0.02 不肖の子
嘘を隠すために嘘を吐く
∴虚無を隠すための虚無である
無名の王子リヒャルトは旅の身支度をした。これから自分も旅を始めるべきだと悟った。たった一人の身内は、彼にとって親とは言えない存在であるが故、王族であるというのに彼は無名の王子であった。
彼の心の中は虚無であった。リヒャルトの心を埋めるものはなかった。それ故王子は、大切なものを見つける修行の旅をしたいと思った。
「僕は本当に王になるべきなのですか。」
彼は父親に尋ねた。
父親は誰一人愛せない心で、息子を愛したつもりでいた。
「相応しいのはお前しかいないのだよ。」
リヒャルトは虚無心で父の偽愛に応えた。
彼らの親子という関係は闇に埋もれていた。二人以外の誰も知らない。
主席選挙では、毎度100人近くの候補者が立候補する。選挙管理官は彼らの血液を採決し、それが親の遺伝のものであるかを調べる。また、血が繋がらない場合は、最も厳しいとされる方法で立候補を認めた。
だから主席選挙は、王族貴族の不肖が暴かれる場でもあった。
父親にとって彼が選挙をすることは、自分の立場を悪くすることであったが、それ以上に彼を息子だと主張し王にしたい気持ちが強いのだ。
名もなき王子は降り積もる雪の中に飛び込んだ。自分の愛する女性に頼まれた通り、飛び込んだ。腕や脚を広げ、大の字のまま飛び込んだ。
ズボッと鈍い音がした。リヒャルトはその冷たさ故に顔を歪めた。愛する人からの依頼とはいえども、イヤなことはイヤであった。それでも彼は雪の中に埋もれて見せた。
彼は静かに立ち上がる。そして、跡を新たに付けないようにそっとそこから立ち去った。
家でもある小屋の中に入ると、椅子によりかかって目の前の窓の外を見た。そこには、先ほどの雪の跡がある。
彼は筆を取ってキャンパスにデッサンを始めた。暖房の温かさのおかげで、冷えた体は温まった。
しかし彼の心は、愛する女性の前であっても、ずっと冷えていた。
放置気味であるにもかかわらず多くの方にご覧頂いているようで、感謝してます。
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