第70章:愛した共犯者
彼女は被害者ではなく、愛ゆえの共犯者だった。
感情を持たぬ夫と、その心になろうとした妻。
歪んだ愛の結末が、ここに描かれます。
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(世界で一番残酷な愛の証明。
それは、心を待たないあなたの代わりに、私が痛み引き受けることでした。)
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◆【2060年・崩壊の時】
2060年、晩秋。
病室のベッドには、痩せ細り、呼吸も浅くなった沙耶の姿があった。
脳への過度な負荷による多臓器不全。
それは、本来の人格を押し殺し、RE:CODE計画の「妻役」を演じ続けた彼女の末路だった。
「……来てくださったのですね、維人さん。」
酸素マスクの下で、沙耶が弱々しく微笑む。
病室のドアには、結城維人が立っていた。
「バイタルが危険域に入った。……最期を看取るのは、夫としての義務だ」
その言葉に、温度はない。
彼は「新太の妻としての沙耶」に言っているのか、それとも……。
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◆【最後の願い】
「……お願いがあります。」
沙耶は、残った全ての力を振り絞り、結城に手を伸ばした。
「私を……戻してください。……『沙耶』という役は、もう十分演じました。」
彼女の瞳から涙が伝う。
「死ぬ時は……あなたの妻として、『結城 望』として死にたいのです。」
それは、彼女の魂の叫びだった。
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かつて、政治家・榊原廉也の娘として生まれ、若き天才科学者・結城維人と恋に落ち、結ばれた日々。
しかし、夫の理想とするRE:CODE計画のために、彼女は自らその身を捧げた。
『君にしか頼めない。新太の監視と、精神的支柱になれるのは、君だけだ』
その言葉だけを信じて、彼女は自分の記憶を封印し、新太の子を産み、育てたのだ。
結城は少しの間、無表情で彼女を見下ろしていたが、やがて淡々と頷いた。
「……いいだろう。君の献身により、計画は完成した。……苦労をかけたな、望。」
結城は端末を操作し、ベッドサイドの医療機器に接続する。
「解除コード入力。……ターゲット『My Wife』、記憶封印解除。」
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◆【結城 望の帰還】
電子音が鳴り響く。
数分後、彼女が再び目を開けた時、その瞳の光は変わっていた。
穏やかな「沙耶」ではない。
知的で、凛とした美しさを持つ、本来の彼女――結城 望がそこにいた。
「……ああ……維人さん。」
望は、愛する夫の顔を見つめ、震える手でその頬に触れた。
「お久しぶりです……。相変わらず、難しいお顔をされていますね。」
「そうか? いつも通りだ。」
結城は、妻の手の温もりを感じても、眉一つ動かさない。
望は、そんな夫を見て、悲しげに、けれど慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
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「ええ……本当に、昔のままですね。……自分の妻を他の男性に嫁がせて、子供まで産ませて……それでも、平気なお顔をされて。」
「それが最も効率的で、確実な方法だったからだ。」
「……存じております。あなたは、そういう方ですもの。」
望の瞳に、責める色はなかった。あるのは、深い理解だけだ。
「生まれながらに感情を持たず、ただ進化だけを見つめてこられた方。……だからこそ、私があなたの『心』になりたかった。」
誰よりも孤独で、何かが決定的に欠落しているこの人を、私が埋めてあげたかった。
たとえその果てが、こんな結末だとしても。
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◆【遺されるもの】
「……維人さん。」
望の呼吸が、次第に途切れ始める。
「空人を……あの子を、お願いします。」
ベッドの脇で、事情も分からず怯えている3歳の息子。
新太の血を引き、望の腹を痛めて産まれた子。
「あの子は……私達の歪んだ愛の結晶です。……どうか、道具としてではなく……息子として……。」
「……善処する。」
結城の短い答えを聞き、望は満足そうに目を閉じた。
「……愛しています、維人さん。……あなたの一部になれて……幸せでした……。」
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モニターの電子音が、一本の線を描く。
結城 望は、最期まで「欠落した科学者」の妻として、その全てを受け入れ、息を引き取った。
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◆【氷点下の別れ】
「……死亡確認。」
結城は、望の目蓋を閉じてやり、静かに立ち上がった。
涙はない。動揺もない。
ただ、彼の心にある巨大な空洞に、また一つ「喪失」という事実が放り込まれただけだ。
「ママー! ママー!!」
泣き叫ぶ空人。
結城は、その小さな肩に手を置いた。
「泣くな。」
冷たい声。
「母は、役目を終えて眠っただけだ。……行くぞ、空人。」
結城は、妻の亡骸に背を向け、幼い「息子」の手を引いて病室を出ていく。
その背中は、あまりにも孤独で、そして絶望的なほどに何も感じていなかった。
妻の命すらも踏み台にして進む結城維人。
その罪の重さを、彼自身が知るのは、ここからさらに2年後(2062年)のことである。
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第70章・完
第70章をお読みいただきありがとうございます。
沙耶は結城の妻であり、全てを理解した上でこの悲劇を受け入れていました。
妻の死にすら涙を見せない結城。
遺された空人は、愛を知らぬ父の下でどう育つのでしょうか。
物語はついにクライマックス直前、2062年へと進みます。
結城が怖すぎる……望さんが切ない……と感じた方は、
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