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ECHO-記憶の残響-  作者: GODS04


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第66章:キャンディ・ポップ・ナイトメア

悲しみも後悔も、ボタン一つで消せる世界。

狂気は、ポップな笑顔の仮面を被って日常を侵食していく。



(悲しみを消すことは、喜びの味を薄めることと同じだ。

だが、世界は「無味」な安らぎを選び始めた。)



◆【去りゆく喧騒】


沙耶さやの家の周りから、カメラの砲列が消えた。


「……静かね。」


カーテンの隙間から、誰もいない道路を見下ろし、沙耶は呟く。

腕の中の空人くうとは、無邪気にキャッキャと笑っている。


世間の熱しやすく冷めやすい好奇心は、もう「可哀想な未亡人」には飽きていた。

人々が求めていたのは、悲劇のヒロインではなく、新太が証明した「もっと手軽な救い」だったのだ。



沙耶は安堵すると同時に、世界から切り離されたような孤独を感じた。


テレビをつける。

そこには、かつての新太の特集ではなく、カラフルでポップなCMが流れていた。


『失恋? 失敗? トラウマなんて、もう流行らない!』

『週末はクリニックで、プチ・リコ(Re-Co)しませんか?』


軽快な音楽と共に、若い女性が笑顔で涙を拭い、次の瞬間には晴れやかな顔で街を歩く映像。


RE:CODE技術の民間転用サービス――通称『リコ』の宣伝だった。



◆【ファスト・メモリー】


街のカフェや学校、オフィスでは、新しい挨拶が交わされていた。


「ねー、聞いた? ミキの彼氏、浮気したんだって。」


「マジ? 最悪じゃん。落ち込んでる?」


「ううん、昨日クリニック行って『リコ』ってきたって。彼氏との記憶だけピンポイントでボカして、もうスッキリだってさ。」


「いいなー! 私もバイトのミス、リコっちゃおうかな〜。」



まるで美容院で髪を切るように。

スマホの不要な写真を削除するように。


人々は、自分にとって不都合な記憶、辛い感情を『リコ(Re-Co)』と呼び、安易に消去・修正し始めていた。


結城維人が敷いたレールの上を、世界は無邪気に暴走している。


「犯罪者予備軍の更生」という名目は薄れ、「より快適な人生のためのメンタル・コーディネート」へと変貌を遂げていたのだ。



◆【賛否の渦】


もちろん、全ての人間がこの流れを歓迎しているわけではなかった。

ニュース番組の街頭インタビューでは、複雑な表情の老人や、渋い顔のサラリーマンが答える。


「……嫌な時代ですよ。辛い経験があるからこそ、人は成長するんじゃないですか? 痛みを知らない人間が増えて、本当に大丈夫なんですかね。」


「亡くなった妻の悲しみも消せるって言われましたけど……断りました。悲しみも含めて、あいつとの思い出ですから。」



しかし、その横でマイクを向けられた若者は、明るく言い放つ。


「え? なんで苦しまなきゃいけないんすか? タイムパですね、タイムパ。悩んでる時間があったら、リコって楽しく生きた方が生産的でしょ。」


「新太さんだって、記憶変えて幸せだったんでしょ? だったら、みんなそうすれば平和じゃん。」


肯定派の意見が、否定派を「古い考え」として押し流していく。


苦しみも、葛藤も、後悔もない。

常に笑顔で、常に前向き。


そんな「人工的なポジティブ」が、正しい社会のあり方として定着しつつあった。



◆【透明な侵食】


沙耶は、テレビのリモコンを落とした。


画面の中の笑顔が、怖かった。

みんな、笑っている。

嫌なことを消して、綺麗なものだけを残して。


それはまるで、新太がそうであったように。

そして、今まさに壊れかけている自分がそうであるように。


「……違う……。」


沙耶は空人を強く抱きしめる。


「痛みは……消しちゃいけないのよ……。」


けれど、その言葉は誰にも届かない。


窓の外には、毒々しいほどに鮮やかなネオンサインが輝いている。


『あなたの心、デザインします。Re-Coクリニック』


その光は、沙耶の家の暗がりを嘲笑うかのように、点滅を繰り返していた。



第66章・完


第66章をお読みいただきありがとうございます。


嫌なことは「リコ」って忘れればいい。

そんな安易な救済が蔓延する世界は、沙耶にとって悪夢でしかありませんでした。

痛みを知らない笑顔が溢れる社会。その歪みは、やがて大きな亀裂を生むことになります。


怖すぎる……と思った方、続きが気になる方は、

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感想もお待ちしております。


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