プロローグ
何番煎じか解りませんが一度書きたかったVRデスゲームモノです。
と、同時にストックなしで何日毎日更新できるのか挑戦中。(別の奴のストックが一段落ついたので)
途中で燃え尽きるかもしれませんが、もし良かったら読んでください。
――私は自由だ! どこまでも行ける!
無限に広がる世界を自分の意思で走り回れる。
そんな当たり前の事に感動を覚える私はかなり変わっているんじゃないだろうか。
最初、アナウンスに言われるがままゲームの仕様を淡々と聞かされ、私は全部頭に入れて実践するのが義務だと思っていた。だけど何かが違うと感じ取り、箱を開いて見れば私は自由の身だった。
――デバイスペイントオンライン。
それがこのゲームの名前らしい。
マニュアルを信じるのなら、このゲームはMMOARPGというジャンルのオンラインゲームだそうだ。
そもそも私はあまりゲームをやる人間では無い。小さな頃、妹が一緒にやろうと薦められたゲームをやった位で、そのゲームというのも妹が私に合わせてくれたパーティーゲームだった。
なのでゲームという物にまともに触れるのは初めてに近く、妹が言っていた『テレビの中に入り込めるゲーム』という話も詳しくは知らない。
そもそもMMOやARPGという略語、だろうか? も、何を略した言葉なのか私自身良く分からずにいるという状態だ。
それでも私は誰かに命令されず、歩いたら歩いた分だけ自分の意思で世界を走り回れる現実に私は歓喜した。
確かに妹の言っていたテレビの中に入り込めるゲームという表現は実に的を射ている。目に映る景色も、風も、匂いも現実と全く卒が無い。
最初にいた外国風の城や家々が立ち並ぶ街から私は外へ向かって全力疾走して瞳に映る草原を意味も無く走り、髪が風に靡く感覚に酔い、世界の匂いを吸い込み続ける度にその事実を否がおう無く現実の物だと錯覚してしまう。
私が知らない間に科学は随分進歩したのだと改めて実感した。
「はぁ……はぁ……ちょっと休憩……ん?」
随分と走り回ったので呼吸の乱れを正す為に私は立ち止まったのだが、私の視界に巨大なイモムシの様な不気味な生物が映った。
理由は分からないが目を合わせた途端、何故か名前が分かった。
どうやらマユムシと呼ぶらしい。
「これは所謂モンスターという奴かしら?」
随分昔の話になるが妹がテレビに専用の機械を接続してやっていたゲームにこういった生物が現れて妹の動かすキャラクターが戦っている姿を見た事がある。
キャラクターは敵対者である彼等をバッタバッタと薙ぎ倒していく、そんな感じだった。
それ以前に先程教えられたマニュアル、という説明で私は一度モンスターと言われる怪物を倒す訓練をさせられている。
ナイフ一本を手渡され、対象モンスターを倒す練習で、私は激しい抵抗感と共に命令されるがままモンスターと戦い、戦闘の基本を教わった。
幸い刃物でモンスターの皮膚を斬り付けた所で血が流れる様な事は無かったので最初こそ怯えて逃げるばっかりだったが戦っている内に抵抗感が薄れて行き、最後には自分から斬り掛かる程度には心構えが出来ていた。
「これがゲーム……なんだよね?」
今はいない妹に声を掛ける。
妹は人並みにゲームをする子で、最近ではゲームにどっぷりハマッていると言っていた。
だから自分も同じ様にゲームが出来る事にちょっとの喜びと、マユムシに対する嫌悪感を抱きながら私はマニュアルで教わった通りナイフを構えて戦いを挑んだ。
「やあ!」
声を上げないとやっぱりまだ怖いが、これがゲームだという現実が私を後押ししてくれてナイフを見事にイモムシに命中させる。
だが、ナイフを一突きされた程度で倒れるモンスターでは無いらしく、マユムシは傷なんて無いかの様に気持ち悪い色と体毛をした身体をぶつけてくる。
「いたたっ」
HP、ライフポイントという私の命に換算されるポイントが200減った。
マユムシの攻撃は現実の痛み、とまでは言わないが当たった場所が溝打ちを食らった時みたいに刺激して痛かった。本気でゲームの凄さを実感する。
HPは1000固定とマニュアルが言っていたので五分の一も減少した事になる。つまり私の命は後四回で失われてしまう。
そんなの嫌だと思った。死にたくないと切に願った。
だけど頼れるのは自分だけ、信頼出来るのは自分と妹だけ。
「でも、負けない!」
痛みから来る虚脱感を我慢しながらマユムシが続けざまに繰り出してくる二度目の体当たりを右に飛んで避ける。
なんでもこのデバイスペイントオンラインは命中値と回避値が存在せず、避けられればモンスターの攻撃を受ける事は無いらしい。
逆にこちらの攻撃もモンスターに当たれば確実に命中だそうなのでどうにも現実っぽい。
モンスターの攻撃を避ける練習はマニュアルの時点で何度か経験している。幸いマユムシはマニュアルの際に登場した悪魔の様な生物よりも遥かに弱く、動きも鈍い。
これなら私でも倒せるはずだ。
「……行きます!」
先程と同じ様にナイフをマユムシに突き立て、そのまま両手で横に力を込める。
ナイフの切れ味がどの程度なのか包丁しか触れた事が無いので判断に悩むけれど幸いマーガリンでも削ぐみたいにスパッと切れた。
するとマユムシが先程までの生物然とした姿を失い、力弱く倒れこんだ。
「やった?」
私は倒した確証が持てず、何度かナイフを突き立て倒したかどうかを確認するがピクリとも動かないマユムシは一度緑色の粒子を散布すると徐々に透明に消えていった。
そして残されたのは小さな袋。
小さな袋の中身を調べて見るとふわっとした綿がある。
「わあ……ちょっと欲しいかも」
すると袋が消えて視界から綿も消えた。
そういえばさっきのマニュアルでドロップアイテムと呼ばれる道具を手に入れた際は獲得権限さえ存在しているのなら自分の物に出来ると説明された。
その際に頭の中で『欲しい』という感情を浮かべるとアイテム欄にそのアイテムは移動すると言われた。
「アイテム欄は確か……」
何通りかの手順で所持している道具を確認したりする際にはそれに追随する意識を向ける事で表示される。
例えば先程手に入れた繭綿と呼ばれるアイテムがアイテム欄に表示されている。
「さわって見たいな」
そう何気なく喋ると繭綿は私の手元に現れ、ふっくらとした綿の感触が手に広がった。
本当に凄い技術だと思う。
今までの人生で色んな遊びを経験したけれど、こういった感動をあまりした事が無い。
なんと言うのか、絶対的な敵対者を倒す、という快感はこういう物なんだろう。
「さてと」
繭綿を戻れと念じ、私はもう一度この世界を眺めた。
綺麗だった。
本当に綺麗だった。
涙が出る位、綺麗だった。
見る人から見れば唯の草原に見えるかもしれない。
だけど、私には縛るモノが何も無い素晴らしい光景に見えた。
――その時までは。
正確には大多数の意見だ。
私は綺麗な光景がちょっと色褪せたと思っている程度だがほとんどの人がこの世界を嫌いになったらしい。
正直、他人の事なんてどうでもいいのだけど……。
『これは大量殺人だ。オタク共』
その言葉に私はピクリと反応した。
妹はオタクと呼ばれるのを嫌っていた気もするが、私が何に反応したのかと尋ねられれば『大量殺人』という言葉の方にだ。
――私に取って『殺人』という文字はそれだけで吐き気を催す程の意味を持つ。
とてつもない精神的な吐き気が溢れ出て来たが、これがゲームでよかった。
もしもこれがゲームでは無く、本当に現実だったならば私は胃に入っていた内容物を吐き出していたに違いない。
そんな私の気持ちとは無関係にその言葉は続いていく。
『残念ながら大量生産された製品の内、引っ掛かったオタク共の数は1万1374人だそうだ。正直足りないがいいだろう。これ以降のログインを禁止する。まあお前等は外の事なんて知る事は無いがな』
1万? 私には何を言っているのか今一良く分からない。
唯、声の主がゲームという体裁を著しく侵害しているのだけは分かった。
ゲームに詳しく無いので断言は出来ないが少なくとも私の知るゲームはコントローラーのボタン配置や説明に現実を持ってくる事はあっても面と向かって現実を出してくる事は無い
『このデバイスペイントオンラインは今この瞬間よりデスペインオンラインと改名する』
デス。
死=デス。
ペイン。
痛み=ペイン。
死。
痛み。
大量、殺人。
『デスペインオンラインではダメージは本物となる。要するに痛覚システムを実装している。しかも最大値だ。つまり攻撃されれば当然痛い。腕が切れれば現実と同様の痛みが発生するし、死ねば現実でも死ぬ。首を絞められれば窒息するし、ナイフで刺されれば悶絶する程だろう』
そういえばマユムシとの戦闘で実際に痛みを感じた。ゲームなのでそういう物なのだと勝手に納得していたがどうやら違うらしい。
ちなみに先程は200のダメージだったが、これが500や800だったらどれだけ痛いんだろうか……想像するだけでも不快な気分になる。
『さてこのゲームのクリア方法だが……そんな物は無い。デスペインオンラインはお前等オタク共1万1374人を一人でも多く痛めつけて苦しめてから一人一人絶望の中で殺す為に存在する。現実に戻れるのは全員が死んだ時だけだ。その時点で全員現実でも死んでるんだけどな』
声の中には嘲笑めいた感情が溢れ、少なくとも私には冗談でこんな事を言っている様には聞こえなかった。
現時点で迂闊な発言は出来ないが、ゲームの世界が現実となったと考えればいいのだろうか。それともゲームが一瞬にして処刑場になったとでも言えばいいのか。
『だが、特別に一つだけ生きて現実に帰る手段をお前等に教えてやろう』
それは希望。
人を殺す為の道具にして、最後の依り代、そして絶望を大きくする最大の元素。
私はそれがどれだけ惨い物なのか知っている。
この声の主は本当に大量殺人をしようとしている。
1万1374人という人間を殺そうとしている。
『このゲームのラスボスを倒したら現実世界への帰還させる事を約束しよう』
言葉の続きを待つ、この相手がこれだけで終わるはずが無い。
そう思わせる位には声の主の心は腐りきっている。
『ただし、ゲームクリアメンバー10人以外の全ての生き残りには犠牲になってもらう』
10人。
およそ1万近くいる人間の内生き残れる人間の数がたったの10人。
とてもじゃないが現実的じゃない。おそらくはほとんどの人間が死ぬ。
疑心と殺意が溢れるはずだ。
『お前等が接続している機械には心臓の働きを停止させる信号を送り心不全にさせる事が出来る。当然お前達の中には物語の様だと考え、実際には外部からの助けが来ると思う者も多いだろう。だがそれは大きな間違いである』
ちょっと待って。私は機械に詳しくは無いけれど、逆に動かす事も出来るんじゃないの?
例えば機械を無理矢理停止させて、心臓を再度機械で動かす感じで。
『即ち現状お前等は現在必要最低限の心臓しか鼓動していない状態だ。機械によって生かされていると言っても過言では無い。これは機械毎に設定されたパスとゲームサーバー内で行き来する1マイクロ秒以内に移り変わる信号を書き換えなければどれだけの設備があろうと回復しない。尚この動作は外部からの接続があった際にも発生し、本デスペインオンライン以外のプログラムが起動した場合、プログラムの性質とは無関係に心臓及び肺などを含む複数の臓器を停止させる。これはゲーム内で死亡した場合においても同様である。理由はこんな所でいいか、どうせ全員死ぬんだしな』
取り敢えず助けはこない、お前等は必ず死ぬ、という事が言いたいらしい。
『最後にお前等オタクに外部の情報をやろう』
今までの流れから想像は容易いが、あまり良い話では無いだろう。
多分、無視してこれからの方針を決める方がよっぽど有意義に違いない。
だけど私は耳を傾けてしまった。
『デスペインオンラインはフルタイムで随所に設置された映像をインターネット各所にオートで動画配信される作りになっている。お前等が何をしているか、どれだけ苦しんでいるか、どんな犯罪に手を染めたか、いつ死んだかを配信する』
開いた口が塞がらないとはこの様な時に使うのだろうか。
被害者の家族には地獄を、無関係者には娯楽を提供する。
そういう意味では『ゲーム』なのかもしれない。
『ではオタク共、精々現実世界を楽しませてくれたまえ』
その言葉を最後に辺りは風の音だけになった。
先程まで見えていた綺麗な景色が戻ってきて私は一つ溜め息を吐く。
残念ながら私という世界を変えるだけの事が起こらなかった事が唯一の救いだ。
「それでも、私は自由だから……」
この大地を自分の意思で歩いて、私の想いだけで生きられる。
誰に縛られる事の無い素晴らしい世界。
その事実だけは消えなかった。消されなかった。
私の死は私が決められる。
それだけで現実よりも何千倍もこの世界が好きだ。
先程マユムシを倒した心許ないナイフを強く握る。
この世界で何があっても生きてやろう。
どんな事があっても自由に、誰にも侵されずに生きよう。
「だって私はもう――――死んでいるから……」