第7章:完璧という不完の夜
これは、ある男の記憶。
あるいは――消されてしまったはずの「真実」かもしれません。
完璧を求め続けた男・泰輔と、彼の恋人・美緒。
崩壊へのカウントダウンが始まります。
※この章には暴力的な描写が含まれます。ご注意ください。
第7章:完璧という不完の夜
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◆ 【Day 1】違和感の始まり
夜風が涼しく、街灯のオレンジが歩道を照らしていた。
「ねえ、泰輔くん。」
隣を歩く美緒が、不意に声をかけた。
「ん?」
泰輔は歩みを緩めず、前を向いたまま答える。
「今日さ、バイト先のレジ締め任されて、店長に褒められたんだ。」
「…そう。」
会話はそこで終わるはずだった。
だが、美緒は口を開いた。
「泰輔くんって、いつも完璧だよね。」
足を止める。
ゆっくりと振り返ると、街灯に照らされた美緒の顔があった。
彼女は笑っていたが、その笑顔はいつもより弱々しく見えた。
「…どういう意味。」
「…なんでもない。」
笑顔の奥にある影を、泰輔は見逃さなかった。
その時、脳裏をよぎる映像。
――高校の教室。
泣き叫ぶ女。
腰まで伸びた黒髪が乱れ、制服の袖から白い二の腕が覗く。
同じクラスで、文化祭実行委員だった女子。
(うるさい。
言うことを聞けばいいんだ。)
泰輔は息を整えるように目を伏せ、再び歩き出した。
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◆ 【Day 2】美緒の沈黙
翌日、美緒からの返信は遅かった。
【今日もお疲れさま】
既読がつかない。
(どういうことだ。)
コンビニ夜勤シフトのリーダーに選ばれたと聞いても、心は晴れない。
数時間後、ようやく返ってきた。
【ごめんね、今日は疲れちゃって】
その言葉に、苛立ちが込み上げる。
また別の映像が閃く。
――雨上がりの放課後。
ショートカットで、丸眼鏡をかけた女子が泣きながら下駄箱前に立っていた。
同じ部活の先輩。
泰輔は無言で髪を掴み、人気のない校舎裏へ引きずった。
(ほら、ちゃんと俺の言うことを聞けよ。)
泰輔は返信せず、スマホを伏せた。
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◆ 【Day 3】小さな衝突
週末。二人は久々に会った。
ファストフード店の窓際、美緒はカップを両手で包み込み、下を向いていた。
「…最近、泰輔くん怖いよ。」
「怖い?」
泰輔は首をかしげ、笑顔を作る。
周囲の客に見られていることを意識しながら。
「俺が、怖い?」
その問いかけに、美緒は小さく震えた。
「ごめん…ごめんね。
私…ちょっと疲れてるだけだから。」
(疲れた?
俺といるのが?)
また、過去の映像が瞬く。
――体育倉庫の隅。
泣きじゃくる女子の髪は明るい栗色で、肩にかかる程度の長さ。
陸上部マネージャーで、1年下の後輩だった。
倒れた彼女の頬を張り、髪を掴んで引き上げながら言った。
「ほら、謝れよ。」
泰輔は笑顔のままカップを口に運び、ぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
心の奥で、鈍く硬いものが息を潜めていた。
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◆ 【Day 4】最後の夜
夜の公園。
街灯が白く照らすベンチに、二人は座っていた。
「別れよう。」
美緒が震える声で言った。
泰輔はスマホを弄りながら、無表情で応える。
「…何で。」
「泰輔くんといると、私…私じゃなくなるの。
怖いの…」
まただ。
脳裏に過去の映像が閃く。
――教室の奥。
泣きじゃくる女子が机にしがみついていた。
卒業式の日に告白してきたクラスメイト。
(あの時も、俺を否定した。
だから…壊した。)
泰輔はスマホを仕舞い、立ち上がった。
「帰ろう。」
美緒は泣き腫らした目で頷いた。
二人の背中を街灯が冷たく照らしていた。
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◆ 【Day 5】壊れた夜
人気のない歩道。
「泰輔くん…待って…」
美緒の声が震える。
泰輔は立ち止まり、無言で振り返った。
冷たい瞳が、彼女を射抜く。
「別れ話、本気なんだ…
私…もう無理なの…」
泰輔はゆっくりと近づき、無言で彼女の頬に触れた。
震える感触。
(黙れ。
俺を否定するな。)
頬に添えた手が、そのまま首元へ滑る。
「や…め……」
涙が零れ、喉から掠れた音が漏れる。
(これで…いい。
完璧な俺に戻れる。)
街灯の下、美緒の体から力が抜けた。
泰輔は無表情で手を離し、倒れる彼女を見下ろした。
夜風が冷たかった。
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◆ 【Day 6】フラッシュバック – 猫の名札
夜の街灯が滲んで見えた。
(…昔も同じだった。)
脳裏をよぎる、小学生の自分。
夜道の端で蹲る黒い塊。
まだ息があった。
潰れた喉元に、血で汚れた名札。
《ココア》
(完璧じゃない奴は…壊れるだけだ。)
泰輔は、無表情のまま微かに止めを刺した。
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第7章・完
第7章をお読みいただき、ありがとうございます。
突如描かれた、泰輔という男の凶行。
そして、最後に彼の脳裏によぎった**「猫のココア」**という記憶。
第2章を覚えていらっしゃるでしょうか。
結城維人の回想に出てきた**「車に轢かれて死んだ猫・ココア」**。
結城は「感情を持たず傍観していた」、
泰輔は「衝動的に手を下していた」のです。
この「泰輔」とは一体誰なのか。
そして、この記憶がなぜ今、語られたのか。
全てのピースが繋がったとき、「違和感」の正体が明らかになります。
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【読者の皆様へのお願い】
物語の核心に触れるダークな展開でしたが、
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