頭無しの奇妙な夢
「さて、君には二つの選択肢がある」
目の前で、頭の無い男が喋っている。俺はそれを見上げている。俺の身長が異常に低いように感じる。まるで俺が生首になってしまったみたいだ。
「そのまま死ぬか、この能力で殺しあうか、というね」
頭が無いというのは、単にこいつは頭が悪いのだという比喩表現ではない。現実に、頭の無い男が喋っているのだ。
「さあ、決めなさい」
よく話の意味がわからない。どういうことだ?
「つまり、お前は死にたいか? ということです」
人間誰しも死にたくないものだろう。それは生存本能からして当然の事実であり、確認する必要も無い。違うか?
「よろしい。ならば、君はこの能力で戦いなさい。ヒントは、ドアノブ、です」
顔の無い男が俺の頭を掴んで持ち上げた。俺がそいつの突然の行動と、意味不明な言動に驚いていると、意識が急激に遠のいてきた。俺の意識が落ちる寸前、そいつはこう言った。
「これで君と私の取引は成立です。ああ、懐かしいこの感覚……」
「んん?」
次に目が覚めると、俺は真っ白なベッドとシーツの中にいた。周りを見渡す。真っ白な部屋だ。人の気配など無く、物音一つしない。消毒液の匂いで満ちている。病院の一室なのだろうか? それにしては、人気が無さ過ぎる気もするが。
「さっきのは……」
夢にしては現実味があふれすぎだったと思う。いや、感覚的にリアルだっただけで、頭の無い男が喋るなんていう荒唐無稽なことを、俺が信じているわけではないのだが。
「よっと」
布団を跳ね除け、裸足のまま白く冷たい床の上に立つ。
体のどこにも異常は無い。五体満足、いたって健康だ。逆になんで病院なんかにいるのかが不思議なくらいピンピンしている。
「とりあえず外に出よう」
スライド式のドアを開け、外に出る。ここも誰もいない。ただ無機質な白い床と壁と天井がずっと続いている。病的なまでの白。もしかしたら精神患者の病院なのかもしれない。そうすれば、俺がこんなにピンピンしてる理由も説明がつくしな。
「あれー、俺の精神がイカれてるからあんな夢みたのか?」
俺は精神異常者だったのだ、などと信じたくは無い。ここは普通の病院で俺はとある事情でいるだけにすぎないのではないか、という希望を捨てきれない俺は、この無人とすら思えてくる病院を探索することにした。……のだが。
「おい、そこの君。能力者だな?」
奥に突然現れたその女は白衣を着た妙齢の美女。ボンキュッボンのナイスバディ。おいおい、結婚してくれ。
「どういうことですか、お姉さん」
「つまり、私と楽しいことしましょ、ってことよ。ぼーや」
そう美女が言うと、後ろからうるさい足音が聞こえた。
振り向くと、大量の人間が押し合いながら走ってきている。全員目が正常ではない。あらぬ方を向いてらっしゃる。
「ちゃああああああんんっすうううううううう」
だが、この危機的状況でも俺は本能に忠実だった。「なんでこんなタイミングよく人が、それもこんなにたくさん出てくるの?」とか、「綺麗な人には気をつけろ、多分美人局だ!」なんていう言葉は一瞬で俺の脳内から消去された。代わりに出てきたありがたいお言葉は、「合法的に美女の体にタッチ……もとい接触できるチャンスだ! 突撃しろ!」であった。
俺は本能に従った。全力で。駆ける。
あと五歩でタッチ出来る! そう確信した。
「ふふふ、盛ったぼーやね」
すると、美女はこう言った。瞬間、まるでそれが合図であったかのよう、
ガラッ。
という音がして、右斜め前の壁のドアがスライドして開いた。
中からさっきのような目が恐ろしいお方たちが我先にと飛び出して出てきた。その数5人。
「俺を止めたかったら・・・」
「?」
絶対絶命としか思えない俺が余裕の口調で口を開いたからだろう、美女は眉を顰めた。
「こいつらより40は若い奴等を準備しな!」
出てきた五人は全員70を軽く超える見た目をしていたからな。こう思うのは当然だろう。
俺がその前方に立つご老体達へと走ってきた勢いそのままタックルを食らわすと、彼らは実に簡単に倒れた。あ、老人は大切にしないといけないから、優しくしたよ。後ろの美女にタッチしたいあまり、全身全霊かけたタックルしたなんて、そんなことは全く無いからね。
「美女接触げえええええっと!」
そう叫んで俺は宙へ飛んだ。老人達は床に仰向けに倒れ、俺はタックルの勢いを殺すことなく、美女に向かう。
美女はしまった、という表情をしていた。のだが、突然ニヤっと笑い、少し右へ避けた。
俺は地球の物理法則に従い、美しい放物線を描き、美女の後ろに空いていた空間に吸い込まれるように着地した。いてっ。
ガチャ。
後ろを振り返ると、扉が閉められていた。
「フフ、十年早かったわね、私に触ろうなんて。そこにいるみなさんによくしてもらいなさいな」
床に倒れたまま、前方を見る。目のいかれてらっしゃる20~30代の筋骨隆々の方々が、十人ほど立っている。五歩歩けば俺にたどり着くだろうというほど近い距離にいる。離れろ、むさ苦しい。
「う、嘘だあああああ」
「ごめんなさいね。私、頭の無い人は好きじゃないの」
そうですか、俺はどうせ馬鹿ですよ。お医者様には到底つりあわない馬鹿ですぅ!!
コケにされた上に、こんなわけのわからない状況で死ぬなんて嫌だ! というか、目の前の扉の向こうに美女がいるのに、一揉みとか一撫でとか無しに死ねるか! ほら、扉の上半分の、ザラザラした不透明なガラスに、あのナイスバディが映ってるだろ!? 俺は絶対にあきらめないぜ!!
そんな思いで俺は目の前のドアノブを握った。
その瞬間、目の前のガラスの向こうが血で染まった。肉が爆ぜるような、焦げるような、そんな不快な音と共に。
押してもいないのに、ひとりでにドアが開く。ドサッという、人間が床に打ちつけられる音とともに、周りの人々が全員倒れる。扉が完全に開く。目の前に倒れているのは、さきほどの妙齢の美女の変わり果てた姿だった。原型を留めないほどに焦げ、体のあちこちの部位が吹き飛んで欠損している。床の向こうには、焦げた右手と左足が転がっている。その光景は、まるで現実感の無いものだった。
「なんだこれ」
なんで死んでるんだ? 俺が殺した? どうやって? 俺は後ろのドアを見る。壁に当たっているはずのドアノブ部分が無かった。反対側の俺がさっき握ったドアノブは、当然のように鈍く銀色に光ってそこにある。俺が握ったほうは変化なんてしていないのだ。
夢。夢を思い出す。あれは現実だったのか?
そうならば。もしそうならば、あの頭の無い人間はなんて言った?
「よろしい。ならば、君はこの能力で戦いなさい。ヒントは、ドアノブ、です」
「はは……意味わかんねえ……ドアノブが……ドアノブって……はは……」
俺は人を殺したのか? 違う! あの頭無しの与えたふざけた能力のせいで起きた事故だ。そうだ、そうに違いない! じゃあ、俺は何をする? 何をすればいい? 考える必要も無いだろう。そんなの、わかりきってるじゃないか。
「あの頭無し野郎を見つけて殺す……殺してやる……」
ドアノブを握る。ドアノブに超高電圧がかかり、それと同時にドアノブが爆散。破片がまるでショットガンの弾のように扉の向こうの人間に直撃。四肢が吹き飛び、扉に血をつけ、感電し、焦げる。扉が返り血で赤く染まっている。
反対側のドアノブが壊れたことによって扉の鍵が壊れ、ひとりでに開く。
そこに転がっている死体を見る。原型を留めないその姿。だが、何故だろうか。俺はそいつの顔を見て、いや、「頭」を見て、少し懐かしい気持ちになった。
しかし、そんな気持ちはすぐに絶望にかき消される。
「能力者は全員殺した。だが、なぜいないんだ? あいつは、どこだ? どこにいるんだ?」
そうして、俺はあの頭無しを探しに歩きだした。
ずっと前に、自分の頭を能力と引き換えに交換したことに気づかずに。その頭の持ち主を自分で殺したことにも気づかずに。
頭の無い男は、今日も彷徨い続ける。
企画競作第三作目。お題「ドアノブ」
企画競作に興味がある方は、「小説家になろう」で企画競作するスレPrrt3(http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1319658024/)まで。




