第68章:進化の証明
人類が歩んできた便利さへの歴史。
それは、「人間としての機能」を一つずつ放棄していく歴史でもあった。
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(道具が進化するたび、人は何かを失ってきた。
だが、それを「退化」と呼ぶ者は、歴史の敗者だけだ。)
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◆【敵地への訪問】
「……ようこそ、結城先生。」
重苦しい空気が漂う会議室。
そこに集まっていたのは、『人間性の尊厳を守る会』や『反RE:CODE市民連合』といった、結城の思想に異を唱える知識人や活動家たちだ。
本来なら敵対するはずの場所に、結城維人はたった一人、護衛もつけずに現れた。
その模様は、全世界にライブ配信されている。
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「単刀直入に申し上げます、結城さん。」
反対派の代表である老教授が、震える声でマイクを握った。
「あなたのやっていることは、人間への冒涜だ! 苦労して技術を習得する過程こそが、人を育てるのです。安易に結果だけを脳にインストールするなんて……人間がダメになる!」
会場からは「そうだ!」「努力を否定するな!」という怒号が飛ぶ。
結城は、それを柳のように受け流し、薄く微笑んだ。
「……冒涜、ですか。努力の否定、ですか。」
彼はゆっくりと、手元のタブレット端末を持ち上げた。
「では、少し歴史のお話をしましょうか。」
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◆【検索とAI――思考の放棄】
結城は会場を見渡し、そしてカメラの向こうにいる何億もの視聴者に語りかけた。
「2010年代。スマートフォンが普及し始めた時のことを覚えていますか?」
静かな、しかしよく通る声だ。
「あなた方は、分からないことがあればすぐに『検索』をかけた。図書館で本を探す時間を惜しみ、わずか数秒で答えを知り、分かった気になった。……その時点で、あなた方は脳の記憶領域を外部サーバーへ委託し始めたのです。」
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さらに彼は続ける。
「2020年代にはAIが台頭した。文章、絵画、プログラム。創造性すらも機械に任せ、人類の歴史の全てが詰まったデータベースに答えを求めた。……苦しむ成長よりも、楽しての結果を選んだのは、あなた方だ。」
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◆【身体と判断の放棄】
結城は指を折りながら、歴史の歩みを進める。
「身体の不自由を補う技術は、いつしか生身を超える義体を生んだ。臓器移植も当たり前に。そして2030年頃……車の完全自動運転が普及した。」
彼は冷ややかな視線を向ける。
「あなた方はハンドルを手放した。命に関わる瞬時の判断、運転の技術、その全てを『AIの方が安全だ』と言って放棄した。……面倒な操作よりも、ただ目的地に着くという結果だけを求めて。」
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◆【肉体のファッション化】
「同じく2030年代。美容整形が当たり前のものとなった。」
結城は、会場にいる女性ジャーナリストに視線を送った。
「親からもらった身体? 生まれ持った個性? ……そんな言葉は死語になった。気に入らなければ切る。高さを変える。形を変える。メイクをするように顔を変えることが、新しい『常識』になった。」
「それは、コンプレックスを解消して前向きになるためだ!」
反論する声に、結城は頷く。
「ええ、その通り。あなた方は認めたのです。『生まれ持った自分』よりも『理想の自分』の方が価値があると。……肉体は単なる『器』であり、中身や見た目は自由に変えていいのだと。」
さらに、性別の多様化も進み、肉体の定義は限りなく曖昧になっていったことを付け加える。
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◆【管理された幸福】
「2040年代はどうでしょう。生活もスケジュールも、全て電子管理された。」
結城の声が、部屋の隅々まで響き渡る。
「遺伝子解析による健康管理。自分が何歳でどんな病気になるか、何を食べるべきか、誰と番うべきか。……全てデータに指示され、最適化された人生を歩んできた。そこに『迷う自由』はありましたか?」
結城は、演壇に手をつき、身を乗り出した。
「検索し、AIに頼り、運転を任せ、顔や身体を作り変え、遺伝子に管理される。……そうやって一つずつ、人間としての機能を機械やデータに明け渡しておきながら、なぜ今さら『記憶』だけは聖域だと言うのですか?」
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◆【2040年代からの潜伏】
会場が静まり返る。
反論できない。自分たちが享受している文明の利器そのものを否定することになるからだ。
「我々は、生活や遺伝子の管理が進んだ2040年代から、すでに水面下でRE:CODEを進めてきました。……なぜなら、それが人類が望んだ『進化の終着点』だからです。」
結城は両手を広げ、残酷なまでの正論を突きつけた。
「苦しみも、迷いも、努力もいらない。顔も、能力も、記憶さえも、理想通りがいい。……そう望んできたのは、他ならぬ人類自身だ。RE:CODEは、あなた方の願いを叶える最後のピースに過ぎない。」
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そして、彼は優しく問いかける。
「さあ、答えてください。……あなた方は今から、スマートフォンもネットも自動運転も手放し、整形前の顔に戻し、不便で、危険で、非効率な時代に戻れますか?」
「…………。」
沈黙が答えだった。
戻れるわけがない。その便利さを、快楽を、一度知ってしまったのだから。
「戻れないのなら、進むしかないのです。……我々と共に。」
配信のコメント欄が、爆発的な勢いで流れる。
『ぐうの音も出ねえ』
『確かに、今さらスマホなしとか無理』
『整形もリコードも、やってることは一緒か……』
反対派の拠点で、結城は完全なる勝利を収めた。
それは、人類が自らの手で積み上げてきた歴史による、完全なる敗北宣言でもあった。
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第68章・完
第68章をお読みいただきありがとうございます。
検索、AI、自動運転、整形……。
私たちが便利だと思って受け入れてきた歴史そのものが、結城にとっては「進化(=機能の放棄)」の証明でした。
ぐうの音も出ない正論で反対派を黙らせた結城。この流れはもう誰にも止められないのでしょうか。
結城の論理にゾッとした……現代社会への風刺が鋭い!と思っていただけたら、
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