王都勤務から鉱山送りにされたけど、鉱山労働があまりにもホワイト企業すぎる
「エルツ君、君にルヴェルク鉱山勤務を命じる」
聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
鉱山送り? 誰が? 私が?
思考を整えるのに数秒を要した。
「私が……なぜ……?」
課長はうつむく。
「まあ、仕事ぶりが判断されて、ということだね。うん」
十八の時に王都役所勤務になってから十年間、私は一生懸命やってきたはずだ。
王都民を思い、休まず働き、採用された施策も一つや二つではない。
それなのに、その仕打ちが鉱山送りだなんてあんまりだ。
「どうにかならないでしょうか!? 他の者に行かせるとか……」
「私にどうにかできるわけないだろう……」
それはそうだ。課長に人事権なんてないからな。
「分かりました……。ではせめて、引継ぎはしっかりと……」
「引継ぎも不要だ。実は来週から勤務してもらうことになる」
「ら、来週!?」
もう週の半ばを過ぎているから、実質「すぐに行け」と言われているのと一緒だ。
「住居は用意してあり、着の身着のまま向かっても、君を受け入れる準備はできているとのことだ」
至れり尽くせりとはこのことだ。
いや、私は行きたくないんだから、逆至れり尽くせりか?
「まあ……頑張ってくれたまえ」
頑張ってくれたまえ、じゃねえよ。
喉まで出かかったその言葉を、私はかろうじて飲み込んだ。
***
私の住居は王都にある。
この日の夜、妻と子供に鉱山勤務について話した。
「まあ、鉱山労働といっても、このご時世だ。そこまでハードではないさ。アハハハ……」
努めて明るく振る舞おうとするが、作り笑い丸出しになってしまう。
エプロン姿の妻が言う。
「いつまでというのは決まっているの?」
「いや……決まっていない」
私は首を横に振った。
「私たちはどうすれば……」
「家族でも住める住居らしいんだが、とりあえずは私一人で行くよ」
とても「私についてきて欲しい」とは言えなかった。
七歳になる息子が私を見つめる。可愛い盛りだ。
「パパが寂しいのなら、ぼくたちも一緒に暮らすよ!」
幼い息子にこんな気遣いをさせてしまうことがもどかしい。
きっとよほど暗い表情をしていたに違いない。
「大丈夫さ。ルヴェルク鉱山はそこまで遠くないし、王都にも週に一度は帰ってこれると思う。なんなら鉱石をお土産にしちゃおうかな」
なんとか場を明るくしようとするが、当の私が一番落ち込んでいるのだからどうしようもない。
この日の食卓は実に暗い雰囲気のものとなった。
ベッドに入り、私は夢を見た。
――私は坑道にいた。
暗く、狭く、暑く、この世の地獄みたいな場所だ。
土まみれ汗まみれになり、必死になってツルハシを振るっている。
屈強な現場監督が私に鞭を振るう。
「なにやってんだ! もっとしっかり掘れ!」
「は、はいぃ……!」
私は涙を流しながら、ひたすら岩を掘る。
十年間デスクワークしかしてなかった私にとって、あまりにも酷な作業だ。
手にはマメができ、それが潰れ、血まみれになっている。
ついに私は力尽き、倒れてしまう。
だが、監督は容赦などしない。倒れた私に鞭を振るう。
「サボってんじゃねえぞ! 働けやぁ!」
「ひいいいっ……!」
ここで目が覚めた。私の目からは涙がこぼれていた。
***
翌週、私は馬車でルヴェルク鉱山に向かった。
いつも役所に通う時のようなスーツ姿で。
『鉱山にスーツで来るとかナメてんのか!? ああん!?』
鉱山責任者から、こんな風に怒鳴られる光景を想像してしまう。
やっぱり坑夫のような格好にすべきだったかな、と今更ながら後悔する。
やがて、鉱山にたどり着いた。
さぞ屈強な男たちが出迎えてくれると思いきや、私を待っていたのはいかにもデスクワーカーといった男だった。顔立ちは穏やかで、年は四十ぐらいだろうか。
「エルツ君だね。初めまして、私はルヴェルク鉱山責任者のホーディンだ」
「初めまして……」
握手を交わす。
「急な出向命令にさぞ面食らったことだろうね」
「それはまあ、そうですね」
多少の抗議の意味も込めて、私はあえて肯定した。
「しかし、君の勤務実績を聞いたら、ぜひ我が鉱山に欲しい人材だと思ってね。無理をさせてしまった。大変申し訳ない」
「いえいえいえ……」
やけに腰の低い上司だ。それでいて無能という感じではない。“仕事ができるオーラ”をひしひしと感じる。
「今日のところは鉱山内を案内するよ。本格的な仕事の説明は明日からということで」
「分かりました」
鉱山に向かう途中、私は言う。
「この格好で大丈夫なんですか? もっとツルハシを振るいやすい格好の方がいいんじゃ……」
「ツルハシ? アハハ、まあそういうイメージになるよね」
「イメージ……?」
「実際に見てもらった方が早いよ」
私は言われるがままホーディンさんについていく。
鉱山には、立派な扉があった。
門番もおり、ホーディンさんは顔パスで入れる。私もその後をついていく。
鉱山って扉とかあるの……? もっと洞穴みたいなイメージだった。
だけど、鉱山内にはそんな疑問をあざ笑うかのような光景が広がっていた。
「こ、これは……!?」
鉱山内部はまるでオフィスのような通路になっていた。
白い壁で囲まれ、ところどころに絵画や植物が飾られ、なんなら王都の役所よりも清潔感が漂っている。
「この通路は……なんですか?」
「決まってるだろう。坑道だよ」
「坑道ってもっと洞窟っぽい道なんじゃ……」
「そう思うよね。まあ、ここまでのものにするのは苦労したからね」
歩きながら、私はあることに気づく。
「そういえば、マスクはいらないんですか? 鉱山といえば粉塵が舞っているイメージがありますが」
「この鉱山は魔導式の空気清浄装置を完備しているからね。外よりも空気は綺麗なぐらいさ」
深呼吸してみる。
確かに、外の空気よりも美味しく感じた。
今までのやり取りだけで、私が持っている鉱山に対するイメージはあまりにも古いと分かった。
しかし、いかに環境が整っていても鉱山は鉱山。危険はあるはず。
私はふと天井を見る。
「落盤の危険性はないんですか?」
「この鉱山の神と百年間の安全契約を結んである。少なくとも今後百年はこの鉱山で山由来の事故が起こることはないよ」
神のお墨付きがあれば、それは確かに安全だ。私は納得してしまう。
線路が通っているエリアにたどり着いた。
程なくして、トロッコが走ってきた。
ただし、人力ではなく自動で動いている。スピードもゆったりだ。
「魔導トロッコだ。自動で動き、事故の心配はない」
「はぁ……」
筋肉質な男が、鉱石で山盛りのトロッコを必死に押している――そんな光景も昔々の物語のようだ。
「では、いよいよ採掘場所に案内しようか」
「お願いします」
採掘場所に行くと、人間の指示に従って、ゴーレムたちが採掘作業をしていた。
採掘といっても私が想像するような力ずくではなく、洞窟から丁寧に岩を切り取っていくような作業だった。
なんというか、工芸品を作っている工程のような趣すら感じられる。
ゴーレムたちも心なしかやりがいを感じているように思える。
「ここで日々、鉱石を採掘しているんだ」
「あえて言いますが、やはりイメージと全然違いますね」
「ああ、採掘計画にのっとり、必要な鉱石を必要な分だけ採掘できるんだ」
あまりにも無駄がない。
王都役所のシステムの方がよっぽど贅肉が多かったぐらいだ。
いい職場だと感じることができる。
とはいえ、鉱山は鉱山。こんな不安もある。
「しかし、ここも鉱脈を掘り尽くしてしまえば、閉山になってしまいますよね」
「その点も心配いらない。鉱山の神とはまた別に、鉱石の神と百年契約を結んでおり、少なくとも百年はこの鉱山の鉱石は枯渇しないことになっている。もちろん、だからといって、無茶な採掘を行うことはできないけどね」
「すごい……」
仕事がなくなることもないということか。
これで鉱山内をひと通り見て回ることができた。
「今日のところは、これぐらいにしようか」
「分かりました。ちなみに私の仕事は?」
「君には採掘計画の立案や、採掘した鉱石の管理業務を担当してもらうことになる。君には王都役所での事務職のキャリアがあるからね。期待しているよ」
「……はい!」
私の得意分野で安心した。
ちなみに、鉱山近くに私に与えられた住居も立派なもので、王都の自宅より大きいぐらいだった。
妻と息子に「私だけこんないい家に住んで申し訳ないなぁ」と思うほどだった。
***
本格的な鉱山勤務が始まった。
私の一日はだいたいこんな感じだ。
朝七時に起床。
朝食を取り、歯を磨き、スーツで鉱山に出勤。
扉では門番にしっかり挨拶する。
「おはようございます」
「おはようございます!」
はきはきとした挨拶が返ってくる。やっぱり挨拶って人間関係の基本だ。
鉱山に入ると、鉱石管理部という部屋に向かう。
ここで私は、王国ではどのぐらい鉱石が必要か、という書類をまとめていく。
それにのっとって、今日の採掘計画を立案する。
責任者であるホーディンさんに許可を取る。
「……よろしい。今日の採掘はこれでいこう」
「ありがとうございます」
採掘現場に行き、作業員たちに指示。
その指示に従って、ゴーレムが採掘作業を行う。
採掘された鉱石は魔導トロッコに載せられ、出荷されていく。
このあたりでお昼の時間になり、昼食を取る。
鉱山内にも食堂はあるし、鉱山の外にも美味しいレストランは沢山ある。
特に、食堂の『日替わり鉱山ランチ』は早い、安い、美味いの三拍子が揃っている。
午後は会議。
ホーディンさんや同僚たちを交え、今後の鉱山事業をどうしていくか、徹底した議論を行う。
私は新参者なのだが、彼らは私の意見にもよく耳を傾けてくれ、それが嬉しかった。
本日分の鉱石出荷が無事行われたことを確認すると、ちょうど午後五時ぐらいになる。
仕事は残っておらず、そのまま帰宅。
家でのんびりするもよし、帰り際にジムで汗を流すもよし、同僚たちと軽く飲むもよし。
王都勤務だった時はこんな時間に帰れなかったよなぁ、と夕焼けを眺める。
有給休暇の制度もある。
私が週に一度は王都の家族と会っていることを知ったホーディンさんは、「次の週は一日有給を取って、ゆっくりしてくるといい」と提案してくれた。私はその提案に従った。
***
給料も、王都勤務時代の三倍になった。
私は思わず目を丸くしてしまう。
「こんなに貰えるんですか!?」
「当然だろう。エルツ君を無理言って引き抜いたのは私だし、君は期待以上の仕事をしてくれているからね。これぐらいは当然のことだよ」
ホーディンさんはにっこり笑う。
「……しかし、私はこの鉱山に来るまでは、ここがこんなに素晴らしい職場だとは知りませんでした。なぜ、このことがあまり知られてないんでしょう?」
「隠しているわけではないが、意図的に情報を出していない部分もあるんだよ」
「どうしてです?」
「鉱山での事業は、国家の行く末を左右する一大事業だ。できれば他の場所で揉まれた優秀な人たちに来てもらいたい。最初から『給料もいいし休みも多いから鉱山勤務がいい!』なんて言うような人々に来られても困るわけだ」
「……なるほど」
私がここに来るまで鉱山労働の実態を知らなかった理由も分かった。
ここまで至れり尽くせりな職場に不満はない。
給料はよく、福利厚生もバッチリで、このことを家族に話したらいずれこちらに来ることも検討してくれるという。まさに願ったり叶ったりだ。
しかし、私にはどうしても、不満というか願望があった。
私はホーディンさんにそれをぶつけてみることにした。
「……一つお願いがあるのですが」
***
私はホーディンさんに、鉱山の一角に案内される。
そこには昔ながらの、私の想像する通りの鉱山的風景が広がっていた。
黒い岩肌がむき出しになっており、大勢の男たちがツルハシを振るっている。
カキンカキンという、金属音が響く。
彼らは皆、私のような「お願い」をした者たちだ。
「君のような人は多いんだよね。昔ながらの鉱山労働を体験したい。ツルハシを振るいたい。ここはそういう人のための区画だ。もちろん、安全性などは確保されているから、時間が空いている時にはいつでもここに来てくれていい」
「……ありがとうございます!」
私は目を輝かせる。
私は鉱山労働なんてまっぴらごめんだったが、心のどこかで岩肌や劣悪な環境と格闘する鉱山の男たちに憧れていた部分もあった。
ツルハシを握って汗を流したいという願望もあった。
私はツルハシを振るう。
硬い岩肌にほんのわずかしか刺さらず、両腕が痺れる。
だけど、そのことがなんだか嬉しい。楽しい。
私は満面の笑みを浮かべる。
「鉱山労働ってやっぱこうでなくちゃ!」
ツルハシを振るうのは楽しかった。
私は週に一、二度はこの区画に来て、思う存分鉱山労働を満喫することに決めた。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




