0.00 伯爵と令嬢
私に贈る物語
知らない誰かに贈る物語
この国の仕来たりでは、王が死んで世代が変わるとき、次の王は国民投票で選ばれる。主席候補者は王族や彼らの血を受け継ぐ者だけで選ばれる。この時代、学者や錬金術師が貴族以外の貧富を問わずに民から排出され始め、王族らの学問に対するレベルは、群を引いて誇れるものとは言えなかった。しかし主席に、王になるために大切なことは勉学だけではない。熱心な候補者たちは、修行と称して旅をして、それに準ずことを学んで選挙に備えるのが昔からの決まりごとであった。それ故国民からの信頼は厚かった。
アゼレッセンという地名の田舎を治めるミルネリアという姓の老いた伯爵も、昔選挙をしたことがある王族の一人だが、惜しくも彼は数表の差で敗れてしまい、自分の好きな研究に没頭できるこの地を選んで、当時のミルネリア伯爵の娘の婿になったのだ。彼にとって王族の姓を捨てることは容易いことだった。王となった兄と、愛してやまなかった女性が兄の妻となった故郷で暮らすよりは、王族姓をを捨てる代わりに自分をただ無条件で受け入れてくれる方がよかったのだ。
ミルネリア氏には、17になる一人娘がいた。彼の妻が病気で召されるまでは、よく家族三人で仲良く出かけていたりした。しかし伯爵は長年つき添った妻を失った悲しみから、研究に没頭するようになった。その傍らで育った娘、レモーニは伯爵令嬢だけあって、田舎では多くの少年たち、男たちにもてはやされて、彼女が欲しいものは全て彼らによって与えられていた。
レモーニの生きがいは、多くの男たちとコミュニケーションを取ることにあった。彼女は亡き母に似て素朴な顔立ちをしていたが、笑うと非常に愛らしいし、男たちが好む愛嬌を兼ね揃えていて、また他の少女たちとは変わった性格をしていて、魅力的であったのだ。
とある日レモーニのかかりつけ教育係が新しく赴任された。ミルネリア親族の豪邸で仕えていた18歳になるロッダという少年だ。ロッダは献身的にレモーニの面倒を見た。彼は屋敷というよりは、レモーニの部屋に住み込んで、彼女に全てを教育した。それは他の誰が見ても、仕事を超えた絆にしか見えなかったのだが、ただ一人興味を示さなかったのが伯爵で、彼はレモーニが何も不満がないのなら放って置けと言及した。メイドたちはふしだらなと眉を顰め、下郎たちには羨ましい限りであった。
ロッダはいつでもレモーニの傍にいて、しかし彼女が他の少年たちと仲良さ気に喋っていても気にならないようで、その謙虚さから周囲の人々たちは彼のことを「若の夫」「夫」と呼んだ。
またある日に、ミルネリア伯爵の兄である国王が、不治の病で余命1年であるという通達が来た。伯爵は表情を変えずに執事の通達を聞き、研究のために走らせていたペンを横にした。そしてレモーニを呼ばせると、彼女の顔をまじまじと見て、ただ一言「次代の王になりなさい」といい、すぐにまたペンを握った。父親に命令口調で――しかも一方的言われることは彼女にとって初めてのことであったためか、彼女は嬉しそうに頷いた。
彼女は素早く修行に出るための準備を整えた。彼女はそれまで身支度させていた下郎たちの代わりに、顔も知らない少女たちを名声だけで雇った。
彼女が屋敷の人間を皆驚かせたことといえば、ロッダさえも屋敷においていくことに決定したことだ。それの告知はなかった。ロッダや他の従者や伯爵でさえも、彼女が屋敷を発つ5分前まで、ロッダを連れて行かないことを疑っていなかった。
出発の朝、ロッダは朝早くレモーニを起こした。寝ぼけまなこのレモーニは、彼の首に手を伸ばして、彼の乾いた唇に自分の唇を押し付けた。
「お嬢様…まだ夢の中ですか。」
初めて彼女たちはキスをして、初めてお互いを抱きしめあった。ロッダは彼女と旅行できることが嬉しかったに違いない。そうでなければ、彼は彼女のキスを拒んだことだろう。またレモーニも、これが別れの挨拶でなければ、キスなどしなかっただろう。
アゼレッセンの中心地であるこの街に、伯爵と夫人の結婚以来の多くの民が訪れた。民の皆々は歓喜して伯爵令嬢を送り出した。レモーニは、幼馴染や村人たち一人一人に挨拶し、必ず立派になって帰ると宣言すると、綺麗な毛並みの茶馬にまたがった。そして乗ったまま、ロッダに微笑みかけた。
「絶対に、戻ってくるから、お父様を頼むわね。」
従者たちはどよめいた。ロッダ自身は、一瞬――どうして?――というようなショックを受けた顔をしたが、すぐにいつもの真面目な顔に戻った。
「気を付けて、いってらっしゃいませ。」
そうこうしてロッダは半年の修行の旅を憎むようになったのだ。同時に、彼は伯爵が使い古した羊皮紙の裏を使い、日めくりカレンダーを作った。右下に書かれた数字は、レモーニが屋敷に帰ってくる日を表していた。
彼の純粋さに、屋敷の従者たちは感心していた。一人だけそれをよく思わない男がいた。伯爵だけは既にロッダをミルネリア親族の豪邸に送り返すことを考えていた。ロッダとレモーニの間柄に興味を抱かなかった彼だったが、それはレモーニがミルネリア令嬢でいる間だけで、次期国王になるのであれば話が別だからだ。伯爵と国王の妃とのように、愛し合った仲でも引き裂かれることは、王族の宿命であるのだ。
これが悲劇の始まりであった。そう、彼女ら王族の悲劇の愛はいつも、国王の死により始まるのだ。
活動報告にて、この物語を語ります。
2011/01/27 公開ver.00
2011/02/11 改変ver.01