絶対防御の次期女王は恋人に甘えたい〜氷姫を迎えに行くためなら、第七皇子は極寒の国にもついていきます〜
常夏のヴァイデソル帝国でも日差しが少しだけ柔らかくなった冬のこと。白陽学宮の教室で、ルミはフェルナンドに声をかけた。
「ねえ」
「どした?」
「お願いがあるんだけど」
「いいぞ」
「まだ何も言ってない」
ルミは笑いながら、一枚の手紙を見せた。
「……女王陛下から?」
「そう。感謝祭の代役を私にお願いしたいって」
「へえ。どんなことするんだ?」
「氷龍に生命力を捧げる」
フェルナンドの動きが止まった。
「……しんどいやつだろ」
「うん。数日は寝込む」
「言ってたな」
「……お母様、少し前にインフルになっちゃって。大事をとって今年の感謝祭はやめておいた方がいいだろう、って。だから私」
彼は黙り込む。肩に乗っている子竜、アンブルが「きゅい」と鳴いた。
「ルミがしんどいだろ」
「でもやらなきゃ。契約だから。……だからね、終わったらフェルに甘えたいな、って」
「イルヴェリアに行っていいか?」
「それをお願いしようと思ってた」
ルミは笑い声をこぼす。
「明日の帰国に合わせて、ついてきてほしいんだけど……無理かな?」
「調整するわ」
「防寒着、うんと分厚いの用意してね。前来た時よりも寒いよ?」
フェルナンドの動きが止まった。
「……あれ以上?」
「あの日は春の陽気だったから。今回は真冬」
「……あれで?」
「うん」
彼は頭を抱えた。
「……あれより分厚いの、ないぞ……」
「中身うんと厚着するとか? 今回は礼服じゃなくていいから」
「……しかない、か。中にもう一枚コート着るか」
「ペラペラの?」
「帝国はそれでいいの」
フェルナンドは背もたれにもたれかかった。
「……コートの中に、アンブルしまうか」
「きゅい?」
「おう。おなかにでもくっついてろ。湯たんぽ頼むわ」
「きゅい」
「……任せろ、って? 頼もしいな。……爪は立てんなよ」
「きゅい!」
アンブルはバサバサと彼の周りを飛び回る。フェルナンドはあきれながら「ここ教室」と笑った。
翌日。何とか(主に側近であるリカルドの)予定をこじ開けて、フェルナンドはリカルドを伴って馬車止めに向かった。すでにルミと、彼女の使い魔であるシマエナガのしまちゃんが待っていた。
「フェル、おはよう。アンブルも」
「おはよう。しまちゃんもおはよう。今日からよろしくな」
「ぴちち」
「きゅい」
二人は挨拶を交わす。すでにイルヴェリアの長距離馬車が待機している。今回は急な訪問なので、ルミの馬車に同乗させてもらう手はずとなった。フェルナンドは御者に挨拶する。
「急に同乗させてもらって、悪いな」
「いえいえ。道中長いですが、よろしくお願いいたします」
御者はぺこりと頭を下げる。フェルナンドは馬車に乗りこむ。
「……悪い、ちょっと待ってろ」
そう言った彼は、ポケットから保冷剤を取り出す。十分に手を冷やしてからルミに手を差し出した。
「お手をどうぞ、女王サマ?」
「……過保護」
ルミは笑いながらその手を取る。フェルナンドは彼女を支えて馬車に乗せた。リカルドやルミの護衛が乗り込んだところで、ゆっくりと馬車は動き出した。
◇
馬車が止まる。外にはしんしんと雪が降り積もっていた。分厚い防寒着、アンブルという湯たんぽを身に着けたフェルナンドは、恐る恐る外に出る。
「……さっむ」
「言ったでしょ」
ルミはワンピースの裾を翻し、くすくすと笑う。
「今日はちょっとあったかいかも」
「……これで?」
「うん」
「あー、早く城いかね?」
「だね。フェルが凍えちゃう」
王城へ入ったフェルナンドは「コート脱ぎたくねー」とつぶやきながら分厚いコートを脱ぐ。その横で、ルミは体についた雪をパタパタとはたいた。
「きゅい」
「おう。助かったわ。ありがとな」
「きゅいきゅい」
「……ここでも寒い? しまってくれ? ちょっと待ってろ」
フェルナンドは空中に円を描く。すぐに空間が開いた。アンブルは勢いよくそこに飛び込む。
「きゅい」
「あったかいか」
「きゅいきゅい」
「早く閉めて? はいはい。外出るときはまた頼むぞ」
「きゅい」
「寒い? 文句言うな」
フェルナンドは空間を閉じる。
「全く。数カ月後にはここで暮らすんだぞ」
「大丈夫、きっと慣れるよ」
「だといいんだけど」
彼は軽く笑う。その後ルミに「感謝祭っていつから?」と確認した。
「明日の朝、ひとりで氷龍の聖域に行く」
「危なくねえの?」
「ギリギリまでは護衛の人たちも来るし、中でもしまちゃんと一緒」
「ぴ」
「なるほどな。しまちゃん、ルミが無茶しないように、しっかり見張っとけ」
「ちち」
「任せろ? 頼もしいな」
「やめてよ。またしまちゃんが過保護になる」
「ぴい」
「フェルに頼まれたから頑張るって言ってる。もう」
フェルナンドは笑い声をこぼす。そして「いつ頃戻ってくる?」と確認した。
「帰ってくるのは夜だね。……その、わがまま言っていい?」
「どんどん言え」
「戻ってくるタイミングで、聖域の入り口に待機してほしいな。……フラフラだから」
「おう」
「暖房馬車使っていいから」
「助かるわ。朝も付いて行っていいか?」
「いいの?」
「当たり前だろ」
「心強いな」
彼はルミの髪に指を通す。ルミは柔らかい笑みを浮かべた。
翌朝。フェルナンドが身支度をしていると、部屋のドアがノックされる。
「フェル、今暇? 開けてもいい?」
どうやら相手はルミのようだ。彼は「どした?」と返事をする。
「せっかくだからフェルに見せたくて」
そう言いながら部屋に入ったルミを見て、フェルナンドは言葉を失う。
彼女が身に着けているのは、雪や氷を表現したような輝く水色のドレス。銀糸の刺繍がきらめき、胸元には青い宝石が輝いている。髪の毛は編み込みを使ってまとめられていて、頭にはキラキラと輝く髪飾りがついていた。
ルミはくるりと回ってフェルナンドを見る。
「……どう?」
「……綺麗すぎて、びっくりした」
「ありがと。伝統衣装なんだ」
ほんとは黄色を入れたかったんだけど、だめだった。そう落ち込むルミにフェルナンドは「お前なぁ」と頭を抱える。彼女は金色の目を覗き込んだ。
「だって、フェルが守ってくれる気がして」
「……爆弾を重ねんな」
「……爆弾?」
「ああ、もう」
フェルナンドは軽く頬をたたいて立ち上がる。
「馬車までエスコートするわ」
「え、いいのに」
「どうせ今から行くところだったしな。その靴、歩きづらいだろ」
「そうでもないけど。でも、ありがと」
「……保冷剤どこ置いたっけ」
「過保護。イルヴェリアだったら大丈夫」
ルミはそう言ってフェルナンドの腕に、自身の腕を絡めた。
二人は馬車に乗り、聖域の前まで向かう。フェルナンドはアンブルを膝の上にのせて暖をとっていた。だが。
「いってえ! 爪! 爪!」
「……きゅい……」
「怖いのは、怖いのは分かったから! 刺さってる、刺さってる!」
アンブルが爪を食い込ませてフェルナンドにしがみつく。大騒ぎをする彼にルミは笑った。
「大丈夫、氷龍は怖くないよ」
「ぴぴっ」
「ほら見ろ、しまちゃんだってそう言ってるだろ。だから落ち着け。噛むな!!」
「きゅい」
「でも怖い? ……爪を立てなかったらしがみついても……、だから、爪しまえ! 血が出る!」
大騒ぎをしていると聖域前に到着する。聖域は深い森のようだった。ルミは一度深呼吸をする。
「行ってくるね」
「おう、待ってる」
フェルナンドに手を振って、ルミは馬車を降りる。ゆっくりと森へ歩みを進める。彼女の姿が消えた。その後のことだった。竜の咆哮が響き渡る。イルヴェリアの騎士たちは落ち着いていたが、リカルドは息をのんだ。アンブルも飛び上がってフェルナンドの顔につかまる。
「落ち着け、歓迎されているだけだ」
そんな彼を嗜めたのはフェルナンドだった。彼はアンブルを引き離し、膝に乗せる。リカルドは首をかしげた。
「歓迎?」
「ああ。……ニュアンス的に『初めて会うな。代替わりか?』だな。……アンブル、爪しまえ」
フェルナンドがそう言った瞬間、周りの騎士たちが一斉に振り向く。
「殿下、分かるのですか?」
「ニュアンスだけだ。ルミ曰く、竜と波長が合いやすいんじゃないか、って」
「……そのような体質の方がいるとは聞きますが……」
彼らは困惑を浮かべる。また鳴き声が聞こえる。騎士は興味本位で「なんて言ってます?」と聞いた。
「ん~。ああ、風邪か。なら仕方ない。まあ、座れ。そんな感じだな」
「ずいぶんと軽い話し方なのですね」
「ニュアンスだ、ニュアンス。細かい口調なんかは分からん。俺が訳してるから軽く聞こえる、もあり得るぞ。……アンブル、めり込みすぎだ。苦しい」
「お風邪を召されたのであれば仕方がありません。とにかく座ってください。こちらの可能性もある、と?」
「おう」
フェルナンドは頷く。騎士たちはあんぐりと口を開けた。
「……意味が取れるだけで、十分では?」
「竜を使い魔にされていましたが……まさかこれほどまでとは」
驚愕する騎士に、彼は「ただの体質だ」と笑った。また咆哮が響く。アンブルは飛び上がって、フェルナンドの顔に覆いかぶさった。
「ああもう! 息ができねえ! こら、落ち着け!」
「……戻ってくるのは夜ですし、そろそろ帰りましょうか」
「……おう」
フェルナンドは疲れ切った顔で答えた。
「へっ、へっくしょん!」
夜。聖域の入り口で待機していたフェルナンドは、大きなくしゃみをする。気を使った御者が渡してくれた毛布にくるまっていた。時折、あたりに氷龍の咆哮が響く。
「殿下、その……。アンブルを出されては?」
「無理だ。怖がるアンブルを落ち着かせながら、フラフラのルミを支えきれねえ。……あー、寒い」
「……正直、アンブルがここまで怖がるとは思いませんでした」
リカルドはつぶやく。フェルナンドは「まだ子供だし、しゃーねーだろ」と笑う。イルヴェリアの騎士が口を開いた。
「ああ、やはりでしたか」
「やっぱ分かるか」
「はい。小さい種類ではないように見受けられましたので。……それと、行動が子供ですし」
「おう。三歳くらい、だとよ」
「……親は」
「死んだって。詳しくは聞いてないな」
「……なるほど……」
また咆哮が響く。今度は地響きのようにも聞こえた。
「……終わりましたね」
「確かに、挨拶っぽかったけど」
フェルナンドは森に視線を向ける。すると、ふらふらとおぼつかない足取りでルミが出てきたのが見えた。しまちゃんが心配そうに「ぴぴ」と彼女の周りを飛んでいる。
「ルミ!」
「お待ちください」
駆け出そうとする彼を騎士が止める。
「森の外に出てからでおねがいします」
「……分かった。……馬車の温度、高くね? ルミには暑いだろ」
「いえ、儀式の後ですから。これで大丈夫です」
フェルナンドの知るルミは暑がりのはずだ。疑問に思っていると、ルミが完全に森から出た。騎士が頷くのを確認し、すぐさま駆け寄る。
「ルミ!」
「……フェル」
「お疲れさま」
「……うん」
疲れているのだろう、ルミはフェルナンドの胸に体を預ける。いつも通りひんやりしている。なのに胸騒ぎがする。
「……寒い」
「え……」
フェルナンドは息をのむ。
「すぐに馬車戻るぞ」
「……連れてって」
「おう。リカルド、手伝ってくれ」
「はい」
二人掛かりで馬車に戻す。騎士たちが慣れた手つきで防寒着を着せる。
「……大丈夫かよ」
「……大丈夫。眠い……だけ……」
「それ、やばいやつじゃ……」
「……疲れただけ。凍死じゃないよ」
「安心できねえわ。これにでもくるまっとけ」
フェルナンドが自分の使っていた毛布を掛ける。ルミはフェルナンドにもたれかかったまま、安心した表情でうとうととしていた。
王城に帰ると、ルミはもこもこのパジャマに着替えさせられ、寝室へと運ばれる。使われないままほこりをかぶっていた暖炉に、初めて火が入れられた。
「……フェル」
「どうした?」
「……ぎゅってしてて。……あったかくて……きもちいい……」
「分かった」
フェルナンドは静かにルミを抱きしめる。
「寒くねえの」
「……ほんの、ちょっと? あったかい方が、きもちいいかも」
「……アンブルで包むか」
フェルナンドはルミを抱えたまま、片腕で空中に円を描く。アンブルが「きゅい?」と顔を出した。
「出てこい」
「きゅい」
ばさりと羽を広げ、アンブルが下りてくる。
「でかくなれるか?」
「きゅい」
「……調整、代わってって? 分かった。全部制御するから。制御くれ」
彼は笑ってアンブルに触れる。ブーストを掛けつつ、魔法の制御を取る。その瞬間、アンブルは大きく咆哮した。体がぐん、と大きくなる。
「そこに伏せとけ。そう、そんな感じだ」
アンブルを丸まらせてソファのようにする。ルミを竜の背にもたれかからせ、自分はその隣に座った。ルミはすり、とフェルナンドにすり寄る。
「きゅい」
「眠たい? はいはい。維持もしとくから。寝ててもいいぞ」
彼は笑いながら毛布を引き上げる。
「……ずっと、はもたねえな。ルミの体がそこそこ温まったら、アンブルを戻して抱えさせるか」
ルミの顔にかかる髪を払いながら、フェルナンドはつぶやいた。
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