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悪女が操る花籠大学英語会

掲載日:2026/06/23

1.

小林由紀子は、花籠大学政経学部政治学科の1年生である。


顔はまあまあである。


実家が裕福であるにもかかわらず、露出度の高い、どこか着崩したような奔放な服装を好んでいた。


父親は大手電機メーカーの社長であり、彼女自身も非常に優秀である。


彼女の出身校は、進学実績の高い名門・三つ葉葵女子中高である。


男っ気のない環境で、欲望を抑えながら勉強に打ち込んだ6年間の反動から、彼女は男子学生の比率が高い花籠大学を選んだ。


彼らと下俗な冗談を交わすことに密かな悦びを見出していた。


そんな彼女は、勧誘を受けるままに英語会へ入部する。


このサークルでは、1・2年生は通学路線ごとに7つの「ホームミーティング」に分かれて活動している。


由紀子は「三島ホームミーティング」に所属し、そのまま2年生へと進級した。


花籠大学の英語会には、5月に「ハワイ遠征」という一大イベントがある。


文字通りハワイへ渡り、ハワイ大学の米国人学生とディスカッションを行うのだ。


参加できるのは、3年生のディスカッション・セクションのメンバーと、2年生から選抜されたわずか6名のみ。


その狭き門を、三島ホームミーティングからは由紀子と、筒井という男の2人が突破した。


ハワイ遠征組に選ばれると、他の部員とは別行動になり、ディスカッション・セクションの集中的な指導を受けることになる。


男に飢えていた由紀子が、行動を共にする筒井に惹かれるのは自然な流れだった。


筒井は商学部に一浪して入った柔道初段の男である。


帰りの電車の中で、つり革を掴む彼の逞しい腕に由紀子がわざと触れると、筒井は照れて腕の筋肉をピクつかせる。


由紀子はその反応を面白がった。


ハワイ遠征が終わり、日常のサークル活動に戻ったある日のこと。


活動後にいつもの喫茶店に入ると、筒井が吐き捨てるように言った。


「俺は神山が嫌いだ」


神山とは、三島ホームミーティングの「チェアマン(代表)」の座を筒井と争い、彼が敗れた男だった。


2人の不仲は由紀子も知っていたし、ホームミーティングでも周知のことだった。


筒井は副チェアマンという立場にありながら、チェアマンの神山と一切口を利こうとしなかった。


「だったら、無視すればいいじゃない」


筒井は困惑した表情を浮かべた。


「だけどよう、後期のデベートは、チェアマンと副チェアマンが組むのがしきたりになっているだろう。それが俺の悩みの種なんだよ」


1年前のチェアマンと副チェアマンも犬猿の仲だったが、伝統に従ってペアを組んだ。


その前例は重い。


「なるほどね」


由紀子は楽しげに囁いた。


「だったら、相手の方から『お前とは組めない』って言わせればいいじゃない」


筒井は驚いて目を見開いた。


「そんなことができるのか?」


「2年になってから、さっぱり顔を出さない杉山君がいるでしょう。彼を夏合宿に誘ってみたら?」


「それがどう繋がるんだ?」


「杉山君は1年ではほとんどデベートをやっていないし、2年になってからは幽霊部員じゃない。そんな彼を、あえて引っ張り出すのよ」


「そうすると、どうなる?」


「夏合宿の前、2年生が1年生にデベートを教える期間があるでしょう? 経験のない杉山君に教えられるわけがないじゃない。それを神山君が黙って見過ごすと思う? あなたが杉山君を誘ったと知れば、神経質な神山君は確実に苛立つはずよ」


筒井は感心したように深く頷いた。


「なるほど。さすがは、現役で政治学科に入っただけのことはあるな」


2.

筒井は由紀子に言われたとおり、杉山に電話をかけて夏合宿へと誘った。


杉山は行きにくいと難色を示したが、筒井は「おれがうまくやる」と唆した。


活動のタイムスケジュールでは、2年生は合宿の2週間前から学生会館に集まって勉強会を行い、1年生はその1週間後に合流することになっていた。


杉山は案の定、1年生にデベートを教えることができず、他の2年生が必死に指導している傍らで、漫画本を読み耽っていた。


夏合宿の直前、2年生だけでの打ち合わせが、民間の学生用合宿所で行われた。


険悪な空気の中、神山が冷徹に口を開いた。


「個人攻撃になって悪いんだけど、一番気になったのは杉山。1年生の前で漫画を読んでいたし、集合にも1週間遅れた」


神山は、筒井が杉山を誘ったという話を耳にし、杉山の行動を観察していたらしい。


由紀子が「筒井が杉山を誘った」という噂を流しておいた。


このような個人攻撃は何の意味もないが、神経質な神山は邪魔者を排除する傾向があった。


英語会の会則には「3回活動をパスすると退部」とある。


もっともそれはかなり前のもので、もう死文化していたし、再入部も事実上、容認されていた。


杉山は司法試験への未練から、幽霊部員のまま名前だけを残していたに過ぎない。


杉山が、ようやく重い口を開いた。


彼は静岡の実家で1週間を過ごしていたのだ。


「言わせてもらえば、俺には他にかけるものがあるから遅れたんだ」


しかし、このような釣るしあげは、事実上の退部勧告に等しい。


結局、杉山は夏合宿には参加したものの、何一つ貢献できないまま、英語会を去ることになった。


合宿の打ち上げの宴会でのことである。


筒井が「杉山、お前筋肉を鍛えたって言ってたよな」と裸踊りを勧めた。


由紀子も便乗して煽った。


彼女の下品な言動に目をつけていた3年生のある女子が、「由紀子ちゃん、いい加減にしなさい」と釘を刺した。


これで、杉山を誘ったのが筒井であることがはっきりし、神山の神経はさらに逆撫でされた。


3.

その後、後期のデベート活動の2年だけの打ち合わせが行われた。


神山は冷ややかな声で告げた。


「俺は筒井とは組めないぜ」


「俺も、今のお前とは組めない」


筒井がすぐさま応戦する。


由紀子の狙い通り、神山の方から先に「拒絶」の言葉を引き出すことに成功したのだ。


2人ともが頑なに拒否する以上、周囲も無理に組ませることはできない。


結局、神山はスタディセクション・チーフという副チェアマンに次ぐ3番目の地位にいる中本と組むことになり、筒井は由紀子と組むことになった。


活動後、喫茶店で筒井が由紀子に微かな罪悪感を漏らした。


「杉山を犠牲にしちまったが、これで神山と組まずに済んだよ」


「良かったじゃない」


由紀子は平然と微笑む。


「だが、杉山には可哀想なことをしたな」


「いいのよ。誘われてノコノコやって来たのは、あの人なんだから。それに神山君は、3年になったら留学するんでしょう? どうせ2年まででサークルは辞めるわよ」


「それもそうだな。俺は来年、200人の部員の頂点である五役の総務を狙う」


「じゃあ、その時は私をアシスタントにしてね」


「ああ、約束するよ」


由紀子の予言は的中した。


神山は後期のデベートが終わると活動を放棄し、サークルへ滅多に来なくなった。


そして3年に進級すると、筒井は目論見通り五役の総務に就任し、その傍らには、アシスタントとしておさまる由紀子の姿があった。







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