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デスペインオンライン  作者: アネコユサギ
第一部『理由』
11/15

10

 身体が軽かった。だけど力はいつもより何倍も出た。

 まるで七星が力を与えてくれているみたいだった。

 あの日、私を救ってくれた感情が溢れてくる、力が無限に沸く。


「だれ……グッ!」


 口を開いて音を出すよりも早くイチカの身体を掴んでいた男の腕を短剣で切り飛ばした。

 そして風よりも早く青の男を蹴り飛ばす。

 重装甲の重さが重力に引かれて倒れようとしている真下を滑り抜け、呆けている赤の男の肩に、残していた『黒のダガー』を刺し込み、黒の男に初期装備のナイフを投げ付けた。


「イチカ、あなた私に言いましたよね。必ず帰ると」


 突然の出来事に何が起こっているのか理解出来ないという顔をされた。

 まだ瞳は涙で濡れており私を私と認識出来ない。

 だけど、イチカは胸に手を当てて答えた。


「うん、イチカは絶対にお母さんとお父さんの所に帰る!」

「じゃあ戦いなさい! 帰る為に、大切なモノの為に!」

「…………でも」

「でも何て言葉は無い! あなたは生きて帰る! 生きて帰るという人間が他人に頼って帰れると思っているのですか? 力が足りないなら他人を利用しなさい、私を利用しなさい、全てを利用しなさい。帰る為に!」


 口をだらしなく開きポカーンとした顔をイチカは向けて来た。

 演技なんて出来るか。私はイチカを救うつもりなんて一欠片も無い。

 イチカは私を利用して自分一人でも帰るんだ。現実に。

 そして両親と幸せに暮らす。その世界に私が関与なんて出来ない。

 だからイチカは私を利用して、使い捨てれば良い。


「返事は!」

「は、はい!」

「よろしい。では武器を構えてください、ケダモノを殲滅します」

「うん!」


 フェリングアックスを構えるとイチカはモンスターとの戦闘の様に非常に落ち着いた表情を見せた。

 今の私とイチカならこの程度のケモノ相手に劣ったりはしない。


「くそっ! なんだっつんだ!」


 比較的軽傷な黒の男が醜態を付く。

 先程の言動から察するに親玉であるのは間違い無い。

 武器は片手斧という短剣よりも攻撃力はあるがスピードではこっちの方が上だ。

 狙いを定めると私は強く念じた。


 ――アクティブスラッシュ!


 アクティブスライサー同様『短剣』デバイス+5で取得した切りのスキル。

 普通に切るよりも大きなダメージが期待出来る攻撃なのでどんな敵にも通用する。


 短剣スキルが見事に決まったが黒の男は一瞬苦悶の表情をしただけでダメージは大きくない。パッと見200前後だろうか。


「バカが、硬直中に攻撃すりゃこっちのもんだ!」

「それはどうでしょうね」

「は?」


 不用意にスキルを使うはずが無い。仲間がいるなら防御で固めるよりも攻めに転じる。

 何より私とイチカはどちらも軽装装備だ。スピードと連続攻撃が最大の長所だ。

 視界に入れていたイチカの長い溜め動作が完了し、私は道を空ける。


「くっらえー!」


 フェリングアックスの刃が黒の男の腹にめり込む。

 死にはしなかったが斧スキル『フェリュール』が決まったので相当なダメージが期待出来る。目算で5、600といった所だ。


「グワアアアアァァァァッ!」


 過剰という程の大声を上げて痛みを表現した黒の男のHPは軽く見積もって最高300。

 身体中の骨を砕かれた様な痛みから黒の男は転げまわっている。

 HPを逆算するに後数回攻撃すればあの世行きだ。

 しかし、こんな痛みで動けない奴よりも後ろの青と赤を相手にした方が建設的だ。


「反転しますよ」

「後ちょっとで倒せるのに?」

「あなたを人殺しにはさせない。あなたは現実で幸せに暮らすんです。現実の世界に人殺しのレッテルは必要ない」

「わ、分かった」


 ぐるりと反転し立ち上がろうとしている青と赤へと突撃する。

 如何せん短剣という性質上、防御力の高い重装甲にダメージは通り難いはず。

 青はイチカに任せ、私は赤へと刃を向けた。


「痛ってぇ……痛てぇんだよ!」


 まだDPOの戦闘に慣れていないのだろう。本能から来る痛みから黒のダガーが刺さった部分に手を当てて苦しんでいる。だが痛みは殺意に変えて敵と対峙するのが戦闘の基本だ。

 黒のアンテニー・ダガーをそのまま黒のダガーを刺した場所へともう一度、今度はスキルを使って刺す!


 ――アクティブニードル!


「かはっ!」


 他二種類と同じ様に突きのスキルだ。

 つまり短剣は切る、薙ぐ、突く、の三つのスキルで構成されている。


 赤の男は更なる攻撃で地面に倒れ伏す。

 だらしなく目頭に汚水を溜めて呻く姿はまさしく獣。

 しかし十分に動けるHPであるのも事実。装甲という事もあり、先程の黒の男と同じダメージとは行かない。なので私は硬直が解けると同時にそのまま地面に伏せている赤に向かって短剣を振り下ろした。


「やめっ……」

「あなた達はやめなかったじゃないですか。これはあの少年の痛みです」

「死にっ……死にたくねぇ!」


 赤の男は振り下ろされたが刃が自分の身体に吸い込まれるのを視線で追って青い顔のまま失神した。

 つまりまだ生きている。首で無いだけ感謝して欲しいもんだ。


 その間もイチカから視線は外していない。

 裏切る裏切らないではなく、敵味方を確認する為だ。

 敵がどこにいて、味方が何をしているのか知らずに戦うなど、私には出来ない。

 イチカは既に完全に心を持ち直し青の男の攻撃を色防具から来るフットワークの良さを生かして両手斧を的確に攻め、されど敵の槍攻撃は確実に避けていた。


 重装甲は確かに防御力が高く、反動軽減が掛かるがその分鈍重になる。そういう戦い方で勝利に収める事も可能だと思うし安定もするはずだ。

 だけど今この時、このタイミングでもそれが適応するかと尋ねられれば答えは、否。


「勝負あり、かな?」


 イチカが青の男の首元に刃を当てた所で私は最後に残った腕を切られた赤の男に刃物を向けて宣言した。


 誰も殺してない。殺されてもいない。

 生き残った後のイチカに私の様な思いはさせたくない。


「イチカ、そのまま逃がさない様にしていてください」

「うん、分かった」


 比較的軽傷な赤の男に私は刃を向けたまま尋ねる。

 殺しはさせない。でも、既に殺人に手を染めた人間をのこのこと生かしておく事なんて私には出来ないし、最悪殺す事だって躊躇いは無い。

 でなければ私もイチカも死んでしまうからだ。


「あなた方だって死にたい訳じゃないですよね?」

「ひぃっ……」

「お答えは?」


 刃先を向けると男はコクコクと恐怖の形相で懇願するかの様に頷いた。


「私としても殺人は可能なら避けたい。ですがあなた方をそのまま野放しにする訳でもいかない。分かりますか?」

「は、はひ……」

「そこで提案です。あなた方全員、所持している道具を置いていってもらえませんか?」

「なあっ!?」


 結論から言ってDPOは殺人をすればする程強くなれる仕様だ。これは誰にも抗う事の出来ない世界のルール……今更否定して現実逃避をするつもりはない。

 私個人にしても、イチカの人生にしても、可能な限り安易に殺人へと走りたくない。

 そこで殺人を犯さず簡易的に殺人鬼を無力化する方法は相手の所持品を全て奪う事だ。


「もちろんデバイスも武器も防具もお金も全てです」

「そ、そんな事したら、どうやって生きていけばいいんだよ!?」

「あなた方を生かすつもりなんて無いと言っているんです」

「くっ……」


 ただイチカの経歴に殺人というレッテルを貼らせない事が全てであり、何も人殺しに抵抗があるわけじゃない。

 どうせ現実で私は大量殺人鬼なんだ、ここで一人二人加わろうと大して変わらない。

 だけど、間接的に殺人に関与していた場合でも他者は糾弾する。

 ならば私も可能な限り殺人はしない、したくない。


「どうしますか? 命の代わりに全てを渡しますか? それともここで死にますか?」

「分かった、渡すっ!」


 妥協した顔で赤の男は懐から道具を取り出しながら……私に突撃してきた。


「死ねええええぇぇぇぇっ!」


 何てお約束な行動だろうか、まるで意表を突いたとでも確信した顔を眺めながら私は突き動作の片手剣を軽く避け、短剣で切り付ける。


「グアっ!」

「あなた方が抵抗しないはずがない」

「く、くそぅ……」


 痛みに耐えながら自身に向けられた死の恐怖に男は数歩たじろぐ。

 今おそらくは男の中でどうこの場を乗り切るか、どうやって道具を奪われずに済むかを夢想しているに違いない。


「さて、もう一度尋ねます。あなた方全員が所持している道具を全て置いていってもらえませんか?」

「んな事出来るわけねーだろ!」


 当然の答えだろう。

 デバイスも装備もお金も無いとくれば、この世界で死んでいるも同然だ。

 戦う知恵も無ければ、傷付ける凶器も無く、他者を操る利益も無い。

 だが、それに同情出来る程私は甘くも無い。


「へへっ……そいつに人を殺す覚悟なんてねぇよ」


 地面に倒れて既に動く事も間々ならないはずの黒の男が薄ら笑う。

 その姿は実に情けなく、未だHP最低ラインなのは他人から見ても明らかだ。

 しかし、何かに確信した口振りだ。


「そいつは誰かを殺すのが怖いんだ。だから絶対に殺せねぇ」


 何をバカな事を。

 私が人を殺すのが怖い?

 もちろん怖いが殺人鬼相手に躊躇うと思われているのだろうか。


「へ……へへっ……そういう事か」


 勘違いも甚だしいが、そう思い込みたかったらしい。私が刃を向けた赤の男は黒の男から薄ら笑いが伝染したかの様にへらへらと私を舐めた目で見始める。

 なるほど、私は人を殺さない不殺のヒーローか何かと勘違いしていると。

 ならば一人血祭りに上げてやろう。

 私は無言のまま、目の前にいる男の頭に向かって短剣スキルを使用した。


 ――アクティブニードル!


 それは確実な死。

 既に数回に渡って与え続けて来た蓄積ダメージから命中すれば絶対に死ぬ。

 罪悪感なんて微塵も無い。だって彼等は既に人を殺めている。

 しかも一人や二人ではなく、それ以上に多くの人を。


 鈍い剣閃と共に黒のアンテニー・ダガーが男の頭へ吸い込まれていき――


 ――お姉ちゃんはやってない!


「くっ!」


 一瞬頭に強い痛みが走る。

 あの日あの時、私を信じてくれた七星の声が聞こえた。


「あ……ああ……」


 気が付くと怯えた青い顔の男の頭に黒のアンテニー・ダガーは無かった。

 耳を本当にギリギリ掠めて刺さっていなかったのだ。

 完全に決まったはずなのに。


 私は一つ溜め息を吐いた。


 ……七星、あなたが殺すなと言うなら私には殺せない。


「何を勘違いしているのか知りませんが私が人を殺せない? 勘違いもここまで来ると哀れですね。私が汚させないのはイチカの両手です。私の手がいくら血で穢れようが何の抵抗もありません」


 そう言って狂気の笑みを浮かべる。

 まるで人を傷付けるのが楽しいかの様に。


「は、ハッタリだ!」


 それでも私が人を殺せないと信じたい彼等は各々が私を聖人か何かの様に扱ってくる。

 これはいわゆる、死の受容第一段階「否定」だ。

 自身の死が確実だと内心では気付いているのに受け入れられない。

 受け入れてしまえば、死ぬしかなくなってしまうから。


「分かりました。そんなに死にたいのでしたら全員殺しましょう」


 そう宣言すると私は短剣を殺さない範囲で男に突き刺した。


「痛えぇぇ……クソッ! なんでだよ! なんで俺が死ななきゃいけねーんだよ!」


 死の受容第二段階「怒り」

 己の死を否定出来なくなった時、その原因を探して理不尽に対して怒る。

 自分がどうして死ななければいけないのか、と。


「助言しましょう。根拠を尋ねても答えなんてありません。人の死なんていつも無意味に起こるものなんですから」


 これが私の出した「受容」だった。

 無実の罪でも罰は無慈悲に行われ、死ぬ。

 絶対の死に対して考える事なんて諦める事しか答えは無い。

 だけど、この四人にはまだ生存への道が残されている。

 その道を具体的に表すには次の段階へと進んでもらわなければ始まらない。


「お、おれには現実に残してきた彼女がいるんだ!」

「へぇ~、そうなんですか」

「生まれて初めて出来た彼女なんだよ! 幼馴染なんだ!」

「なるほどなるほど、それは嬉しい話ですね」

「だ、だから助けてくれ!」


 死の受容第三段階「取引」

 いくら理不尽な死に怒ろうと死は回避出来ない。

 そこで今までの人生を振り返り、とても大事な物があった事に気付く。

 それは救いであり、自身が存在したと核心出来る唯一の道。

 私で言う七星の存在がそれだ。

 彼の場合、幼馴染の彼女は自分にとってとても大事なモノだったのだろう。


「皆さんも彼の様に大事な存在を現実に残してきたんですか?」


 この段階へ全員が進むのを私は待っていた。

 死なない為ならどんな物でも犠牲に出来る第三段階になるのを。


「ああ、姉が!」「残してきた婆ちゃんが……」「と、父さんと母さんが!」


 各々がとても大事な、否定させたくない存在を口々に語り始める。

 それはまるで今まで気が付かなかった自分の内面を暴露するかの様。

 ここで私は救いを与える。それが救いか絶望かは個々の判断に任せるが。


「それはとても大切な想いですね。そんなあなた達を私は殺せない」


 全員に救われた表情をされた。だけど、ここで終わらせはしない。


「では話を戻します。皆さん大切なモノ為なら何を犠牲にしても良いですよね?」


 男達は皆等しく抵抗はあるものの各々に頷く。

 自分の本当に大事なモノに気付けたなら、それだけの為に動けるのだから。


「じゃあ所持品を全て置いて行ってください。命までは奪いませんから」

「そ、そんな事出来る訳ないだろ!?」


 当然だが全員が全員、拒否を始めた。

 装備、特にデバイスはこの世界において生命線だ。

 デバイスが無ければ死んだも同然なのも否定できない事実。

 それでも、こいつ等は人を殺めている。

 今この瞬間見逃しても、もう一度同じ犯行に及ぶ確立は高い。


「じゃあ死にますか?」

「くっ……」


 やっと見つけた生存の道。

 男達は所持品をドロップアイテム化すると地面に置き始める。

 もちろんここで道具が本当に全てかの確認は怠らない。


「皆さん、互いが落したアイテムに間違いはありませんか? もしも証言が一致しない場合その場で殺します」


 初期防具16点、初期武器各種16点、デバイス各種20点。

 そして男達の防具軽装一点、重装甲一点、装甲二点と武器四点。

 これだけ見ても男達がどれだけの人を殺めているのか分かる。

 12点、彼等は欲しいデバイスを占い屋で手に入れさせてから殺害して奪った。

 しかし所持デバイスの数と殺害人数が一致しない。

 武器と配布デバイスの計24個に彼等のデバイス8個で32個所持しているはず。


「あなた方は最低12人殺めています。ですが20個しかデバイスを所持していない理由を説明出来ますか?」

「う、売った」

「デバイスはNPC売りでかなり安かったはずですが、まさか隠し持っている訳ではありませんね?」

「ち、違う! 街にデバイスを買い取ってくれる奴がいるんだ!」

「……その話を詳しく説明してください」


 なんでも、NPC売りよりは高くなるが現状比較的捨て値でデバイスを買い蓄えている人物がいる。

 そして買い取ったデバイスをNPCよりも安い金額で上位プレイヤーや殺人プレイヤーに転売する事で巨額の金銭を得ている。

 ほとんどの上位プレイヤーはそれが殺人プレイヤーの手によって殺害されたプレイヤーのデバイスだと知りながら使っているそうだ。

 彼等はその人物に皮肉を込めて「商人」と呼んでいるらしい。


 あまり聞いていて良い気分になる話では無い。

 しかし間接的にそういう手段で生き残ろうとしている人間、彼等の言葉でいう上位プレイヤーが存在する事実は私に強い焦りを生んだ。


 ――何故か、誰よりも強くならなくてはいけない気がした。


 その衝動が自己を守る為にだけあると思うと吐き気がする。

 他者の死を踏み躙ってまで強者でいたいという自分が嫌になる。

 それでも生きようと、生き残ろうとしている人間がこの世界には沢山いるんだと知った。

 だから止まる訳にはいかない。

 どうしてなのかも分からないのに、そうしなくちゃいけないと身体が語っている。


 私は胸に残る表現し難い気持ち悪い感覚のまま全ての所持品を回収すると、ほとんど裸の男達を解放して、イチカと共に街への帰路に着いた。


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