第73章:命の定義
完璧な社会は、静かなる絶滅への道なのか。
少女の問いかけが、天才科学者の論理を、そしてその空虚な心を突き刺す。
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(あなたが導く未来は、進化ではない。
それは、地球が望んだ「静かなる清掃」だ。)
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◆【2062年・家族の決断】
『朝比奈カウンセリングルーム』のリビング。
テーブルの上には、結城維人からの招待状が置かれていた。
全世界配信される「未来社会公開討論会」への招集。
「……罠だ。行かせられねぇ。」
白髪の増えた紋之丞が、低い声で吐き捨てる。
彼は真羽の肩を抱き寄せた。
「あいつは、お前を『サンプルの失敗作』として見せ物にしようとしてるんだ。……パパは、もう二度とお前をあんな奴の目に晒したくねぇ。」
「そうよ、真羽。」
灯も、真羽の手を強く握る。
「貴女を守るために、私たちはここまで生きてきたの。無理に行く必要なんてない。」
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しかし、真羽は二人の温かい手を見つめ、優しく微笑んだ。
「パパ、ママ。……ありがとう。」
彼女は顔を上げる。その瞳に迷いはない。
「でも、私行くよ。……結城さんに、ちゃんと言いたいことがあるの。」
「真羽……。」
「大丈夫。私には、パパとママ、それに透也叔父さんもついてる。……最強の家族がいるもん。」
18歳になった娘の、凛とした強さ。
紋之丞は、ため息をつき、そして力強く頷いた。
「……ああ、そうだな。俺たちの娘は、俺たちよりずっと強い。」
彼は懐の愛銃の感触を確かめ、立ち上がった。
「分かった。行くぞ。……結城の野郎が指一本でも触れてみろ、俺がこの手で引導を渡してやる。」
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◆【敵地への入場】
討論会の会場は、厳重な警備と無数のドローンカメラに囲まれていた。
真羽が現れると、一斉にフラッシュが焚かれる。
壇上の結城維人は、到着した彼らを見下ろし、薄く笑った。
「……よく来てくれた、真羽さん。そして、私の元部下とテロリストの諸君も。」
「減らず口を叩くな、結城。」
紋之丞が鋭い眼光で威圧するが、結城は意に介さない。
討論が進み、RE:CODEの成果――犯罪の激減、自殺者の減少――がデータとして示される。
結城は、勝ち誇ったように真羽にマイクを向けた。
「さあ、真羽さん。君はこの完璧な社会をどう見る? 感情というノイズを取り除いた結果、世界はこれほど清潔になった。」
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◆【誕生と完成】
真羽はマイクの前に立った。背中には、紋之丞と灯が寄り添っている。
「……結城さん。あなたはいつも『結果』ばかりを見ていますね。」
「結果こそが全てだからだ。」
「いいえ。」
真羽の声が、静かに、しかし強く響く。
「あなたは『完成』された社会、『完成』された人間ばかりを求めている。……でも、もっと『人の誕生の意味』の方に、興味を注ぐべきです。」
「誕生?」
「ええ。命が生まれる瞬間です。……そこには、必ず誰かの『愛おしい』『守りたい』という強い想いがある。人の誕生には、感情が不可欠なんです。」
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彼女は、背後の両親の温もりを感じながら言葉を継ぐ。
「感情を排除して、工場のように効率的に人間を作っても……それは『誕生』じゃありません。ただの『製造』です。そんなコピー(複製)ばかりの世界に、未来なんてあるんでしょうか?」
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◆【地球の免疫システム】
会場が静まり返る中、真羽はさらに語りかけた。
「実際に、犯罪は減り、住みやすい世の中になっています。あなたが讃えられるのも不思議ではありません。」
一瞬、肯定したかに見えた言葉。しかし、それは助走だった。
「……全てを公表しているのならね。」
真羽の視線が鋭くなる。
「色々と隠している物もある中、良い部分だけを見せればこうなりますよね。……記憶を消され、心を壊された人たちのことを、あなたは『エラー』として削除している。」
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真羽は、空を見上げるように語った。
「ここに来るまで、ずっと考えていました。……世の中が進んで行くこの方向に、正義も悪も無いのかもしれない、って。」
彼女の言葉は、結城の論理を超えた、哲学的な領域へと踏み込んでいく。
「人は増えすぎました。……もしかしたら、人は無意識に『滅亡』を望んでいるのかもしれない。」
「……。」
「いいえ、この地球そのものが、人類を『害虫』と認識し、排除するためのプロセスとして、あなたを生み出したのかもしれません。」
会場が凍りつく。
結城維人という存在そのものが、地球による人類の処分システムなのではないか、という指摘。
「……ただ!」
真羽は首を振った。
「そんな難しい理屈は、どうでもいいんです!!」
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◆【滅びへの問いかけ】
真羽は、結城を真っ直ぐに指差した。
「私が聞きたいのは、一つだけです。」
彼女の瞳から、哀れみと怒りが混ざった涙がこぼれる。
「結城さん、あなたは……人類を滅亡させたいのですか?」
結城の表情が凍りつく。
「感情という『生きるための熱』を奪えば、人は生きる意味を失う。……あなたのその優れた知能があれば、この道の行く末が『静かなる絶滅』であることくらい、計算できているはずです。」
「……。」
「それとも……分かっていて進めているのですか? あなた自身の心が、悲しいくらいに空っぽだから。」
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◆【計算外の渇望】
結城は、反論の言葉を探した。
「効率化だ」「幸福の最大化だ」。いつしかのロジックが脳内を駆け巡る。
だが、口が開かない。
『誕生には感情が不可欠だ』
『地球の排除プロセス』
『空っぽ』
真羽の言葉の礫が、彼の論理回路を破壊し、その奥にある「人間としての欠落」を暴き出していたからだ。
(私は……憎んでいたのか? この世界を。……それとも、愛したかったのか?)
「……分からない。」
マイクを通さず、結城は低く呟いた。
「私には……君の言う『熱』が理解できない。……だから、君の言葉を否定することも、肯定することもできない。」
彼は演台の資料を閉じた。
「議論は終わりだ。」
結城は、逃げるようにステージを降り、出口へと向かう。
「おい待て、結城!」
紋之丞が叫ぶが、結城は振り返らなかった。
その背中は、世界を統べる王ではなく、答えを求めて彷徨う、迷子の子供のように小さく見えた。
(確かめなければならない。……私が導いてきた進化が、本当に『滅び』への道だったのか。)
彼は決断した。
自らの脳に、禁断のプログラム――「感情」をインストールすることを。
それは、彼にとっての死刑執行書へのサインでもあった。
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第73章・完
第73章をお読みいただきありがとうございます。
真羽の指摘は、結城の存在意義を根底から揺さぶるものでした。
地球による人類の間引き。そのためのシステムとしての結城維人。
しかし、彼自身もその「空っぽ」な心に苦しんでいたのかもしれません。
真羽の言葉が刺さった……!結城はどうなるの!?と思っていただけたら、
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