RPGはロールプレイングゲームの略。
詳しい事は知らなくても問題無いとユカリ先生は面倒臭がって教えてくれなかった。
ネットゲームやっている時点で普通は知っている物らしい。
取り敢えずハック&スラッシュとは敵を倒して自身を強化して、更に強い敵を倒して自身を強化して、を繰り返す終わりの無いゲーム。とまあ現在の私達の状況に似ている。
「ラスボスがいる時点で定義に外れるじゃないですか」
「そりゃデスペインオンラインになった所為だろ。デバイスペイントオンラインならサービスさえ停止しなければ終わらないゲームだ」
「なるほど」
「それに言いたい事はそうじゃなくてだな。このゲームにはランダム生成ダンジョンがあるんだ」
また専門用語が出てきた。
これもゲーム経験のある人間なら知っていて当たり前の知識だそうでイチカですら知っていた。
ダンジョンとは洞窟や遺跡、迷宮なんかにモンスターが大量に巣食っている場所らしい。
そこには財宝何かも沢山眠っていてトレハン? と、トレジャーハント、要するに貴重なアイテムが手に入ったりする。
そしてDPOにもダンジョンと呼ばれる場所が存在する。
一度行った場所でも次行った時はモンスターが復活しており、ダンジョンの形も変わっているので何度も繰り返し攻略出来るという複雑な作りで、ゲームとしてはそれ程珍しい仕組みでは無いそうだ。
私なんかは一度達成した場所を何度もする必要があるのか? と疑問に思うのだが好きな人には堪らないシステムというユカリ先生談。
「つまりその無限に繰り返せる場所を攻略すれば良いと」
「そう単純な話でも無い」
「うん」
何かイチカに頷かれた。
薄々気付いていたけど私ってイチカよりも無知なんじゃないだろうか。
ちなみに密かにユカリに聞いた話によると今時ゲームをやった事無い子供なんて希少種だから捕まえとけだそうだ。
意味は理解出来るけども表現は理解出来なかった。
「マナお母さん、ダンジョンって普通のフィールドよりも難易度高いんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、通常マップだと精々囲まれても5、6匹だろう?」
「はい」
「ダンジョンだと10匹は少ない方だな」
先程の話から洞窟や迷宮という物を想像すると現在の狩場よりは当然狭い場所だろう。
狭く密集した場所では当然逃走するのも難しいはず。
そんな悪環境で10匹のモンスターが襲って来たら一溜りも無い。
しかし、話の流れから難しいからと言って諦めてしまえば地道に行くしかなくなる。
「確かに難しいですね」
「だが、そこをどうにか出来れば確実にデバイス強化もアイテムも多く手に入る」
正しくハイリスクハイリターンといった所か。確かにユカリの言う安全度は今までよりも格段に落ちるがそれに見合う価値があるのも事実。
問題は私の実力と装備だろう。
元から無い実力を突然上げる事は不可能だけど装備の方はイチカが作ってくれるので一段階と適正色分の追加効果が期待出来る。
それを踏まえても10匹同時戦闘は中々に厳しい。
無い実力を付け焼刃するなら先程没収したデバイスから良さそうな物をいくつか使えば多少は変わるんじゃないだろうか。
先程手に入れた物で色が染まっていない、あるいは黒に染まっているデバイスは少ない。
この中で使える物を選ぶとすると。
――無い!
斧デバイス+5、忍耐デバイス+2、解析デバイス、道具デバイス。
軽装デバイス以外まともなのがない。
「忍耐デバイスってどういう効果でしたっけ?」
「デバイスで補う作戦か。だとしても『忍耐』は無いな」
「痛みが薄くなる奴だよ~」
「痛みが薄くなる?」
「うん、少し痛くなくなるんだって」
「他に効果が無ねぇからあたしとしてはどうかと思うけどな」
言葉の通り単純にダメージによる痛覚を軽減してくれる様だ。
ある種DPOにおいての救済的なアイテムなのかもしれない。
しかし痛みならある程度抵抗があるので問題は無いしデバイスとして付ける程でも無い。
ユカリ曰くベータ時には存在しなかったデバイスらしい。
そもそもあの男、これを付けていてあんなに痛がっていたのか……。
+値が低いから効果が少なかったのか、単純にあの男が痛がりだったのか。
「このままダンジョンに行くのは自殺行為でしょうね」
「だな。無難にもう少し強くなってからだろう」
PKに出会った事で強烈な焦りを感じているが、こうなってくると今まで通り狩りをするのが妥当だろう。
24時間狩りによって得た収入やアイテムを使ってユカリ達に武器防具を製造してもらう。更にそこから軽装デバイスを大幅に強化して当初の予定通り色系か能力系デバイスを購入してから次の手段を考える。
今出来る事はこんな所か。
「そういえばマナお母さん、武器のデバイスもう強化できるよね」
「……言われて見れば、気が付きませんでした」
イチカの指摘通り『短剣』デバイスの水晶は完全に黒く染まっている。
材料収集やPKとの遭遇で確認を取るのをすっかり忘れていた。
デバイス画面を操作して強化を施すと+9が+10へと強化され、黒く染まっていた水晶が透明に戻る。
「ありがとう、イチカ。実は丁度+10なんですよね」
「はあ!?」
「ええ!?」
な、なんだろう。二人に凄い大袈裟な反応をされた。
ユカリ何て不良とかヤクザみたいな声を出している。
言い訳だが嘘は吐いていない。
念じると現れるステータス画面の項目からも行ける装備確認画面でも『短剣』デバイス+10と表示されている。
「お前やっぱバカだろう!」
「そんな怒られる事をした覚えは……」
「今まで何やってたらそんな風になるの!?」
「いえ、普通にモンスターを倒していただけですが」
「+5、+10、+20毎に成長速度が極端に落ちるつったろ! 何で2週間で+10なんだよ、おかしいだろ! 常識的に考えて」
確かにユカリに以前そう言われた事がある。
その時の話は所謂上がり辛くなるけど焦る必要は無いという物だった。
結果、+5になってスキルが使える様になった直後から強化に必要な色の数が突然増えたのを覚えている。その所為で一日24時間の狩りを二週間続けてやっと+10なったのだが、ユカリには一応定期的に寝ていると言ってるんだっけ。
「イチカ知ってるけどベータの時よりも必要色素が多くなってるんだよ。マナお母さんどうしたらそんなに早く上がるの?」
「待て、それは確かな情報か? あたしも敵の能力値が上がったりドロップ率が下がったりとかゲームの難易度に調整が入ってるって噂は聞いたが」
「うん、白いお姉ちゃんが言ってたよ」
「そいつベータ経験者か、じゃあ間違ってねーかもな……いや、待てよ。マナの場合『感情』デバイスが機能してないから獲得色素が全て『短剣』デバイスの方に行くのか」
「そっか、二倍なら少しは楽になるよね」
「いや、それでも黒で二週間+10はねーだろ」
「だよねだよね!」
二人は錯乱した様子で何やら良く分からない会話を始めている。
先程まで私に合わせて話をしてくれていたのは理解出来るけど二人の会話に付いて行けていないのはこの先生きる上で問題あるんだろうか。
取り敢えず現在の私にはユカリとイチカが何を言っているのか今一良く分からないので質問されるまで待機する事にした。
「おい、そこのバカ」
「いえ、バカはちょっと」
「マナはそう言われるだけの事をしたんだよ」
「はぁ……」
「取り敢えずデバイスをランクアップさせるぞ。マナは適正デバイスで行くんだろ?」
「その予定ですが、もう出来るんですか?」
「お前ほんと初心者なのか廃人なのかどっちかにしろよな!」
半ば呆れの混じった怒りを受けながら私はデバイスのランクチェンジをする事になった。




