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私は音源が近付くと可能な限り息を整え、足音を消しながら近付いた。
幸い木々の多い森の中という事もあって気付かれた様子は無い。
「グアッ!」
想像を超える光景が広がっていた。
四人組の男が一人の少年をいたぶっているという小説にでも出て来そうなワンシーンだが少年の顔は苦悶の表情に歪んでいた。
少年は軽装と呼ぶには装備が足りてない印象を受ける。
例えるなら狩りを始めて数日程度の、どうにか防具がそろった頃の物だ。
それに比べて四人組は少年よりも装備が充実している。
デバイス色は赤二人に青一人、黒一人。
赤二人が剣で装甲、青が槍で重装甲、黒が片手斧で軽装とバランスが良い。
「死ぬってどんな気分だ? ほら、今動画見てる奴に助けを求めて見ろよ!」
赤二人が暴れる少年の両脇を掴み、黒が片手斧を少年に振り落とした。
私はあまりの惨劇に目を瞑る。
「――――――ッ!」
鈍い音と共に少年の声にならない、絶望の音が木霊する。
目を開けると黒の男は少年の身体に振り下ろしたのではなく、指に斧を当てていた。
そしてもう一度振り被り、次の指へと振り下ろす。
何度も、
何度も、
何度も。
指の数の五回分繰り返すともう一つの腕に黒の男は手を伸ばした。
周りの男達はへらへらと笑っている。何が楽しいのかさっぱり理解出来ない。
こいつ等はユカリ達を閉じ込めた狂人と一緒の類の人間だ。
なぜなら、あれは。
――陵遅刑……。
身体の皮を剥いだり、部位を切断したりする長時間に渡って苦痛を与えてから殺す、最悪の殺し方。
死刑の時、私も脳に送られたので情報としては経験している。
あんなの人が人に与える罰じゃない。
「どうして……こんな事するんだ……」
息も絶え絶えの少年が死にそうな声で質問した。
それはあまりにも無意味で、しかし尋ねずにはいられない言葉。私には答えが返ってこなかった物だ。例え返って来たとしても碌な物じゃないだろうけど。
「決まってんだろ?」
「……え?」
「楽しいからだよっ!」
「やめてくれ!」
少年の叫びを無視して男はスキルを使った。
イチカの使った物と同じ『フェリュール』だ。
それを少年の首目掛けて、まるで材木でも切断するかの様に刃が吸い込まれていった。
……少年から最後の言葉は出なかった。
本当に、これがゲームじゃなくて良かった。
もしもゲームじゃなかったら首と胴は離れ、指だってバラバラになっていたからだ。
それに、現実の身体だけは誰にも穢せない。
男達が力を緩めるとしばしの痙攣の後少年はぐったりと倒れこんだ。
そしてモンスターを倒した時と同じ様にデバイスを始めとした道具を全てドロップすると消えていく、まるで最初からそこに居なかったかの様に。
「よし、これで人数分そろったぜ」
「な? うまくいったろ?」
「欲しいデバイスを性能が高いって教えてババアから受け取らせてから殺して奪うっていうお前の作戦最高だな」
「どいつも雑魚だし負けねーしな」
男達は人を殺した高揚感からか、とても興奮した様子で盛り上がっている。
各々を遠目ながら確認すると確かに一人を除いてデバイスを全員が五つ付けているので最低でも12人は殺した計算だ。
考えもしなかった。
言われて見れば占い屋で必ず一つもらえるデバイスは十万の物も含まれている。
態々十万溜めて買うよりも、初心者を騙して欲しいデバイスをオススメだと言い張り、それとなく狩りに誘い、殺して奪った方が楽に手に入る。
しかも確実に倒せるので死の危険も無い。
突然四人で襲い掛かって、後は殺戮ショー。
最悪の手段だが人を殺しても良いという条件を加えれば私でも使う。
もちろんそんな事思いついたとしても絶対にやらないが。
いや、考えてもみればDPO自体がモンスターを殺して稼ぐよりも人間を殺した方が遥かに実りの良い作りなんだ。
このゲームは金さえあれば強くなれる。
人が死んだ時点で全ての所持品や金銭を落す以上、その人物が所持していた全ての物が殺害者の手元に行く。これは要するに倒した人間の能力をそのまま自分の物にするという事と同義だ。
つまり他人を殺せば殺す程強くなれるのはモンスターを狩るのとまるで変わらない。
この際人間を殺して手に入れた金銭から色素薬を大量購入すればモンスターだろうと更なる人間だろうと比較的簡単に倒せるし、デバイス強化だって簡単だ。
くっ……どうして気が付かなかったんだ。
ほんの二週間モンスターを倒した所為で強くなった気になっていたけど、大量殺人者はその数倍、いや下手をすると何十倍も早く強くなってしまう。
今はまだ、私やイチカよりも装備が悪いのが救いだが殺人者は確実に蔓延する。
蔓延した殺人者は自身を強くする為に更なる殺人を繰り返す。
まるで殺人を犯すのが当たり前かの様に。
――逃げないと。
装備だけで言えば勝てない相手では無いが多勢に無勢だ。
今戦えば負ける。
逃げて、こいつ等が街の引き篭もり達同様、モンスターを恐れている内に強く、誰よりも強くならないとダメだ。
じゃないと生き残れない。
パキッ!
枝を踏み潰した様なゲームの再現音が響いた。
――私が動くよりも前に。
「ああ…………」
そこには怯えた表情でイチカが立っていた。
「なんだガキか。今度は女を殺してやろうと思ったのによ」
「まあいいんじゃね? ガキプレイヤー意外と少ねぇし」
「動画的にも絵になるしな」
「それに色防具なんて付けてんじゃん。しかも軽装。ラッキー」
男達はイチカに気付くとまるで一万円の宝クジでも当たった様な感想を各々が漏らす。
彼等からしてみれば変わらないか……。
唯一の幸運は私の存在が気付かれていない事。
イチカには悪いがここはイチカに囮になってもらって逃げさせてもらう。イチカだって装備はこいつ等よりはいいんだ、走れば十分逃げら――
「やだ……! やだ……!」
イチカは差し迫った死という恐怖から大粒の涙を流し始めた。
あの笑顔の少女がまるで怪我をした幼児の様にわんわんと泣いている。
だからと言って男達の……いや、ケダモノ共が躊躇うなんて事は無い。
奴等は名の通り獣と変わらないのだから。
「あ~あ、泣いちまったぞ」
「じゃあお兄さん達がお母さんとお父さんの所に返してあげるっていうのでよくね?」
「それ名案、ついでにお母さんお父さんにも泣いてもらおうぜ」
「お前、動画にこだわりすぎ」
泣いているだけで抵抗らしい抵抗を見せないイチカは赤の男に手を掴まれる。
その時になってようやく身の危険に気付いたのか手を振り払おうとしても遅い。
利き手を掴まれ、身体を押さえ込まれたイチカは武器を振り回す所か逃げる事も出来なくなってしまった。
どんなに装備が良くても、攻撃され続ければ全くの無意味だ。
例え受けるダメージが1だったとしても千回殴られれば意味が無い。
捕まって、拘束されたら死ぬしか無いのだ。先程の少年と同じ様に。
このまま行けば。
あんな少女が。
小学生の少女が。
純粋な笑顔を振り撒ける少女が。
――イチカが死ぬ。
心臓が大きく鳴った。
一度意識すると五月蝿い位ドクンドクンと気持ち悪さと共に聞こえてくる。
冤罪で逮捕されたあの日もこんな気持ち悪さだった。
初めて面会で暴言を吐かれた時も同じ気持ち悪さだった。
裁判の時も同じ気持ち悪さだった。
今直ここから逃げたい。
逃げないと弱い私に戻ってしまう。
七星が強くしてくれた私が消えてしまう。
イチカの事はしょうがない。来るなと言ったのに勝手に来たイチカが悪いんだ。
「イチカ何も悪い事してないのに……どうして……どうして!」
くっ……逃げ、逃げるの。足を動かすの、今なら逃げられるから!
「生まれてきたのが罪、みたいな?」
「そうそう、俺達に殺される事で初めて許されるんだよ」
「殺っ……やだっ! お母さん! お母さん! 助けて、助けてよう!」
生まれたのが罪?
じゃあ何か? 私は冤罪を掛けられて無実の罪で死ぬ為に生まれてきたっていうの?
七星に救われたのも全くの無意味で、何の救いも無いっていうの?
《死ね。早く死ね》
あの時感じた悲しみ、怒り、空虚、絶望。
そして憎しみ。
《私は犯人じゃないのに!》
全ての人が私に死ねと言っていた。私は何も悪い事をしていないのに。
そして私は死んだ。
何の理由も無く。何の罪も無く。何の希望も無く。
誰も助けてくれなかった。
心しか救われなかった。
本当は助けて欲しかったのに。
もっと生きたかったのに。
七星に沢山ありがとうって言いたかっただけなのに。
「イチカ悪くないもん! 帰りたいだけだもん!」
「ああー……これはもう救い様が無いな」
「だな~、死ななきゃ許されないな」
「お母さんも今きっと見ているよ。イチカちゃんが殺される所を」
「じゃあいつもとは違う殺し方の『実験』しようぜ?」
イチカに、私に罪なんて無い。
殺される理由も無ければ、死ななきゃいけない訳も無い。
世界全てがイチカに死ねと糾弾しても私だけは否定する、救ってみせる。
身体も――――心も!
私の心は爆発した。
頭に浮かぶのは私を救ってくれた七星の姿と、黒く染まった思考のみ。
この『感情』を何と例えたら良いか自分でも表現できない。
ただ一つ言える事、今この瞬間イチカを救えるなら、何にでもなれる。
「イチカ! あなたに罪なんて無い!」
そう叫んで私は飛び出していた。




