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「隣の異世界」シリーズ

隣のMMOキャラクター様

作者: 尾黒

 目の前には、使い慣れたパソコンのモニタ。

 その中で、一つの窓が開いている。

 カチカチとマウスをクリックし、同時にキーをタッチ。

 すると、ドットとポリゴンの複合のような画面の中で、私が操作しているキャラクターがアイテムを拾い上げつつ、そばに居る敵キャラクターを持っている鈍器で殴りつけた。

 画面の端には、私ではない誰かが操作しているキャラクターが、別の敵キャラクターを剣で切りつけている。

 そろそろ、アイテムボックスがいっぱいになった。町へ戻ろうか。

 

 倒した敵キャラクターを足蹴にしている私のキャラクターを見つめつつ、私はぼんやりとそう考えた。




 2年ほど前に始めたオンラインゲームの窓の中では、私のキャラクターだけでなく、様々なキャラクターたちの物語が日夜繰り広げられている。

 ゲームに参加して2年とはいえ、その間、途中で飽きて3分の2くらいは放置期間がある。

 最近また、ちまちまとゲームを始めているのだが、その理由は貰ったアイテムの使用期限が迫っていたからという貧乏性な理由である。

 とはいえ、久しぶりに接続してみると意外に時間が潰せるし、いろいろアイテムやイベントも増えていて、なかなかに楽しい。

 再開して直後にレアアイテムをゲットして、それを売り払ったら結構な小金持ちになった、というのも、継続している理由である。


 さて、私をこのゲームに誘ってくれた友人がいる。

 とは言っても、実際に会った事は無い。

 友人とのネット上での付き合いは結構長く、どうやって知り合ったのかもあまり覚えていないが、それでも時間が合えばチャットでだらだらと会話したり、ゲーム内で一緒に狩りをしている。


 そんな友人のキャラクターが、画面の中、町へと戻ってきた私のキャラクターの目の前でぴょんこぴょんこ、と、跳ね回っている。

 会話ウィンドウの中と、キャラクターの上の会話のふきだしに、ぴろぴろぴろ、と、文字が躍っていく。

 ときどき、キャラクターの上に、漫画的表現のアイコンが飛び出して、表情が一切変わらないキャラクターの感情表現を手伝ってくれている。


『ほんとのほんとなんだってばぁ!』


「そんなの信じられないよ。んじゃ、くるっと回ってワンって鳴いてみせて」


『ワン!』


「あ、そっか、そういうモーションあるよね。回るやつ」


『えぇえ!? やり損!?!?』


「だってさー……どうやって信じれば言いワケ? このポリゴンのキャラクターがあんた『本人』だってさ」


 私は、ため息のアイコンを出すためのキーを押した。

 その直後、友人のキャラクターの頭上には、『ガーン!』という文字とともにギャグチックな顔のアイコンが表示された。


 私の使用しているキャラクターは、『プリースト』と呼ばれる後衛向きの支援キャラクター。MPマジックポイントを消費して、回復や補助の魔法を使用する、戦闘に向かない、見た目的にも儚げなキャラクターである。ただし、私は、あまりの戦闘能力の低さにイラっときて、『殴り』と呼ばれる分類に入る育て方をしている。攻撃力もそれなりに挙げつつ、支援に支障のない程度に魔法系統の数値も上げる。つまり、そこそこ支援できて、そこそこ戦える、中途半端な存在である。


 対して、友人のキャラクターは『アサシン』と呼ばれるスピード重視の前衛キャラ。そのスピードを生かして攻撃を避けまくり、高い攻撃力で敵を殲滅する。ただし、多くの敵に囲まれてしまうと避けきれなくなり、紙防御な友人のアサシンは、すぐにHPヒットポイントのバーが危険を表す真っ赤な色に染まる。

 調子に乗ってスピードだけ上げていたらそんなことになっていたらしい。今は反省しているようだ。


 そんな微妙な組み合わせの私たちは、他のプレイヤーキャラクターのあまり居ない、路地の奥で不毛な会話をしていた。

 

 友人が言うことには、「気が付いたら、自分の持ちキャラの姿になっていて、ゲームそっくり(ドットとかポリゴンじゃなくて、本当にリアル)な世界に突っ立っていた」なんぞとのたまったのだ。

 へぇー。いわゆる異世界トリップというアレですか、そうですか。

 そんなことを信じられるわけもなく、じゃあ証明してみせなさいよ、と、なったわけだ。


 私には、どうみても、ディスプレイの中でいつもどおり、キャラクターたちがぴょこぴょこ動いているようにしか見えない。

 でも、友人のキャラクターには、友人自身の意思が宿っており、自由に動いているのだという。


 いろいろと証明する為に行動してみせた友人であったが、何か思いついたのか、移動を促してきた。


『……んじゃ、ついてきて』


「うん。ちょっとまって、マウスがうまく動かないよー。重いよー」


『エフェクト切ればいいじゃない。……ああ、ここだ。入って』

(※エフェクト……演出効果、映像効果。魔法を使用したときに光って見えたり、キャラクターの動きに合わせて一緒に動く影とか、そういうアレ。低スペックのパソコンには結構辛い。ソレを表示させないように設定を変えるとパソコンがあまり頑張らなくてもよくなる。)


「ここは、宿屋?」


『そう。見てて。おばちゃーん、おすすめちょうだい』


『あいよ! ちょっとまってな!』


 友人のキャラクターがちょこちょこと宿屋のカウンターの横、おそらく食堂スペースとして設定されているのだろう場所へと移動した。

 そのまま、ちょこん、と、椅子に腰掛ける。

 私のキャラクターも、向き合うように反対側の椅子に座る。

 しばらくそのまま待っていると、何故か宿屋の女将さんのNPC(ノンプレイヤーキャラクター……プレイヤーが操作していないキャラクター)が近づいてきた。


 私は、驚いて二度見してしまった。

 NPCが動き回るなんてはじめて見たからだ。



 基本的に、私たちがプレイしているオンラインゲームは、NPCはその場から動かない。

 動き回られたら、プレイヤーがこなさなければならない課題……クエストを受けるときに大変面倒なことになる。それに、そこまで自由なNPCがいたら、オンラインゲームのスペック的に成り立たない。



『待たせたね! たんとお食べ!』


 女将さんが私たちのキャラクターのいる席までやってくると、そんな言葉とともにテーブルの上に何かのアイテムがあらわれた。


 カーソルをそれに合わせてみると、『宿屋ククリアの女将特製定食(ランチver.)』とアイコンが表示された。右クリックでアイテムの内容を確認すると、『食べ物:Lv4 効果:HP回復500・MP回復500 特殊:ランチの時間にしか注文できない』と、ある。

 どうやら、アイテム欄に仕舞うことも出来るようだ。


「……なにこれ、イベント?」


『ちっがーう!! イベントと違うから!!』


「って、いわれてもなー。信じられない」


『まあ、そっちにはいつものゲーム画面に見えているみたいだから、しょうがないのかもしれないけどさ。こっちは死活問題だよ! あ、ご飯食べるから待っててね。ここのご飯美味しいんだよー』


「私もなんか食べよっかなー。カップラーメンでいっか。味噌ラーメン味噌ラーメン」


『でさ、どうすればいいと思う?』


「え? なにが? ラーメンのお湯はケトルから入れるよ。電気ケトルいいよ、電気ケトル。即湧き。あ、間違えた。即沸き」


『いや、だからさ! カップラのことじゃなくて! これからのことだよー!』


「なんか、……てきとーにがんばればいいんじゃない? ラーメン食べるからちょっと待って」


『なにそれ! 酷い!』


「や、だって、お腹すいたもん。え? そっちじゃない? ……私何もしてあげられないもん。支援くらいしか。でも、生粋の支援キャラ持ってないし、紙防御だからさ、あんまり役に立たないかもしれないけど。片手でキーボード叩くと遅いな……」


 ラーメンの汁が画面やキーボードに飛ばないように細心の注意を払いつつ、片手でキーボードをたたく。


 他のキャラクターを支援する為だけに育てたわけではないので、私のキャラクターは支援の為のMPが低い。ちょっとハードルの高い戦闘になれば、自分を支援するだけでいっぱいいっぱいである。

 しかも、装備品の質もあまりよくない。


 先ほども述べたように思うが、レアアイテムを偶然手に入れた私のゲーム内での所持金は、一時的に増えている。

 よって、質の良い装備をそろえる事だってできるのだ。

 だが、あまりにもゲームから離れすぎていた為、自分のキャラクターの今の状況に最適な装備品がわからないという、なんとも情けない状況になっており、露店で販売されている良いアイテムを、指をくわえて眺めているだけの日々が続いている。


『支援! 支援いいよ、支援! 支援してくださーい!』


「まあ、狩りに行くときは支援くらいするけど。そんなのいつもの事じゃん」


『いや、そういうんじゃなくて。私もう、狩りとか怖くてさー……。街から出られないのよね。ガチなんだよ、モンスター。あんな雑魚キャラに負けるような育て方はしてないけど、リアルにコワいのよね、感触とか、見た目とか』


「うん、まあ、そうだよね。ほんとうにリアルなら、ヤダね」


『だから、養ってください! ヒモにしてください!』


「そういう意味での支援かキサマ飢え死にしろ」


『うえーん!! 無理だもん! 無理だもーん!! 息継ぎ無しの台詞怖いー!』


「ぶりっこすんな、このネカマが!」


『別にネカマじゃないっ! この職業は女の子の方が映えるって思ったから女キャラにしただけだって! ちゃんと♂キャラもいるのに、何故かこのキャラでここにだな……』


私の友人は、男でありながら女性キャラクターを操っている。とはいえ、女である私も男性キャラクターを作成しているし、そこらへんの境界は曖昧なのがゲームのいいところだ。どのキャラクターを使用していても、プレイヤー同士での会話ともなれば中身は同じなため、キャラクターの性別関係無しに素の話し口調で話すことが多い。

 ただ、この友人。

 キャラクターにあわせて口調を変えるのがうまいプレイヤーだった。幾人かは、友人の性別をいまだに知らない仲間も居るほどだ。

 私は最初から知っていた為、今でも時々ふざけて、ネカマ、と、からかうことがある。


 ラーメンの汁をすすり終え、冷たいおペットボトルをゴクリ、と飲む。

 この温度差がたまらん! なんて、女らしからぬ感想を胸中に浮かべつつ、ディスプレイを見やる。

 容器を片付けて再びキーボードに手を這わせた。


「ていうか、私もあんたも低レベルだから、養ってやるほど稼げないよ。経験知的にも金銭的にも」


『そうなんだよなー。こういう現象ってさ、こう、『レベルカンストして転生したら何故かゲームそっくりの異世界へ』とかさ、『レベル限界値突破したら新しいイベントが出て異世界へ』とかさ、ある程度戦えるやつが巻き込まれるもんじゃねぇの? 俺、レベル30なんだけど。微妙すぎて何もする気が起きん』


「私この間ダンジョンに篭ったから、36なんだー」


『いつのまに!? 寄生させてくれ!』


「いやだから、……このヘタレ!」


『ヘタレで結構! 命には代えられない!!』


「必死ですね」


『当たり前だー! ていうか、俺って、そっちの世界ではどういう扱いになってんだろ』


「行方不明とか?」


 私がそう軽い気持ちでタイピングした文字。

 次の文字がなかなか表示されない。

 まずい、もしや、触れてはいけないところをつついてしまっただろうか。

 相手からの返答がないまま、しばし互いに無言。というより無反応を続けた。

 すると、友人のキャラクターが、椅子の上で向きを変えた。辺りを見回すような動きだった。

 その後すぐに、文字がディスプレイに躍る。


『ちょっと、調べてみてくんねぇ? 俺の名前とか教えるからさ』


 相手の申し出に、何度かタイピングをミスしながらも、たしなめるような言葉を打つ。

 ぶわり、と、冷や汗が出た気がする。

 もちろん、個人情報のやり取りは、ゲーム内では禁止されている。何に悪用されるか分からないからだ。

 相手の為でもあるし、自分自身のためでもある。


「え、個人情報言っちゃうつもりの? それはまずいと思うよ」


『いやいや、そんなこと言ってる場合じゃねーし!』


「えぇー……。今までの一連のあれこれ、まさか新たな『出会い系』のお誘いじゃないでしょうね」


『ちげーよ! そんなんだったらもっとうまいネタ仕込むわ! 出会い系だったらお前の情報貰うだろ! こんなネタ、イタイ子扱いされて終わりだろ!』


「それもそっか。んじゃ、調べておくよ。あ、でも、一応、セキュリティの問題もあるしペナルティ貰いたくないから、1対1の内緒話チャットで」


『……どーやるんだろ、チャット』


「えー……。しかたないな、こっちから話しかけるか」


『重ね重ねすいません……orz』



----内緒話チャット-----


「まあ、ともかくさ」


『うん』


「寝落ちしそうだから、もう寝るネ☆」


『え!? チャット開いて即!? 何の為に内緒話してんだよ!』


「まじむり。目が、目がぁああ!!……状態だすよ。もう歳かな。最近、カラオケも朝方までとか篭れなくなったし」


『無茶してんなぁ……』


「ないしょばなしってどうきこえてんの」


『なんか、頭の中に直接声が聞こえてきて、文字も一緒に浮かんでくる。つーか、お前、ほんとに無理なんだな。全部ひらがなとか……』


「まじねる。あした しごとの あとに いん するから がんばれ ノシ」


『なんかドラクエ調……。ま、いっか。おやすみ。……俺も寝るか』


-----内緒話チャット(close)-----



 ディスプレイには、ログインしますか?の文字が光っている。


 私は、大きくため息をついた。

 パソコンの電源を落とすと、背後にゆっくりと倒れこみ、天井を見上げた。


 ゲームからログアウトしたのは、寝落ちしそうだからという理由だけではなかった。

 もちろん、眠いのは眠かった。


 けれど、それだけではない。

 このまま友人の個人情報を聞き、彼のいうことが本当のことだったと知らされたら。



 私は、


 否応無しに巻き込まれてしまう気がして仕方がなかったのだ。


 だが、本当だとしたら見捨てることも出来ない。

 だが、本当だとも思えない。


 だから私は。

 

 全てを明日に先延ばしにすることを選んだのだった。



 翌日、今日と同じように駄々をこねる友人と共に、同じ事を訴えている別のプレイヤーキャラクターと鉢合わせてしまった私は、その後彼らの面倒を(リアルの世界でもゲームの世界でも)見ることとなるのだが……。


 丸投げしたそのときの私には知る由もなかった。



end

-----------------------

>>仕事している成人女性。そこそこスタイルはいいが、平均的な容姿。

>>RPGが好きだったので、オンラインゲームに誘われる。全然違うじゃーん!と言いつつも結構楽しんでいる。

>>団体行動が苦手で、オンラインゲーム上でもシャイガール。基本、ソロプレイ。

>>厄介ごとに巻き込まれた気配がする。が、彼女本人は結構安全圏。


友人

>>リアルでは、きちんと仕事してる成人男性。描写が出てくることはないので、容姿は割愛。

>>バレンタインのチョコは義理をそこそこの数もらう程度。

>>オンラインの友人に、ゲームの世界にトリップしてしまった自分の状況を理解してもらえない。もどかしい。

>>あんまりレベル高くないので、冒険にも出にくい。


別の人

>>リアルでは大学生男子。描写が出てくることはないので、容姿は割愛。

>>若さゆえか、モテ系イケ男子らしい。

>>誰にもゲームの世界にトリップしてしまった自分状況を理解してもらえない。もどかしい。

>>と思ったら、なんか自分と同じ状況の人が! しかも、信じてくれるオフラインの人とつながりがあるじゃん!やった、助かった!



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― 新着の感想 ―
[一言] おまかせ順検索で偶然見つけたんですけど、もし続くなら続きを読みたいと思いました。
[一言] 俺も美少女になって異世界行きたいょぼぇェ 。
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