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「それじゃあこれからお母さんって呼ぶね」
帰り道、殺人鬼達からもたらされた情報に私は様々な思考をしていた。
殺せば殺す程強くなれるルールと死者の犠牲によって成り立つ経済……それ等を把握した上で自身をこれまで以上に強化する方法の模索。
最も簡単に強くなるんだったら私も殺人を犯せば良い。それは理解している。
だからといって、じゃあ殺せば良いや、だなんて単純な話じゃない。
もちろん殺人を犯す事自体に躊躇いは無いけれど、あくまで自衛という範囲内の話だ。
私はイチカやユカリの様に現実へ帰る必要性、というより現実に身体が無いので現実を考える必要は無いが生前『人殺し』と言われただけあって殺人にどうしても抵抗がある。
殺人に方針を付けるのもどうかと思うがこんな状況だ。いざという時に躊躇っていては逆に殺されてしまうのも今回の事で十分過ぎる程理解した。
やはり正当防衛と呼べる範囲が無難だろう。
よし次殺人鬼と遭遇した際にはこの方針で行こう。
「ん?」
さり気無く考え事をしていたので流してしまったが、凄く気になる発言が隣の少女イチカから発せられた。
「ごめんなさい。さっきの言葉をもう一度言ってもらっても良いですか?」
「お母さん聞いてなかったの?」
「……お母さん?」
「うん、お姉ちゃんがダメならお母さんならいいよね?」
「そんなパンがダメならケーキを食べれば良いみたいなノリで言われても……」
イチカは既に元気を取り戻し……むしろ以前よりも弾んだ声で告げる。
正直あんまり聞きたくないタイプの話だ。
「お母さんすごくかっこよかったんだもん!」
「まあ言われて見れば命を救ったという意味ではかっこよかったのかな?」
「だからお母さんみたいだな~って」
「待ってください。どうしてそこで母親が出てきたんですか」
「お母さんがかっこよかったから~」
そんな満面の笑みで言われても。
取り敢えず母親云々の理由は聞いても面倒なだけなので放置するとして、止めさせる計画を練るとしよう。
おそらくは命を助けられた事によって過度の信頼を得てしまっているのだろう。
そこが自身の母親に対する感情に近く錯覚を起こしている、こんな所か。
ならばその信頼を落す様な事実を突きつければ元通りになるはずだ。
「イチカ、勘違いしている様なので先に言っておきますが私はあなたを現実に戻す手伝いをするつもりはありません」
「うん、誰かに頼っても帰れないよね」
「そこまで分かっているなら話が早いです。私はあなたに取って信用に足る存在ではないのです。分かりますか?」
「ううん、お母さんはすっごく良い人だよ」
ずっと思っていたけど、やっぱりこの子ちょっと話していると疲れる。
先程の四人組との戦いで錯乱していた所を見るに十中八九今のイチカは素だ。
これで子供のフリでしたとか言われたらある意味尊敬する。
ともあれ善意だけを向けてくるイチカみたいなタイプ、私は苦手だ。
「イチカは分かっていませんね。私はあなたを囮にして逃げようと思っていたんです」
「え?」
さすがの純粋少女と言えどこの発言には堪えるはず。
防具に関しては作ってもらえない可能性は相当高くなるがお母さん信頼光線を向けられるよりは何倍もマシだ。
「それでもイチカを助けてくれるなんて……うれしいっ!」
「は?」
やばい、本気で頭が痛くなってきた。
なんていうのか逃げ出したい気分だけど、逃げたら追っかけてくるのが想像出来る。
少なくともイチカからは善意以外の意思を感じられない。
嘘という可能性も無い訳じゃないが、この信頼光線が嘘とは考えがたい。
というかこれが嘘だったら逆に凄い。
「そもそもイチカには私に子供がいる様な年齢に見えるんですか?」
「だいじょうぶ」
「何がですか?」
「イチカ歳の差なんて気にしない」
「どこでそんな言葉を覚えて……この子の親はどういう教育をしているんだ」
大体そういう言葉は恋愛小説とかドラマとか過激な媒体で年上の異性に言う物だろうに。
どうして同性の、しかも出会って数時間の相手にお母さんと言えるのか理解出来ない。
視線をイチカに向けると私の困った感情を読み取ったのか不安そうな顔をしている。
こういう反応が一番困る。
もしもあの事件よりも前だったらイチカを抱きしめてあげる位は出来た。
だけど、今の私にはそんな事出来ない。
善意が苦手なのは裏切られるのが怖いからだと客観的に気付いている。
きっと七星以外全員が私に投げ掛けた言葉がトラウマになっているんだと思う。
――もうあんな経験は嫌だ。
だから、だろうか。
そんな風に考えれば考える程に心が冷たくなっていく。
イチカが裏切った場合の状況を想定しても何とも思わない私がいて、常にイチカを警戒している自分が見えた。
良い気分はしない。それ位の感情はまだある。
だけど最初から裏切られるなら母親のマネ位してもいいだろう。
幸いイチカは防具を製造出来る。
ユカリと共に勘定すれば武器と防具の両方が揃う。
二人と利害が一致するなら一緒に行動する事に関して何等問題は無い。
そう、心を納得させた。
「分かりました。イチカが本当のお母さんの元へ帰るまで代わりになってあげます」
「本当!?」
「ええ、私なんかでよろしければ」
「えへ、えへへへっ!」
何が嬉しいのか理解出来ないけれどイチカはとても嬉しそうに顔を緩ませた。
こんな笑顔すら疑っている自分が嫌になる。
だけど、そうしないと裏切られた時に私が耐えられない。
イチカが裏切ったその時、私はこの子を殺さなきゃいけないのだから。
「ですが、現実のお母様に失礼ですから名前を付けて呼んでください」
「は~い! マナお母さん」
「くっ……この歳で娘……」
実際の子供でも無いのにイチカの幼い雰囲気からショックを隠せない。
年齢的にイチカは妹が無難な年頃だろうに。
体格からして昔の七星を思い出して、この年頃の子が娘と思えないのが救いか。
それでもお姉ちゃんと呼ばれるのは嫌と来た。我ながらかなり我侭だ。
「マナお母さん、もう直だよ~」
「……そうですね」
実際に門が見えるので距離はそれ程無い。
ここまで来れば仮にイチカが攻撃して来ても直に安全領域まで逃げられる計算だ。
まあこの状況で攻撃するのは相当な無能だろうからイチカでもやらないだろうけど。
そんなこんなで特に何も無く街へ帰還。
いつもの場所には今日も暇そうなユカリがいた。
ほんの数時間程度で忙しくなっていたらそれはそれで不自然だけど。
「おかえり~! 心配してたんだよ~」
やはりユカリのこの喋り方は寒気がする。
正直に言ってやりたい。
気持ち悪いと。
――ちょいちょいっ。
ん? イチカが私のワンピースの裾を掴んで後ろに隠れる。
「どうしたの、イチカちゃん?」
ユカリがイチカを心配する素振りで尋ねるのだがイチカは返事もしない。
これはあれだろうか、殺されそうになって対人恐怖症にでもなったのか。
普通に考えればおかしな事でも無い。
私だって七星以外の人間に対して重度の対人抵抗があるので理解出来る。
「マナお母さん、こいつ嘘吐き」
顔をぴょこっと出してイチカはユカリを指差した。
確かにこの薄ら寒い演技は嘘な訳だけど……まさか最初からバレてた?
「こいつ……マナちゃん、イチカちゃんどうしちゃったの?」
「えっと~……」
「コレと話したらマナお母さんが危ないの。騙されてるの」
「あたし皆を騙したりなんてしないよ」
「嘘吐き! 笑顔が作り物だもん!」
一度騙されているのは本当なだけに否定出来ない。
それにしてもイチカの言葉による猛攻は鋭く刺さった。
ユカリなんて笑顔が綻びかけている。
「お母さんが言ってた。友達は選ばなきゃダメだよ、マナお母さん」
「確かに」
「マナちゃん!?」
「イチカ最初から知ってたたもん! このダサマントが嘘吐きだって」
「だ、ダサマント!?」
ダサマント……事実無地のマントを付けているけど酷い言い草だ。
あれでユカリは節約家で出費を可能な限り抑えているので最初に購入したと思われるマント以外無難にNPC売り防具だ。
「だいたい服選びが変だよ。きっとリアルでは根からのオタクなんだよ!」
だけど、何故かあのマントは常に付けている。
話によると昔からファンタジー関連を愛好していてフード形のマントが好きらしい。
理解は出来ないけれどユカリなりのポリシーなのだとか。
否定はしない、否定はね。
「うるせぇなガキが! ゲームに現実持ってくんじゃねーよ!」
どうにか耐えていたユカリだったがさすがに自身のこだわりを否定された事で素に戻ってしまった。
……ちょっと大人気ない。
七星もそうだったけどゲーム好きにオタクと呼ぶのは禁句か何かなのだろうか。
「ほら、正体現した!」
「……そうですね」
「ハッ! どうせあたしに笑顔なんて似合わねーよ! フンッ」
「そこまでは言ってませんけど」
ファンタジーに現代のファッションを持ち込むのは無粋だとか不満を垂らしていたユカリを押さえ、年頃の女の子オーラを発揮したイチカがファッションについて語り出したとか大変だったのはこの際置いておくとして早く真面目な話をしたい。
「で、このガキはどういう事だよ」
「ちょっと殺人鬼に殺されそうになっていた所を助けたら懐かれてしまって」
「PKか!? 出てくるのはとは思ってたがもういんのか」
「PK?」
PKとはプレイヤーキルの略で街以外のマップで他人を攻撃する人達の事を指すネットゲームでは一般的な言葉らしい。
中にはPKを倒す人をPKK、つまりプレイヤーキルキルという人達もいるらしい。
ともあれ普通のネットゲームなら死んだとしても経験地や所持品にマイナスが掛かるだけだけどDPOでは真の意味での殺人……PKという事になる。
「そんで今マナ達が生きてるって事はそいつ等を殺ったのか?」
「いえ、命だけは見逃しました」
「そうか、すげぇ意外だな」
「意外?」
「マナなら人を襲うなら自分も殺されるつもりできたんですよね~とか言ってPKKしそうなイメージだ」
「……敢えて否定はしません」
下手なモノマネがちょっと癇に障ったが無視するとして実際に正当防衛なら私はいくらでも人を殺せる。
何故なら殺人を起こす奴は人では無く獣だからだ。
獣が襲ってきたら手を払いのけて所持している武器で自衛するだろう。
「殺人云々は個人の判断に任せるとして、生き残れれば良いという話でも無いでしょう」
「……どういう事だ?」
「現実に戻った時の事、だよね? マナお母さん」
「その通りです。この世界での事は動画で配信されているそうなので仮に沢山の犠牲者を出した上で生き残ってもその方は現実であまり良い待遇は受けないんじゃないかと」
「ちっ! 要するに生き残れたとしても現実じゃ殺人鬼と扱いが同じって事かよ!」
どこまでの範囲で私達の動向が監視されているのかは知る由も無いけれど少なくとも動画が配信されているのなら見る人間がいるはず。
それは何も被害者の遺族に限らず面白半分で見る者もいるだろう。
――ゲームとはいえ人が死ぬ瞬間だ。面白くない訳が無い
これが実際に現実でも死んでいるのなら尚の事関心が集まるはず。
あくまで憶測の範囲だが1万1374人という莫大な数の人間がゲームに監禁されているという事実に社会が反応しないはずがない。
そして二週間という時間の経過から外部からの救出は難航しているのが予想出来る。
まだ二週間だから希望は持てるが、これが一ヶ月二ヶ月と続くなら外部からではどうにも出来ない様な状態になっているという最悪の可能性だってあるはずだ。
仮に、本当にもしもそうなった場合現実に戻れるのは最高10人、最悪ラスボスを倒したとしても現実帰還という話自体が嘘という事だってありえる。
なんせあんな放送をする狂人の口から出た言葉なのだから。
だけど最後の希望を奪う訳にもいかない。
ラスボスを倒した10人は生きて現実に帰れる。
これが嘘だったら戦い続ける全てが無意味になる。
例え犯人がそういう計画を練っていたとしても信じる他無いんだから。
「私が言うのもどうかと思いますが、帰った後を考えるよりも今をどう生き抜くかが重要だと思うんです」
「だな。1万中10人って時点で取らぬ狸か」
「でもイチカは帰りたい。マナお母さんと一緒に」
「そう……ですね」
現実に帰る、か。
奇跡が起こったとしても私は私を殺したあの世界に帰りたいと思うだろうか。
あんな場所に帰る位ならこの死と痛みの世界の方がマシなんじゃないか。




